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コーリング  作者: 吹留 レラ
◆ 第三歌章 ◆
9/12

09.アグナヒ国王夫妻



薄暗い幌の中で揺られ続けるのは退屈だった。

欠伸も何度も出る。

その欠伸ついでに、過去にドルンが描いて来た絵画に紛れて、

奥にひっそりと古びた箱があるのに彼女は気づいた。

もう何十回と眺めた抽象画の数々。

しかし、当の箱の存在にはまるで気づかないでいた。


「何だろうこれ? あれ、やだ、開かない。鍵がかかっているんだわ」

 

金属の装飾が施された木箱は、さながら宝箱のよう。

人の物を勝手に開いたりするのはさすがに気が引けるが、ひねくれ者にむかついて、

今は手当たり次第に荷物を片っ端からあさってやりたい気分なのだ。

例え誰かの持ち物であっても、ドルンの物と勝手に解釈しながら。


「ああもう、何なんだろう? 気になるじゃない」


鍵をかけるほど大事な――画材道具か何かなのだろうか。


「ねぇ!」

 

幌の中から御者台に向かって、リタが声をかける。

笑顔で振り向くテスに対し、

興味のなさそうなドルンは背中を向けたまま手綱を握っている。


「どうしたのリタちゃん?」

「――この箱って、何?」

 

それまで好々(こうこうや)の如く、

のほほんとしていたテスがギョッと目を()いた。


「そ、それはドルンの宝箱……」

「やっぱり宝箱なんだ」

 

そこでようやくドルンも振り返るが、彼は無愛想な表情のまま口にする。


「そんなんじゃねーよ。大した物は入ってねぇ。触るな」

 

そして前へ向き直った。

やはり興味がないと言わんばかりの素っ気ない態度で。


「だったら何で鍵がかかってんのよ?」

「――失くしただけだ」

「失くした? 何だ……」


リタはガックリと肩を落とす。

それでもまだ何か、引っかかりを感じて仕方がない。

無理にその辺にあった針金で、鍵穴をこじ開けようと試みる。

最終的には、その辺の硬い何かにガンガンとぶつけて。


「おい! 下手に触んな! お前は人の物を壊す気か!」

「開かずの箱、おいらも気になるねぃ。

 ドルンはさ、この箱の中身が何なのか、今まで誰にも教えて来てないんだよ」

「いいだろ別に。

 そんなことはどうだって……おい、ちゃんと元の場所に戻しておけよ」

 

幌の中に戻ったリタは、しばらく箱を前にして色々と考え込んでいた。

一度気になると、とことん気になってしまう性格なのだ。

自分の唯一の所持品である、

着替えなどが入っているカバンとを交互に見つめながら。


「まさか、何年も洗っていない下着とかじゃないでしょうね。

 嫌ーっ! 不潔! キノコが生えてたらどうしよう! 絶対毒よ、毒キノコだわ!」

「……ったく、何わめいてやがる。変な想像してんなよな!」

 

舌打ちしたドルンが呆れ果てるが、リタは箱に夢中で無視を決め込む。

だが、色々と考えているうちに、

疲れ果てた彼女はその箱を枕に眠ってしまっていた。

馬車に揺られながら夢の中で、懐かしい少年の描いた絵を見ながら。





(――ヨディ……)


「――ね、そうだよねぃ、リタちゃん?」


テスが後ろを向いて話しかけて来たが、

置き出して早々ボーッとしていた赤紫髪の彼女は、

二人の会話を全く聞いていなかった。


「え? あ、何? ごめん、聞いていなかった」

「それは良かった。ちょうどあんたの悪口を言ってた所だ」

「何ですって――! 一体何を言ってたの!?さぁはやく吐きなさい!」

 

いちいち毒を吐くドルンに、つい食ってかかってしまうのはもう性分だ。

やれやれとその横でテスが肩をすくめてみせるのも、もはや日常の光景。

ドルンにうまく話をはぐらかされたリタは、ドルンの宝箱を凝視しながら、

いつか絶対こじ開け、中を確認してやると意気込んでいた。

きっとエッチな本でも入っているに違いないと予想を立てながら……。

不意に自分の髪の毛が気にかかって、バッグに詰め込んでいた手鏡を取り出した。


(――伸びたな髪……)


