ひゃくなな。
えーっと、と早見は数拍沈黙し、まじまじと裁縫を見て、数秒よく考え、
「――いや考えてわかるものじゃないよなこれは。おい裁縫」
「何だいはやみん」
「お前、何でメイド服着てるの?」
うん? と裁縫はお玉を握っている手を腰に当て、胸を張って見せてから、
「何かおかしいかい?」
「おかしいだろう。これがおかしくないというのならこの世界に不思議はない」
半眼で、早見は言う。
裁縫は、黒と白を基調としたゴシック的メイド服だ。純白でひらひらのエプロンなどつけており、カチューシャまで完備である。
いつも通りの無表情が酷く惜しい。
「なに、別に大したことじゃないさ――退屈な日常への、ささやかなスパイスだ。好きだろう?」
「俺のために着てるみたいな言い方をするな」
「嫌いなのかい?」
「嫌いではないけどな」
しかし、裁縫は無表情ながらもどこか満足げに、ふむ、と頷いた。
「でも、ボクのメイド姿に欲情しているということは」
「してないからな! 断固として断言するぞ、し・て・な・い・か・ら・な!!」
「――ようやく平常運転のはやみんに戻ってくれたということだね。やれやれ、随分と時間がかかったものだ」
やれやれと、大仰に肩をすくめて見せ、
「全く全く――ボクが裸エプロンでうろうろしても何の反応も示さなかったはやみんが、マニア度は高くても露出度は低いこのメイド服に反応しているのだから、これは大いなる進歩と言っていいね。人類が火を手に入れた並の快挙だ。いやはやお姫ちゃん、お疲れ様」
「ちょっと待て! ――お前、裸エプロンでうろついてたの?」
「そうだよ。なんだい、改めて御所望かい? やれやれ仕方がないね。ボクも鬼じゃない。そうやってはやみんが土下座までして頼んでくるのなら、ボクもひと肌、いや一枚や二枚脱がずにはいられないね。ボクの生尻を前にしても全く相手にしてもらえないというのは、仕掛けたボクとしても一抹の寂しさを禁じ得ないところだったんだ。では改めて、」
「やらんでいい! なんだお前、その歳でもう痴女なのか!? しかも流れのままに俺が土下座して頼んでる風を装うな! してねーし、脱ぐんじゃない!!」
両肩をはだけたところまで服を脱ぎにかかっていた裁縫は、早見の必死の制止によって辛うじて動きを止め、そしてあからさまに早見を蔑む見下ろし目線で鼻を鳴らして、
「――チキン」
「うるせえ何とでも言え」
「チキン。カス。奥手。鈍感。不感症。童貞」
「その辺でやめてくれ。なんだかどんどんぐさぐさくる」
言われたから、というわけでもないだろうが、裁縫は片目を瞑り、くるっと身を回して背を向けた。
「ともあれめでたいことだ。今夜ははやみんの復活祭だね。こんなこともあろうかと、偶然、たまたま、今夜は豪華に派手なメニューを製作中だったから、この勢いでパーチィといこう」
「パーチィて……だからお前は、一体普段から何があると思って生活してるんだよ」
半目で言う早見に、裁縫は肩越しに振り返って、ウィンクした。
「何でもあると思って、だよ」