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コーリング  作者: 吹留 レラ
◆ 第一歌章 ◆
3/12

03.コンプレックス



休憩後も引き続き、好奇心旺盛なリタの問答が続いていた。

ほぼ質問攻めと言っても過言ではない。


「エリオーネ村があった場所は、今はもうただの殺風景な風景、

 馬車の中で見えた四角い石碑と、リタの花だけなの? 

 森と湖、それに女神像は?」


実は女神像は少し離れた場所にあった。

だけどそれを口にしてしまえば、彼女はそこへ行こうとするだろう。

そして恐らく帰ろうとしない。

だから彼は何も言わずにいた。


「どうして私はそんな村へいたの? どうして女神に祝福されてそこへ行ったの? 

 女神との約束って何? 誰との約束? 私が十二歳までだって彼女が教えたの?」

「リタ……」

「どうして? どうして私は魔法が使えないの? 使い方を知らないだけ?

 五歳の時、一体私に何があったというのよ?」 

「――リタ、気持ちはわかるが、何でも一挙に知ろうとするべきではない」

「何でよ!? 私のことじゃない! 何でも可能な魔法国でしょ! 

 教えるのは簡単なことじゃない!」

「まだ完全な国じゃないんだよアウドリックも。

 我々の知らないことや不可能なことも沢山ある。

 魔法も楽をするために使っているわけではない。

 必要な時以外は使わないし、なるべく自分に与えられた身体を使っている。

 じゃないと、身体も脳も鈍って色々弊害が出て来てしまうからね」

 

思わず黙り込んでしまった。

魔法があれば何でもできる、そう信じていたからだ。


「自分自身を見失うな。

 自分をコントロールするのは自分だということを覚えておくといい。

 特に君は今のように自暴自棄になってコントロールできない時がままある。

 馬車の中でもそうなりかけていたが、

 感情に支配されると君自身が壊れて病気にもなってしまいかねない。

 常に心穏やかに心つとめよ、リタレイゼラン……。少々、説教じみてしまったな」

「どんなことが起きても穏やかにって、それ無理よ。悲しい時は悲しいし、

どうしようもなく嫌になることだってある。そんなの絶対無理!」

「君の課題だな。アウドリック人は怒りや悲しみに呑まれて自分を見失うことはない――

 もっとも、全員がというわけではないのだが。

 今のアウドリックは、もう昔の古き善き魔法国の面影は薄れつつある。

 ここ数年の間で、何かが崩れかけてしまったんだ。

 人々の意識にも何らかの(ひず)みが生じ始めている」

「歪み……?」

「怒りやすい人や暴言を吐く人、自分勝手に振舞う人が増えた。

 日々の感謝の心さえ失われている」

「まるで国の終わりに近づいているみたいな言い方ね」


セシリーは黙って頷いた。


「そうなのかもしれない。今はまだ嵐の前の静けさと言うべきか――」

 

リタも押し黙る。

言ってはいけなかったような気分になって、上目遣いにセシリーの表情を窺った。

セシリーはそっとまぶたを閉じて、静かに佇んでいる。

リタは思わず見入ってしまう。

スラッとした長身、長い銀色の髪、美しく整った容貌。

いつまでも眺めていたくなるような、彫刻のような美形……。

バノア家の人々とどこか似ているのは、やはり血が繋がっている証拠なのだろう。

でも自分にはどこも似ていないような気がした。

美しさの欠片もない、できそこないの愚か者。

怒りっぽくてわがまま。


嫌気が差すくらい不釣合いな存在――要らない子。


それでも、セシリーと目が合えばドキドキし、

たまらなくどうしようもない気持ちになってしまう。

勿論、尊敬はしていた。

数人もいない上級魔法師の一人で、王直属の宮廷魔法師を……。

簡単な授業が終わり、図書館の出入り口を出たリタは、

青い法衣の女性とぶつかりそうになった。


ルフィネだった。


「あら、もう終わり?」

「――……」


無言で駆けて行く妹を見送りながら訊ねるが、

返答がないままのリタの背中は小さくなっていった。

手にしていた本を魔法で元に戻したセシリーがルフィネのそばへと近づく。


――どうだった? 私の妹は?