十四の時から伸ばしている髪の毛は、今や背中まで伸びている。

手鏡に映る自分の顔を左向きや右向きにしてこうして眺めていると、

やっぱりルフィネに似ていると実感する。

赤紫色に煌くイヤリングが耳朶で揺れていた。

ルフィネが着けていたそれのせいもあるのかもしれない。


(――中身は雲泥の差だけどね……)


痛いほど自覚済み。


「わかってるわよ、そんなことはとうの昔に。

 どうせ私は姉さんみたいに賢くも優しくもないわよ、全然ね」


ボスッと手鏡をバッグの中に突っ込んだ。 

本当に姉が生きているかは不明なままだった。

あのルフィネであっても、帰って来られていない状況なのだ。

例え見つけたとしても、無力に等しい自分にできることは限られている。

居場所を教える他は何もない。

それに、魔法師総出でルフィネを救出できるかも不透明なのだ。

未だ居場所や生存しているのかさえわかっていない。

それでもとにかく姉を見つけられればそれでいい。

そうすればセシリーだって喜んで――リタはハッとする。


(私はまだセシリーが忘れられないのね……)


呆れると同時に苦笑いを浮かべた。

初恋が、こんなにも引きずるものだとは思わなかった。

まだどこかで期待している自分がいる。 

あきらめの悪さは秀逸かもしれない。

だからこそ、この旅はあるのだと自分に言い聞かせた。

答えを見つけるための旅。

自分を信じるための旅。

セシリーとルフィネが自分を迎えに来てくれたように、

今度は自分が二人を迎えにいく番だ。

リタは、ドルンの積み重ねられた絵を一枚一枚丹念に見ていた。

自分の知る絵ではないけれど、どこか懐かしさに心が奪われてしまうのだ。

何度見てもヨディの絵の癖にも似た雰囲気が、

抽象的な絵の中にぼかされ隠れている気がした。


「――ねぇ、ドルンって双子?」

「はぁ? 何だよいきなり」

「生き別れの兄弟とかいない?」

「いねーよ」


きっぱりとドルンは断言した。

昔セシリーが、エリオーネの村人から自分の記憶を消したと言っていた。

だから、ヨディの記憶から自分が消えてもおかしくはないのだ。

つまり、このドルンがヨディの可能性だって充分にあり得る。

名前が違うのも、自分を考えればわけもない。

偽名を使うのは珍しくもないことなのだから。

ただそれにしては、あまりにも別人過ぎた。

ドルンがヨディだなんて考えられなかった。

あり得なかった。


「あ、こいつね、家族自体いないの。つまり孤児なんだねぃ。

 武術学校で先生に拾われたんだけど、その学校の先生が親代わりってこと。

 おいらともそこで知り合ったんだけどもねぃ、出会った当初は無口で影のある奴でさ、

 色々問題も起こしたさ。なぁドルン?」

「余計なことを言うな」

「へぇ~! 確かに問題起こしそうねぇ」

 

リタは妙に納得して深く頷く。


「でね、その親ってのがまた凄いんだよこれが。

 武術学校創設者のオルハー先生って言うんだけどねぃ、

 アグナヒ統合国の王様でもあるわけさぁ。つまりドルンは王子様ってこと」

「……冗談きついわそれ」

「本気にすんな。どうせ血の繋がってない赤の他人だ」

「わっかんないよ~? あの王様のことだからねぃ。

 もしかしたら隠し子かもしれないよ~?もしそうだったらどうする?」


テスがにんまりと笑みを浮かべてドルンに訊ねた。


「どうするも何も、今と何も変わらねぇだろ」

「えー! ガッポリお小遣いねだっちゃえばいいのに! 

 で、おいらは頼れるお兄さん。あ、てことはおいらも王子様?」

「……金にせこい奴のどこが、頼れるお兄さんで王子様なんだよ」


しかしテスは、気にすることなく更に昔話を続ける。


「我儘好き勝手の弟を持つと大変だよ~。

 ドルンってば、しょっちゅう悪戯ばかりしてさぁ、

 しょっちゅう先生に叱られてさぁ、ユナナと共犯で。

 全く世話が焼けるったら……」

「テス、おめぇもだろうが。自分のことだけ棚に上げんな、ったく」

「――ユナナ?」

 

初めて聞く名前に違和感を覚えたリタは訊き返した。

すると、幌の中に身体を伸ばして来たテスが、リタの耳元で小声でささやいた。


「ユナナ・ヌンフィー・ラマ。ドルンの彼女。

 実はおいらたち、旅をしながら行方不明の彼女を捜しているんだ」


(――え? ドルンの……彼女……?)


