11.三角山
気がつくと空を飛んでいた。とてもはやい風を全身に感じる。
――あの山を見て……。
誰かの声が耳元から聞こえる。
言われるがままに眼下を見下ろすと、鋭利な三角形の山が見えた。
と、その瞬間、その中に吸い込まれ、中の様子が見え出した。
そこには岩場に繋がれた、うなだれた女性が一人――
「姉さんっ!」
その声は、彼女の耳には届いていなかった。
そしていつものあの声が響く。
――はやく……おいで……。
***
「このナムド神殿の近くに、別の神殿がもう一つあるようだ。
明日そこへ行ってみるか?」
「別の神殿?」
「ああ。名前は、エリオーネ神殿――」
目を瞠目させたリタは、女神エリオーネの名前がつくものは、
村とその中にあった教会しか知らなかった。
「何故そんな名前の神殿がここにあるの!? その近くに村はある!?」
「ドルン、何でそんなこと知ってたの?」
リタの後をテスが追って訊ねる。
「昔聞いたことがある……ただそれだけだ。詳しいことは俺も知らない」
ドルンから目をそらせないリタは、それ以上継ぐ言葉がなかった。
とにかく行ってみたい。
自分の目で確かめてみたかった。
夜――、さっきまでそこで眠っていたはずのリタがいない。
見張り番をしていたドルンは睡魔に打ち勝てず、少しの間眠ってしまった。
油断した自分に舌打ちし、咄嗟に立ち上がる。
小用だろうかとしばらく待ってみるが、いつまでも戻らないリタを捜しに向かう。
彼女は、ナムド神殿の池の前に立っていた。
「ったく、何やってんだあいつ……?」
安堵したのも束の間、リタは身に着けていた夜着を脱ぎ出し、薄い下着姿になり始める。
「――!?」
こんな夜更けに水浴びなど、どうかしている。
今は肌寒い晩秋。
しかもただでさえ高地の麓だ。
ドルンは顔をしかめながら目をそらす。
月明かりで、リタの姿は暗闇の中にぼんやりと浮かんでいた。
僅かな間とは言え、薄い夜着がしなやかな身体のラインを魅惑的に浮かび上がらせていた。
その美しさに息を飲み込んだドルンは、
これ以上ここにいてはならない気がして戻ることにする。
だがその直後、水中を豪快に突き進む水音がしてドルンは振り返った。
「おいっ!?」
湖面に赤紫の髪がたゆたう。
ドルンはもう一度呼んだ。
「風邪ひいても知らねーぞ!」
それでも彼女は背を向けたまま、腰まで水に浸かり微動だにすらしない。
やっぱり何かが変だった。
その矢先、ドルンの頭の中に女の声が響く。
――リタを……この娘を導いてやってほしい。
そして、どんなことがこの先待ち受けようとも、
彼女を信じていてはくれまいか……。
背後を悠然と振り返るリタは、リタではなかった。
話し方、雰囲気、その瞳の色は――リタの耳にするイヤリングと同じ赤紫色。
妖しく煌く双眸に、彼はたじろいだ。
恐ろしいまでに美しく高貴な存在に。
「お前は誰だ!?」
彼女は微笑を浮かべたかと思うと、やにわに意識が抜け、
フッと脱力したかのように水中へ沈んでいった。
ドルンは急いで駆けつけ、水に濡れて肌が透ける裸に近い彼女の身体を、
両腕に抱きかかえながら水から這い上がる。
そして、気を失ったリタの身体を、そっと草の上に横たわらせてやった。
「おい、起きろ!」
リタの反応はない。
息をしている様子もない。
ドルンは気絶したリタの頬を、軽く何度も叩いた。
微かに動くのが見て取れたので、ドルンはホッと胸を撫で下ろす。
「え……ドルン……? きゃあああ――! 何すんのこのムッツリスケベ――ッッ!」
意識を取り戻した彼女の渾身の一撃。
リタの怒りの鉄拳がドルンの腹部にめり込んだ。
「ぐっ……。お前っ、何すんだ!」
「それはこっちのセリフでしょ! 何で私こんな格好で、あんたに襲われかけてんのよ」
「違うっつーの。何も憶えてねーのかよ。自分で脱いで水ん中に入ったんだろーが!」
「え!? 全く憶えてないんだけど、寒っ……」
「ほら、これを着ろ」
濡れた身体は急激に体温を奪われる。
両腕を抱えて震えるリタに、自分の上着を彼女の肩にかけてやった。
彼のぬくもりが残るそれは、リタの凍える身体をそっと包み込む。
「あ、ありがと……。ごめん、痛かった?」
「――ああ。胃がつぶれて逆流するかと思ったぜ。お前の顔面に」
「顔面に逆噴射なんて冗談じゃないわよ」