アウドでセシリーに語りかける。

彼もまた同じような方法で、彼女に返した。


――好奇心旺盛だが、まだ情緒不安定で落ち着きがなく、

 意識が別の方向へ飛んでしまうことが度々ある。

――それは多感な年頃だから仕方がないわ。でも嬉しいでしょう? 

 あの子、誰かさんを意識しているわね。


言いながら、セシリーの顔をのぞき込む同い年の従姉(ルフィネ)に、

半分面白がられて呆れる。


――考え過ぎじゃないのか?

――ふふ、照れているの? いいじゃない、恋は自由だわ。

――それが婚約者に言うセリフか? それとも余裕である証拠か?

――あら、光栄なことじゃない。私の妹だもの。

――大した余裕だ。

――余裕だなんて、そんなんじゃないけど。


館内には二人以外、今は誰も残されていなかった。

セシリーは愛しい恋人の手を握って、自分の方へと引き寄せる。

腕の中に包み込まれたルフィネも、額を従弟(セシリー)の胸元へ預けた。


「ルフィネ、そろそろ結婚しよう。僕らの婚約が決まってもう十年になる」

 

発された言葉に、彼女もまた同じく言葉にして応える。


「急にどうしたの? あなたらしくない発言ね」

「そうでもない。僕は今すぐにだって君を……」


ルフィネを抱く腕に力がこもる。

王直属の宮廷魔法師という立場もあり、

忙しい毎日でやらなければいけないことが沢山あった。

まだ若いという理由もあったが、

誰もが認める公認のカップルは仕事に追われて、なかなか結婚するタイミングも合わず、

婚約したままもうすぐ十年が過ぎようとしている。

王や魔法師たち、それに神官たちにも勧められた婚約ではあったが、

それは自然の成りゆきだった。

優れた頭脳と魔力、神がかった美しい容姿。

バノアとべセダルの生まれ変わりだとも讃えられていた。

しかし、ルフィネは首を横に振る。


「リタが戻って来たばかりなのよ。それに母さんだってあんな状態だし……」


無理強いをするのは、幾ら痺れを切らしかけているセシリーの意にも反する。

ルフィネの気持ちもわからないでもない。

だが、そうやっていつまで待てばいいのか、

待たせられれば待たせられるほど焦りの気持ちに追いつめられるばかり。

一概には言い切れないが、どちらかと言えば、

ルフィネリアン・バノアよりもセシリージェン・アルゼイヤの方が想いは強いのかもしれない。


「……だな。タイミングが悪い。しかし、このままではいつまで経っても――

 君が、僕の前から消えてしまわないかと不安でもあるんだ」

「やだ、どうしたっていうの? 何か悪い夢でも見た? 

 私があなたのそばを離れるなんてこと、今まで一日だってあった?」

「いや、ないが……」

「おかしな人ね。心配しないで。私はセシリー、あなただけよ」


沈黙して立っていると、ルフィネが顔を上げて、そっと唇を重ねて来た。


――永遠の誓いの接吻を我が夫にせん……。


唇を離すと、満面の笑みで微笑んだ愛しい(ひと)

その笑顔に偽りなどあるはずもないのに、どうしてこんなにも不安なのか。

二人を引き裂くものも何もないはずだ。

なのに彼は時々、とてつもない不安に呑み込まれそうになっている。

その漠然とした寄る辺のない胸騒ぎを払拭するかのように、

美貌の婚約者の柔らかで甘い香りのする身体をセシリーはもう一度きつく抱きしめた――


 


夢を見ていた。

微笑む母・アリーニの広げられた胸へと飛び込んで、

懐かしい母の匂いにぬくもりに、嬉しそうな笑顔を咲かせるリタは、

母の身体をギュッと抱きしめる。


(――母さん、あったかい……)


