死ぬよりマシなゾンビズム 7
「たしかに、この数週間、妙な連中が妙に襲ってきていたが……」
あまり印象になかったものを思い出すような声。
この男にかかれば八龍建設の荒事専門家もそこらのチンピラと大差ないという事だ。
それにしたって酷い言い草である。
「あれは八龍建設の差し金だったのか……先方は何か?」
「笑ってたぜ」
そして静夜も笑ってしまいそうだ。
「いや良かった。過剰防衛で訴えられたら面倒だったからな」
「襲われているんだぜ? お前さんは怒って訴えてもいいくらいの立場だぞ」
それなのに古御堂はまるで加害者側に立ったかの様な表情だ。
「いくら武器を持っていたからと言っても手加減は難しいからな。ほら、八龍建設なら弁護士も優秀なんだろ?」
この男が眉尻を下げたのは、世界的に有名な大企業から自分が訴えられたらどうしようという、言ってしまえば金銭的問題に杞憂しているからだ。自分が法律すら無視出来る反社会的勢力の一角に命を狙われるかもしれないという可能性にはまるきり頓着していないのだ。何故なら暴力を脅威と感じていないからだ。過剰防衛という発言からも察せられるように、おそらく羽虫が寄ってきたから手を振って追い払ったという程度の認識であったに違いない。だが、変な所で常識がある結果、権力を恐れている。
古御堂にとっては暴力よりも金の方がよほど怖いのだ。迷わずそう思っているのが透けて見えていた。
「俺の見立てだけどよ、八龍建設の親玉はな、自分からちょっかい掛けて負けたら法に訴えるなんて野暮天じゃねぇぜ」
妙に気にしているものだからついつい静夜も安心させるような事を言ってしまう。
「あいつぁ笑ってたんだからお前さんも笑ってすましゃいいんだよ。お前さんが足を踏み入れているのは良くも悪くもそういう世界だ」
「……ふむ。なら考えるだけ無駄だな。今を楽しむのが今の生き方のコツと見た」
「至言だな」
「俺はいつもいい事をいうからな」
気の抜けた雰囲気になった鬼の優男は薄く笑って顎髭をそっと摩る。
「しかしだな」
ちらり。と、なかなか滋味深い焼酎がはいった陶器を一瞥しながら、話はそれなりに真面目に続く。
「注目されるような事か? 襲い掛かってきたチンピラ共を追い返したからと言って、だから何だという話だろう?」
怪訝そうな顔で古御堂は訊く。だから静夜は笑う。
「その言われようじゃあ古御堂一人に負けちまった八龍建設の下っ端が不憫でならねぇな」
失態もいいところである。ない話だが、ズームォの性格が苛烈なら死を伴う制裁すらあり得たのだ。
「あー、彼等にも家族がいるんだろう。減給とか、余計な叱責とかを受けていないといいんだがな……」
やはりずれていて、静夜はニヤニヤ笑う。こいつは間違いなく人間同士の荒事に向いていない。むろん、良い意味でだが。
「人様襲っているんだぜ、減給位は諦めさせろよ」
「いや、人を襲ったなら俺もだからな?」
静夜の言葉にきょとんとしてから、当たり前のように古御堂は答える。
「警備員としての仕事と、正当防衛の範疇なんだろ?」
「まぁ、そのつもりだ。傷付けないように気も使ったからな」
古御堂は初めてツマミを口にする。キュウリの千切りに練り梅を随分乗せて、見ているだけで口の中に唾が溢れろうな程の味付けで静夜は見ているだけで食欲をそそられる。
タッチパネルで画面の商品全てを注文しつつ、話を続ける。
「あーそれだ。古御堂さんよ。お前さんは知らねぇかも知れねぇが、腹ぶっ叩こうが、後頭部叩こうが、人間ってのは簡単にゃ気絶しやしねぇんだぜ?」
もちろん、今後の人生に支障をきたすように殴れば、もしかしたら絶命すれすれで気絶をするかもしれないが。
漫画や、映画などの創作物では時折見られる表現ではあるが、実際に気を失ったという事例は、少なくとも静夜は聞いた事がなかった。
そして古御堂はもっと意外そうな顔をするのだ。
「首を後ろから叩いて意識を刈り取れば、気絶するだろう?」
古御堂は世界の常識を語る様に答える。