「当たり前だ。それで喜ぶ奴がいたら、ただの変態だ」
ムッスリと受け応えるドルンは、視線をあさっての方向へ向けていたが、
突然何を思ったのかリタの手がそっと腹部に触れて来たので、ドルンは目を丸くした。
草の上に座っていた彼の瞳が、リタの瞳と重なり合う。
まるで時間が止まったかのように……。
二人は見つめ合ったまま無言でいた。
月明かりがリタの頬を白く照らし出し、
濡れた髪が艶やかに輝いて、唇も艶めくように潤っている。
「……」
ドルンはその唇に吸い寄せられるように、ゆっくりと顔を近づけた。
リタもまた、それを受け入れようとしているのか、自然にまぶたを閉ざしていた。
が――
「ドルン! 君って奴はぁああ! おいらの寝ている隙にぃい何て羨ましいぃいい!」
叫んで駆け寄るテスが、二人の静止した時間を切り裂いた。
さっきのリタの悲鳴を聞いて飛び起きたのだろう。
脱力するドルンから、慌てたリタはサッと離れた。
「あのなぁ。――ったく、どいつもこいつも寝ぼけやがって」
夜が明けた。
昨夜の残り物で朝食を済ませ、三人を乗せた馬車は走り出す。
水の神殿が遠ざかって行く一方で、
ドルンは昨夜話していたエリオーネ神殿へと二頭の馬を走らせる。
テスに変わってドルンの隣りに座るリタの眼差しは、
言葉一つ発さずにひたすら遠方と周囲を見回していた。
エリオーネ神殿よりも、あの懐かしい故郷があった場所を、あの石碑を見つけるために。
その手がかりとして、リタの花が咲いていたのを憶えている。
だがあれは、自分の誕生した夏に咲く花だ。
もうすぐ冬を迎える今の時期に咲いているはずなどない。
突然、リタの目に信じられない光景が映し出された。
よく知る花の群生が、辺り一面に咲き乱れていた。
どこまでもどこまでもいっぱいに……。
「うわぁ~、綺麗なお花畑だぁ~」
「ドルン、馬車を停めて!」
馬車から降りたリタが、何かに取り憑かれたように足早に花の中を進んで行く。
「おい! あんまり遠くへ行くなよ!」
リタは無言でしばらく進み、
ある地点で立ち止まると何度も旋回しながら辺りを見回していた。
その後は空を見上げていたが、
「ねぇ、ここで休憩しようよ」
「はぁ!?」
早過ぎる休憩に、ドルンの顔がヒクついた。
「だって、こんなに沢山の花よ! 休憩するのは当然でしょ。
それともあんたには美意識ってものがないの!? 絵を描いてるくせに」
「何が美意識だ。神殿に行くんじゃなかったのか?」
「行くわよ勿論! でもその前に、ここで一休み!」
「まぁまぁ、いいじゃないか。そう急ぐもんでもないし、
ドルンもここいらで一つ描いてみればいいじゃないか。
こーんなに綺麗な景色なんだからねぃ」
不機嫌なドルンをなだめるテスに、
舌打ちする彼はため息をついて画材道具のある幌の中を振り返った。
「――確かに、最後に一枚描くのも悪くはないな」
「何不吉なこと言ってんの。
これからドルンには、バリバリ稼いでもらうんだからねぃ」
当然であったが、後ろからドルンの背中をバンバンと叩くテスは、
彼の言う『最後の一枚』の意味する所を全く理解していない。
花畑に戯れるリタを見ていたドルンの硬かった表情は、
いつの間にか緩んで微笑んでいた。
蝶が飛び交い、それを子供のように追いかけるリタ。
「う~ん、いいねぃ。絵になるねぃ。美少女と花の園」
テスがおもむろに口ずさむ。
「蝶と戯れる少女リタ」
「テス、何なんださっきからそのタイトルみたいなのは」
「タイトルだよ」
「何の?」
「決まってるよ。ドルンの今描いている絵のタイトルさねぃ」
「あのなぁ。俺は風景画しか描かないって――」
ドルンの描く風景画を、テスは一度も見ずに語る。
描いている最中に、テスの方から見ることはほとんどない。
完成しても、ドルンに見てもいいと言われるまで見ようともしなかった。
すると、その旋律に乗せてリタが遠くで歌い始める歌声が聴こえて来る。
テスはうっとりと聴き入っていた。
「時にドルン。先日メモに描いていた絵も、いつかはちゃんと描くんだろう?」
思わずドルンの筆を握る右手が止まった。
「――さぁ、どうだろうな」
メモ用紙に何を描いていたかまでは、テスも知らないはずだ。
花々の中に、凛と佇む少女の姿が描かれていたなどとは――。
「やっぱり何だか懐かしいの。
私、昔ここを通った気がする……ううん、絶対そう!
