じゅういち。
「小説家?」
早見は、本気で胡散臭いものを見る目で少女Xを見た。
「え、なに。今、小説家って言った?」
「うん。言ったよ」
「………」
「おお、古今稀に見る猜疑のまなざしだね」
おどけたように軽く仰け反って見せる少女X。だがその顔が徹底した無表情なために、どうにも小ばかにされている感が否めない。
「小説家なんて……もう、いないだろ」
探るように、問う。だが少女Xはあっさりと、
「いるんだよ。――まあ、その小説家は、実のところまだ一冊も小説を書いてはいないんだけど」
「……それは小説家じゃない」
「これから書いていくのさ。――そして、それがゆえにことはさらにおおきくなっているわけなんだけどさ」
意味深な台詞に、あ? とやや機嫌を悪くしつつ早見が返す。対して少女Xは全くひるむ様子なく、
「小説家に必要なのは何だと思う?」
藪から棒に、そんなことを問うてきた。
「あ? そりゃあ……あれだろ、想像力?」
面食らいながらもそう答えると、少女Xは惜しいと言う。
「少し違うね。小説家に必要なのは想像力であり創造力なのだけれども、それらの根源となるのは発想力だ」
「……それがどう違うんだよ」
「これが結構違うんだよ。火種がなければ熾らない。そもそも発想がなくっちゃ想像も創造もできないんだね」
「ああそうかよ。成程な、よくわかった。で? それがどうしたって?」
投げやりになりつつそう返しても、やはり少女Xは全く動じない。
「君にはあるかい? その発想力が」
あ? と早見は少女Xを見た。そして、早見が何かを言う前に、
「ボクにはない」
きっぱりとそう言った。
「……そうかい」
「そうとも。そして君にもないよ。君だけじゃない。今のこの世界には、その発想力を持っている人間は一人しかいない――たった一人、小説家であるその人物だけでね」
「でも、そいつはまだ小説を書いてないんだろ?」
「小説家は生まれながらにして小説家なんだよ。それ以外の何者にもなることはできない。その人物もそうだ。そしてそれがゆえに、その人物は狙われている」
「狙われている? 何にだ。出版社にか?」
出版社といっても、小説家を失った出版社など、現代ではただの重版印刷企業のようなものに成り下がってしまっているのだが。成程それなら、出版社はこぞって血眼になってその新たな小説家を探すだろう。
だが、少女Xは首を振った。
「違うよ。現代の出版社にはもう、そこまでの財力も権限もない。それどころか彼らはまだ、新たな小説家の出現に気付いてすらいないだろうさ。――小説家を追っているのは、もっと違う連中だ。そうだね、強いて言うなら、その小説家を追っているのは、この世界全てと言っても過言といって悪くない」
「……いや、なんだよ悪くないって。中途半端な言い方だな」
意味わからないし、とため息をつく。もういい、俺は行く、と早見は見切りをつけて背を向けようとした、が、不意に少女Xがあらぬ方向を向いた。
「……何だよ。どうした? また変な電波でも受信したのか?」
冗談半分で適当なことを言ってみるが、無表情なこの少女Xはやはり徹底して無表情だった。
そのまましばらく黙っていた少女Xは唐突にぽつりと、
「――おやおやこれはいけないね。思ったよりも相手方の接触の方が早かったようだ」
「何の話だ?」
「ボクの話であり、キミの物語だよ」
あ? と何度目になるかわからない返答をすると、少女Xは振り向きざまに早見の手を取った。
「例のキミの友人、姫森・千鶴とその世界最後の小説家が昨日接触していることが既にわかっている。――そしてつい先程、その二人にボクらの警戒すべき組織の一部が接触した。だからボクらは今すぐに現場へ向かわなければいけない」
にこりともせずにやや早口でそう言うと、少女Xは予備動作なしで空間転移を起動した。
転移の余波で揺れる視界の中で、少女Xの声だけが淡々と響く。
「どうやらキミは面白い口癖をもっているみたいだけれど、そうやっていつまでも逃げていられると思わないことだ。これから語られる物語は、キミが主人公なんだから」