ひゃくきゅう。
「すーちゃんが天空都市にいる以上、下界の機関たちはボクらを狙ってくることはない。だから、とりあえずは天空都市にだけ集中していればいい」
食事を終え、食器を片付けたところで言った裁縫に、姫森が恐る恐る手を挙げた。
「どうしたんだいお姫ちゃん」
「いや、その……すーちゃんだけじゃなくて、はやみんも何か追われてるんじゃなかったっけ?」
ああ、そのことか、と裁縫は頷いた。
「それなら心配ないよ。もう誰もはやみんを狙ったりなんてしない――狙おうなんて、誰も考えられないよね」
「どうして?」
「防衛率100パーセントの天空都市防衛システムを突破したんだから、そんな奴に勝てると思う奴なんていないさ。――それに、天空都市は既に小説家を手に入れている。今更魔法使いを引き入れたところで、役に立てようもない」
肩を竦め、
「簡単に言っちゃうと、はやみんは役立たずなんだよ」
「簡単に言うのはいいけどな。せめて言葉を選べ……」
「それじゃあ、具体的な今後の話をしよう」
早見をスルーして、裁縫は端末を立ち上げる。
「まず目標はすーちゃんの奪還だ。そしてすーちゃんは天空都市にいる。となれば、天空都市に侵入しなければならないんだけれど」
裁縫の操作に応じて、テーブル中央に三人から見えるように大画面が立ち上がり、天空都市と、その周囲に軌跡が描かれていく。
以前、一度見たことのあるそれは、
「防衛システム、か」
早見のつぶやきに、裁縫は頷いた。
「一度突破はしたとはいえ、防衛システムそのものは健在だ。そしてこれがある限り、隠密の侵入はできない――もう一度、突破するしかない」
それを聞いても、早見の表情に変化はない。
「水澤さんのいる場所は、天空都市のどの辺りなんだ?」
「わからない。だが恐らくは、ボクらがあの男――天空都市の主に案内された、天空都市中枢部。そのどこかにはいると思う。そこならば、安全に、完全に、すーちゃんを観察し、観測できるからね」
画面が移り変わり、天空都市の全景が映し出される。
「先の戦いのとき、あの男に接触して、限界まで解析してみたんだけど、天空都市というものは中核に設置された動力源をもとに浮かぶ浮遊島だ。その原理まではわからなかったが、この動力源というものは、」
「ちょっと待ってくれ。接触って、何だ?」
「ああ、そうだったね。はやみんが吹っ飛ばされたあとの話だ。ボクも捨て身の特攻的な攻撃を仕掛けて、まあ案の定攻撃そのものは全く利かなかったんだけど、そのときに天空都市にハッキングしてね」
「あ、あのときのさいほーちゃん、はやみんが吹っ飛ばされて錯乱してたわけじゃなかったんだ……?」
「当たり前だろ。ボクを何だと思っているんだい」
と、しれっと言った後で、
「……と言ってもまあ、ボクは完璧に死んだと思ったけどね。ハッキングで引き入れた情報は、生死不明のはやみんに流して丸投げしようと思っていた。すーちゃんに助けられなかったら、間違いなく死んでたね」
「お前なあ……」
「転んでもただでは起きない、って奴さ。結果的に生き延びられたんだ。結果オーライ。怒るなよはやみん」
「いや、そうじゃなくてだな……」
呆れたように、早見は言う。
「二度とするなよ、そういうこと」
「そういうこと?」
「捨て身の特攻」
聞いて、裁縫は、はン、と鼻を鳴らして、
「人の心配できるのかい? 自分はさっきまで完璧にブルッてたくせに」
「まあ、それはそうなんだが……」
「ふん。まあ、心配は有り難く受け取っておこう。――それに、ボクだってあんなことをそう何度もやろうとは思わないよ。今度こそは、はやみんが頑張ってくれるんだからね」
言って、裁縫は端末に視線を戻した。
「天空都市は、その全てが天空都市なんだ。だから死角もない。便宜的にあの男を天空都市の主と呼ぶことにするけど、天空都市に侵入するということは、あの男の体内に入っていくようなものだ。陽動なんかしても、あの男には全てすぐに知られることになる。だけど、ボクらが一丸となって突っ込んで行っても成功する望みは薄い。それくらいなら、二手に分かれた方がいい」
「二手?」
「そう。すーちゃんを実際に救出する方と、天空都市で暴れ回る方だ」
「暴れ回る、ね……」
裁縫は頷く。
「できる限り敵の力を分割させた方がいい。どうせあっちも、どこで大暴れしようがすーちゃんを助けに来てるってことはわかってるんだ。それでも外で思いっきり暴れてくれれば、そっちを放っておくこともできなくなる」
「いや、でも……どうなんだ? そこはまず水澤さん狙いでまっすぐ行った方がいいんじゃないか?」
「まとめて吹っ飛ばされるのは避けたい」
裁縫の言葉に、ぐ、と早見は口を閉じる。
「……それに、ボクにも考えはある。だから、分担はこうだ。まずは天空都市に侵入する。そこから、はやみんは手当たり次第に大暴れして、ボクの方ですーちゃんを救出に行く。シンプルでわかりやすいだろ?」
まあ、と早見も姫森も頷いた。
「ざっとこんなところだ。まー作戦らしい作戦でもないけれど。――決行は明日」
裁縫は、端末を閉じて、茶化すように冗談めかして言った。
「いよいよフィナーレだ。最高のフィナーレ。SFだろ――派手に行こうじゃないか」