とうとう帰って来たんだわ!」
十二歳の誕生日の朝、
エリオーネ村に迎えに来たセシリーとルフィネと馬車で通った道によく似ていた。
でもあの時見た石碑――かき消されたエリオーネ村の位置を指し示す石碑が見あたらない。
「もっと先なのかもしれないわ。……あ、あれは何かしら?」
リタが遠くを見やって駆け出した。
ゆっくりだった足は、徐々に加速を増し駆けていく。
「リタちゃん!?」
「全く。あいつはどこまで勝手な女なんだ」
遠くに小さく見える三角の山。
そしてその近くに何やら白い建物が見えていた。
彼女は花の中をただひたすら走り続けた。
何かに引き寄せられるかのように。
「何か見つけたのかなぁ、リタちゃん」
「エリオーネ神殿だ。あっちの方角にある」
「へぇ。随分と詳しいんだねぃドルン。何で?」
ドルンはその質問には応えなかった。
「行くぞ。はやく馬車に乗れ」
促されたテスが馬車に乗ろうとすると、突然目の前がぐらりと揺れ、
一瞬テスは眩暈を起こしたのだと思ったが、
『リタの花』に包まれた大地までもがユサユサと揺れていた。
***
「セシリー!」
その声がする方から、一人の少女が駆けて来るのが見える。
信じられないものが視界に入って来て、セシリーは目を大きく見開いた。
待ち焦がれた愛しい女性が、今まさに自分の方へと向かって走って来る。
「ル……フィネ……!」
セシリーの伸ばされた腕の中に飛び込むと、信じられない力強さで抱きしめられた。
会いたいと切望し続けた初恋の青年に。
でも、本当はセシリーもわかっていた。
腕の中にいるのがルフィネではないことを。
四年ぶりに再会するあの時の少女は、ルフィネそっくりになって現れた。
髪型さえもルフィネの面影を残して。
それでもセシリーはきつく抱きしめ続けた。
まるで恋人を抱くように愛おしく……。
(――セシリー……?)
心臓が早鐘を打っていた。
何度もあきらめかけた想いが再びうずき出す。
抑えても抑えても無理に造った堤防は、
ふとしたきっかけでもろくも崩れ去ってしまう。
「セ……シリー……苦しい」
腕の中でリタが苦痛に呻く。
「あ、ああ……、すまない」
ようやくその長い腕から解放された。
リタにとっては幸せな一瞬だった。
一台の馬車が直後に到着する。
二人の若者が、離れた位置からこちらの様子を窺っていた。
「どうして来た? 彼らは何者だ?」
「彼らはドルンとテスよ。旅の途中で知り合って、
光の七神の神殿を巡りながらここまで一緒に来たの」
にこやかに笑顔を浮かべるテスは、リタに手を振っている。
その反面、もう一人の無愛想な少年は、
敵意を持つか興味がないかでこちらを向いていない。
馬車から降りたドルンとテスは、
しかしそのまま馬車のそばから離れようとはしなかった。
「あの人誰かなぁ? ま、まさか、リタちゃんの恋人!?」
「あいつの姉さんの夫となるはずだった男だろ」
「ああ、なるほど。よく気づいたねぃ。てか、何で知ってるの?」
「……」
相も変わらず素っ気ないドルンは、フイッとどこかへ向けて立ち去った。
あの男の姿が目に入らない場所へと。
その夜――、馬車に用事があって外に出ていたテスが、
ドルンの待つ相部屋へ戻って来たが、
何やら落ち着かずに部屋の中を右往左往している。
部屋へ戻って来る際、
たまたまセシリーの部屋へ入っていくリタの後ろ姿を見たからだった。
「一体こんな時間に、何の用事があって行ったんだろう?
ただの用事なら、もう帰って来てもいい頃だよねぃ」
テスは、もう何度目かに開けた部屋の扉を僅かに開けて、廊下を覗き込む。
リタが戻って来ている気配はなかった。
リタがあてがわれた部屋は彼らの相部屋のすぐ隣り。
扉が閉まる音も、物音もまるでなかった。
「リタちゃん大丈夫かなぁ? 心配だなぁ~」
「おい、テス。何を取りに行ったんだ?」
「果物用ナイフ。さっき食卓に並んでいた果物をくすねておいたんだ。
それを食べようかと思っていたのに……。でもおかしいんだよねぃ。
ナイフは見つからなかった。ドルン、知らない?」
「知るかよ」
落ち着きのないテスとは正反対にベッドに横たわっているドルンは、
いつでも就寝できる状態だった。
「それよりあの人、ずっと男の一人暮らしだったから、
久々女の子を見て変な気起こしたりしてないだろうねぃ」
「おめーじゃあるまいし……。考え過ぎだ、とっとと寝ろ。
どうせ昔話に花を咲かせているんだろ」
「……だといいんだけどねぃ」
テスは扉の隙間から目を爛々と光らせて、
唸りながらひたすら廊下の先を睨んでいた。
「ドルン! よく悠長に眠ってなんかいられるねぃ!