静夜が何を言っているかを訝る様子すら窺えるのだから恐れ入る。
「普通はしねぇよ。けどそれがいいし、俺ァそれを期待していたよ」
「何が言いたいかすらまるで解らんなぁ」
むすっとした顔で、鼻から息を吐き出す古御堂。
「マジかよ。無自覚系とかいうやつかい。いよいよキナ臭ぇったらありゃしねぇな」
「おい。解る様に言えって言っているんだ」
おっと、鬼のこめかみに青筋が。
……角が生えたら赤信号だ。
等と思って言い訳を述べようとした時にはもうニヘラとした古御堂は、今度は鶏のつくねに手を出していた。
ならば藪蛇は突くまいと切り替える。
「確信じゃぁねぇけどよ、古御堂、お前さんは特別な能力を持っているのさ。正確な効果と効果範囲は知らねぇがね。心当たりはあるかい?」
「俺は魔法使いでも能力者でもないんだけどな?」
心当たりはないらしい。
どちらも確かに存在するし、使える人間の中でも上位の人間は殆ど化け物みたいなものだが、古御堂の才能はそれに比肩するものではないかと、静夜は思っている。
「まぁもったいぶるもんじゃねぇよな。簡単に言っちまえばよ。古御堂、お前さんにゃ何らかの事象干渉能力があると、俺ァ睨んでいる訳だ」
一瞬、古御堂が目を見開くが、直後に首をひねる。
「なんだそれは?」
やっぱりぴんと来ていなかったか。
「この世界のオーナー……創造主、あー、神? どんどんランクが下がるな。あいつ等本当にクソだな。まぁいいか。事象干渉能力ってなぁこの世界の法則に干渉するんだ。ニュートンの法則が一瞬無効になったり、相対性理論を無視して光の速度を超えても質量にそれほどの変化がないとか……あー。俺も解らねぇが不思議パワーだ」
「ほう。あれだな。あれだ。解るぞ。あれだ。なかなか難しいんだぞあれ」
まだまだ素面のくせに、露骨に適当だと解かる相槌がかえってくる。
静夜は仰々しく肩をすくめる。
「首をトンって叩きゃ気絶する。なんて特定能力でもピーキーで好きなんだけどな。俺の動きまで変わったからなぁ。絶対にそんな限定的な力じゃねぇんだ」
静夜は既に八龍建設で聞かされていた推論をなぞりながら、自分でも納得するような肉付けをしていく。
「周囲に影響を及ぼす干渉能力なのは間違いねぇんだよ。そんで、たぶん何でもかんでもにゃぁ干渉しちゃいねぇ」
「干渉。とは物に触ったりするって意味じゃないんだろ?」
「あー、なんつうかなぁ。世界のルールがあるだろ? 例えば林檎ぁ地面に落っこちる。このルールを違う物に書き換えられるかもしれない力が事象干渉能力だ。林檎ぁたまに地面に落ちずに空を飛ぶと事がある。なんて法則を付け足せるのが干渉、あるいは改変だ。この世界を作った連中位のすっげーヤバい力がないと出来ない不思議な力だな」
全てに何らかの影響を及ぼすという力は、もはや奴等も無視できない領域だろう。
奴等は静夜に対して途方もない試練を課したふざけた連中だ。何もかもを自分の思い通りに出来ると嘯き、実際に出来ない事などなにも無く、唯一出来ないのは出来ない事を見つけ出す事であるという怪物ども。
静夜が想像した古御堂の能力はその連中の足元に及ぶかもしれない。つまり、神の領域である力。いくら何でも古御堂がその力を持っているとは思えないが、可能性の片鱗ぐらいは、信じてもいいかも知れない。
「何を考え事をしているか知らないけどな? 俺にそんな特別な力なんて、ないぞ? あったらこんなところで燻っていないからな」
少しの沈黙の理由を正確に古御堂は見抜く。
「いいや、俺にも影響を及ぼすだけの特別がお前さんにゃある。これは絶対だ。信じようが信じまいが……ああ、ってこたぁ仮説ができたな」
「仮説、とは?」
しゃべりながらアイディアが浮かぶ、語りながら出てくるアイディアはまるで正解でしかないような感覚で、静夜は思わず上機嫌になった。コップ一杯の焼酎ロックが一気に飲み干されるくらいには。
「実はな、俺もお前さんの特別な力がどれくらいの、何なのかは判っちゃいないんだが……」
「そんなものはないからなぁ」