何故か声が出なかった。

唐突に知らされたせいでちょっと驚いただけなのかもしれない。

ドルンにそんな人がいたことに、ビックリしたのかもしれない。

自分が旅をしながら姉の消息を捜し求めるように、

彼らもまた旅をしながら誰かを捜していたのだ。

リタの胸の奥がチクリと痛んだ。

だからドルンは時々遠い目を、

リタの知らない瞳で空を見上げたりしていたのだろうか。

彼女のことを想いながら切なく――リタの胸の奥が、またチクリと痛んだ。

それは不可解な痛み。

セシリーやルフィネに感じていた、モヤモヤしたあの想いに似ているうずき。

ドルンの恋人だとテスは口にするが、

ドルンは口を閉ざしたまま何も語ろうとしなかった。

三人は一年前まで一緒に、ムイ・ファータ武術学校で学んだ仲間だった。


「学校が盗賊に襲われたんだ。皆、必死に日頃培って体得した武術を発揮したけど、

 それでもやっぱり武器を持った盗賊には敵わなかった。

 女生徒たちは捕らえられて、ユナナもその中にいた。悔しかった。

 その時おいらたち、まだまだ弱くて彼女たちを助けられなかったんだ。

 何のために学校で訓練しているのかわからなかったよ……」

「――酷い、何でそんなことを……」

 

それでもリタにとっては、ドルンに恋人がいたということの方が衝撃的だった。


(――彼女、いたんだ……)


こんな男を好きになる物好きな女性が、この世に存在する。

それだけで、リタの頭の中は真っ白になった。

胸の奥がまだモヤモヤして気持ち悪い。


「――と、言うわけで、もしリタちゃんもフリーならおいらと……つき合ってみない? 

 いつもスルーされちゃってるけど、数度目の正直。おいら、本気だよ~?」

 

いつの間にかリタの手をテスは握っていた。

すると、気づいたドルンが彼の耳を引っ張って御者台へと引き戻す。


「こいつの言うことは信じるな。女なら誰でもいいんだ」

「誰でもってわけじゃないぞ! 

 可愛い子っていう、とっても重要な条件があるんだぁ!」


 


***




シュリダー国を抜け出た馬車は北進を続け、

アウバン大陸とヘブル島を結ぶ河口都市ベイハルンを目指していた。

アグナヒ統合国には既に入っていたが、

そこに辿り着くまでにはあと二、三日は必要だった。

彼らが今は移動している場所は、

かつてはムイ・ファータ国と呼ばれていた国があった場所。

十四年前の戦いで、シグネにより大地ごと陥没された悲劇的大惨事を免れた国の一つで、

現在はアグナヒ統合国に組み込まれている。

かつてアグナヒ同盟を結んでいた十八の国々の中で、

運良く存続できた四ヶ国が統合されて誕生した新興国。

そのたった四ヶ国のうちの一つが、ここムイ・ファータであった。

小高い山々と、岩砂やまばらな草だけが延々と目立つだけの殺風景な景色。

その岩場の影に、突如ポツンと見えた何かが目に止まり、リタは目を凝らす。


「あれ……? あんな所に廃墟が……火事で崩れ落ちたのかしら?」

 焼け焦げた痕が、遠目から見ても痛々しい。

 結構な大きさの二階建ての建造物が、黒焦げのまま無残な姿をさらしていた。

「――まだそのままだったのか……」

 

いつも不機嫌なドルンがいっそう不機嫌に呟くが、

その隣りに座るテスの表情も珍しく憮然としていて重々しい。

二人は黙ったまま、馬車がその横を通り過ぎるのを待っていた。

キョトンとするリタが二人に問う。


「ねぇ、ここは何だったの?」

「おいらたちのいたムイ・ファータ武術学校だよ」

「え……」


あまりにも生々しい傷跡の残る光景。

学校だと言われれば、確かにそんな風にも見受けられる。

一年以上も経過しているのならば、

せめて取り壊すか建て直せばいいのにとリタは思うのだが――


「新しく建て直したとしても、また奴らが襲って来るからな。

 それほどこの辺りの治安は芳しくないんだ」

「まだ発見されていない子たちもいるってのに、

 悠々と学校を続けるわけにも行かないよ」

「降りずにこのまま通り過ぎるぞ、テス」

「言われなくてもわかってるって。おいらには、降りる勇気もないよ」

 