リタちゃんの貞操の危機なんだよ!
おいらたちは彼女を護らなくちゃあ、いけないんだよ!」
ドルンはため息をつく。
「寝言は寝てから言え」
全く取り合わないドルンにテスは呆れる。
「情けないよドルン! それでも君は男か!?誰がとかじゃなく、
かよわい女の子を護るのは、男として当たり前の使命じゃないか!」
「朝まで言ってろ。俺は寝る」
ドルンは壁側を向いた。
テスはそれでも断固として、リタの帰りを待って廊下を凝視し続ける。
やがて、聞き耳を立てていたテスは、
何かの音に気づいてそろりそろりと廊下に出た。
「――やっぱり!」
突然叫んだテスは、脱兎の如くある部屋の前へと駆け出す。
「おいテス! いい加減に……チッ!」
舌打ちしたドルンも渋々起き上がって彼の後を追った。
耳を扉にあてて、中の物音を聞こうとしている不審な男――テスが見えた。
確かに何かの音が聞こえて、ドルンの眉根も寄る。
少女のすすり泣くような、悶えて苦しむような声が。
ドルンは扉を強く叩いた。
「おい! 中で何やってんだ! ここを開けろ!」
「――入って来るな。今、手が放せない」
中からあの男の声がしてドルンは感情を露わにする。
今しがたの冷静さはどこにも見当たらない。
無理に抑制していたものが隠し切れず、本当の姿が現れたのかもしれなかった。
「ああ、だろうなっ!」
思い切り蹴り上げると、バーンと扉が開いた。
ドルンの背後からテスがわめく。
「よくもおいらのリタちゃんを――っ!」
セシリーは、寝台の上でリタの自由を奪うように、力づくで押さえ込んでいた。
「何やってんだあんた!? そいつから離れろ!」
「――静かに……」
あくまでリタの両方の手首を強く握ったまま、
彼は悠然と口にするが、リタは苦しげに呻いていた。
不意に、セシリーがリタに魔法をかけていることに気がついた。
「何があった?」
「最近、地震が多発しているようで、何かが近づいているとは確信していた。
原因はリタだ。この子は闇の力と共鳴しやすい特殊な子なんだ。
特に磁場の強いこの聖地に於いては」
「何言ってんだ、あんた……?」
意味がわからず、キョトンとするドルンとテス。
それも当然だろうと、魔法師は簡単に説明を加える。
「リタはとてつもない闇の力を生まれつき持っているんだ。
今は封じられているが、段々その封印が解けて来ている。
ただでさえこの地は闇の力が強い場所なんだ。
それと言うのも、あの三角の聖なる山が闇の力を呼び寄せているのだろう。
そしてこのエリオーネ神殿は、まさに闇のメラル族のエリオーネを祀る神殿だ」
「……」
「リタは完全に呼ばれている。だからつい先程も僕を狙って襲って来た。
寸前で取り押さえたが、今こうして再び封じている。だがこれも応急処置に過ぎない。
君たちはリタを連れて明日の早朝、この地をはやく去れ。
これ以上彼女が闇と共鳴して暴走する前に――」
「そんな、リタちゃんが……闇と共鳴……? 狙って襲って来た……?」
テスが信じられないといった体で青ざめる。
不意にセシリーが渋面するドルンを窺って、そのまま黙視していた。
魔法師であるセシリーは、恐らく気づいているのであろう。
ドルンもまた、何かに共鳴している様子を。
「リタが魔法を使えないのは、封印されているせいだ。
闇の力は、アウドリックと相まみえる相反の力」
「だが、こいつはそんなこと一言も言ってなかった。
もしかして本人は知らないのか?」
「薄々気づいてはいるはずだ。自分のことなんだからな。
とにかく明日ここを出ろ。そして君たちも、この地にはもう近づくな」
リタの荒かった呼吸が徐々に穏やかになって来た。
「後はこちらで何とかするから、君たちはもう部屋に戻ってゆっくり休みたまえ」
リタの手首から両手を離したセシリーは、じっとドルンを見据えていた。
安堵するドルンを見たテスがにんまり笑っている。
「ドルン、顔が真っ青だよ? リタちゃんのこと、相当心配したんだねぃ」
「疲れてるだけだ。もう、寝る」
ニタニタ顔を歪ませるテスを振り切って、ドルンは部屋へ戻っていった。
身体が鉛のように重い。
節々がギシギシと痛み、酷くだるかった。
誰もいない部屋のベッドの上で目を覚ましたリタは、
顔だけを動かし窓の外を見ると、月明かりが神秘的な美しさで地上を照らしていた。
風の音さえない、張り詰めた静寂。
ふと昨夜の夕食後、セシリーの部屋にいって寝台の上に座り、
改めて二人だけで昔の思い出に花を咲かせた記憶を辿る。
皆のいる前では話せなかったこと、聞きたかったことなどを。
気づいたら自分用の部屋にいた。
ベッドへ運んでくれたのは、他でもないセシリーであろうと予測できる。
だからもう、その優しさすら断ち切らねばならなかった。
これでもうはっきりと確信した。
彼が姉を愛し続けているという揺るぎない確信を得られて満足だった。
これ以上セシリーを待っていても無意味だ。
そして、報われないこの想いを、今度こそ断ち切って行かねばならない。
(――私はどうしても姉さんにはなれなかった……)
自分はこのまま生きていても意味はなかった。
意味を見出せなかった。だからもう、自分を殺さなければならない。
リタは、馬車から隠し持って来ていた果物用ナイフをカバンの中から取り出すと、
右手に強く握り締める。
「さよなら、セシリー……」
それが一番いい方法だった。
セシリー、ルフィネ、そして自分自身のためにも……。
涙をこぼすリタは、ナイフを握る手を自分の方へと向けた。
――ザクッ!
