未亡の花が咲く迄は。
私と葵君は大学で出会い二年間の交際を経て結婚した。彼はいつも私に優しく、いや、むしろ甘いといったほうがいいくらいであろう。友人らには意外だと言われたが、私には葵君以外考えられないくらいに最高の私にとっての最愛の人だった。
ベランダから外を眺めると綺麗に桜が咲いていた。
やはり、40年ローンで買った部屋なのだからこの景色も楽しんでおかなければ損であろう。
「文目、どこいっちゃったのー?」
葵君を起こしてしまっただろうか、ただ私を探している葵君が本当にかわいいのでちょっとだけ意地悪をして返事をしないでいようかなと思った。
「やっと見つけた。隠れないでよ!」
むすっとした顔でこっちを見つめてくる。本当にかわいくて顔のゆるみを隠し切れないでいると葵君におこられてしまった。
「ねぇ葵君、桜すごくきれいじゃない?」
「うん、すごく綺麗。この部屋にして本当によかったね。」
というのもこの部屋を買うに至るまでにはとてつもない苦労があったのだ。
二人ともまだ若く収入もそこまで多いわけではない。なかなか審査が通らずに何度も銀行に行く羽目になったのだ。最終的に地元の銀行が審査を通してくれたおかげで何とかこの家にありついた。
「今日はお出かけデート、行っちゃわない?」
「え~どうしようかな?」
「行こうよ!お出かけ!」
本当にかわいい。なんでこうも私の求める反応が出てくるのか。彼は私の心を読んでいるのではないかと毎度疑わされる。
「いいよ。行こ?」
「じゃあ、今日はアウトレット行こうよ!」
前もって行くところを決めていたのか私が承諾した瞬間行き先を言われた。もはや彼の中に私が断るという選択肢はなかったのであろう。
彼は行き先を私に告げた後すぐに準備に取り掛かってしまった。さっきまでの寝起きで省エネモードだった彼はもはやだれだったのかと疑ってしまうくらいの変わりようだった。
10分もしないうちに彼は準備を済ませて、車の鍵まで持ってソファーに座った。私の準備がすぐ終わるわけではないとわかっているのにまだかなとずっとちらちらとこちらを見ている。本当にかわいい。
友人らには葵君が私に入れ込んでいると思われているそうなのだが、実際のところは私が彼に入れ込んでいるのだ。ただ、恥ずかしいのでそんなことは絶対に友人に言わないのだが。
彼がちらちらこちらを覗いてくるのを横目に出かける準備をしていると気が付いたら準備が終わっていた。楽しみにしていたのはむしろ私のほうだったのかもしれない。
「準備できた?」
化粧道具をポーチに片づけているとそのタイミングを見計らったかのように話しかけてきた。
「終わったよ。お待たせ」
彼に手を取られてそのままあれよあれよという間に車の助手席に乗せられた。私のリクエストで買った軽自動車だったのだが、新居に入って彼の職場が遠くなりほとんど彼しか乗っていない。そのせいか、車の中は彼の好きなぬいぐるみがいくつか乗っている。
「それじゃあ行くね。」
ゆっくり車を走らせて大通りまで出てきた。彼の運転はなんだか優しくて普段人が運転している車で寝ることはないのだが眠くなってしまう。
「眠かったら全然寝てもいいよ」
うとうとしているのがばれてしまった。なんだか少し恥ずかしくてむしろ起きていようという気がわいてきてしまった。少しだけ目をつむってみようかな。
目が覚めた時。私は車の中にいなかった。体中が痛む。
「先生、花野さんの意識が戻りました。」
看護師らしき人が先生を呼びに行った。
花野というのは私の苗字だ。彼からもらった人生で一度の大切なプレゼント。
「花野さん。よく頑張りました。」
何を言っているのかがわからない。この医者は何を言っているのだろうか。そんなことより葵君はどこにいるのだろうか。
「二週間前、花野さんは交通事故に巻き込まれまして、ご夫婦で緊急搬送されてきたんです。」
あまりに突然のことで何を言っているのか理解ができなかった。
「ただ、葵さんのほうは、、」
何となくこの医者がなにを言いたいのかがわかってしまう自分が嫌になった。
「先日、亡くなられました。」
私の人生はここで終わったのだ。彼を失った人生にどれだけの意味を見出せるだろうか。あの笑顔。彼の言葉。私が愛したかわいくてたまらない葵君。
「すみません。少しだけ一人にしていただけませんか?」
何とか感情を抑えて医者にこう伝えた。
とにかく信じたくなかった。私はこんなにも無事じゃないか、どうして彼が死ぬことがあるのだ。
ただ事実は無常に私を痛めつけた。
そのあと私の意識が戻ったことを聞いた警察がやってきた。どうにも事故の際の話を聞きに来たそうである。ただ、何も覚えていない。
「こちらが事故の現場になるんですけど、何か覚えていらっしゃいませんか?」
よく知った交差点だった。家から20分くらいの場所であった。ふと気になる写真を見つけた。
まるで握りつぶされた果実のようになった私たちの車。彼の好きだったぬいぐるみは灰になってしまっていた。
