ひゃく、じゅうなな。
また、書き上げた原稿を全て消した。
今度のは、ほぼ完結間際のものだった。それでも、途中から段々とイライラしてきて、そこまできてとうとう消してしまったのだった。
「――ああ」
椅子に深々と寄りかかって、吐息する。
小説と言うのは、難しい――水澤だって、小説はもちろん、本はかなり読む方だ。読んでいる間は、ただ何も考えず読んでいるだけだったが、
「いざ自分が書いてみると、全くうまくいかないものだな……」
つぶやく。
「第一、まだストーリーも何も思いつかないんだものな……一体、世の小説家はどうやってあれほど何冊も書けるんだ?」
額に手を置いて、嘆息する。このまま少し休むか、と目を閉じて、
「――難航しているようだな」
不意に声がかかった。だが、その声が誰のものなのかわかっている水澤は、いちいち反応したりしない。
「そうだな。皆が簡単に言うから甘く見ていた。全然じゃないか。やっぱり私は違うんじゃないか?」
「いや、やはり君は間違いなく小説家だ。今も、実にいいデータが取れている」
「……四六時中観察されているのは、いい気分じゃないな」
「そういう条件だっただろう」
「それはそうだが」
「ところで」
急に、男は話を変えた。合わせてトーンの変わった口調に、水澤は目を開いて男を見る。
「彼らが来るようだ」
「………」
「魔法使いの少年と、科学の娘。もうひとりの少女は、どうやら連れてこなかったようだ。まあ、賢明だな」
そう言って、男は水澤を見る。水澤は、黙って見返す。
「さて、どうなるのだろうね。君が言っていたように――これが天空都市の、わたしの堕ちるときなのかな?」
「………」
「まあ、せいぜい堕とされないよう努力するとしよう――」
それだけ言って、再び男は消え去った。恐らくは、侵入者を迎えるために、あの中枢部へ向かったのだろう。
「………」
水澤は、男の消えた空間を見やったまま、動かない。
そうしてしばらくしていると、やがてどこか遠くから、爆発音が聞こえ始めた。しかもそれはひとつではなく、移動し続け、多重に重なり、天空都市を揺らし始めた。
「――そうか」
それらの轟音の全てに構わず、ぽつりと水澤はつぶやいた。
真っ白い天井を見上げる。
「これは、そういう物語か――」