じゅうさん。
「大変だったんだよ。何せ、ずっと後ろをついてきていると思ってたのに、ふと振り返ったらいなかったんだから。いやあ全く、肝が冷えるとはあのことだね。何せ時間も時間でさあ、これから夜だって言う時間にはぐれちゃったんだから、もう、何かあったらどうしようかと不安で不安で。夜通し捜し歩いたよ」
軽快にぺらぺらと話す秋月。姫森は少しずつ警戒を強めつつ、隣の女性の手を握り、そろそろと立ち上がった。
姫森の手に引かれて、女性もゆらりと立ち上がる。
「でもまあ、歩き回ったのも全く無駄足でもなかったわけだ。幸いにも、こうしてうら若きお嬢さんが保護してくれていたんだから――うん。本当に有り難う。あとは僕が引き受けるよ。君は君の用事に戻ってくれ」
君の物語に戻ってくれ。
そう、どこか気取ったようなことを言いつつ手を差し伸べてくる秋月。だが姫森はあっさりと女性の手を渡せず、思わず、
「えっと、その、この人、ちょっと様子がおかしいんですが、何かあったんですか?」
うん? とやや驚いたように秋月は訝しげな表情をしたが、すぐに笑顔を戻して、
「いやあ、ここしばらく徹夜仕事が続いていてね。もう何日もまともに寝てなくて。そうするとその子、ときたまそういうトランス状態になっちゃうわけだ。心配してくれて有り難う。でも問題はないよ」
冗談めかしたもの言いをしながら、さらに手を伸ばしてくる秋月。しかし姫森はまだ何とかして話題を探し、
「し……仕事って、どんなお仕事ですか」
ひく、と秋月の笑みが揺らいだ。わずかに眉根が寄る。だがそれでも一応、
「僕もその子も、某機関の職員でね。僕はまあ、中間管理職な立場で、その子は僕の部下でもあるんだ。で、僕らの仕事はほら、新技術の開発でさ。もう少しで完成するところ、まさに大詰めってわけだ」
いよいよ秋月の手が女性に迫る。姫森も、もう何も言葉が思い浮かばない。
内心に焦りを噛む。このままじゃいけない、と思う。何が駄目なのかは判然としないが、何かが駄目だと。
それでも、現実は動いていて、とうとうどうすることもできないままに秋月が女性に手を、
「――姫森!」
広場に、待ち人の声が響いた。