「まぁそう言うねぇ。ちょっと質問に答えてくれやしないかい?」
唐突にテンションが上がった静夜を訝しみながらも、何かをしたがっているのだと察したのか古御堂は「質問だけなら構わないが……」と応じた。
そうして静夜は古御堂が出来る事と出来ない事を聞いていく。
殺気を感じ取る事はできるか。
空気の動きで攻撃を躱す事はできるか。
目を瞑っていても、周囲の音から状況を把握できるか。
気配を殺す事はできるか。
とんでもない威力の攻撃が掠った場合、そのダメージはどれ位でかいものか。芯まで痺れるって毒じゃねぇんだから……いや、いいけどよ。
魔法は使えるか。
「さっきも言ったが魔法は使えないんだが?」
「教えてもらえたら?」
「魔力があるなら使えるだろう。あるかどうかは知らん」
「あっそう」
「それはそうと、こんなにお前、食べきれるのか?」
「あん? まぁ腹が減りやすいんだよ。燃費わりぃ体なんだ」
「……その体で俺より食べるんだな」
「……まぁ話の続きだ」
林檎は床に落ちるか。
林檎が落ちない方法はないか。
話は変わって才能のない人間が努力次第で魔法を使う手段はあると思うか。
手刀で物を切断する事はできるか。
人間は空を飛ぶことができると思うか。
人間は訓練したら強くなれるか。
鍛えれば、人間はどこまで強くなれるか。
筋肉を固めたのならどこまで攻撃を耐えられるか。散弾銃程度なら効かない? え、嘘だろ。
死んだ人間は生き返るケースがあるか。
「――やっぱなぁ。お前さん、常識人だけどずれているぜ?」
「……馬鹿にされたのは解ったよ」
「所がどっこい、馬鹿にゃしてねぇんだ。こりゃ俺の驚きだ。人間はな――人に分類される奴等はな、何の訓練もなく殺気を感じ取る事ァ出来ねぇし、手刀で物を切断なんてのは漫画以外にゃできやしねぇし、努力次第で化け物になれるんだ。才能が限界を阻むなんてこたァない。なのにお前さんは才能で銃弾を弾くし、目を瞑っても気配を辿って動けるし、雑魚のナイフよりもデコピンが鋭いと言いやがる。それを確信して言ってやがる。実際に出来やがる。ふざけんなよ。まるで、お前さんがこの世のルールだと言わんばかりじゃねぇか」
古御堂の表情は、意味が解らないという感情が大半だ。若しかしたら、嫌悪感もあるのかもしれない。自分がルールならこんな現状に甘んじてはいないと思っていそうだ。
「お前さんの話をしてくれたズームォって男はよ、古御堂の事を『まるで彼等が書き換えた物ものにレバレッジを利かせているかの様』だって言ってたぜ。で、俺も今そういう結論に達した訳だ」
「……さっきから、俺には何の事だかが本当に解らないんだが? 誰だなんだ、彼等と言うのは?」
「後で説明きちんと説明するよ。つまり、簡単に言っちまうとだ。古御堂、お前さんにゃこの世にあるいくつかのルールを捻じ曲げられる力があるってだ。つまりなんだっけな、そう、あれだ、チートって奴だ」
無暗矢鱈と強い、ズルとしか思えない特別な力に対して使われる魔法の言葉。チート。ズル。
「この世界のルール? 赤信号を無視しても捕まらないとか?」
「規模よ」
結構真剣な顔で言う古御堂に対して思わず静夜が突っ込みをいれる。
「どこまでがその力の範囲なのかとかは実験がいるけどよ。例えば鬼は化け物みたいに強ぇと信じているから、古御堂は化け物みたいに強いし、首をトンってチョップすりゃ気絶すると信じているし、鳩尾殴りゃ気絶するって思い込んでいるからそうなる。強力な拳は掠っただけで深刻なダメージになって、ついでに、俺があそこまで大見栄切って反撃するからには、完璧な動きで最大のダメージを叩き出してくると確信したから、俺の動きはそりゃもうキレッキレだったわけだ。簡単に言や、物にまで影響を及ぼすプラシーボって所だ。思い込みが強いんだな。世界一」
「ああっと……この話はまだ続くか?」
面白くない与太話を聞かされているかのようにうんざりとした様子の古御堂。気持ちはわからなくもない。
「ま、理解が出来なくたっていいんだよ。結果は変わんねぇし。自分の思った事が全部思い通りになるなんて言われても嘘だろってなもんでぇ」
