ひゃく、じゅう。
「――なあ、おい」
水澤は、不意に部屋の隅に向けて声をかけた。
今は、端末に向かっておらず、ベッドに寝転がって天井を見上げていた。
部屋に、男の姿はない。壁際に、ずっと微動だにせず直立している侍女がいるだけだ。
男に向けてかけられた言葉は、部屋に空しく響くだけだったはずだったが、
「何かね」
答える声があった。
答えたのは、その壁際の侍女だ。他の一切は動かず、口だけが開き、答える。
「紅茶かね? コーヒーかね?」
「いや、そういうんじゃない。――ちょっと、いくつか訊きたいことがあるんだが」
訊けば答えるのか。そう問うと、侍女は肩を竦め、
「質問の内容によるかな。まあ、大概のことには答えられると思うがね」
「じゃあ訊こう。――お前にとって、科学とは何だ」
水澤は侍女の方を見向きもせず、天井を見上げたまま、まるで天井に向かって言っているように言う。
「わたしにとっての科学、ね」
侍女は、一応というように考えるしぐさを見せ、
「答えられない問いではない。だが、答えに困る問いではある。――強いて答えるならば、わたしにとっての科学とは、わたし自身である、ということになる」
「お前自身?」
やはり、水澤は天井から視線を動かさない。
「よくわからないな」
「別に難しい話ではないのだがね。わたしは科学を創り、発展させ、世界の成長を促す存在ではあるが……そもそも、わたし自身、その科学によって生み出された存在だ。わたしの全ては科学でできている。ならば、わたしにとっての科学とは、わたし自身に他ならないだろう」
「そうか。ではもうひとつ問おう」
理解したのかしていないのか、何も示さないまま水澤は次の問いに移る。
「お前にとっての幻想とは何だ」
「この世界にはもう不要なものだ」
侍女は即答した。それを受けて、初めて水澤は視線だけを侍女に移す。
「それはどういうことだ?」
「歴史の話だよ。かつて世界は幻想が全てだった。やがて科学が現れ、両者は争い、果てに幻想は科学に敗れ去り、世界は科学で満ちている。ならばもう、この世界に幻想は必要あるまい。ましてやこの世界にはわたしがいるのだからな」
そうか、と呟くように言って、水澤は視線を天井に戻した。そして、それで終わりと言うように押し黙ってします。すると今度は侍女の方から口を開き、
「わたしも訊いてもいいかね?」
「ああ、何だ」
「これも、ちょっとした好奇心なのだが」
一拍置いて、侍女は問う。
「君は、待っているのかね?」
「待っている? 何を?」
「彼らを、だよ。あの魔法使いの少年と、科学の娘。それに、まあただの少女か」