小さい頃はよくこうして甘えていたような気がする。

そして、自分の部屋で寝ていた五歳の自分は何かにうなされていた。

自分の身体を覆う黒い(もや)が見えた。

得体の知れないモノに包まれながら、やがてゆっくりと身体が浮き出す。

異変に気づき、娘の部屋に一番に駆けつけたアリーニが身構え、呪文を唱えていた。


――よくも封じてくれたな……。


腹の底に響くかのような不気味な声。

アリーニこと、アリーニエンもまた魔法師の一人だったのだが、

娘の声とは明らかに違う異質の存在に、

恐怖と共に相手の魔力によって硬直してしまった身体では何もできずにいる。 

案の定、瞬く間に目を光らせたリタの放った魔法によって、その場に倒れてしまった。 

数歩遅く駆けつけた父と祖父が、咄嗟に放った魔法でリタは眠らされると、

暴走した力はリタの中へ封じ込められてしまう。


――恐らく、封印魔法を施した影響で、

 リタは本来備わっていた魔法力をほとんど使えない状態となるだろう……。

――まさか、再びこんなことが起きようとは……。


祖父のエクトと父のキオがアウドで会話をしていた。

傍観するリタは、青ざめてその場に佇んでいるが、

彼らにリタの姿は見えていなかった。


(私が母さんを眠らせてしまったの?)


と、その時、鈴の音のような澄んだ女の声がどこからか聞こえ、リタは後ろを振り返った。

神々しいまでに美しいその女と双眸が重なり合う。


(女神……像……?)


――一時的に私が預かろう。

 彼女の力を弱めるため、エリオーネの名の一部を使うがいい。

 リオーと……。

 効力の切れる彼女の十二歳の誕生日まで私の中にいさせる。

 仮の村人を家族とし、普通の人間の生活をさせよう。

 十二歳となるその時間(とき)まで。

 生まれた時刻になる直前に私の世界の扉が開く。

 その隙に入り込んで彼女を連れ出すのだ。

 それが守られなければ、私の中から永久に出られなくなるだろう、

 シグネシェン・モードンのように……。


目を見開いたセシリーとルフィネは、その名を耳にするや否や心が一瞬乱れかけたが、

すぐに冷静さを取り戻して女神の前で誓いを守ると告げた。

女神はまばゆい光で彼らの前に浮かんでいた。

光の中に微かに見えるあの石像のような、それ以上に神々しい姿で。

リタの心は高鳴り、全身が震えた。


――エリオーネ村、かの教会の牧師として働いている彼に、リタレイゼランを見守らせよう。

牧師の名はシグネシェン。

彼はもう永遠にそこから出られず、その昔、多くの命を犠牲にした罪を償い続ける。

それまでは仮のこの世界で牧師として生き続けよう……。


懐かしい村の教会で、子供たちに勉強を教える牧師の姿が映し出された。

リタにも様々な知識を与えてくれた教師。

リタが『牧師さん』と呼んでいた彼が。

シグネは村人にも愛され尊敬もされていた、

とても頼りになるリタの大好きな人でもあった。


(嘘……、牧師さんが人を殺したの……? ううん、これは夢よ、ただの夢……)


母親の夢といい牧師の夢といい、

リタには信じられない、信じたくない悪夢であった。




***




――リタ、ご飯よ。起きなさい。


「うーん……もう少しだけおばあちゃん……」


ベッドに潜りながら、その声が若く透き通っていたことに気がついて、

リタはハッと目を開けた。

一週間が過ぎたというのに、未だ見慣れない感じのする部屋。

窓から見える風景もまた然り。

魔法師たちが暮らす国アウドリック。

中でもこのバノア家は、魔法国の発祥となったバノアの家系であり、

その血を受け継いで代々優秀な魔法師を排出して来た由緒正しき家柄なのだ。

遠い先祖には王族に嫁いだ者もいて、事実、親戚関係ではあるものの、

今ではほとんど親族という印象は窺えない。

ただ、王や国を共に支える一国民として一魔法師として、献身するのみだった。

そんな家の子に、自分は生まれて来た。

魔法などろくに使えず、

姉のように何もかも優れた材質など一つも持ち合わせていないような劣等生。


朝、目が覚めるといつも気持ちが重く沈んでしまう。

リタはベッドに横たわったまま、

昨日ルフィネから手渡された新しい自分の服、

壁にかけられた裾も袖も長いカラフルな民族衣装を見つめると、思わず……、


「――趣味悪い」


毒づいた。

風が吹けばにヒラヒラと揺れるような、薄くて軽い生地。


「全く誰のセンスなんだろ。まさかあの人の……?」

 

