さんじゅういち。
「いつ、どうやって科学者が“彼女”の存在に気付いたのかは、今となってはもうわからない。
「それどころか、誰が初めに気付いたのかも不明だ。
「とにかく、どこかの機関の誰かが、どうにかして“彼女”という――小説家の“可能性”に感づいた。
「“彼女”は、まだ一冊も小説を著してはいなかった。
「念願通りに、小説家になる前の小説家だ。
「これ以上の好都合はない。
「そうなれば、科学者たちがすることはひとつ。
「保護という名目の拘束と、研究だ。
「果たしてその通りになった。
「この数か月の話だ。
「科学の停止など、科学者以外の誰の知るところではない。小説家がいなくなろうと、人々は平和に暮らしていた。
「だから、“彼女”を保護することは造作もなかった。
「そうして保護された“彼女”は、とある機関の研究所に収監され、ありとあらゆる方法で研究された。
「脳科学的に心理学的に解剖学的に大脳生理学的に人類学的に文学的に哲学的に、徹底的に、だ。
「およそ人権など考えられない実験だよ。
「ところが、それに気づいた他の機関も黙ってはいなかった。
「その発想力を欲しがっていたのは、その機関だけじゃなかったからだ。そして科学世界というものは決して一枚岩じゃあない。
「“彼女”を巡る武力抗争が、水面下で勃発した。
「“彼女”の奪い合いだ。
「いくつかの研究機関が事実上壊滅し、大手の機関もそれぞれ多かれ少なかれ損害を受けている。
「抗争の中で、“彼女”は世界中を転がされ、いじくりまわされていた。
「そして、“彼女”が日本の機関に奪取された時分だ。
「“彼女”を入手したその機関は、日本へ彼女を輸送してきたその日のうちに、どこの機関かわからない何者かの襲撃を受け、“彼女”を取り逃がしてしまった。
「その報を聞いた世界中の機関は、まさに血眼で“彼女”を探し回った。
「そして先日、ようやく見つかったというわけだ。
「一般人に保護されて。
「それも、世界最後の魔法使いと縁のある一般人に、ね」




