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に。


 

 結局、姫森はその漫画を買っていた。姫森が精算を終えるまでの間、早見は店内のとあるコーナーを眺めて待つ。


「お待たせー、認証にちょっと時間かかっちゃった……何見てるの? あ、小説?」

「ん、ああ、うん」


 並べられている背表紙を漠然と眺めていただけだ。特に手に取ったりはしていない。


「はやみんは漫画より小説派だったもんね。面白い本とかある?」

「あー、まあ、あるっちゃあるんだが。でも俺が面白いと思う本はもう全部読んじゃってるからなあ」


 それもそうか、と姫森は頷いて返した。それから、コーナーを離れて外へ向かう早見の横に並ぶ。


「新刊が出ないんじゃあ、もう読みつくしちゃうか」

「まあなあ。漫画はまだしばらくは続きそうだけど、小説はもう限界だよなあ」


 どうしようもないこととはいえ、と早見は参考書の入った紙袋を持ち直しながら、言う。


「小説家がもういないんだから。新刊なんか出ようがないもんな」


 この世界にはもう小説家がいない。

 それは、世界中の誰もが知っていることだ。

 そして、諦めていることだ。


「人が小説を書けなくなってから――物語を生み出すことができなくなってから、もう二百年くらいか」


 店を出る。そろそろ日も暮れて、暗くなっている。

 姫森は頷いて返した。


「最後の小説家が、ええと米国のクリストファー・エイルって人だっけ? その人が亡くなってからそろそろ二百年くらい。漫画家はまだそれなりにいるけれど……」

「日本で最後の小説家は、そのさらに百年前だ。黒田・ようこ。……まあ、俺はあんまり好きじゃなかったんだけど」

「あれ、好きじゃなかったんだ」


 そうなんだよなあ、と早見は頷いた。


「科学がどんどん発達していって、もうできないことはないんじゃないかってくらいになってるけど……逆に、なくなっていったものも多いんだよなあ」


 科学は発達した。それこそ、魔法と区別がつかなくなるくらいに。

 例えば通貨は全て情報化された。

 例えば移動は空間転移――平たく言うところのテレポートで、乗り物に乗る者は少数派だ。

 例えば人口知能がほぼ完成して、自動人形が人間に付き従っている。

 例えば日本の首都、東都の上空2000メートルには、世界最先端の科学者たちの集う“天空都市”が浮かんでいる。

 例えばかつて人類は、人の手で神を創りだしたことさえあった。


 反して、さまざまなことが失われた。

 例えば昆虫の半数以上が絶滅した。

 例えば魔法が失われ、一つの都市を形作るほど数多く存在した魔法使いたちも消えていった。

 例えば魔法の喪失に伴って、龍やエルフ、ドワーフなど、人以外の種族が一人残らず消えた。いなくなった当時はよくわかっていなかったが、現在では彼らは皆異世界へ渡って行ったものと考えられている。

 例えば空想や、幻想や、想像がなくなった。

 例えば古くから信仰を集めていた神々が全て過去の遺物と化した。

 例えば、小説家がいなくなった。

 誰も、誰一人として、物語を生み出すことができなくなった。

 例えばそれらが、人類の失ったものだ。

 

 


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