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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 52


『――間違いなく異世界転生者がモデルだね。間違いない。異世界転生物のなかでも主人公で、しかも王道だ。運営が考える「お前らオタク君たちはこんな主人公が好きだろ」っていう大人の考えるテンプレートを表現した主人公だね』

『へぇ? 律が読む漫画の主人公ってそんな感じなんだ?』

『俺つぇぇぇで、美少女ハーレムを作る主人公は一定の人気はあるけど……まぁ、僕が読む漫画にはあまりいないかなぁ』

『ふぅん……あまり好きじゃなそうだね?』

『イケメンで強くていい奴で、全自動で女の子を口説いているとね? なんかうらやましいなぁって』

『んー? 律も結構いろんな女の子口説いて落としてないか? えっ? そんな馬鹿なって顔しないでくれないかい?』

『そんな馬鹿な』

『実際に言わないでくれないかい? 君はそんな素振りをして中々に人気者だぞ』

『……僕は主人公だった?』

『かもね?』

『じゃあ僕に話しかけてくる女の子たちって、もしかして僕の事を……?』

『あれは私のファンだ』

『ですよね! 知ってた。御姉様に近づくな害虫って言ってるもんね!』

『ふふっ。律はずっとそのまま鈍感でいてくれよ?』


 思い返せば、本当に律は結構主人公だったじゃないか。ハジメは思い出してくすくすと笑う。

 ――思い出した。そう思いだしたのだ。リアルタイムの経験ではない。

 ちぇっ。これ、夢だ。理解すると同時、鳩尾付近に乗っていた妙に冷たい毛布が気になりだす。


 むにっ。

 にゃー?


 顔に乗っていたホプレスの首をつまんで持ち上げて、視線を合わせてあげる。くりっとした瞳は純真無垢。なんで持ち上げられているかもわかっていないようだった。太っちょブチ猫はどうやら自分の体温を下げてハジメに寄り添っていたらしい。接触冷感のヌイグルミみたいで触れる指が冷たくて気持ちいい。

 そこまでしてハジメのおなかの上に乗っかりたかったのかとあきれる半分、ペット感覚で嬉しさ半分といったところだ。

 優しい苦笑いをして部屋の入り口に目をやる。ドアの斜め上にある掛け時計が示す時刻は夜中の一時。


「……ん? あっ! 君達また起こしたな?」


 夜目が魔法のように利くとは自覚があるが、明暗が解らなくなるわけではない。眠る時は電気を消すし、今こんなに煌々と照明がついているのは、猫モドキたちが点けたからに他ならない。

 せっかく楽しい夢を見ていたというのに、この明るさが原因で目が覚めたのだから、ハジメは当然、手中にいる首謀者を睨む。

 

 じっと見れば、ぷいっと視線を逸らす。ふてぶてしそうな、まるで猫のように太っちょブチは惚けた顔をした。


「なんだっていつもこんな時間に起こすかな?」


 言ったところで全く悪びれない。「もー」と息巻き、きょろきょろ部屋中を確認すれば、黒と白の猫モドキはベッドとソファの下で息をひそめていた。彼らも怒られると思って我関せずを装っているのだろう。

 さすがに気付いたのだが、どうもあの三匹たちは、ハジメが前の世界にいた頃の夢を見ると邪魔をしにくる。それもハジメが快く思わないと理解しているのにだ。

 彼らはこちらの世界で生まれたハジメの眷属だから、もしかしたらハジメと故郷を結びつけるようなものは面白くないのかもしれない。ハジメが元の世界に還れる日がくれば、この猫モドキたちとはおそらくお別れなのだから。

 