敢えて声だけは明るく振舞うが、物憂げな彼らの相貌。

リタの知らない、入り込めない領域だった。

彼らの思い出の場所が遠ざかっていく。

ドルンとテスは、真っ直ぐ前を向いたまま、

通り過ぎた学校跡を一度も振り返ろうとはしなかった――


 


ベイハルンの港から船でヘブル島へと渡ったリタたちは、

十四年前までセッツェン帝国の都があった、

現在はアグナヒ統合国の都セッツェン城へと入っていた。

古めかしい石造りの建物、金城湯池と呼ばれた要塞の雰囲気を、今尚残すのみの……。

東西南北の門は開放され、城下の街から様々な物資や人々が行き交う、

活気に満ちた城郭都市。

一千年もの間続いた元帝国はその名の通り、

不壊(ふえ)の国――千年帝国とまで謳われていた。

絢爛豪華たるきらびやかな金銀であしらわれた壁や柱や調度品の数々。

床はどこまでも続く大理石が、眩しく光を照り返す。

どっしりと構えられた重厚な造りの城は、長い歴史を牛耳ったことをまざまざと窺せる。

規模としても、ゼネルラードやシュリダーに肩を並べる大国である。


「――何? ドルンが来ているのか。ほう、向こうから来るとは珍しいな……。

 顔を見合わせるのもかれこれ一年振り。

 当然、ここは養父として歓迎せねばならんな」

 

オルハルト王が駆けつけた侍女にその旨を知らされ、足早に謁見の間へと赴いた。

扉をノックして開けると、

椅子に座って待っていた見慣れた若者たちがその場へ立ち上がる。

少々緊張していたリタは、

初めて見る王の見事な黄金の髪と端正な顔立ちにまず目がいった。

三十代半ばのアグナヒ国の王は瑞々しくも凛々しく、

場が一瞬にして華やぐ、そんな印象を受けた。

それに、どことなくドルンに似ていた。

テスが話していた王の隠し子かもしれないという言葉が、リタの脳裏をかすめる。


「久し振りだなドルン! 元気そうで何よりだ。

 絵を描きながらテスと旅をしていると風の噂で聞いたぞ。

 あちこちで女を泣かせているんじゃないだろうな」

「オルハー先生……いえ、オルハルト王、ご無沙汰しております」

 

笑顔で抱き合うオルハルトとドルン。


「テスも相変わらず、面倒見のいいお兄さんぶりを発揮しているか?」

「はい。それはもう、面倒かけられまくりで大変です~」


上機嫌に笑う王。

テスをひと睨みしたドルンは続けて話し出した。


「学校を、ベイハルンに来る途中見かけました。

 まだ再建の目途は立っていないのですか?」

「まだ見つかっていない女生徒が僅かにいる。

 全力で捜しているが、歯がゆいことに手がかりが全くないのが現状だ。

 君たちと仲の良かったユナナもその一人だが、

 彼女たちが行方不明のまま学校を再開させるのは無理だ、気が進まない。

 犯人も見つかっていないのに、

 再建してまた同じことが起きたら面目が立たない何のための武術学校なのかと……」

 

だからあのままの無残な姿で残しておく方がいいのかもしれない。


「こんなことは考えたくはないんだが、彼女たちはもう――」

 

落胆する王が声を落として呟いた。


「俺はあきらめねーぜ。

 ユナナとだって絶対どこかで会えるって気がするし、そう信じているからな」

 

ドルンは迷いのない真っ直ぐな視線を投げかけながら、力強く継ぐ。

言い切ったそんなドルンを、リタは少し寂しげに見つめ心の中で思った。


(そうよね。ドルンの恋人だもんね。

 信じようとする気持ちは、セシリーと同じ……)

 

またチクリと胸が痛んだ。


「――所でそちらのお嬢さんは?」


ここに来てようやく自分に話題を振られたリタが、

ハッと我に返ると王と視線が合った。 

その端正な甘いマスクで見つめられると、さすがに何だか気恥ずかしい。

しかし王は、じっとリタを直視したまま何かを考え込んでいる。


「――はて、どこかで会ったような……」

「やだねぃ王様。

 その手のナンパは、幾らリタちゃんでも引っかかりませんってばぁ~」


と、その時、扉が開いてドレスに身を包んだトゥインガ王妃が、

ノックもせずに室内へいきなり飛び込んで来た。

長い栗色の髪の毛を結い上げた、クルクルとよく動く灰色の瞳。

王の時とはまた異なる明るい気風に、フッと場の空気も変わった気がした。


「まぁまぁまぁ! もしかしてルフィネの妹さんじゃない? 

