未来シコウのチートデータガール 55
死に近づく事に、どうしても忌避してしまう情けないハジメに代わり、三匹の猫モドキたちは瓦礫に埋もれていた靴や、サマーニットをもってきてくれた。自分でも感情の行き所が解らないまま、忘我のような状態でそれらを着用した。
どかされた瓦礫が山積みになり、駆けつけた消防士だけでなく警察官、そして野次馬までもが生存者を探し求めて歩く。けれど、もう諦めてしまったハジメはその様子を遠くから見下ろしている。こうして向いのビルの屋上から俯瞰しても、人が生きている気配はどこにもない。
隣でホプレスが屋上の縁から落っこちてしまうのを、その尻尾を摘まんで宙ぶらりんにしながら、未練を断ち切る様に溜息一つ。
「この状況、貴女が作ったんですか?」
不意に背後から声を掛けられて、どきり。
思わずホプレスの尾を放してしまう。
「……今日はよく高い所で不意打ちを受ける日だ」
ビルの壁を駆け上ってホプレスがハジメの足にまとわりつく。
振り返ったハジメはその女性を視界に収める。
金髪メッシュの黒髪。咥え煙草。アメシストの様な綺麗で澄んでいて、冷たい瞳。恐ろしいまでの美女。あるいは、かなり大人びた美少女。そんな美人が少し胡乱な様子でハジメを観察している。こちらを観察してくるのならば、こちらだって相手を観察し返すのだ。
腰に下げているのは日本刀。おそらくは妖刀だろうが、周りに妖気をバラまくことなく、驚くほど静かに鞘の内側に収めている。
左手で髪をかき上げて、気怠そうであるが、まるで隙が無い。先ほどの鬱船が意味不明の不気味さから強者の雰囲気を醸し出していたのに対して、目の前の彼女はただただ強いと解かる。
戦ったら無傷で済ませる事は難しいかも知れない。そう思わせる程には彼女が纏う雰囲気は危険である。
特に、自分の才能をおおよそ理解した今となっては冷や汗が出るほどだ。周囲を巻き込まない様に力を抑えての戦闘は苦手だ。中途半端な手加減では彼女はひるまないし傷つかなさそうだ。全力で攻撃したら最低でも彼女の周囲が更地となる。
そんな力関係を考えながらハジメは返事をする。
「んー。そうだね、責任の一端は私にあるんじゃないかな」
「そうですか。破壊ですか? 殺しですか? どれの責任でしょう?」
おっと、彼女の力を上方修正。隠して抑えて、それでこの様子なら彼女の危険性はハジメの予測よりも高い。
「命を狙われて、周りがそれに巻き込まれたんだよ。だから、両方。罪悪感はあっても殺したって言う自覚はないね」
「あら、それなら良かったです」
ハジメが言い訳じみて言うと、美女は煙草を美味しそうに吸い、そして細長く美しく煙を吹いた。
良かったと言う発言の意図を訝しんでいると、ハジメの表情に気が付いた美女は紙巻き煙草を上下に揺らしつつ、少し可笑しそうに笑みを浮かべた。
「命がけで戦うにしても分が悪いですから。戦わなくていいならそれに越した事はありません」
「信じてくれるの?」
「信じたくなる事を言っているんです、それはもちろん信じますよ」
凄く洒落た携帯灰皿で煙草をにじり消すと美女は戯言の様に微笑む。
「はじめまして、愛凪百花といいます。八龍建設が作ったダンジョンの奥底に呼び出されたのは、貴女で間違いないでしょうか?」
「出来れば間違いであって欲しかったけれどね。こっちに来てからお世話になった人はそう言っていたし、心当たりもあるかな」
「それは……気を落とさないでください」
あっ、と思う。多分勘違いされた。
静夜君死んでないけれど、巻き込まれて死んだの静夜君みたいになっちゃった! 内心しまったと思いつつ、しかし訂正するには話しが脇道に逸れ過ぎる。
「この状況に関わったのだったら、警察に事情を話すべきだと思いますが、それでいいですか?」
「つい最近この世界にやってきた正体不明の小娘の命を狙うためにあの鉄塔を倒した奴がいるって言って、信じてくれる?」
「ふぅ……ん。あり得ない話ではないですね。それが出来る人間は確かに存在します。それを実行する人間も確かに存在しています。残念ながら」
「それで、私を殺そうとしている奴は多分刑務所に入れられててもきっと襲ってくると思うんだけど、その場合って私以外も構わず殺すと思うんだ。お姉さんとまではいかないけど、皆は自分の身を守れると思う?」
「裁判もなしに刑務所に行く事はないですよ。それは兎も角、なるほどそういう考えですか。警官の練度が低ければ気にせずに皆殺し。最悪警官を人質に貴女に投降を要求。そういう筋書きがかけますし、わたしならそうします」
「そうなんだよね……」