朝日が昇り、すっかり辺りは明るくなっていた。
だが、早朝出発する予定時刻をとうに過ぎてもリタは現れない。
「――ったく、何やってんだあいつは」
「女性は色々あるからねぃ」
どんな色々なんだと、怪訝そうにテスを見やるが、
「リ、リタちゃん!?」
セシリーと共に神殿の外に出て来た彼女を見て驚嘆した。
「えぇえええ!? どうしちゃったのその髪!?」
「えっへへー。どう? 似合う?」
肩の上まで短く切られた髪の毛を、
リタは照れくさそうに笑って二人の前へ駆け寄った。
「ああーっ、勿体ない~! でも似合う。
凄く似合う! ああ、益々好きになりそ~う!」
テスは素直にリタの髪型を絶賛しているが、ドルンは相変わらず黙したままだ。
「随分軽くなって清々したわ。
だって、本当はずっと切りたいと思ってたんだもの」
そう言う彼女の顔はどこか晴れやかだ。
しかし、その青い瞳は今朝は赤く充血し、まぶたは重く腫れている。
感づいているテスもドルンも、敢えてそれには触れないでおく。
リタは失恋をし、前へ進むために、姉ルフィネの面影を一切捨てたのだ。
「リタ、お前は謎の声に操られながら神殿を転々とし、ここへやって来た。
お前は闇のメラル族に呼ばれている」
セシリーが切言した。
だがリタは、首を振って否定する。
「違う。操られてなんかいないわ。
私は自分の意思でここへ来たの――心の声に従って」
「その心の声こそが曲者なんだ。
恐らくはお前を、更なる窮地へと誘うことだろう。
きっと、あの山へも行かせようとするだろう」
だからこそドルンとテスに、
何が何でもリタをいかせないようにここを去れと頼んだのだ。
セシリーは闇の侵攻を少しでも防ぐため、この神殿を護らなければならず、
ここをしばらく離れるわけにはいかない。
だが、リタの決心は彼の願いを断絶した。
「でも私は行かなきゃ。そこへ行くのが最終目的なんだもの」
「あの山は普通のそれではない。見た目に騙されるな」
美しく整った三角に尖るそれは、人を寄せつけ魅了する力を秘めているが、
綺麗な薔薇には棘があるように危険な山でもある。
「ええ、知ってるわ。だから私は別の方法で行くの。エリオーネ村の石碑よ」
全員が眉をひそめて、淡々と語るリタから目を放さなかった。
「――あの石碑は、この神殿の北にある。そこへ行っても何もないぞ」
「このイヤリングよ。これがあの山の中へ入る鍵になるらしいの。
夢で見ていたのよ。イヤリングを使って暗い場所へ入って行く自分を。
あの山に姉さんもいたわ」
「ルフィネが!?」
たかが夢。
それを信じるのもバカらしいと笑って済めばいいが、
ここでは笑う者は一人もいなかった。
リタの両耳のイヤリングが彼女の言葉に反応するかのように、煌々と紅く燃えている。
かつてルフィネがつけていたそのイヤリングが、とても禍々しい物に見えてしまうのは、
イヤリングの本来の持ち主とされているバノアでさえも、
少女を闇へ誘おうとしているからだろうか。
「もしかしてお前……、ルフィネを助けるためにそこへ向かうとでも言うのか?」
卒然と直感したセシリーがリタに問いかけた。
彼女は薄っすら微笑んで首肯してみせる。
「ええ。私は何としても姉さんを助け、セシリーのもとへ連れ戻したいの。
例え私の身がどうなっても――」
「リタ! 何故そうまでして!」
「――姉さんとあなたを愛しているからよ。
あなたたちが命をかけて私を護ってくれたように、私も同じことをするだけ」
だが、リタがそこへ向かうことをセシリーは勿論、許さなかった。
ドルンとテスも同じだった。
仕方なくリタはあきらめ、
このままハーラ・ウー・トートイトから出て行くことを承諾する。
馬車に乗る三人を見送って、セシリーが彼らに強く念を押した。
「じゃあ、気をつけて。二人共、リタのことを頼んだよ。
聖地を抜け出すまででいい。後は弟のロミーに迎えに来てもらおう」
「はい! リタちゃんはおいらたちが責任をもって送り届けます!
