第十一話:星降る土間と、二人の熊
潮騒が一段と低く響く、三崎の夜。
日ノ出バス停の街灯に照らされた古民家の前で、一組の老夫婦が足を止めるのが見えました。
「ヨルクマ」の黒い扉が静かに開き、吸い込まれていく二人。
店主の「私」は、いつものように奥の6畳間から、その影をじっと見守っています。
長年連れ添った夫婦が、言葉ではなく空気で語り合う、そんな濃密で優しい時間が今夜の土間には流れているようです。
100体の熊たちのうち、一体どの熊が彼らに選ばれ、どんな秘密を共有したのか。
その様子を、少しだけ覗き見てみましょう。
……。
三崎の夜は、早い。
日ノ出バス停に止まるバスの回数が減り、エンジンの音が遠ざかるたびに、潮騒の音が少しずつ大きくなっていく。築50年の古民家を改装した「ヨルクマ」の黒い漆喰壁は、夜の闇をそのまま吸い込んだかのように深い。
私はいつものように、土間の奥にある6畳間に腰を下ろしていた。
フリースを羽織り、手元には読みかけの文庫本。ここからは、土間のフリースペースが適度な距離感で眺められる。
「ヨルクマ」に受付はない。20歳以上限定のこの場所では、入り口に置かれた古びた木箱に、開店から閉店まで一律1,000円を投げ込むのがこの店のルールだ。
カラン、と乾いた音がした。
10円玉や100円玉が混ざる、少し重たい音。二人分、2,000円の重みだろうか。
入ってきたのは、ベージュのハンチング帽を被った小柄な男性と、淡いグレーのストールを巻いた女性だった。70代半ばといったところか。観光客だろう。
三崎のマグロを堪能し、ホテルへ戻る前に夜の散歩に迷い込んだ、そんな風情だ。
二人は入り口で立ち止まり、天井に広がるスローテンポのイルミネーションを見上げた。
「お父さん、見て。星みたい」
「ほう、こりゃあ……静かだねえ」
二人はささやくような声で話し、数ある木彫りの熊たちの前で足を止めた。
この店には、私の趣味で集めた100体の熊がいる。どれも一癖ある顔をしているが、彼らは迷うことなく「それ」を選んだ。
夫の方は、切り株にどっしりと座り、片手で鮭を掴んでいるが、なぜかもう片方の手で自分の頭を掻いている「照れ屋な熊」を。
妻の方は、両手で小さな花束を抱え、空を仰いでいる「夢見がちな熊」を。
二人はその2体を抱え、壁際のローソファーに並んで座った。
持ち込み自由のこの店で、彼らがカバンから取り出したのは、小さな水筒と、地元の和菓子屋で買ったであろう「どら焼き」が二つ。
私は6畳間から、その光景をぼんやりと眺めていた。
彼らはほとんど喋らない。ただ、交互に水筒の茶を啜り、どら焼きを分け合い、膝の上に置いた熊の頭を時折撫でている。その手つきが、まるでお互いの手を握っているかのように優しく、見ているこちらまで呼吸が深くなるようだった。
30分ほど経った頃だろうか。
夫の方が、少しだけ声を大きくして言った。
「……おい、この熊、今動かなかったか?」
私は本を置き、ゆっくりと土間へ歩み寄った。
店主としての私の出番は、客に呼ばれた時か、あるいは何か「不条理」が起きた時だけだ。
「いかがいたしましたか」
サンダルの音を響かせないよう、私は彼らの横に立った。
「あ、店主さん。いや、気のせいだと思うんだがね。この熊が、私がどら焼きを食べていたら、なんだか羨ましそうに喉を鳴らしたような気がしてね」
夫は照れくさそうに笑い、ハンチングを直した。
妻の方も、目を細めて私を見た。
「私のこの子も、さっきから花束を私に差し出そうとしてくれているみたいなんです。三崎の風が吹いたのかしら」
私は二人の膝の上の熊を見た。
照れ屋な熊は、確かにさっきより少しだけ前傾姿勢になり、開いた口がどら焼きの甘い匂いを嗅いでいるように見えた。花束の熊は、心なしか頬が赤らんでいる。
「この店では、よくあることですよ。熊たちも、ここに来るお客さんの空気にあてられるんです。お二人があまりに仲がよろしいので、仲間に入りたくなったんでしょう」
私は49歳の「フツーのおじさん」として、努めて冷静に言った。
「仲がいいだなんて、もう50年も一緒にいれば、空気みたいなものですよ」
妻はそう言って、夫の肩にそっと頭を寄せた。
「50年、ですか」
「ええ。新婚旅行もここだったんです。当時はもっと賑やかで、バスももっと走っていた。でも、この静かな夜の感じは、あの頃と変わらない気がします」
夫は、熊の鮭を握っている手をそっと撫でた。
「……家内が少し足を悪くしまして。もう二人で遠出をするのは最後かもしれないと、そう思ってやってきたんです。負け惜しみじゃないですが、この熊たちの顔を見ていたら、なんだかまた来年も来られるような、そんな気がしてきましたよ」
不条理、というほどではない。
けれど、木彫りの熊が頷くのを私は確かに見た。
夫の膝の上の熊が、深く、一度だけ同意するように首を動かしたのだ。
「熊が、頷きましたね」
私が短く言うと、老夫婦は顔を見合わせ、それから子供のように笑った。
「やっぱり。見間違いじゃなかった」
二人はそれからもう30分ほど、星空のような光の下で静かに過ごした。
帰る間際、夫は料金箱にさらに追加で紙幣を入れようとしたので、私はそれを制した。
「お代はもう十分頂いています。その分は、明日のお土産代にでもしてください」
「ありがとう。不思議な時間だった。……おい、お前もまたな」
夫は照れ屋な熊の頭をポンと叩き、妻は花束の熊に小さく手を振った。
二人が店を出ていくと、潮風とともに夜の静寂が戻ってきた。
私は土間に残された2体の熊を元の位置に戻そうと手を伸ばした。
すると、どうだろう。
照れ屋な熊の口元には、小さなあんこの粒が一つ、まるでお裾分けをもらったかのように付着していた。
そして花束の熊が抱えていた木彫りの花からは、三崎の潮風には混ざるはずのない、甘い沈丁花の香りがかすかに漂ってきた。
「……欲張りだな、お前らも」
独り言をこぼし、私は6畳間へ戻った。
明日の朝、また「キボクマ」として店を開ける頃には、この香りは消えているだろう。
けれど、あの夫婦が持ち帰った温かさは、きっと来年の春まで彼らの胸に残るはずだ。
三崎の夜は、今日も静かに更けていく。
……。
老夫婦が去った後の土間には、まだかすかな「どら焼き」の甘い香りが漂っていました。
店主の「私」は残りがを楽しみながら、ただ静かに熊たちの位置を直しています。
「また来年も」という夫の言葉は、きっとこの古民家の柱や、100体の熊たちの耳にもしっかりと届いたことでしょう。
三崎の夜は、時にこうして忘れかけていた希望をそっと手渡してくれるようです。
次はどんな影が、この土間の光の中に現れるのでしょうか。
また、日曜の20時にお会いしましょう。




