第一話「チョコバナナハプニング」
プロローグから視点が変わります。
どうしよう。
半分まで減ったチョコバナナを右手に、私の脳は思考を完全に停止していた。
一緒に来てたお兄ちゃんだと思って、手を引かれるままについて行ったら知らない人だったとは……。相手の人もちょっとびっくりしてるみたい。
でも、同じクラスの女子たち見つけて一緒に歩いてハーレム満喫してたお兄ちゃんとは、はぐれた方が好都合だったかも。それに、どちらにせよあの男子の群団にぶつかってたら迷子になってたし……。
「あ、あの」
「はいっ!?」
「さっき、人ごみを分けてくれてありがとうございました」
一応言ってみたけど、相手は助けたつもりないんだろうな……。すると、相手は恥ずかしそうに俯きながら言った。
「……悪い。引っ張っちゃって。本当は、連れの腕つかんだつもりなんだけど……」
「いえいえ! 私も、一緒に来てた人に似ていたので……」
意地でもお兄ちゃんと来たって言うもんか。だけど、連れか。彼女かな? まぁ、祭りだからな。デートの王道だもんね。
「……その一緒だった人は、大丈夫?」
「きっと大丈夫だと思いますよ。今頃私がいないのにも気づかず、女の子にちやほやされてお祭りを満喫してるはずです」
……うあああ! しまった!! これじゃ私がハーレム男に貢ぐ可哀そうな女みたいだ!
相手の人は笑顔だけど、心の中ではドン引きしてるよ、きっと……!!
それにどうせこんなハプニングが起きるなら、祭りにTシャツ短パンで来てる私よりも、浴衣着て髪盛ってる可愛い女の子の方がよかったよね……?
悲しくなるから話題を逸らそう。
「そちらは、大丈夫なんですか?」
「ああ、気にしなくても大丈夫。今頃俺を探して息切らしてるはず」
すごい……今の状態が予測できるほど彼女のこと好きなのか。
と、その時電話の着信音が鳴った。お母さんの携帯と同じ音だ。
「ちょっと失礼」
そう言うと、路地の奥に入って行った。
「もしもし? どこにいるんだよ。…………え、おいちょっと待てよ。ふざけん……」
さっき私に話した口調よりも荒い感じで、それから察するにこの人は高校生だと思った。中学生じゃこんなに大人っぽくない。
「どうかしましたか?」
「ごめん、ダチが他の奴と回るって言うから、つい大きな声に……聞こえてた?」
「すみません、聞いちゃいました」
友達? ってことは、彼女じゃないのかな。さっきの電話も、彼女にするような話し方じゃないもんね。……ってなんでほっとしてるんだ私。
「好きにしろって言われたって、俺は別に祭りに来る気なかったんだけどな……」
「私も! 来る気なかったんです! それなのに、俺の引き立て役になれとか言って、家から強制的に連れてこられて……。私受験生なのに……」
「受験生ってことは、中3?」
「はい」
「大変な時期だな……。俺は佐久間和弘。で、高校2年」
次は私の番か、と思って口を開きかけたとき。
「……あ、別に名前は嫌だったら言わなくてもいいから。安易に名前教えたらまずいし、言いづらいと思うし……」
「いいえ! そんなことはありません!」
私は確信した。こんなに優しくて思いやりがあって気がきく人が、悪い人ではないと。
「天竺、牡丹です」
佐久間さんは「天竺牡丹……」と、確認するように呟くと、ちょっと照れくさそうにして言った。
「じゃあ、天竺さん。もしよかったら一緒に花火見ない?」