駆けつけた警察官達を見てハジメは覚悟を決めた。少なくとも鬱船が本気になったら並みの警察官ではただの巻き添えだ。若しかしたら強い警官がいるかもしれないが、正体不明のハジメの警護、あるいは監視にやってくるのはおそらくは相当被害が出てからになるだろう。ハジメの認識が正しければ、鬱船カフク以外にだって、危険人物はいて、その危険事物は今も日本の平和を脅かしている。だって、現実ではあってもマホレコの世界観なのだ。世界を傾けたり揺るがしたりする強敵には事欠かない。ゲームを尋常じゃ無くやり込んだハジメでも倒すのに苦労する敵は沢山いる。もしも敵対勢力にハジメと同じ世界からやってきたプレイヤーがいたのなら、敗北の二文字すらあり得る話である。
なので、自分の身を守るだけでなく、他人の身まで守るなら、ハジメは誰かに保護されるわけにはいかない。
というか、どこかの施設に泊まる事すら考えものである。
「事情と状況は理解しました。警察への説明はわたしがしておきましょう」
「いいのかい? ちょっと困っちゃって途方に暮れていたところだったんだよ。助かるな」
「所でホテルはこんな有様。行く当てはありますか?」
「あー。それは、まぁないけど……また命を狙われても面倒だから、少し考え中」
勘違いを訂正するタイミングを逃したまま、うっかり話を進めてしまう。
「命を狙われている。とは、さっきも言ってましたね? 助けはいりますか?」
「助け?」
「雑魚を散らすのに核爆弾を使ってほしくないんですよ。だから問題解決をする手助けをしましょうか? という事です。お礼などの心配はいりません。お金には困ってないですので」
「ふふっ。私を助けてくれた人も、お金はいらないって言ってたよ。みんなお金持ちだね」
「それは……この世界の出会いは悪くなかったようでよかったですね」
どこか気まずそうな、過去の思い出を良かったものとするような言い方である。
どんどん静夜が死んでいく。困ったけれどまぁいいかとも思う。きっと苦笑いで許してくれる。
「その方の様に、わたしも協力してあげてもいいですよ?」
「その人にも似た様な事を聞いたけれど、この世界の人たちって異世界人に無条件に優しいの?」
「わたしは仕事の一環です」
「仕事って?」
「今朝正式に、国の偉い人から依頼を受けてきました。この東京で起きている異世界人を狙った大規模虐殺の解決を依頼されまして。それで、先ほどの無条件に優しいのかという質問に対しての答えはノーです。この世界には善意も悪意もあって、時と場合によりその勢力は逆転します」
「……証拠というか、信用できる要素は?」
「ないですよ? それって意味もないでしょう? わたしは強くて、だから善意も悪意も基本的には我儘に思うままに執行できます。騙す必要のある場面は、人生において全くありませんでしたから」
静夜の命が狙われていたのは知っていた。
そしてハジメの命も狙われた。
共通点は異世界に関係するという事か。
「お姉さん凄く強そうだから、そんな荒事の解決を持ち掛けられるのは解るかな」
そして、たぶんハジメの方がもっと強いから、罠にはめられても逃げればいい。暫定的な安全の確保できているのでそんな気持ちでハジメはとりあえずは百花の発言を受け入れる。だが――。
「それって、国の偉い何とか省の大臣とかにお願いされたって事でいいかな?」
「ええ、ダンジョン省と魔導省の大臣ですね」
「二つも?」
「魔導省は転移転生殺しに関して、そしてダンジョン省は、最近ダンジョンに現れた強い美少女の危険性を見極めて――」
「ごめん、それってあの笹月って人と同じ関係の人だったりするのかい?」
ぴくりと百花の左眉が動く。
「あら、笹月を知っているんですか? なら話しが早い――ですね?」
「えぇ……それはちょっと……ごめんね。考えさせて」
言うが早いかハジメはビルの屋上の縁から飛び降りる。風を肌で感じながら、きっと飛べると思ったけれど、すこし身体の勢いが弱まるだけで自由落下は止まらない。えっ? と一瞬焦るが答えもすぐ出る。ハジメはやっぱり万能なんかじゃない。細かな魔法はやっぱり難しい。だからどうやら空は飛べないらしいが――問題ない。
指を何度か窓などの凹凸に引っ掛けて、落下速度を減速し、壁を蹴って、さらに勢いを殺しつつ、着地前に強く壁を蹴ってベクトルを真下から真横に変える。そして立ち止まらずに脱兎のごとく走り出す。
流れる水の様に人の隙間を縫って逃げる。
何時だって逃げれると思ってはいたが、まさかこの瞬間に逃げる事になるとは思ってもみなかった。
ハジメは夜の街を、あてもなく走り続けるのだった。




