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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 56

 五分ほどは走ったと思う。

 完全に百花の気配を振り切り、呼吸を整えればビルの陰から何食わぬ顔で夜の雑踏にまぎれて歩き出す。

 ゲーム内で何度も見てきた新宿と原宿と浅草、どれかに辿り着ければあとは九龍城までの道のりも何とかなるだろう。ここがどこかは解らないが、待ちゆく人々に尋ねるのは、なんだか恥ずかしい気がする。知っている限り、ここもこの世界の日本における最大の大都会の一部である。キョロキョロするのも道を聞くのも、たぶんお上りさんだと思われる。構わないと言えば構わないけれど、それを気恥ずかしいと思う羞恥心はハジメにもあった。


 泊まる場所は兎も角として、一休みくらいはしたい気分だ。食事や休憩している場所でも狙われる可能性はあるが、ならばこうして歩いている間も命を狙われてしまう可能性はあるのだ。長く留まらなければとりあえずは平気だろうと言い訳の様に考える。

 とは言っても、夜を明かすというと、ハジメを起点として争いが起きるかもしれない。それは今後、あの鬱船という男の対処をしない限り永遠に続く問題である。考えてしまうとそれは恐ろしい可能性である。まるで、ハジメはこの世界にいてはいけないのではないかと言う気分を強要してくる状況だ。

 思い悩む時間はたっぷりあるが、今日のところはおそらく野宿になるだろう。


「せっかくホテル暮らし慣れてきたのになぁ……」


 ため息交じりに独り愚痴をこぼす。


「さっきの人に泊めてもらえばよかったかな……でもなぁ……」


 不安な気持ちが鎌首をもたげて、唯一連絡先が解かる静夜に泣き言を言おうか。などと言う考えが脳裏に過る。泣きついたらたぶん、きっと、おそらく……助けの手を差し伸べてくれる。助けてもらえなかったら少し泣いてしまうかもしれないくらいには、頼りにしてしまっているのだが。


 しかし首を振る。静夜も命を狙われていて、このうえハジメが泣きついたら幾らなんでも迷惑をかけ過ぎる。つい先日我儘で殺人鬼退治に付き合ってもらったのも心のストッパーが働く理由だった。

 これ以上甘える訳にはいかないし、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。静夜は気にしないとわかっていてもハジメが気にしてしまう。そんな事を考えて連絡をしない事自体がもしかしたら迷惑なのかもしれないが、考えずに泣き言を垂れ流せるような暢気な性格ではなかった。


 不安な気持ちはかみ殺そう。こっそり姿を隠して追いかけてくる三匹の一つ目たちに心を癒されよう。励まされよう。

 とりあえず目指すはコンビニだ。

 特例で日払いにしてもらったお給料は、ホテルの部屋の中に置いて来てしまったが、静夜からもらった携帯端末にはお金はチャージされていると言うし、マネークリップで札束ごと渡された現金もポケットに入ったままだったのである。支払方法がかつての世界と違わないかぎり大丈夫だ。

 

「命狙われるとか、絶対おかしいんだけどな……。私何もしてないじゃないかっ!」


 不満が溢れて、語気の強い独り言が零れる。

 この世界にやってきた事を罪とするならば、この世界に連れ去ってきた人物の罪を咎めてほしい。

 こんな事を言いたい訳じゃないけれど、好きで来た訳じゃない。

 本当だったら、もうとっくの昔に律からの返信が来ていて、ちょっと自慢して、またじゃれ合うようにゲームをして、学校に行って。

 進路はどうするのかとか、将来就きたい仕事の為に何するのかとか、就きたい仕事なんて思いつかないから、とりあえずは大学かなとか。成績の順位が上がるとか下がるとか、自分はいったい何と競いあっているんだろうかなんて……。そんなありふれた楽しみと悩みを抱えて日常を過ごしている筈だったのだ。


