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ひゃくいち。

 

 

 白い部屋がある。

 壁も、床も、天井も、全面が純白だ。

 そして、かなり広い。

 一面が白いために遠近感がはっきりしないが、広いことは確かだ。

 しかし、そこはあまりにも物が少なかった。

 デスク、椅子、ベッドがひとつずつ。

 それだけだ。

 あまりにも殺風景。

 まだしも、一方の壁を大きくくりぬいて作られた窓から見える外の景色の方が、面白みがあるというものだ。

 ただし、その窓からは空しか見えないのだが。

 その部屋が、空の中にあるのだからそれも当然のことだと言える。

 そして、殺風景であるということよりも、明らかに欠けている要素が、この部屋にはあった。

 扉がない。


 その部屋に、今、ひとりの女性がいた。

 肩にかかる黒髪を後頭部でポニーテールに結い上げ、アンダーリムの眼鏡をかけている。デスクに向かって座り、立ち上げた端末にもの凄い速度で何やら書き込んでいる。

 表情は、無い。

 画面を見る視線も、冷淡だ。

 水澤である。


「――調子はいかがかな」


 声とともに空間が揺らぎ、そこに人影が浮かび上がった。

 男だ。

 背の高く、西欧人の顔立ちをした、白衣の男。


「そろそろ半月ほど経つ。やはり時間のかかるものだな。長編かね? 名作を期待しているよ」

「うるさいな。どうでもいいことを言う暇があるのなら、コーヒーの一杯でも出す気遣いが欲しいところだ」

「これは失敬。すぐに用意させよう」


 言下に、男の後ろで同じように空間が揺らぎ、また新たな人影が生まれた。

 今度の人物は、女性の姿をしている。

 だが、妙に人間味がない。

 その女性は、音もなく水澤のいるデスクまで足を運ぶと、両手で支えていた盆からコーヒーカップを置いた。

 その一連の流れを、水澤は一瞥もせずに端末に書き込み続けていたが、


「……彼女は何だ。少なくとも、人間ではないようだが」

「ふむ。やはり見たことはなかったか……まあ、当たりだ。彼女は自動人形でね。普段の使い道はほとんどなく、手慰みに都市全域の清掃などさせているが、やはり本来はこういう使い方をするべきものだ」

「……それで、どうしてメイド服なんだ」

「それは開発者の趣味だよ。わたしのこの身体を造ったのと同じ、四百年前に招聘した科学者の趣味だ」


 水澤は、それに対しては何も答えなかった。

 タタタタタタ――と端末に打ち込み続ける。


「――下界に動きは、ないな」


 しばらくの沈黙の後、男は独り言のようにそう言った。


「ついでに、あの魔法使いの少年も、どうやら生きているようだ」


 水澤は、一瞬、端末から開いた鍵盤の上を走らせていた指を止めた。

 しかし、すぐに再開する。


「しかし、どうやらすぐにここへ戻ってくるということもなさそうだ。それどころか、もう二度とはここへやって来ないかもしれないな」


 水澤の無反応に構わず、男は続ける。


「やはり、魔法使いは魔法使いだったな。かつての彼らもそうだった。結局のところ、」

「――饒舌だな、いつものことだが」


 低い声で、水澤が言う。

 手は止めない。

 視線も逸らさない。


「そんなことを私に話してどうしようというんだ? お前の目的は、私に小説を書かせることだろう。今の私に下界の動きを教えたところで、私はここにいるし、別に逃げ出そうという気もない」

「彼らの安否は気にならないのかね」

「安全だというのは、お前が保証したことだ。この程度の契約も履行できないのであれば、お前の程度などたかが知れている」

「成程、これは手厳しい」


 ふ、と男は笑う。水澤はにこりともしない。


「だが、彼らが君を助けに来るとは考えていないのかね? 全く?」

「全く考えていないと言えば、まあ、それは嘘だけれど」


 淡々と、答える。


「別に、助けに来なくても構わない。むしろ、助けに来ない方がいいかもしれないな。ああ、その方がいい。何せ、」


 ふん、と鼻を鳴らして、水澤は肩をすくめた。


「この場所は環境がいい――食事も、入浴も、思うがままだ。お前のお陰でな。おまけに侍女までついているときている。至れり尽くせりじゃないか」

「雇用相手の職場環境を整えるのは、雇用主として当然の義務だからね」

「まあ、唯一文句を言うところがあるとすれば、その雇用主がしょっちゅう仕事の邪魔をしにくることか」


 はは、と男は苦笑した。そして、くるっと未練なく背を向ける。


「そう邪険にされては、仕方がないな。わたしはここで去るとしよう。何かあったら適当に声をかけたまえ。何でも用意しよう」


 そう言って、男は姿を消した。空間転移だ。

 扉のない部屋へ出入りする、唯一の方法だ。

 部屋には、水澤と、先程コーヒーを運んできた自動人形だけが残っている。

 水澤は、ひとつ、深いため息をついた。

 

 


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