自分をアウドで起こして来た、姉ルフィネのセンスを疑う。

私だってもう少しマシよと、少しだけ勝ち誇った気になった。

今日は、アウドリック特有の民俗衣装を着て、

迎えに来たロミーと学校へと向かう日だ。

初登校のこの日、初めて彼女の晴れ姿を見たバノア家の人々は感無量となり、

いつも以上に感慨深げにリタを見つめていた。

特に父親であるキオの視線がやけに熱くてくすぐったかった。

「似合う」と何度も連呼をされ、そんなに似合っているのかなと、

浮き足立ったリタは満足げになって家を出ようとした。

が――


「リタ、学校へ行く前にちょっといいかしら」

「――行って来ます」


玄関先で呼び止められたルフィネにだけは、

いつものように抑揚のない声と表情で背を向け歩き出す。

呆然と見ていたロミーは、ルフィネにお辞儀して立ち去ると、

リタの後を追って破顔しながら話しかけた。


「君は姉さんが苦手なの? 全く心を開いていないようだけれど。

 ――ああ、こっちだ」


ただでさえ慣れていないスカートが、リタの心を落ち着かせない。

下から入り込んで来る風に嫌悪しながら、学校の方角へと案内するロミーについていく。


「苦手よ」

「どうして? あんなに優しくて、気配り上手な素晴らしい人なのに?」

「鬱陶しいだけだわ」


剥き出しの敵意。


「随分きっぱりと言うんだね」

「悪い?」


隣りで歩きながら肩をすくめるロミーは、複雑そうに苦笑いを浮かべる。


「……いや。自分に正直なのは結構なことだよ。でも――」

「私、頼んでもいないのに余計な世話を焼くお人よしって嫌いなの。

 特に何でもできますみたいに自分の才能をひけらかす人は。

 例え本人にその気はなくても、まるで弱い者いじめしているみたいじゃない」


それだけではなかったけれど――。


(彼女はあの人の婚約者……)


ただそれだけで、こんなにも心の中がモヤモヤとして不快に感じる。


「そうかな? ルフィネさんは別に才能をひけらかしているつもりでは……」

「そうにしか見えないわ! どうせロミーにもわかんないでしょうけどね!」


だが、ロミーにもその気持ちはわからないでもなかった。


「――わかるよ、君の気持ちは痛いくらいに。

 僕だって有能な魔法師として評判高いセシリー兄さんがいるんだ。

 プレッシャーやコンプレックスが全くないわけじゃない」


そう言われてみれば、彼もまた自分と同じ立場でいることに今になって気づかされる。

才能のある兄や姉を持つ、弟や妹の苦しみ。

同じ境遇、同じ悩みを抱えた者同士。

差をつけるつもりはないのだろうが、やはり自然とそう感じてしまう。

見られてしまう。

でも自分よりずっと有能なロミーはまだマシだろう。

魔法の使えない普通学校へ通う自分とは異なる、魔法学校へ通う身なのだから。


「僕らも頑張ろうね、リタ――」


セシリーには見られない、無邪気な少年の笑顔がリタに向けられる。

一瞬言葉を失ったリタ。あどけない彼の面影に。


「――そ、そうよ、負けてなんかいられないわよ!」


戸惑いながらも気持ちを切り替えて返答する。

セシリーへの恋心。

単なる嫉妬心で姉を嫌悪している事実に気づかれぬよう。

誰に対しても、自分に対しても……ごまかし続ける。






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