「……帰りたいな」


 雑踏の中でも泣きそうにつぶやくハジメ。心は弱り切り、独りぼっちになった迷子の様だ。

 とぼとぼと歩くハジメの足元には常に三匹がまとわりつき、気遣うように顔を見上げてくる。獣の顔だというのに、酷く不安そうで悲しそうである。猫モドキのくせに、忠犬のような気遣いの仕方である。

 ほら、ハジメがその存在のあり方に意識を向ければ、ゴッと強めに頭突きをしてくる。

 ご主人様が自分たちが気にしている事に気が付いた。そのことがうれしくての頭突きである。


 そんな気持ちがわかったから、ハジメは思わずふふっと笑みをこぼすのだ。

 ハジメの気分はわずかに上向き、猫たちはご機嫌に尾を立てて隣を歩く。


 怒ってみたり、憂鬱になってみたり、少し持ち直したり。一人で表情をころころ変えるハジメ。感情はネガティブな物が主体なのに顔がとにかく良い為に衆目を集める事この上ない。

 冷静さは結構かけていて、注目を集めている事も気付かず移動を続け、見かけたコンビニに入ることにする。三匹を外に待たせて、サンドイッチとキノコと春雨の中華スープを購入。


 マホレコの世界で見ていた回復アイテムがこうして味わえる事をプラス要素と捉えて少し表情をほころばせる。レジ袋が有料だったのは誤算だったが十円の出費はまだ許容と捉えて納得しておこう。

 イートインスペースで暖かいスープに口を付け、サンドイッチを頬張り、人心地付いたところで、ナンパ目的の金髪ピアスの少年に声を掛けられる。そのピアス安物だな。いいアクセサリーって見た目の雰囲気でわかる物なんだとハジメは初めて知った。ピアスを眺めて静夜を思い出す。少年の声はあまり聞いていない。ぼんやりしていたら無視されていると気づいて少年はとぼとぼとどこかに行ってしまった。

 諦めが早いなと思いつつ、それが彼の為と思う訳で、同時に安心したのだった。

 

 それは兎も角、空腹感が収まらない。普段なら満腹とまではいかないものの、腹八分目といえる量の食事を取ったつもりだった。しかし今日は違う。空腹というよりも飢餓感にすら届きそうだ。


 もちろん心当たりはある。魔法である。これほど魔法を多く使ったのは初日と今日だけだった。思えばあの日も空腹感が強かった。どうやら魔法を使うのはカロリーの消費が激しいものらしい。


 何メートルでも垂直跳びが出来て、生命の痕跡すら消せる炎を操り、巨大な鉄の塊の墜落をふわりと受け止められる。

 これらすべてを可能にするのが魔法だ。

 それを思うままに使ったのだ。能力の性能に対して考えれば破格の低燃費であるが、だとしても次に体重計に乗る時が不安になる食欲だった。

 結局カフェラテとカロリーを補給できるシリアルバーのバナナ味を購入し、外に出る。


 出た所でハジメを待ち構えていた三匹の片目猫達が合流してきて、足元にじゃれる。好きなようにさせることにしてハジメは歩を進める。空腹も落ち着いてくると思考も安定し、落ち込むこともなくなってきた。

 もっとも、それでも考えている事は大概よろしくない事なのだが。


 こんな大都会にも公園はあるのだろうか? そんな事を地方都市に住んでいたハジメは思ってしまう。廃屋か、人が来ない屋上などでもいい。どちらも不法侵入になるだろうが、今のハジメにはそれすらもが選択肢として視野に入るのだった。

 つまり、夜を明かす場所を探しているのだ。野宿ならきっと誰にも迷惑をかけない。

 危機感が欠如したそんな考えのもと、ハジメは歩いていた。

 

 思えば生まれて初めて一人で出歩く夜の街。嘆息一つで気持ちを切り替えられると信じて、実際に現実逃避の歩みをしている。

 現実を見ないようにして少し漂泊の気分に気分を酔わせる。


 わ、猫耳の男の人が人がいる。あれは初めて見たぞ。そういえばあれって人間の耳の部分どうなってるんだろ? あの格好は民族衣装かな。ってあまりじろじろ見たら失礼か。いや、大丈夫だ、視線ではなく気配で認識したら解決だ。

 あの髭のオジサンみたいな人、ドワーフ? スーツ着てる。格好いいな。じゃあエルフとかもいるのかな?

