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1.体に堪える海水浴

いやぁ、思ったより人が集まりやしたね。


暇な人は多いようですなぁ。


それにこんな老いぼれの話を聞いてくださるもの好きの方もいるようで。


ではでは、そろそろ話し始めさせていただきやすか。


これはもう何十年も前の話。


そうですなぁ、私が30代くらいの頃でしょうかなぁ。


その頃の私はね、そこそこの大企業に入社して5年目。


私には金に余裕がありましてね。


皮肉なことに恋人もいないものですから時間にも余裕があってね。


なにか危機感のようなものを感じたのではないでしょうかねぇ。


まぁ、旅をしとったんですよ。世界じゃありやせんよ。日本でね。


理由?そんな格好の良い理由なんかございやせん。


憧れと辛い労働からの細やかな逃亡ですかな。


そんでね、色んな場所を巡っとったわけですわ。


北は北海道。南は沖縄まで。日本全国どこでもです。


そんでその日はね、島根に行っとたんですわ。


そうです、そうです。出雲さんにお参りしようと思ってね。


三泊四日の最終日。出雲さんは初日に見ましてね。


そりゃ尊くおられましたよ。有名なしめ縄も荘厳でね。


おやおや、話がそれましたな。失礼、失礼。


えぇと、そうですそうです。どこへ行ったかといいますとね。


石見の方の浜でね。所謂穴場スポットですわ。そういうの好きでね。


そこもね、流石といいやしょうか、波が高くて激しくてね。


自然の雄大さなんかを感じさせられましたよ。


いやぁ、あれは人間では勝てませんわ。


んで大事なのは浜に行ったあとです。


浜に行ったあと、駐車場戻ろうと思いましてね、


まぁゆっくり歩いとったんですわ。


そしたらね、浜の方に向かって行く道をね、老夫婦が歩いてるんです。


もうどちらも80歳はゆうに超えてるような感じですよ。


んでね、歩いてるのは婆さんの方だけでね。


爺さんの方は車椅子なんですよ。婆さんが押してあげてるんです。


どちらも優しそうでね。まさにおしどり夫婦ってやつですわ。


夫婦で海へお散歩かな、とこっちも微笑ましくなってね。


二人で色々と喋っとるんですわ。楽しそうにねぇ。


んでね、ちょうどすれ違うときにその会話が聞こえてきたんです。


婆さんが、お父さんこの頃の海は冷とうございますよ。


爺さんが、冷たいのは一瞬じゃ。それに、この海での冷たさには慣れとる。


なんて言ってるんです。これまた微笑ましいでしょう?


次にね、こんなことも言うんです。


婆さんが、本当にいいんですか?お父さん。


爺さんが、何を今更。子どももおらんし、婆さんとなら本望じゃよ。


って言うんです。それくらいの会話しか聞こえなくてね。


その後も駐車場に向かって歩いとったんですが、気づきましてね。


何をって、会話の不信感にですよ。


会話の運び的に、老夫婦で海へのお散歩かと思っていましたがね、


海の温度の話からするに、どうやら波打ち際まで行くつもりらしいんです。


まだ、波に手を入れる程度かと思いますよね。


けれど、その老夫婦はなんだか覚悟を決めてるような言い方をするんです。


本当に良いのか、とか子どもはいない、とかね。


それにその老夫婦、荷物を何も持っていないんです。


海水浴とかも考えましたがね、あの年で夫婦で海水浴はありえませよね。


それに水着らしきものも持っていなかったですし。


バッグはおろか、水分補給のものさえ持ってきていなかったんです。


おかしいな、と思いましてね。


まるで、片(・)道(・)だ(・)け(・)の(・)よ(・)う(・)で(・)は(・)ご(・)ざ(・)い(・)や(・)せ(・)ん(・)か(・)。


そこで一つの結論にたどり着きましてね。


それが、こ(・)の(・)老(・)夫(・)婦(・)は(・)心(・)中(・)を(・)す(・)る(・)つ(・)も(・)り(・)で(・)は(・)な(・)い(・)か(・)、というものです。


