さん。
「――しかし、大学か」
店を出たところで、早見がふとつぶやいた。ん? とこちらもコートを着込んで出てきた姫森が応じる。
「なに?」
「いや、大学ねえ……と思ってさ。姫森、お前何で進学することにしたの?」
早見としては何気ない問いかけのつもりだったのだが、
「どうして目が泳いでる」
「え、いや、その……なんだ、あれだ、そういう早見はなんで進学すんの?」
明らかに苦し紛れの問いではあったが、早見の方も大して意味のある問いでもなかったため追求せず、そうだなあ、と考える。
「なんで……っていうと、別に理由はないんだよな」
「ないの?」
驚いたように目を見開く姫森に、早見は頷きを返す。
「今こんなこと言うのもなんなんだけどさ……俺、なんていうか、拘りとか、将来の目標とか、そういうものが全然なくてさ」
ふむ、と姫森は頷いて返す。聞く構えのそれに、早見は話を続ける。
「今までずっと、テキトーに、そこそこに生きてきたからさ。この先何があっても、まあ今までと同じように、テキトーに、そこそこに生きていくんだろうなって。なるようになっていくんだろうなって、そう考えると」
なんとなく、空を見上げた。夕暮れも末だ。そろそろ本当に暗くなる。
夕焼けは、紅い。
「何に対しても本気になれなくて、夢とか目標とか考え付かなくて。将来像とかもさっぱり思い浮かばない――いや、今みたいになあなあに生きている将来ばっかり、それもやたらとリアルに思い浮かぶ。歴史に残るような自分、とまでは言わないまでも、何かに成功している自分っていうのは、全く想像もできない。しかも、それでもまあ、いいかな、とか思っちゃっててさ……だから、まあ、平たく言うと時間稼ぎだよ。大学に進学するのは」
何て言うか、とやや声を小さくして、迷いながら、それでも結局口にした。
ずっと、長い間思い続けていること。
「――俺は主人公じゃないからさ」
主人公。それは、物語の中心にいて、およそ成功を、勝利を約束された人間。
世の中には、実のところ結構な数、そういう人たちがいて。
そして、自分はそういう人間ではなく。
なりたいとも、思わないと。
「……んー」
姫森は、微妙な表情で唸った。それから少し間をおいて、
「まあ、何と言うか。今の話を聞いた限りだと」
「うん」
「厨二くさいって言うか」
「……まあ、俺もそう思うよ」
早見は苦笑する。やっぱりまあ、あまり公言できる台詞回しでもない。
しかし、でもさあ、と姫森は一歩前に出た。ん、と空へ向けて軽く伸びをした後で、こちらを振り返らないまま、
「でも、わからないでもないよ。そんな気持ちは」
「……そうか?」
うん、と姫森は背を向けたまま頷いた。そのまま前に歩き出す。早見も数歩後ろに続いていく。
「私だって別に、何かになれるとは思ってないよ。それこそ、物語になるような“何か”になれる、だなんてさ。それを惜しいとも残念とも思わないし。そういう人たちを、まあちょっとくらいは羨ましく思ったりもするけれど、今のところは今の私で満足できてるし。私だって、きっと将来はそこそこな感じで生きていくんだろうと思うよ。――そうだね。じゃあ、私も同じかな」
同じ、という言葉に、え? と早見が返すと、そこでようやく姫森が振り返った。
後ろ向きに歩きつつ、こちらへ向けてにっと笑って見せる。
「私も、将来に向けての時間稼ぎかも。大学進学って」
言葉に、早見も思わず笑ってしまった。
「真剣に頑張ってる人たちに失礼な二人組だな、俺たちは」