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ひゃくご。
――戸が開いた。
俯いているために、誰がその戸を開けたのかはわからないが、この部屋には自分の他には裁縫と姫森しかいないのだから、ふたりのどちらかだろう。それに、裁縫は先程キッチンに入って食事の支度をしているから、間違いなく姫森だ。
という一連の認識を、早見はしかし、していない。ただ、音を聞いただけだ。
空っぽの頭に、認識はない。
戸を開けた人物は、しかし部屋に入ってくることはなく、どうやら戸を開けたその場に立ち止っている。何をしているのかはわからないが、早見を見ているのか。
やがて、ひとつ吐息が聴こえ、その人物は結局部屋に入らず、戸を開けたままに廊下を遠ざかっていく。
早見は、人形のように座っている。
数秒が過ぎた。
静寂。
が、
ダダダダ――
という、床を抜かんばかりに踏む打撃音が連続し、沈黙は消え去った。
その、あたかも廊下を全力疾走しているかのような足音は、数秒足らずで早見のいる部屋まで接近し、
――ダンッ
と、ひときわ大きく床が鳴ると、
「――――ぼごっ」
顔面、左頬に、衝撃と、熱。
クリティカルヒット。