表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は不思議に満ちている  作者: FRIDAY
魔法使い
26/141

にじゅうろく。

 

 

「……何するの?」


 立ち上がり、裁縫の横に同じく片膝をついた早見に、姫森は問う。早見はそっと女性の手をとりつつ、


「解毒剤をつくる」

「ここでかい? でもそれは、」


 何か言いかけた裁縫は、しかし思うところがあるのか口を閉じた。


「……そうだね。キミならできるのかもしれない。いい機会だ。ボクもこの場を借りて、とっくりと見せてもらうことにするよ」

「勝手にしろよ」


 言いながら、早見は取った女性の手を裏返し、内側の手首を数度撫でさする。

 女性は、一切の反応を返さない。


「効果が継続する……ってことは、体内に代謝されずに残っているってことだな。どこに流れてる? 内臓……消化器官に残存するのか? それとも脳か?」

「血液中だね。流れ続けながら情報を拡散し続けることで代謝を免れているんだ」


 成程、と早見は頷いた。それから、人差し指ですっと女性の肌をなぞった。


「あ……」


 思わず声を上げたのは姫森だ。彼女の見ている前で、刃物を持っているわけでも、爪を立てていたわけでもないのに、早見のなぞった後からうっすらと、女性の白い肌に赤色が滲んだ。

 血だ。

 それを、早見は再びなぞり、拭い取る。


「HCCTM2336S6648LLXER448――組成No.8からNo.663までを再構築――」


 何やらぶつぶつと小声で、そして高速で、早見はつぶやいている。

 裁縫は何も言わずにその様子を見つめている。だから姫森も黙って見守る。


「――了解した。成程な。それじゃあこれを……逆再生」


 言うと、早見が拭い取り、指先で暗く光っていたそれが、ひとりでに動き出し、凝縮した。


「え……」


 またも思わず姫森は声を漏らしてしまったが、早見も裁縫も気に留めない。ただじっと、早見の掌の上に転がったそれを見つめている。

 一転に集束したそれは、真球形の朱玉となった。

 少しの間、何かを確認するかのように手の中でそれを転がしていた早見は、やがて満足したように吐息して、頷いた。


「――よし」

「できたのかい?」

「ああ。これを飲めば、復活できる……はずだ」


 こんなことするのは初めてだから、結構緊張したけどな……と、早見は知らず流れていた頬の汗を拭う。

 女性の顎にそっと手を添え、上向かせる。女性は全くされるがままに顔を上げた。生気のない瞳に、早見が映る。

 力なく薄く開かれたままの唇に、早見の指が触れた。

 隙間から、早見がたった今生成したばかりのそれを落とし込む。

 それだけで呑み込むの? と姫森は思っていたが、女性は何の抵抗もなく嚥下した。


「………」

「………」

「………」


 言葉もなく見守る。

 数秒。

 女性は、不意に糸が切れたように前方に倒れ込んだ。慌てて早見が受け止める。


「……おい裁縫」

「いや、これでもう大丈夫だよ。よく見て御覧」


 裁縫の示す通りに、姫森も女性をよく見てみる。

 すると確かに、女性は早見にもたれかかったまま、深い寝息を立てていた。

 さっきまでとは違い、しっかりと呼吸している。


「だろ?」

「……本当に大丈夫なのか?」


 疑わしげに見る早見に対し、裁縫はしっかりと頷いた。


「キミの処方が間違っていなければね。眠っているのは、深層意識から自我を再構築するのに、多少の時間が必要だからさ。何せ自我を忘れ去っていたんだから――遅かれ早かれ、目を覚ますだろうよ」


 そうか、と早見は安心したように吐息した。緊張していたというのは本当だったらしい。

 腕の中で眠る女性を見る。安らかな寝顔だ。


「……まあ、ひと段落ついたが、次のステップに進むか。まだまだ訊かなきゃいけないことは多いからな」


 早見が改めて裁縫に向き直る。裁縫は、うん、と頷いたが、

 姫森がふと立ち上がった。


「……? おい、姫森」


 そのまま姫森は、横歩きで、早見の横に立つ。


「どうした?」

「ん? いや、なんというか……さいほーちゃんに話を聞く、っていうのは大いに賛成なんだけどね?」


 がし、っと早見と女性の肩を掴む。

 それから、早見に向けて笑みを見せて、


「もう落ち着いたんだし、この人、ベッドに寝かせてあげよっか? ね? ――だからほら、さっさと離れなさい」


 後の早見曰く、このときの姫森の笑顔は夢に見るほど鬼気迫っていたという。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