 あの時はまだ四つくらいだったわね。すっかり大きくなっちゃって! 

 やだわ~、私も年を取るはずよね~」

 

三十歳を迎えたばかりの王妃の闊達(かつたつ)な語り口調は、

いかにもおしゃべり好きな女性だと見て取れる。


「ルフィネ……? おお、そうか! アウドリックのあの魔法師か! 

 いやいや確かにそっくりだなぁ。本当に妹なのかい? ルフィネ本人じゃなく?」

「――はい。妹のリタレイゼランと申します。姉をご存知なのですか?」

「そうそう。確かそんな名前で呼ばれていたわね。懐かしいわ~。

 あれから十四年ですもの。セシリーとルフィネ、

 あの二人は既に結婚もしてるでしょうね。――二人はお元気?」


ドルンとテスが怪訝そうに眉をひそめていた。

彼らに本当の出生は言っていない。

この王と王妃が、ルフィネとセシリーのことを知っていたことに驚くリタだったが、

考えてみれば先の大戦で一時的にも共に戦った仲間なのだから知っていて当然なのだ。

一方リタは当然ながら、この国王夫妻に会っていたことすら憶えていない。


「――はい……」

 

嘘をつく。

そうとしか今は言えずに。ルフィネが行方不明などとは、とても言えなかった。


「父上、母上、そちらのお美しい方はどなた様なのですか?」


突如、声がして後ろを振り返ると、

扉の前でお辞儀する少年の姿が目に飛び込んできた。


「よぉ、ガリム王子。また背が伸びたんじゃないのか?」

「お久し振りです、ドルン殿にテス殿。

 ええ、お二方の身長なんて、あっという間に追い抜いてみせますよ」

「それは楽しみだねぃ」

「おお、ガリムか。ああ、ちょうどいい、君に紹介しておこう。

 これが俺の息子の第一王子のガリムだ。今は十一歳。

 俺に似ず脱走癖のない真面目一直線な世継ぎ君だ。可愛がってくれたまえ」

「あなた! 十二歳になりました!」

「父上! 十二歳です!」


息もピッタリ、母と子の声が重なった。

王子は見た目も性格も母親似かもしれないと、リタは思う。

年齢の割には大人びた精悍な顔つきで、堂々としていた。


「申し遅れました。私が第一王子のガリムです。

 ようこそお越し下さいました。どうぞごゆるりとお寛ぎ下さい」

 

礼儀も正しい。

栗色の髪はクセ毛で、

だが大きな空色の瞳だけは強い意志を持つ王の眼差しそのものだった。

将来は立派な王になるであろうことが約束されたかのような――


「さぁさぁ、堅苦しい挨拶はこの辺までにして、

 私の実家の自慢の葡萄酒を是非味わって頂戴。

 この葡萄のある畑は、一度死にかけたのよ」 

 

侍女が持って来たワインをグラスに注ぎながら、

王妃の目に一瞬だけ翳りが漂ったように窺えた。


「でもご覧なさいな。この通り、今年も美味しく実ったのよ。大豊作よ。

 枯れ果てた時には、もう駄目だとあきらめかけたけれど、

 結局あきらめなかったのが実を結んだの。

 息を吹き返したように凄い生命力よね。これも女神ジブエのおかげかしら?」

 

リタの目指すへブル島のジブエ神殿は、まさにトゥインガ王妃の実家にこそあった。

彼女の実家のリーゲル邸は、元々あった修道院を改築した居住空間の屋敷。

しかし魔法師シグネシェンに邸宅ごと魔法で破壊され、

当時十六歳だった彼女の父親は亡くなった。

その跡地に教会を建てるが、その土地の真下を発掘した所、神殿跡が発見された。

かつてジブエ神殿がここに存在していたことが判明したのだ。


「つまりリーゲル邸は、ムイ・ファータ武術学校と同じ境遇に遭ったってわけか」

 

その魔法師こそがエリオーネ村の教師であり牧師であったことを、

リタはずっと以前に夢で見ていた。 

しかしリタはまだ信じようとしない。

あの優しくて頼りになる牧師が、

その魔法師であることがリタには到底信じられないのだ。



 



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