色々とお世話になりました。あなたもお元気で!」
テスが握手をして別れを惜しむ。
しかしそこでセシリーはスッと反対側に回り、ドルンに涼しげな顔で言い残す。
「どうやら君にはあの時、記憶を抹消する魔法がかかっていないようだったが……。
いつまで記憶がない振りをしているつもりだ?」
「……あんたには関係ない」
ドルンは、何かを見抜いている眼差しのセシリーと目を合わせようとしなかった。
真っ直ぐ前を見据えたまま手綱を引くと、馬車はギッと音を立て緩やかに動き出す。
セシリーは笑みをこぼして彼らを見送った。
「ありがとう! さよならセシリー!」
幌の中から顔を出して笑顔で手を振るリタは、今までで最高の笑顔を従兄に贈った。
それが彼と会える最後であるかのように――
***
――姉さん、あなたを逃がしてあげる。
リーバは、ルフィネの自由をがんじがらめに奪う魔法を解除してやった。
地面にくず折れるルフィネは、身体に力がまだ入らない。
それからリーバは、魔法でルフィネにアウドリックの新しい衣装を着せさせた。
――ここを出るのよ! リュゼルが戻って来ないうちにはやく!
ルフィネは、急変したリーバの行動の意図がわからずにいる。
――リーバ、あなた一体……?
――勘違いしないで!
これ以上あなたにリュゼルを近づかせないよう、追い払うだけ!邪魔なのよ!
――リーバ、あの男を本気で愛しているの?
――愛しているわ。だからさっさとここから消えて!
自分はリタを護ることが使命。
自分にもセシリーにもそう約束したのだ。
それでも――。
――リーバ、あなたを置いて逃げることなどできない……。
一緒に帰りましょう。私の妹、リーバレイゼラン……。
笑みをのぞかせるルフィネは、涙を浮かべながら手を差し伸べる。
リーバは感情に突き動かされそうになりながらも、
伸ばしかけた手を握り締め、誘惑を取り払った。
――何を今頃、姉さんぶってんのよ。騙されないわよ。
キッと睨みつけるが、本当は寂しかった。
リタのようになりたかった。
どうして自分はこんなに薄暗く冷たい所にいて、リタは皆に愛され護られているのか……。
納得できるはずなどない。憎しみだけが増すばかり。
「きゃあっ!」
リーバが前触れもなく、見えない力に突き飛ばされた。
戻って来たリュゼルが魔法で岩壁に吹き飛ばしたのだ。
全身を強打し、そのまま地面に落下してうつ伏せに倒れる。
アウドリックのリュゼレオン王子としての任務を終えて戻って来たリュゼルは、
冷たい氷の瞳でリーバを無言のまま睥睨していた。
――リュゼル様、そんなにお怒りにならないで。私は逃げることなどしませんから。
こんな女さっさと追い出して、
今後は彼女の代わりにこの私をあなた様のおそばにお置き下さいませ。
女神とあなた様のために、我が身を捧げとうございます……永遠に。
咄嗟に間に入るルフィネを一瞥するリュゼルは、
ルフィネを抱き寄せるとその唇を奪った。
今の彼女は、闇に寝返ったルフィネに変貌している。
リュゼルの前では、心を閉ざし悟られることのない無感情の眼差しで。
一転して、リュゼルはリーバに冷酷に吐き捨てた。
――お前には用はない。さっさと出て行け。
今ならルフィネの慈悲に免じて、生かしておいてやる。
――リュ……ゼル……?
