ひゃくさんじゅーいち。
「――ならば、どうする」
男は、静かに反問する。
「わたしが道を見失い、わたしの限界にたどり着いたというのなら――君は、どうするのかね」
「それは――いや」
水澤は、浅く首を振った。
そして、そっと眼鏡に指を添える。
「それは、眼鏡で偽った私の言うべきことではないな――こっちの」
眼鏡を、外す。
「こちらの私が、言うべきですよね」
一瞬、凛と張っていた肩から力が失われ、頼りなく、弱々しくなってしまう。
それでも、視線は、逸らさない。
ふ、と息を詰め、自分の足で、立つ。
この世界の“神”と、向き合う。
「あなたは、あなたの責務を果たしました。これ以上なく、最善の形で」
だから、
「世代交代です」
言う。
「かつて世界には“幻想”が普遍し、やがて“科学”と共存し、しかし“科学”のみになり――今、また、時代が変わるときです」
「どうやって変わるのかね」
淡々と、感情なく、“神”は問う。
「わたしの作為は確かに完全ではない。だが、それでももう、この世界に“幻想”は存在しないのだよ? 君は小説家だが時間の漂流者であり、あの少年は魔法使いだが一代限りだ。――それでどうして、時代が変わると言うのかね」
それは、ただの問いではなかった。
「君たちには、世界を変えていく、その覚悟が、あるのかね」
それは、長く――永く世界を背負ってきた者の持つ、重み。
だが、それを受けた水澤は、あろうことか――笑んだ。
「あなたは、ひとつ勘違いをしていますよ。“神様”」
「勘違い? 何を」
両の瞳を浅く弓にし、口端に笑みを刻んで、答える。
「あなたは、もうこの世界に“幻想”は存在していないと考えている。“幻想”を、“科学”で排除できるものと考えている――でも、そんなわけがないんですよ」
「――それは」
どういうことだ、と“神”が問う前に、水澤は手を上げた。
すっと、まっすぐに。
「世界は変えていくものじゃない。変わっていくものです。そして、それを担っているのは、“科学”だけじゃない――“科学”がどれだけ発達しても、それでどれだけ世界を解き明かした気になっても――世界から“幻想”はなくならない。だって、人間は、“幻想”を抱えて生きていくものだから」
指先は、天を指す。
「人間がいる限り、人間が人間である限り、“幻想”はなくならない! どれだけ光で照らしても、人は闇を求め続ける! 今は確かにいないかもしれない。でも、いつか必ず、小説家だって、魔法使いだって、何度でも現れる! だから――」
にっと、笑う。
「だから早見くん! あなたの魔法を――あなたの“幻想”を、ここにください!!」
「――御了解」
応ずる声とともに、水澤と裁縫が背にしている壁が外から破砕された。
立ち込める粉塵の中、瓦礫を踏みしめて、彼はやってくる。
「呼ばれて飛び出て、ってわけじゃないが――」
ふたりの前、“神”の正面に立ち、
笑う。
「どーも。魔法使いです」