プロローグ「りんごあめのあいつ」
空は橙色に染まっているが、まだ暗くもない。
それなのに、提灯はもうすでに灯りを燈している。正直眩しい。
耳が裂けそうな喧騒の中、俺は一人歩いていた。
ここへ来るのは、乗り気じゃなかった。
親友の晴彦から『暇だったら神社の鳥居に来い!』ってメールが来て、それが祭りの誘いだと解ったときは面倒だったし迷ったが、母に折角だから行ってこいと半ば家を追い出されたのでは行くしかない。
鳥居の下には、もう晴彦がいた。案の定……奴はとっくに祭りを楽しんでいた。ヒーローのお面を付けてりんごあめをしゃぶって浴衣を着て……俺たちは高1だというのに、下手すれば小学生にも見えるような格好だった。
「遅いぞ和弘! ……しかもなんだよ? Tシャツにジーパンって……地味すぎだっ!」
「いいだろ、俺のファッションなんて」
「よくねー! 一緒にいるオレまで“地味”に溶け込んじまうだろ!」
いやいや、お前は絶対目立つ。
「俺が地味すぎて、逆にお前がかっこよく見えるかと思ってさ」
「そうか……オレのためだったのか」
「納得するなよ……。誰がお前のためなんかに服装考えると思う。ただ近くにあった服を着ただけだ」
「まあ、そんなことだろうとは思っていたがな。でもよ、和弘……」
珍しく晴彦が真剣な顔になった。俺もつられて背筋を伸ばす。
「夏祭りなんだぞ!? ちったぁ派目外せや!」
「お前は外れすぎだ!」
いつも通りの、くだらない話から祭りは始まった。
この祭りは、神社の階段を降りたところから、市民センターの前までおよそ200メートルを屋台が埋め尽くしている。俺らは神社から少し離れ、市民センターへと向かっていた。
「人多すぎじゃないか?」
「そうか? 毎年こんなもんだけど。お前来たことねーの?」
「ずっと前……中2のときから来てない。あんときはまだ花火も無かったしな……。わざわざ見に来ようとか思わなかった」
歩いていると、人ごみに呑まれそうだ。俺たちは並んで歩いていたが、自然と俺の後ろに晴彦が下がった。
「……どうして俺が前なんだよ」
「だってでかいお前に隠れた方が通りやすそうだし。通行の邪魔になる人は蹴散らしてくれるんだろ?」
「そんなにでかくないし、蹴散らしもしないよ。……にしても、はぐれそうだな」
「手でも繋ぐか?」
ちょっと想像してみる。
「「嫌だよ気色悪い」」
俺の声と誰かの声が重なったと思ったら、晴彦のものだった。
「自問自答かよ」
「いや、自分で言ってみたら気持ち悪くて。……なんか、わりぃ」
「気にすんな。お前が言わなくても俺がまるごと同じこと言ってたさ」
前方から、大量の男子中学生らしき群れがぞろぞろと歩いてきた。人々が迷惑そうに避けているのに、彼らはそれに気づかないのか、気づかぬふりをしているのか、横に並んでノロノロ歩き、通行の邪魔になっている。
「晴彦、いくぞ」
量には勝てない、これは蹴散らせないと冗談混じりに判断した俺は前を向いたまま、晴彦の腕をつかんだ。手ではなかったのは、さっきの会話があったからだ。もっとも、さっきの会話がなくとも俺は奴の腕を掴んでいただろうが。
足早に、その中学生の群れを抜けた。
「おい、大丈夫か?」
振り返った先にいたのは。
「え……と?」
首を傾げた、中学生くらいの見知らぬ女の子だった。
空から赤みは引き、西は闇に沈んでいた。
次の第一話から視点変わります!
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