にじゅうに。
何が何だかわからないままに、姫森は場所を移動していた。どこかと言えば、早見のアパート、その部屋の中である。
「……え、と」
くらくらする頭を押さえ、何とか状況を把握しようとする。
転移したのだろうということはわかる。直前にそんな話もしていた。だが今の転移は明らかに端末による空間転移のそれではなかった。さすがに姫森でもそのくらいはわかる。
空間転移とは、現在位置と標的座標を設定し、その二点空間を重複し、すり替える技術だ。そのため行使される際には座標入力と空間重複、すり替えのタイムラグがあるはずなのである。重複からすり替えまでの時間差が、初心者はなかなか慣れないあの浮遊感になるのだ。だが先程の転移には、
浮遊感も何も、なかった……?
景色が変わるのも一瞬。それがあまりにも短すぎたがゆえに五感の認識が追い付かず、立ち眩みのようなめまいに悩まされているのである。
それが落ち着くまで数秒。そうしてから改めて見れば、そこはやはりターミナル前の広場ではなく早見の自室で、左手はあの小説家だという女性の手を握っており、反対側には最後に現れた中学生くらいの少女が座っていて、
「……なあ、そろそろ降りてもらってもいいかな……?」
下の方から、ひしゃげたような早見の弱々しい声が聞こえた。
下の方というか、それは尻の下で、
「え……ええ!?」
「おいおいはやみん。キミ、どさくさに紛れて女子三人の尻に敷かれるだなんて――いい趣味してるね」
「はやみん言うな。そして人を変態みたいに言うんじゃねェ……ってか、いや、早く降りてくれ」
いよいよ真に迫ってきている早見の声音に、姫森は慌ててそこから降りた。手を引かれるままに小説家の女性も移動し、少女は悠々とそこを避ける。
うつぶせに潰れていた早見は弱々しく起き上がり、震える声で、
「いやあ……死ぬかと思った。お前らマジでお」「もかったとか言ったら全力で叩きつぶすけど」「………」
とにかく、と姫森は、胡坐をかいて座りなおした早見に向き直る。
「全然わかんないんだけど、ねえ、どういうこと? さっきの人たちなに? あんたのファンとかいうのはまあ戯言だとしても、いきなり何か襲われたよね。それに、あのときもそうだしさっきの転移だって、どうやってやったの? それから小説家とか魔法使いとか、それってどういう」「ちょっと、ちょっと待ってくれよ。俺だって結構いっぱいいっぱいなんだ」
遮られて、姫森は憮然とした表情になったが、早見のやや疲れたような表情を見て一応口をつぐんだ。
やれやれ、と早見は嘆息して、
「あー……先にひとつ、教えてくれ。その、そっちの小説家」
ぴ、と早見は姫森の隣に座る女性を指さす。彼女は今も一貫して茫洋としたままだ。
「お前、どうやってその人と会ったんだ? ていうか、何でお前がその人と一緒にいる?」
「この人は……よくわかんないよ。昨日帰ったら私の部屋の前に座り込んでて、周りに誰もいなかったし、気分でも悪いのかと思って部屋に入れて……でも何かほんとに様子おかしかったから」
「それでどうして病院とか警察とかに届けなかった?」
もっともな指摘だ。だから姫森はやや視線を逸らし、
「なんとなく、だよ。なんとなく、早見に訊いてみようと思って」
「何を」
「……それも、よくわかんないんだけど」
「直感だね」
そこで不意に、それまで黙っていた少女が口を開いた。不意を打たれて早見も姫森も彼女の方を見る。
少女はいたって無表情に、
「成程、それはボクも不思議に思うところがあったんだけど、こうして面と向かってみてよくわかったよ。――キミには物語に登場する資格がある、いや、登場しなければいけない義務がある、と言った方がいいのかな、この場合。どうやらキミは、それなりのキーパーソンにキャスティングされているらしい」
「……よくわからないんだけど、どういうこと?」
「神様の御都合主義って奴だよ。いや、小説家の御都合主義かな」
それにしても物語の展開が稚拙だ。とんだ素人さんだね、ともっともらしい言い方をするが、
「……そう、そういえばこの子も誰? 兄妹とかじゃないよね、似てないし」
「まあそうなんだが……そうだ、俺もお前については変な自己紹介しか聞いてないぞ。誰なんだお前」
「まあ、今さらだよね」
はン、と鼻で笑って肩をすくめて見せる少女。顔は無表情なくせにそれが妙に様になっているから不思議だ。