リュゼルに怒りを買ったリーバは、十八年間過ごして来た暗闇から追い出された。
泣きながら出ていくリーバ。
――リーバを愛していたんじゃないの? 恋人同士だったんじゃ……。
――はん、よしてくれ。反吐が出るよ。
神殿から僅かに離れた地点に辿り着くと、リタは再びドルンに馬車を停めるよう告げた。
エリオーネ村があった石碑の前で。
「ドルン、テス。ここでいいわ。今まで本当にありがとう」
「え? どういうこと? 何言ってんのリタちゃん? 聖地はまだ抜け出ていないよ。
もしかしてあの魔法師さんのことが、まだ忘れられないの?」
「ううん、そうじゃない……って、何でそんなこと知ってんの?」
「な~んとなくね。誰だってピンと来るよ。ねぃ、ドルン?」
テスはドルンを見るが、ドルンは前を向いたまま反応すら返さない。
「――私、あの山へ行こうと思うんだ。
あの山の中で、姉さんが捕らわれている夢を見たの。
夢だから本当かどうかはわからないけれど、
きっと、ううん絶対あそこに姉さんはいるはず。
だって夢にしては本当に飛んでるみたいだった」
リタは目前に見える左右均等に尖った山を、眺望しながら意志を固める。
「勿論あの山も見たまんまの山というわけじゃない。
かといって普通の山でもないし、そこへ向かうには、
ある場所を通って行かなくちゃいけなかった」
「ある場所?」
「エリオーネ村があったと示すあの石碑。
エリオーネと魔法師たちが共同で造ったと言われている幻の村。
私、昔そこに住んでいたの。そこでヨディっていう一つ年下の男の子と、
特に仲が良かったんだ。ドルンみたいに絵をよく描く子で――」
語尾を濁しながら、ずっと無表情で黙り込むドルンを見つめて口をつぐんだ。
彼はただ黙したまま、正面を向いている。
「多分私なら通れる。闇の力が宿っているんだもの。
今だって共鳴している。心が妙に落ち着かないのもきっとそのせい……」
「でも、戻って来られる確証はあるの?」
彼女は頷かない。
その可能性は極めて低かった。
だから、セシリーの前では敢えて行かない素振りを見せていたが、
結果的に向かうことはセシリーもわかっていたであろう。
「行かせられるはずないじゃないか!
セシリーさんとおいらたちの意見も同じだよ!」
「でも私は行くわ。セシリーと姉さんが村へ私を迎えに来てくれたように、
今度は私が姉さんを迎えに行く番なの。行かなければならないの」
「リタちゃん……」
「だからここから先は、私一人で向かうわ。そして姉さんを助け出すの。
例え身代わりになっても殺されても構わない。とにかく行かなくちゃ。
セシリーの言ったことは本当かもしれない。呼ばれている気がするの」
「呼ばれている? 闇の力にか?」
唐突にドルンが訊き返す。
「多分……。でもわからない。彼女の声が聴こえるの」
「彼女?」
「私の中から聴こえて来る声――」
「あんたがナムド神殿の池に浸かっている時、俺と話したあの声の主か?」
「――え?」
「そんなことあったの!? 聞いてないよドルン!?」
何も知らない二人がドルンを凝視する。
ドルンは、ずっと頭の隅に残っていたあの言葉を、心の中で反芻した。
――リタを……この娘を導いてやってほしい。
そしてどんなことがこの先待ち受けていようとも、彼女を信じていてはくれまいか……。
神なんて信じない。信じたくもない。
本当はずっと、彼女を引き止めるつもりでいた。
反対に、その言葉に従うわけではないが、心のどこかで信じたい何かがある。
「――俺も行く」
ドルンが呟いた。
「何でよ!? あんたはテスと一緒にユナナを――」
「あんた一人で何ができる?
姉さんの所にも辿り着けず、ぶっ倒れるのがオチだな」
「何よ! 私だってね――」
「で、どうやって行くんだ? やり方は夢で見てんだろ?」
リタは馬車から降りると、何も刻まれていない花崗岩でできた石碑の前へ近づく。
一面に咲き誇る薄紅色のリタの花が、リタの足によって踏みつけられて行ったが、
足の踏み場もないほど咲いていたのでそれは致し方ないこと。
しかし可憐であっても花は打たれ強い。
時間が経てばまた、太陽と空を見上げる日が来るだろう。
リタは、後からついて来たドルンとテスが見守る中、
自分がやっていた夢の通りに、片方のイヤリングを外すと石碑の上に置いた。
「異界の扉よ。今こそ開きて、我を導きたまえ――」
(――姉さんのもとへ……)
すると、石からヴゥーンという低い振動音が響き出し、
閃光と共に石碑自体が赤紫色に光り出す。
その赤紫の光はやがて大きく膨張していき、人の大きさほどの楕円を形作った。
「夢は夢じゃなかったんだねぃ……おいら、ビックリだ」
茫然と立ち尽くしたテスの口が開きっぱなしでいる。
リタも同様にその光を眺めているが、
気を引き締めると彼女は後ろのドルンとテスに笑顔いっぱいで振り返って告げた。
「ありがとう二人共。これで本当のお別れね。
それからドルン、あなたはユナナを捜すべきだわ。それがあなたの役目なんだから」
「……」
「テス、私がちゃんと姉さんのもとへ辿り着けるよう祈ってて」
「リタちゃん! 必ず戻って来るんだよ!」
「うん、テスも元気でね」
笑顔で手を振り上げながら、リタは光の中へ入っていった。
赤紫の楕円の光も、徐々に小さくなっていく。
「きっと戻って来るよねぃ……? おいら、信じて待つよ。
だからおいらたちもユナナを――って、どこ行くのさドルン!?」
「テス。ユナナのことは頼んだ。お前ならきっと見つけ出せる。
それと俺の描いた絵も好きにしていい」
「ドルン!? まさかリタちゃんについて行くつもり!?」
「当然だろ。女を護るのが男の使命だって言っていたのは誰だ?」
「おいら……」
「俺自身が行くと決めたんだ。二言はない」
ドルンは小さくなる光の中に、臆することなく足早に突き進んでいく。
「あいつが、あの男や姉さんに命をかけて護ってもらったように、
これからは俺も命をかけて護る、ただそれだけだ」
「それだけって……ドルン!」
ドルンは一度決めたら引き下がらない、テスはそれをよく知っている。
「絶対帰って来るんだぞ!