「すみません。本当に何も覚えていません。」
「そうですか、大変なところ申し訳ありませんでした。」
彼らは聞きたいことが聞き終わったのか、足早に帰っていた。
それからの日々は一瞬だった。彼のお葬式は彼の遺体の状態を考えて私の意識が戻らないうちに執り行われていたらしい。私のけがはそこまで重くなかったので半月もしないうちに退院できた。
家に帰ってきた。彼と一緒に過ごした跡が生々しく残っている。彼を思い出すと喪失感でいっぱいになってしまいそうだったので部屋から目を背けるためにベランダへ逃げ出した。
桜は散っていた。そこにはもう、美しい花々は咲いていなかった。
体はもう治っているのだが、どうしても何にもやる気が出せない。葵君のために作った料理。葵君のために縫い直した仕事着。どれももう息をしていない。私にただ「彼はもういなくなった」と言わんばかりに色を失っている。
何もしないままに一か月が過ぎた。いろいろなところからお金が入ってくるので金銭について何も困ることはなかった。
「どうして、どうして、私は死ねなかったのかな。」
「なんで寝てたんだろう。」
「こんな終わり方をされるなら最初から始まらなければよかったのに。」
「もう、終わっていいよ」
何度もこんな言葉をつぶやいた。
私は仕事に復帰することを決めた。やる気はどうやっても出なかったが、同僚に対しての罪悪感もあり悩んだ末に仕事への復帰を決めた。
ただ仕事に復帰するにしても何も準備ができていなかった。事故の時に壊れてしまったスマートフォンもいまだに修理に出していないし、車に至ってはぐちゃぐちゃになってしまっている。何をするにしてもスマートフォンがないとやり方すらわからないので先にスマートフォンを修理に出すことに決めた。準備を進めていく中で、いかに私が葵君に頼っていたかを感じた。一人では生きていけないのだ。
「修理になりますと、おそらく新しく買い替えたほうが安くなると思うのですがいかがでしょうか?」
携帯ショップで店員に思いもよらない言葉をかけられた。そんなことがあるのかと。
「それじゃあ、新しいのに買い替えようと思います。」
私が返答すると店員はカタログを持ち出しどちらになさいますか?と言わんばかりの笑顔を私に向けた。
「じゃあ、これでお願います。」
特にどれがどういったスペックかはわからなかったが、何となく値段で選んだ。
「かしこまりました。もしよかったらなんですけど、そちらの壊れてしまっている携帯のほうからデータの移行ができるか確かめて参りましょうか?」
あまりに彼女がいい笑顔を投げかけてくるので思わず「はい、お願いします」と答えた。
三十分くらい待っただろうか。店員が待合で待っている私のもとにピカピカのスマートフォンを持ってきた。同時に通信契約もしたのですぐに使うことができる状態だった。
「壊れてしまっていた携帯のほうからデータの移行ができました。お客様の大切なデータがなくならなくて本当によかったです。」
あぁ、そうなのか。といってもあの形態に入っていたデータは今となっては私にとっては過去でしかない。もう手に入らない輝かしい日々。
家に帰ってスマートフォンを起動した。データの移行が完全にできているおかげか何度も見た彼とのツーショットのロック画面が顔を出した。
ふと画面にメッセージがありますと出てきた。
久しぶりに受信できる状態になったので今届いたのだろうと思い何も考えずにタップした。
葵君
私が愛してやまない彼の名前がそこにはあった。どうして?彼はもうこの世にはいない。
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文目、ごめんね。
愛してる。
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涙が止まらなかった。なんで、なんで、なんで。
彼は終わりを悟って。私に言葉を残すことを選んだのだ。
なんで。どうして私も連れて行ってくれなかったの。
「生きなきゃ。」
彼は私が生きるとそう信じてこれを送ってくれたのだ。
「本当に私のこと好きだったんだなぁ。生きて、、、欲しかったなぁ。」
私は二度と既読の付かない相手にメッセージを送った。
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葵君へ
私はあなたがいてくれたから今ここにいます。あなたを失ったことは立ち直れることではありません。ただ、私はあなたがくれた、愛を、信じてくれたことを忘れません。
頑張って生きるよ。お互いさみしいけれどちょっとだけ待っててね。
文目
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私は生きる。
貴方を失っても。
彼の命は戻らない。
ただ、彼の言葉と愛は私の心に残り続ける。
一生忘れない。
私頑張って生きるよ。見ていてね。