 なんて考えにたどり着いてしまうと、この子たち相手に目くじらをたてるのもなんだかなぁと矛を収めてしまうのがハジメであった。


「君たちを連れて帰れる方法も、見つけられたら見つけるからさ?」


 だから寝入り三十分の真夜中に起こさないでくれないかな? 困った顔で呼びかける。意味が通じて理解されても、納得されないから意味がなさそうだけれど。

 ハジメの手の中であくびをするふとっちょホプレスと、家具の下で首をかしげる二匹。

 平行線である事だけは理解してハジメはあきらめる。

 前回と同じように窓を開け放ち、夜風と夜の騒音を部屋の中へとうけいれる。そして小さなパーソナルチェアに座って一呼吸で気持ちの切り替えをする。


 一度目が覚めると、もう一度寝るのに苦労する。特にこの世界に来てからというもの、寝ぼける事なくすっきりとした目覚めの毎日である。目覚めた瞬間からまどろみが消去されているせいで再び寝ようとするのは逆に努力が必要なのだ。

 なのでハジメは目覚めてしまったら一旦眠りを諦める。さりとてこの間のようにビルの屋上で気分転換という気分でもなかった。


 手持無沙汰になってハジメはサイドテーブルの上に置かれた本を手に取って、パラパラとページをめくる。

  

 この本は、あの糸目の男――笹月と名乗る細面のあの男がハジメに渡した本である。

 笹月は強力な魔法使いだ。それもハジメが使えそうにない、四次元に干渉する魔法だ。細かい部分は違うのだろうが、ハジメの視線からすれば他の次元に関わることのできる魔法だ。元の世界に戻りたいハジメはこれに興味を持ったのが、この本を捨てられないでいる理由だった。

 ハジメに使えない魔法ではあるが、魔法を使えない人が使う魔術で再現できないかと、そんな探求心から本を手元に残しているのである。


 もっとも、本の内容はこの世界から他の世界に行く方法を探した人間の末路について語られたものであり、魔法に関しては何も書いていなかったのであるが。


「……静夜君の言葉を借りれば。クソみたいな本だね。ふふっ」


 冒頭からあとがきまで読み込んだ。その上でクソみたいと断じた本である。

 本に書いてある内容を咀嚼して、自分の理解に落とし込み、つまり要はこういう事だと、頭の中には箇条書きのメモがある。


 世界人の転移はこの世を支配する存在――便宜上創造主とする――が、暇つぶしで行っている事が非常に多い。

 異世界で育ってきた人々をこの世界に入れて、どのような『化学反応』を起こすかを観察しているという。

 これは静夜からも聞いていたから、少なくともこの本の筆者の知識はすべてが的外れではないという事になるのだろうか。


 元世界に戻る方法を自力で見つけるのは困難を極めるだろう。この世界は世界の創造主たちの遊び場。他の世界と違い、来るものを拒まず、去る物を許さない。実際には異なるが、この世界の出入口には鋭利で強固なカエシがついているようなイメージをしたらいいだろう。


 ゆえに自力でこの世界から飛び立つ事はほぼ不可能に近い。これを可能とするのは創造主かそれに比肩するだけの異次元の移動手段を持っている一部の超常団体だけである。そしてこの超常団体もまた気難しい存在であり、個人の願いで異世界への往来を助ける事はないだろう。

 本にはそう書かれていたが、この辺りはもしかしたら何かハジメにとっての突破口になるかもしれないとは思っている。


 本の内容は、しかし上記が主題ではない。


 偶然元の世界に帰れることはない。超常団体は協力してくれない。

 当然創造主も願いは聞き入れないのだが、彼らに関しては例外を作ったケースがそれなりにある。

 この本の主題は、この例外についてまとめたものであった。そしてこれが本当にハジメにとっては苦痛な読み物であった。


 創造主たちが異世界人をもとの世界に戻すケースというのは、親切心からくるものではないという。それは追い出すという言葉が最もふさわしいだろう。

 多くの無辜の人々を殺める。悪意ある自然破壊、文化破壊、都市破壊をする。絶滅危惧種を根絶やしにする。世界征服をもくろむ。戦争を誘発する。人々を扇動して創造主への対抗手段を模索する。どれを行ったところで許される。この世界に存在することを許される。