おいらもユナナを見つけて、一緒に待っているから!」
「ああ、必ず戻って来る。それまであの箱を預かっておいてくれ。
その中にある大事にして来た物を、いつかあいつに見せたいんだ」
ドルンは、石の上で紅々と輝くイヤリングを右手に握り締めると、
リタの後を追ってその中へと消えていった。
赤紫の楕円の光も、あたかも彼を誘い込むようにして、
途端、シュンッと音を立てて消滅する。
石碑はもう以前と変わらない沈黙を漂わせていた。
「――バノア……、ドルンとリタちゃんをお護り下さい!」
テスは急ぎ馬車へ乗ると、事情を説明するために、
セシリーのいるエリオーネ神殿へと戻ることにした。
リタが初恋の人に命をかけるように、
ドルンもまた初恋の人に命をかけにいったと――
***
――リタも、とうとう兄さんと出会ってしまったか……。
最近はすっかりリタを気にする機会が減っていることに、今になって気がついた。
忙しさのせいもあったが、
彼女よりも別の存在が気にかかっているというのが本当の理由かもしれない。
アウドでセシリーから情報が伝わっていたロミーは、
その女の気配を感じて頭の映像を切った。
――リーバ、君か……。
特殊魔法部隊の執務室に一人でいると、必ずと言っていいほど現れる女。
リタの双子の姉。
双子であってもその双眸は、青いリタとは違う漆黒の闇色。
彼女の存在が、今では彼の心の一部を占めていた。
そうなることを自分が望んだのか否かはわからない。
リーバの罠かもしれなかった。
それでも、リーバのことを考えている自分がいることも否めない。
来てくれることをむしろ歓迎して、楽しみに待っている自分がいる。
それに今日の彼女は、いつもの様子と何かが違っていた。
うつむき加減の暗い表情のリーバを認めたロミーが目を細める。
――どうした? 今日はいつもの元気がないぞ? 高慢知己な所が君らしいのに。
――私は結局、誰にも愛されていないのね。
――一体何があった? いつもの自信に満ち溢れた覇気が感じられないぞ。
しおらしくも頼りなく、それでいて儚げ。
今までのリーバには、およそ似つかわしくない自分を哀れむ不釣合いな態度。
不意にリーバはよろめくように歩き出し、立ち上がったロミーに抱きとめられた。
――愛していた人に捨てられたの。出て行けって……。
私には他に行く所なんてないのに。
気がついたらここにいた。
弄んで捨てるはずだった男のもとへ身体が向いていた。
――誰にも必要とされず、生きている意味もわからず……。
私は何で生きているのかしら? ううん、知っている。
ただ利用されるためだけに、私は生かされていただけなの。
でももう用無しになったから、私は捨てられたのよ。
――それで僕の所へ来たのか君は。僕を頼って……。
リーバの背中に両腕を回して、ロミーは優しく抱きしめる。
身体を震わせる彼女がロミーの服を握り締めて、悔し涙をとめどなくこぼす。
――私は最初から死んで生まれて来た、要らない子なのよ。
――要らない子なんていないよ。皆、必要だからここにいる。
君だってそうだ。だから、僕のそばに……いろ。
ロミーがベッドの上でふと目を覚ますと、
隣りに感じられていたはずの温もりが消えているのに気がついた。
――リーバ……?
あんなにも熱く何度も求め合ったというのに、彼女が眠っていた場所は既に冷たい。
夢、幻だったのだろうか。
いや、自分の肢体に染みついたリーバの甘やかな香りと感触は未だ残っていた。
窓を見やれば、数刻前には低い位置にいた儚げな月も消え、
夜空は漆黒の深い闇に覆われている。
結局リーバは、月のように儚く消えてしまったが、
愛する男の許へと戻ってしまったのであろうか。
所詮は、一瞬の炎のような慰め合っただけのあえかなる偽りの愛。
例え自分はそうでなかったとしても、彼女はそうであったかもしれない。
虚しさだけが、ロミーの心の中に取り残されていた……。