「そもそもがおかしいだろう。俺は仕事探しにも苦労しているんだぞ」
「鬼は、まともな仕事に就けないだっけか?」
意地悪く聞いてやると古御堂は憮然として言葉に詰まる。
「今のァ悪い返しだったか。わりぃな。んで、多分だけどよ、古御堂にゃそんな力があるんだよ。発動条件はお前さんが心の底からそうだと信じる事。って俺ァ踏んでいる」
「こんな風に胡散臭い男と対面している人生だっていうのに?」
「きっと幸せになれると信じている。ってのは言葉の上でだろ? そんでもって解んねぇだろうが、影響を及ぼすもんにもきちんと法則があるんだよ」
「それを全部鵜呑みにしたとして、だったら俺はどうすればいいという話だ。だったら結局、今まで通りなわけだ?」
「ま、そうだな。どうにもならねぇな。どうしようもない。けどそんなヤバイ奴かもしれねぇと思ったから、とりあえず味方に引き込みたくて、こうして酒をおごろうとしているんだぜ?」
古御堂が解らないと言っている事を解らせたい訳でもない。そして言いくるめた所で何にもならない。なので結局、静夜は当初の目的を語るだけだ。
「そういう事なんじゃねぇの? って思っただけだからな。この件じゃ俺がダンジョンをぶっ壊せたらそれで充分なんだけどよ」
「……それって、俺がそのダンジョンコアを回収して持ち帰るのではダメなの? 俺の仕事がたとえダンジョンコアの回収だったとしても、弓代の仕事の邪魔にはならんだろ」
「確かに依頼主の意向はダンジョンを無力化してくれってだけだからな、仕事自体にゃ問題がないが……白紙社にダンジョンコアなんて渡した日にゃ世界が滅んじまうんで却下だよ」
「白紙社って、本当にそこまでなのか……俺、結構仕事しているんだぜ?」
「信じなくてもいいけどよ。少なくとも俺がぐっすり眠るためにゃ白紙社だけにゃ渡せねぇよ」
古御堂は確かに迷っている。後は最後の一押しさえあれば最低でも静夜に敵対する未来はなくなるだろう。
「で、話は戻る訳だ。折角白紙社が破壊でも良いって言ってんだ。だったら白紙社の仕事のついででいいぜ。俺の仕事、手伝わねぇかい?」
「手伝うだって……? 一緒に呪物を壊しに行こうと言いたいのか?」
「遅かれ早かれ、目当てのもんが見っかったら裏切るつもりだったんだろ? 予行演習だとでも思えよ。俺を追い返すんじゃなくて一緒に行こうってだけだ。それで俺の目の前でぶっ壊してくれりゃいいんだ。問題なんかねぇだろ?」
「……そんなに壊す所を確認したいのか?」
「行こうぜぇ? コレなら出すぜ?」
指を曲げて輪を作る。露骨な金のジェスチャーは本来嫌悪すら招くが、ことこの場面なら効果は覿面だった。
「あそこがダンジョンになってから白紙社はまだ一度も内部に侵入できていない。だからお前さんが派遣された。って事はだ」
いったん言葉を切り、静夜は古御堂の顔をじっと見る。願望も込めて言うために一呼吸。
「古御堂、お前ならあそこを攻略できるって白紙社の連中は思った訳だ」
白紙社は確かに人間を消耗品としか認識していない。だが、ナナホシ総合人財派遣は、それが出来る人物を送るのだ。それ以外の用途で送り付けた人財を使い潰すのは受け手側であるが、認可を受けていないナナホシが多く重宝されれいるのは依頼者のニーズに合った人物を派遣できるからに他ならない。
そうではなくても、白紙社だって無暗に人を消費したい訳ではないのだ。重要に思っていないだけで、それがイコール殺したい訳ではない。ビルがダンジョンになって半年、何度かは威力偵察が行われている筈だ。そのたびに撤退か、全滅を繰り返したに違いない。そこにきて古御堂が派遣されたからには、可能性があると思われての事だろう。
「……金は、出るんだったな?」
静夜の誘いを受け、古御堂は随分長い事瞑目してから答えた。
「おうよ。白紙社の小銭なんて目じゃねぇぜ」
静夜は答えながら、予算オーバーだったらどうしようなんて益体もない事を考えていた。




