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竜騎士たちが死者を悼む。竜達もまた首を垂れて、去って行った者たちを送った。此度の戦で亡くなった兵士たちを合同の葬儀で祀っているのだ。
カダエントは首を垂らすことをしない。あれは人が竜に教えたことだ。あれを最初に見たときに、成竜達が何をしているのか分からなかった。人の真似をしていると知った時に感じた衝撃はいまだに忘れられない。滑稽に感じた。竜が人の真似をするとは。人は竜の真似をしないのに。
アズールは大人しく立っている。戦死者の為に祈りはしない。誰も彼に命令しなかったからだ。周りの騎士たちは突然の仲間入りを果たしたこの男に不審の目を向け距離を空けている。
「カダ、なぜ祈らん。」カダエントの遠縁にあたる深緑の竜が話し掛けてきた。
「祈る必要が無いからだ。」答えを聞いて深緑の竜、ギオレフルスクが頭突きをカダエントにかました。ガツと額の鱗が何枚か剥げた。
「いい加減にしろ。お前の竜騎士も死んだんだ。」軽蔑の眼でギオレフルスクがカダを見る。
「・・・。」無言でカダは応じる。黄土に走る黒い瞳孔をますます細くして、殺気を発し威嚇する。
「お前はいかれてるよ。」それ以上荒立てることはなく深緑の竜が下がった。
カダエントは依然葬儀に準じる同朋を尻目に、竜舎に体を向ける。俺がいかれてるのと同じ位、アンタラもいかれてる。葬儀場から離れた所で黒い瞳孔を細くしたまま天に頭を向けた。
「俺は死んだら空に帰るのだ。体が地に落ちようと、心は天に・・・。」前足を地面から離し、翼を開く。頭を天に向けたまま仁王立ちになったカダエントが深く息を吸う。
「ヴォオオオオオオン。」激しく打ち付けた銅鑼のような叫びを発した。葬儀場からはそう遠くない場所なのでその声はよく聞こえる。参列する人々がその声に騒ぐ。それも竜の叫び声と何処からともなく伝わるとすぐ沈静化した。ただ一頭年老いた竜を残して竜達は忌々しげに唸る。年老いた竜が天に頭を上げる。何か考えるようにしてスッと息を吸い、やがて力なく息を吐き出すとほかの竜と同じようにまた首を垂らした。遠い昔に聞いた声だった。そうとても昔に。千年を超える王都の始まりを、この老竜は見てきていた。いまは耄碌して戦場に立つこともない。昔その場所で聞いた声だった。おぼろげに思い出すも頭に霞が掛かる。頭を垂らし老竜は人の祈りに倣った。
アズールがトンと左胸に拳を当てる。すぐにその手は降ろされたが、確かにそれは草原の戦士の祈りを送る動作だった。アズールの眉間に皺が寄る。それが彼の意志ではなかったからだ。そして彼は自らの意思で祈るのを拒んだ。降ろした拳をアズールは少しの間見つめたが、手の平を開いてまた無表情になりぼんやりと葬儀を見つめた。ちりちりと心臓の辺りが熱くなった気がしたが、アズールはそれを無視して奴隷の時と変わらずただただ命令を待った。
黒竜を従える騎士団長が王の隣に立ち、葬儀の様子を見守っていた。そしてカダエントとアズールの様子に内心苛立ちを募らせていた。反抗的なカダエントに加え、元奴隷である身元も知れぬ男がその契約者になるとは。
「アーロン。騎士団に身元の知れぬ男が入ったと聞いたが、あれがそうか。」王がアズールを間違いなく指差した。竜騎士は二千を超す数がいるが、王は国の主力である竜騎士たちの顔を把握しているようだ。迷いなく参列者の中からその男を選び出した。
「はっ、この度緑竜カダエントの契約者となりました。」アーロンは王の反応を伺う。竜の契約者に選ばれた以上受け入れるしかないのだ。アーロンはアズールを入団した扱いにしているが、王がそれを快く思っていないのなら新たに対処を考えなければならない。
「使えるのか。」
「剣の腕は並以上。痩せてはいますが、体つきも悪くありません。」アズールが此方が話しかける以外一切の反応を示さないことや、奴隷であったことは黙っていた。アーロンはこれから竜騎士としてアズールを叩き上げるつもりでいた。今のアズールの様子は奴隷生活の弊害であると考え、また部下の騎士とアズールを試しに打ち合わせた様子から彼が優れた剣士であったことを読み取っていた。試合自体は騎士が勝ったが、段々と鋭くなる剣筋に騎士が焦り力押しでアズールを打ち払った見苦しい勝ち方だった。奴隷生活でアズールの体力は削られており、万全であったなら全く違う結果になったことが十分感じられた。アーロンはアズールの奴隷としての姿に苛ついてはいたが、ものになりそうだと期待もしている。
「そうか・・・。ならば国の為よく励むように任せたぞアーロン。」ここでアーロンがアズールを奴隷と言えばまた違った運命になったかもしれない。王はアーロンが使えないと答えれば即刻男を処刑するつもりでいた。竜騎士団は精鋭の集団でなければならない。王はアーロンを信頼していたのでそれ以上は聞かなかった。アーロンが使えると判断したならばそれなりの男なのだろう。
契約者を無理に殺して竜の怒りを買うのは、王としても極力避ける事柄だったのだ。