ひゃくよん。
空っぽだった。
頭も、心も。
がらんどうに。
何もなかった。
時折、泡が浮かぶように、言葉にもならない言葉が、感情にもならない感情が、ぷかり、と浮かんでは消える。
取り留めもなく、残らない。
答えのない問いの、残響。
どうにかしなければ。
何かしなければ。
何をするんだ?
何ができるんだ?
負けた。
負けたのだ。
惨敗だ。
それでいながら、生き残ってしまった。
助けなければいけない相手に、助けられた。
何も守れず。
誰も守れなかった。
ただ巻き込まれて。
掻き回されただけだった。
どうにかできなかったのか。
もう少し……せめて、もう少し何とかならなかったのか。
ただ、正面からぶっ飛ばされただけだ。それだけのこと。
だが、何もできなかった。
あそこで、死んでいたはずだった。
他の三人を庇うので精一杯で、自分の防御が間に合ったのは本当に奇跡だったのだ。
そのときに受けた負傷も、気を失っている間に無意識に治癒していたのだろう。
それはまだ、生きることを根底では諦めていなかったからだ。
だが、次もそうなるとは限らない。
それどころか、次は絶対にないと、確信すらある。
次に同じことがあれば、少なくとも自分は死ぬだろう。灰も残さず消え失せるだろう。
誰かを護るどころではない。
自分ひとり守れない。
こんな自分が行ったところで、水澤を助け出せるものか。
行かなければ、という思いは、ある。
水澤をあそこに連れて行ったのも、そして置いてきてしまったのも、他ならぬ自分だ。
行かなければ。
だが、動けない。
向かうことができない。
ただ、燻っているだけだ。
いや――燻ってすら、いないかもしれない。
もう、消えている。
裁縫も、そして恐らくは姫森も、自分を待っている。それはわかっている。
でも、もういいじゃないか、という囁きがある。
もういいじゃないか。お前はもう十分にやった。
主人公でもないのに、よくやったよ。
だからもう、いいじゃないか。
否定したい。
拒絶したい。
だが、そうすることもできないままに。
ずっと黙って座っている。
自分では無理だ。
もっとふさわしい奴は、きっと他にいる。
そうだ――そもそも最初から、そいつが出てきていれば。
水澤があそこに取り残されることにもならなかったはずだ。
自分でなければ。
水澤を護ろうとしたのが、誰でもいい、自分でさえなかったなら。
こんなことには、ならなかったのではないか。
それに――助けに行きたくても、行けない明確な理由も、あった。
魔法が、使えない。
ちょっと物を引き寄せるというだけのことにすら、魔法が発動できない。
今まで、それこそ手足を動かすように、考えるまでもなく行使してきた魔法が。
念じても、呻っても、全く消え去ってしまったかのように現れない。
理由は――だいたい、わかっている。
負けたからだ。
自分が全く敵わない相手がいて、その相手に殺されかけたこと。
生き残った理由が、実力でもなんでもなく、ただの運だったこと。
恐怖したこと。
だから、魔法が使えなくなった。
自分を信じきれなくなって。
魔法が信じられなくなった。
世界最後の魔法使い、と。
そう言われて、驕っていた部分もあった。
実際、魔法というものは、その存在だけで力だ。
“魔法とは、世界を思うが儘に変えられる力である”と。
そう言ったのは、彼の祖父だったが、全くその通りだった。
だが、その祖父が、魔法を徒に行使するなと言い含め、そのことで世界に追われないように手を回してくれた。そのお陰で、これまで大過なく過ごしていた。
だけれど、思いきり力を使いたいという願望は確かにあって。
そうできる状況に巻き込まれて、浮かれている部分もあった。
その驕りも、浮かれも、全てをあっさりと打ち砕かれたのだ。
情けなく、恥ずかしく、悔しくて。
それでも、もう何もできなくて。
ただ、空っぽになって座っていることしか、できない。