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ひゃくさん。

 

 

 姫森は、まんじりともせず座っていた。

 正面に座っている早見は、やはり変わらず枯れている。

 ここ数日、ずっとこうである。

 何か言わねば、と思うのだ。

 何か声をかけないと。

 早見を起こさないと。

 このままでは絶対にダメだと。

 朝起きたときにそう固く決意して、気持ちを引き締めて朝食に向かい、ソファで早見と向かい合って、

 そこで全ての気持ちが萎えてしまう。

 どんなに固い決意でも、情けないままに萎んでしまう。

 そうしてもどかしいまま、一日中ろくに動かず座ったままの早見の前に、一日中ろくに動かず座ったままでいることになる。

 あれからもうずいぶんと日が経っている。裁縫が言うには、天空都市にも、下界の機関にもこれといった動きはないから、まだ水澤は大丈夫だろうということだけれど、それもいつまで続くかわからない。

 このままではいけない、とそうは思っている。

 変えなきゃ、という気持ちは日に日に強くなる。

 そして、何よりも、もっと根源的な、しかし言葉にならないもやもやとしたものが、もどかしさを食って日を追うごとに巨大化していく。

 けれど、それを晴らす手段もなく、


 何か言わなきゃって、そう思うのに――!


 膝の上で拳を握るだけ。

 それだけだ。

 この日も、そうやって一日が過ぎようとしていた。

 けれど、


――お姫ちゃん。


 小さく、本当にか細い大きさで、自分を呼ぶ声が聞こえた。


――おい、お姫ちゃん。


 また聞こえた。誰の声かはわかっている。


「さいほーちゃん? どこに――」


しかし姿が見えない。視線を彷徨わせて部屋中を探るが、裁縫の姿は見えず、


「さいほーちゃん?」

 ――どこを探しているんだい、お姫ちゃん。こっちだこっち。

「え? ――ぅわっ」


驚いて大声を上げかけて、慌てて自分の口を手でふさいだ。


「そんなに驚くことじゃないだろう、お姫ちゃん。ここでボク以外の誰かだったらホラーだろう? 安心していい、この期に及んでそんな新展開は予定されてない」

「だ、だったらもっとフツーに出てきてよ……!」


 キッチンの引き戸、それを細~く開けた隙間から、片目だけでこちらを見ている裁縫は、ふふ、と含み笑いなどした。


「まあまあ、単調で退屈な毎日へのささやかなスパイスだよ」

「心臓に悪すぎだよ……」


 半眼で言う姫森にも、悪びれなくふふんと鼻で笑って返し、ちょいちょいと手招きなどする。


「……? 何?」


 姫森が近寄っていくと、裁縫は、


「スパイスついでに、お姫ちゃんにいいことを教えてあげよう。いや、いいことと言うよりは、面白いことかな。いやいや――面白いことと言うよりは、面白い技かな」

「うん?」


 訝しげに首を傾げる姫森に、にやにや、と言葉だけで裁縫は笑って見せた。

 表情はいつもの通り、無表情だったが。

 

 


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