エピローグ「わたあめ警報発令中」
「そろそろ時間だな」
俺は立ち上がると、教室から廊下に出た。
まだ春は始まったばかりで、ヒーターのついた教室から出るとひんやりとした空気に包まれる。
ふと、背後からのしっとくる重みを感じた。
「和弘ー。どこ行くのん?」
「入学式の準備だよ。……お前も手伝ってくれるか?」
肩に置かれた晴彦の腕を払いのけ、俺は言った。
「やだよ、めんどくさい。それにまだ時間あるだろ? 同じクラスになったんだし、もうちょっと喋ろーぜ?」
「何か落ちつかないから。早めに行きたいんだけど」
入学式の準備が早く終わったからと言って、何かが早まるわけではないが。
「春祭りの学生神輿コンテスト、木村とか井上とか、藤小6年1組が集まってやろうって話出てんだけど、お前もでるよな?」
「……それって今、急いでる俺に話すことか?」
「いーじゃんいーじゃん。で、出るのか出ないのか!」
拳をマイクのように突きつけられ、俺は勢いで一歩下がった。
「わ、悪いけど……俺、春祭りは予定ある……いや、できるから」
「はぁ? 何だよ、つれねぇヤツだな。もしかして秋祭りで迷子になったこと、トラウマになってんのか?」
「そうじゃないけど……」
正確には『すごく惜しい』。ちょっと違うんだけど。
「俺、もう行くから!」
晴彦を突き飛ばし、俺は廊下を走りだした。
「っておい! 廊下走っていいのかよ! お前がいっつも――――」
しぼんでいく晴彦の声を無視し、俺は体育館を目指す。
どうしてあの日、あの夜。
出逢ったばかりの女の子に、花火を見ようなんて言ったのか。言えたのか。
ただ、あの年で祭りだというのに着飾らず、Tシャツ短パンで来ていたあの子も、祭りに対して俺と同じ気持ちだったんじゃないか……なんて、ちょっと仲間を見つけた気がして嬉しかった。
だから、誘えたのかもしれない。
「お、佐久間だ。早いねぇ」
体育館で保護者席の準備していた、教務主任の中谷先生が顔を上げた。
「先生がスーツなんて珍しいですね。教師に見えますよ?」
「馬鹿を言え! これでもちゃんとした教師だ!」
いやいや。俺は廊下で黄色のアロハシャツを着た貴方を初めてみたとき、頭の薄い公務員のおっちゃんだと思いました。なんて言えるはずもなく、心の中にとどめておく。
「早く来てもやることないが……。マイクの電池の確認がまだだったな。チェックしておいてくれないか?」
「それって先生の仕事なんじゃないですか?」
「佐久間と喋ってるから、時間がなくなったんだ」
「教師のくせに……。口よりも手を動かせって、一体何人の生徒に言ってきたんですか?」
「言いかえす言葉もないな」
「まあ、いいですよ。困っている先生を助けてあげます」
俺は準備に勤しむ先生たちに挨拶をしながら、舞台袖の機械室に向かった。
そしてついに、入学式が始まった。
開会の言葉や校長先生の話……そして。
『続いて、生徒会長の言葉。3年5組、佐久間和弘』
「―――――はい!」
俺は階段を上がり、舞台に立った。
☆★
「まさか、佐久間さんが生徒会長になっているとは思いませんでした」
驚いたような、呆れたような声で、俺の右隣にいる天竺さんは言った。
1年昇降口前で待っていた……というより待ち伏せしていた俺は今、天竺さんと一緒に帰っている。
「君が頑張って受験勉強してたのに、俺だけ何もしないで待つのもね。だから、入学式で真っ先に見つけてもらえるよう、あの舞台に立てる方法を考えた結果が、あれ」
「なるほど。じゃあ、私のために生徒会長になったと受け取っていいんですか?」
「そういうことだね」
「……あっさりですね」
桜区から俺たちの学校は、歩いて20分もかからないところにある。
歩きながら、俺たちは高校のことについて話していた。図書館にはどんな本があるとか、おもしろい先生のこととか。
「……去年の秋もそうでしたけど、佐久間さんとは学校のことしか話していない気がします」
「たしかに。共通点が学校ってことしか、俺たち知らないもんね」
気が付けば、もう公園まで来ていた。あの秋祭りのときの公園に。
「天竺さん」
俺は緊張で上ずった声で彼女を呼んだ。
「はいっ」
彼女も何かを感じたように、いつもより声が高くなっていた。
「天竺さんのことが、好きです。付き合ってください」
「わ、私も好きです! よろしくお願いします……」
「……早いね」
「こういうのは一気に言わないと、だんだん言いにくくなりそうだったので……」
お互い緊張して何も喋らなくなったので「帰ろうか」と言って歩き出した。
「……半年前から、この時を待っていました。待たせてしまって、すみません」
「いや、俺も半年前に中途半端なこと言って、ごめん」
「それにしても、会長の挨拶のとき、マイク持った瞬間に告白されるかと思いました」
くすくすと笑いながら、彼女は言う。
「さすがに俺も、そこまでロマンチックな演出は出来ないよ」
「ですよね。ちょっと期待しちゃいましたけど」
「期待にこたえられなくてごめんねー」
そして俺は何気なく、何でもないようなふりをして、言った。
「ゴールデンウィークの春祭り、一緒に行こう」
「……! はい! ぜひ行きましょう!」
「今度は、はぐれないようにしないとね」
俺はそっと、彼女の手を取った。
ここまで読んでくださった方、コメントをくださった方、ありがとうございました!
こんなにスムーズに連載が出来るなんて思っていませんでした…!
これも、読者様のおかげです。本当にありがとうございました。
感想やアドバイスなど、お待ちしています。