若かりし頃の私は、謎の正義感に駆られましてね。


急いで来た道を戻ったんです。


走って走って、息も絶え絶えになるくらいにね。


そうして浜についたらね、案の定人目につきにくい波打ち際にあの老夫婦がいたんです。


婆さんが車椅子を押して、海へと入っていくんです。


大急ぎでそこへ向かいましてね。


走っている間にも爺さんはどんどん沈んでいくんです。


足首から、膝、腰、胸、肩。


そして爺さんの体がふっと浮いてね、沖へと流されようとしていたんです。


ちょうどそこへ私が着いてね。


またまた急いで海へ飛び込んでね。


あの海は本当に冷たかったですよ。体中がじんじんと痛みました。


ですがそんなのお構いなしに、泳いで泳いで泳ぎました。


ついに爺さんに手が届いてね。


爺さんを抱きかかえて、また必死に泳いで岸へと向かったんです。


陸の婆さんは心底驚いた顔をしてね。


私はそこへと爺さんを運んでいったんです。


おや、やはり不思議な顔をされた方がいますね。


そうですよね。なぜ私がここ(死後の世界)へいるのか、疑問ですよね。


爺さんを陸に届けたあと、私は不覚にもほっとしてしまいましてね。


先ほども言いました通り、私がいった頃の海は波が高くてね。


後ろから近づく、大きな大きな波に気が付かなかったのです。


私はその波に足を取られましてね。


また海へと引き戻されたんです。


日本海はね、離岸流なんてものが発生するらしいんです。


私もそれに呑まれましてね。


状況を理解する頃には、岸から100mも沖に来てしまっていたんです。


戻ろうとしますが、自然の流れには勝てずにね。


返って沖へと流されていくんです。


どうしようか、と悩んでいるうちにですね。


後頭部に強烈な痛みが走りまして。


果たして何だったのかは、今でもわかりませんがね、


その物体によって体のバランスを崩し、脳震盪を起こしてしまったみたいで。


手も足も動かずに、暗い暗い海の底へと沈んでしまったんです。


薄れゆく意識の中で最後に見えたのは、無惨に吹き出た泡でした。


それで気がついたら、死後の世界だったというわけです。


ここからが本題でしてね。


私はここへ来て、ずっと考えていた後悔があるんです。


それは、私は善人なのかということです。


もちろん、海で溺れかけた老人を助けた、この事実だけを聞けば善人です。


しかし、意を決して自分たちの生まれ育った地で心中して幸せになろうとしている老夫婦。


それを、理由もわからない独りよがりの正義感で止めてしまった私。


老夫婦は相当な覚悟で臨んでいたと思います。


愛する人と海でロマンチックに人生を終える覚悟があったと思います。


それを壊してしまったのは紛れもない私です。


正直、私がなぜ命を張ってまで老夫婦を助けようとしたかには理由があるんですわ。


かっこいい理由なんかじゃなくってですなぁ。


私は会社で存分にこき使われていたんです。


仕事は雑用。パワハラがはびこって。辛くて辛くて仕方がなかったんです。


なので、死ぬことに対しての後悔がなかったんです。


だからあそこまで命を張れたんでさぁ。


実に身勝手な理由でしょう?


私はね、あのまま老夫婦を見届けて、私は私なりに遺書なんか書いて死ねたらならば、

と考えてしまうのですわ。


でも心の内では、あのとき老夫婦を助けて私はひーろーなのでは、という希望もあるんです。


後悔なんていうものは生きている間の特権なんだと思っておりましたがね。


死んでからも後悔はするもんなんですなぁ。


はい。ここで私の話は終わりです。


いやぁ、皆さんご清聴ありがとうございやす。


あんさんなんか、ずっと黙って聞いてくれてたんじゃあありやせんか。


ありがたいことですなぁ。


おやおや、ここへ来ている皆様方はまだ、なにか物欲しげな顔をしておりますな。


ではここへ看板を立てておきやしょう。


よっこらせ。


「後悔について語ってください。ご自由にどうぞ。題目は旅の後悔です」


こんなもんでいいでしょう。


こうすれば、お話し好きの方が話してくれるでしょう。


ではでは、次の方に託すとしましょうかね。


これにて第一幕を終わらせていただきやす。


第二幕に乞うご期待くださいませ。

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