何この展開
久々に飲んだ・・・
普段飲まない人間が飲むとこれだ。
「ここはどこなんだろうか」
軽い送別会があった普段は違う事業所で働いているが送別会のため本社まで出てきた。本社に出てくるのは問題はないが、しこたま飲んで意識が朦朧していて違う行き先の電車に乗ったのだろう。
とんでもない田舎駅直通電車に・・・
「やばい、本当にここはどこなんや」
乗り過ごした事に気づき、とりあえず降りたが。周りは見たことない景色がと言いたいが真っ暗で何も見えない、街灯もない辛うじて月明かりでぼんやりと山の輪郭が見える程度だ。
改札に向かっていると前に女子高生が歩いていた。ここがドコかだけでも聞こうと思い声をかけた。
「あのーすいませんここ何処なんでしょ」
言い終わるか終わらない内に女子高生は猛ダッシュで俺から逃げた。しばし呆然したがよく考えると俺は三十路過ぎの男、時間は十時過ぎ相手は女子高生だ、変に思われても仕方ない。これは俺が悪い見ず知らずの女子高生に怖い思いをさせてしまった。
女子高生は急いで駐輪場に行き自転車を引っ張りだしていた。彼女に聞くのは諦めかけていたが無人駅の上に周りには誰もいない、ここが何処なのか情報を得るのは彼女しかいないのだ。
「すいません怪しい者じゃないんですよ。酔って乗り過ごしてしまって、ここ何処かだけ教えてもらえませんか」
ホーム越しの駐輪場に聞こえるくらいの大きな声で彼女に呼びかけた。答えがなくとも恨みはない。彼女にしてみれば単なる怪しいおっさんなのだから、
「榛原です」
返事があったが・・・榛原だと!
奈良と三重の県境じゃねえか。
「ありがとう、ごめんね怖い思いさせてそれとまだ電車あるかな」
彼女はわざわざ時刻表を見てくれた。
「まだ一本あります」
「ありがとう、ごめんね」
礼を言った後備え付けの座席に座りちょっとホッとした。
降りた反対側のホームで何もしないまま電車を待つ。これが冬だったら、下手したら凍死もんだろうなと独り言をつぶやきながらベンチに横になった。
なんて静かなんだろう、聞こえてくるのは虫の音と電灯のジーっという音だけだった。
目をつぶって酔いが醒めるのを待った。しばらくすると人の気配がした。
ジャリジャリと音が近づいてくる。無視を決め込むつもりだったが、音が近づいてくる程なぜか恐怖が増してきた。しばらく俺は男だ襲われるわけないと言い聞かせていたが、恐怖に負け近づく音に視線を走らせた。
そこには仁王様を軽く温和にしたような顔があった。こわい部類に入る顔だろう。正直俺はこわかった。
俺と同じ電車待ちかな、しかし明らかに俺に近づいてくる。これはやばいか・・・少々身構える、でも相手は丸腰だし物盗りではなさそうだ。なぜかその仁王様は俺の三歩手前で止まった、視線は俺に向けられていることは間違いない。このまま向き合っていても何も進歩はないようだ。
「あの僕は怪しい者ではなく、ちょっと寝過ごしてしまってと電車を待っているだけで」
「知っている、娘から聞いた」
何この展開は。この仁王様さっきの女子高生親父さんか一応謝っておくほうが無難であろう。
「娘さんには怖い思いさせてすいませんでした」
「いやいや、うちのが悪い事したって気にしていたんでな」
この仁王様いい人だな、笑ってもこわいが、
「気になさらないよう娘さん言っておいてもらえますか、娘さんの行動は正しいですから」
「良かったら、乗り換えの駅まで送ろう」
なんでこうなる、断る理由はないがそこまでお世話になる理由もない。
「いえいえ、そこまでお世話になるわけにはいきません」
笑顔で答えているが、内心は怒らせないかビクビクもんだった。やっぱ顔がこええもん
「娘がな悪いことしたから、送ってやってくれというもんやから」
「いやいや、時間は遅いですが電車ありますから」
「変な奴やったらこの場でぶっ飛ばすつもりやったが、あんた悪い人間やなさそうや車そこに止めたるから乗りや」
人の話聞けよ仁王様、一応仏様なんやから、
「すいません、ありがとうございます」
しぶしぶ止めてあった軽四トラックに乗り込んだ。
「乗り換えの駅やから八木駅でええか」
心の中では奈良まで行ってくれよとツッコんでいたが笑顔で答えた。
「ありがとうございます。十分ですよ」
車の中でいろいろ話をした。今のやっている仕事や環境問題やお決まりの女の話など、
「兄ちゃんええ人間やな」
「ありがとうございます」
内心ホッとしている。娘さんからなんて聞いていたか心配だったので、俺自身のことを知ってもらおうとなるべく包み隠さず話したことが功を奏したようだ。
「兄ちゃん正直者みたいやから、俺も話すわ」
「何を改まってるんですか」
この時俺はこの先本当の恐怖に震える事になろうとは知る由もなかった。
「俺な昔な・・・極道やってんや」
「そうなんですか大変やったんですね」
えっ・・・今なんとおしゃいましたか。
極道・・・岩下志摩の顔がよぎる。
「そうなんですか、見えないですね」
大丈夫声は震えてない、こわくないぞ。今は農業で生計を立てている一般の方だ。
まだ駅まで二十分はかかる心の中では逃げてぇと叫んではいるが、ここは狭い軽四の中下手に静かにするのも失礼にあたるのでなるべく自然に振る舞った。
「本当に見えないですよ。普通のお父さんですよ。ははっ」
これは本心だ。自然に自然にしなきゃ、今なら分かるエバァの碇シンジの気持ちが・・・
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。
「へへっそうかありがとさん、兄ちゃんまだ独身やろはよ結婚して子供作りや子供できたら人間変わるからや。極道もかたぎになってまうくらいに。はっはっは」
最後がなければ、とてもいい話なんだが。
それから駅に着くまで延々と極道時代の武勇伝を聞かされた。書くに耐えれないくらい本当に怖かった。
生きた心地がしないとよく言うが本当にそうだった。どうして乗ってしまったのだろうと後悔したが、もうどうしようもない。
「すごいですね、これからはもうかたぎで生きて行くんですよね」
そうであって欲しい心からそう願う、あなたのために娘さんのためにもそして、俺のために!
「まぁな、そうせな子供の将来に関わってくるしな」
「そうですよね。あっ駅見えてきました」
「前まで行くわ」
「いえいえ時間も遅いし、そこのコンビニでUターンしてください」
これは俺の好意ではなく願望だ。
早く降りてぇー。
「そうか悪いな」
コンビニの駐車場で深々と頭下げ、軽四のテールランプが見えなくなるまで見送った。