第四話「わたあめひとかけ」
最後にスターマインとたくさんの花火が一気に打ち上げられ、お祭りは終わった。
コオロギの合唱で、騒がしかったお祭りが古い思い出のように感じた。
「楽しかったです。ありがとうございました」
閉店直前の屋台で買ったお土産用のたこ焼きやお好み焼きは巾着にしまい、わたあめを片手に私は佐久間さんに頭を下げた。
「俺の方こそ、ありがとう。あのまま友達と別れて家に帰るよりも、いい思い出になった。……で、終わってから何だけど、一緒に来た人って大丈夫なの?」
「あ……」
すっかり忘れてた。馬鹿兄貴のこと。
私はふわふわのわたあめを舐めるように口に入れる。
「まあ、大丈夫だと思います。もしかしたらお母さんに報告されてるかもしれないですけど、叱られるべきは向こうですから」
「……もしかしてお兄さんと来てた?」
「え、なんで……!?」
「うん、家から強制的に連れてこられた、とか。お母さんに報告と叱られるってこととか。友達にしては随分近すぎるから。それと、『俺の引き立て役』って言葉。兄弟姉妹の中で言うなら、兄かなって」
「すごいですね。当たりです!」
探偵さながらの推理に、この人は何者なのかと好奇心をかき立てられた。その反面、彼のほんの一部しか知らないただの他人だということを実感させれれたような気もした。
私が佐久間さんのことをどう想っていても、それは今日までの、今日だったからこその想いなのかもしれない。
優しくされたとか、一緒に花火を見ただとか、そういう一瞬だけの恋の錯覚。
佐久間さんが好き。
だけどそれは一時の気の迷いかもしれない。
だから、告白したくない。
だって、怖いから。困った顔をされるのが。
私は弱虫だから。傷つきたくない。
私のせいで、今日の思い出を汚したくない。
「じゃあ、私の家桜区の方なんで……」
今日はありがとうございました、と頭を下げようとしたとき。
「へえ! 俺も桜区なんだ。送ってくつもりだったし、都合いいね。何丁目?」
私が4丁目、と答えると。
「俺は1丁目なんだ。ここからだったら、ちょうど4丁目通って帰る道だし、ホント、君の家っていい所に建ってるね!」
なんだか面白くて、笑ってしまった。
「でも、桜区なら藤小じゃない? 学校とか通学班とか、子供会で会ったことないような気がするんだけど……」
「私、小6のときに引っ越してきたんです。だから……」
「なるほど。俺もその頃は中学生だったしな」
そんな感じのどうでもいいような話を続け、私たちは桜区へと向かった。
このたった数時間で芽生えた恋心を、告白しようか迷いながら。
近道である4丁目公園を突っ切っていたとき、会話が途切れた。
何か話題は無いかと学校のことを考えていると、佐久間さんが歩みを止めた。
「……どうしたんですか?」
私も立ち止まる。コオロギの鳴き声が辺りから飛んできて、頭にガンガンと響く。
何故か佐久間さんの顔が見られなくて、チカチカと切れかけの電球が照らす足元ばかりを見つめていた。
「――――俺、天竺さんのこと、好きなんだと思う」
「……!」
嬉しくて、わたあめの棒を握りしめた。すごく嬉しかった。
「……だけど『好きだ』って断言できないのは、祭りだから、その……」
顔を上げると、佐久間さんは顔を赤くして私から視線を反らしていた。考えてることは、きっと一緒だ。
「同じこと考えていました」
「え……」
「私も、佐久間さんが好き……だと思います。でも、今ここで告白したら、なんか……こう。安い女って思われそうで」
瞬間、佐久間さんがしゃがみ込んだ。
「え!? 大丈夫ですか?」
私も慌ててしゃがむと、小さな笑い声が聞こえた。
「あはははは……。ごめん、安い女なんて単語、よく知ってるね……」
お腹を抱えて笑っていたのだ。
「つ、使い方間違ってたらすみません! えっと、とにかく……花火一緒に見てデートみたいな雰囲気に酔ってその場の勢いで告白して佐久間さんに迷惑掛けたくなかったし……拒絶されるのが、怖くて」
「俺もそうだよ」
佐久間さんが立ちあがったので私も立ち、再び公園の中を歩きだした。
「天竺さんはケータイ……持ってないんだよね」
「高校入ってから買ってもらうことになっているので……」
「じゃあ、入学したら君を探すよ」
「……佐久間さん、山萩高でしたよね」
「うん」
佐久間さんは、私を誘ってくれた。
ベビーカステラとか、ラムネも貰った。
一緒に花火を見た。
誉めてくれた。
送ってくれた。
私を好きだと言ってくれた。
ここから先は、私の番だ。
「……受験勉強、頑張ります。絶対受かって山萩行くので、それまで待っててくれませんか」
「いいよ」
「早いですね!?」
「俺も同じようなこと考えてたし……。半年経ったら、断言できる告白するから」
「……はい」
爽やかな風が吹いているのに、すごく顔が熱かった。
公園を抜ければ、すぐに私の家だ。
「半年後に再会だね」
「その前に、道でばったり会っちゃうかもしれませんけど」
私は家の門に駆け寄った。そして振り返ると、頭を下げた。
「今日は、本当にありがとうございました」
「ううん。俺も楽しかったから。ありがとう。……それじゃあ、また」
「はい。また会いましょう」
門をくぐると、振り返らずに家のドアを開けた。
とりあえずここで終わりです。
が。
序章があれば終章もあります…。
お楽しみに!