 エルフのホストクラブとかあったら流石に一度くらい見てみたいぞ。笑っちゃいそうだな。

 容姿も様々、服装も様々。種族の坩堝だけではない、ファッションの多様性が脳を混乱させてくる。

 ビルの隙間を縫うように無数の動く広告看板。さらに頭上は荷物を運ぶドローンの数々が夜を渡るの鳥のよう。そこを突っ切るようにモノレールが得体のしれない水蒸気を吐き出し通り過ぎる。スモッグに曇る遠方。思った以上の空が遠い。漢字のネオン。英語のネオン。多国籍。昔のゲームの未来都市みたいだ。ビルは高く、黒く、ガラスは輝く。


 そんな下を歩く。頭上の明かりを淡く反射する黒いアスファルト。黒いティーシャツのパンダ。ドレッドヘアのヘッドホンガール。同じ赤いパーカーでそろえた狼顔の青年達。超巨大テラリウムがビルの階層や隙間に差し込まれる。全部通り過ぎて、歩く。

 歩いて辿り着いた駅前の飲食店の大軍。怪しげな露天が夜でも開かれ、売られている物は手作りと思われるアクセサリーや薬物に厄物。なかには魔術が付与されている物があるのもすぐわかる。路地裏に意識をむければ、この世に未練を残した怨霊でもいるのか、よどんだ気配が絶えず漏れている。ここは本当に現実なのか。それすら曖昧になりそうな非現実的なものがぐちゃぐちゃである。


 結局お上りさんと言われても仕方がない位にキョロキョロとしながら、半ばワクワクした気持ちを継続させたまま、ハジメは歩き続ける。そして気付くのは、東京という土地は、ハジメが住んでいた地方都市よりも公園が多いという事だ。とても多い。コンクリートジャングルという言葉のイメージとは裏腹に、ちょっと歩いてみれば極端に緑地化された公園に行き当たる。

 

 街並みが随分と人工物であふれていたから、その反動を埋める様に緑溢れる公園があるのだろうか。


 商店街に唐突に現れる空き地、高架線の下、ビルとビルの間を縫う遊歩道の中間地点、あるいは四方をビルで囲まれた隙間の地面、そんなところに隙あらばベンチと植物が設置されているのだ。

 緑であふれて、寂れた雰囲気すらもデザインされて、手入れが行き届いているのがわかるのだから皮肉が利いている。


 それがまた滑稽で現実感が薄れそうになる。


 四度目に辿り着いた公園は、大きな欅のある人気のない公園。ベンチのほかにも遊具がある、周囲の見渡せる広い公園だった。


 ベンチで寝るのは流石に目立つけれど、モルタルで築かれた象の滑り台はどうだろう?

 お腹の部分がくり抜かれて、短いトンネルになっている。それがまたいい。中に入れる仕様なのがいい。あの中なら、急な雨風にも対処できる。右の入り口と左の入り口の時空を歪めればローコストで内部侵入も防げる。

 人生初の野外泊は、するのならばキャンプで夜空を見上げてからテントの中で寝袋につつまれながらと思っていたが、理想と現実はいつだってすり合わせを余儀なくされる物だ。 


「でも星が見える……ここは、うん。いいじゃないか」


 象の背中、滑り台の頂点。登ったハジメは独り言。三匹が、一緒になって空を見上げて首を逸らす。

 その耳に届くのは星の煌めきの音と、遠くの騒音と、煙草の煙をひゅうと吐く音だった。


「星が好きですか? この世界は、どうやら他の所より空が美しいらしいですよ」


 独り言のつもりだったのに、応じる言葉が返ってきてハジメは驚く。ホプレスがころころと転げ落ちる。星空は置いてきぼりに、見下ろしたそこには赤い光。咥え煙草の愛凪百花が立っていた。


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