 この世界から追い出されるのは、悪人でもなければ創造主への反逆者でもない。

 それは、憐れみを誘うような弱者であるという。


 この世界に来た時点で絶望し、無気力な物乞いになった青年。

 この世界を夢と思ったまま、これを苦痛に思って薬物にたよった中年女性。

 転生先が奴隷制度のある都市で、抜け出す手段も運命もなかった幼子。

 転生した瞬間に首を吊り、それに失敗し寝たきりになった少女。


 彼等は全員、ある日忽然と姿を消し、その後創造主が管理すると言われているホームページに異世界人が故郷に帰ったという旨の報告が記載されたというのだ。

 タイミングからして彼等が該当者である確率は非常に高いのだろう。


 この本には異世界人の顛末が書かれており、読む進めると居た堪れない気持ちになる。だが、ハジメがこの本をクソみたいなどと口汚く罵るのにはこの居た堪れなさが理由ではないのだ。ハジメが悪し様に呟くのは、この本の結論がハジメにとって受け入れがたい物だったからである。


 元の世界に帰りたければ、憐れみをかえばいい。創造主に嫌われて追い出されればいい。言ってしまえばこれに尽きる。


 結論、この本は間抜けな犠牲者を誘発しようとしている。


 自棄になって物乞いになれと? 自殺未遂に麻薬中毒? 見るに堪えない悲惨な目にあえと? 打算で惨めな状況に陥るのは真なる惨めさとは言えないのではないだろうか。それこそ創造主共にとっては見世物になるかもしれない。わざわざ惨めになって同情を買おうとする、心の折れない異世界人。きっと創造主共は『次はどんな手を使て同情されようとするのか?』と楽しみにしてその様子を眺める事だろう。むしろ惨めなピエロとして最上級だ。

 三十秒考察すれば切羽詰まったハジメでも反論を思いつく内容を勧めているのが、この本だ。

 

「やめやめ。こんな本読んでたら気が滅入っちゃうよ」


 独り言ちて、ぽいっとサイドテーブルの上へと本を雑におく。

 投げ置かれた本の表紙を眺めてフンスと鼻から息を抜いた。  


 なぜこの本がハジメに渡されたのかわからない。これを渡してハジメが考え無しに自暴自棄の行動をとるとでも思ったのだろうか? そういう質の悪い嫌がらせは、あの笹月ならやりそうである。

 だとしてハジメはどのような行動が創造主達の琴線に触れるかがわからない。恥ずかしながら想像力が追い付かない。麻薬中毒の女性がしたという生きるための手段というのも、理解するのにはずいぶん時間がかかった。具体的な事は? と言われたら想像が追い付かない。男の人にエッチなことをしたのだろうとはいえるのだが……。


 ただ、ハジメの想像する行為には『その先』が、どうやら存在するらしい。誰に聞けばいいのか、静夜に相談しようとしたら相談する相手をよく考えろと、なぜかお説教をされてしまった。『私にエッチな事を教えてくれないかい?』と質問しただけなのに! だというのに怒られるのは(はなは)だ不服であった。

 ハジメだって静夜よりも信頼している律にききたかった。律ならきっと、ものすごく呆れた顔をしながらも、懇切丁寧に、まるで百科事典のようにエッチの定義を教えてくれただろう。


「……ふふっ」


 なぜか、理由もわからないが思わず笑みがこぼれた。

 二人とも全く似てないのに、同じように優しいなぁ。と、それくらいの事はハジメにだってわかるのである。

 そんな風に、楽しい事を考えて心を穏やかにしようとして数分も経過すると、ハジメの足元にすり寄る存在があった。


 ……なー。にゃぁ。なーおぉ。


 ハジメのご機嫌が少し戻ったと確信した三匹が、いつの間にやらすり寄ってきていた。

 じとっとした半眼で三匹を見下ろして、あたかも純真無垢を体現した獣の瞳を見てから浅く嘆息。

 この嘆息は気持ちもわかるし仕方ないから許してやるという意味の嘆息だ。


「帰ることばっか考えちゃうと、君たちは面白くないもんね」


 話しかけてやれば三匹はその通りだと言わんばかりに尻尾をぱたんと床にあて、そして小首をかしげてから立ち上がりって三者三様に散り散りになり、うろうろと歩き出し、自分たちの気に入りの場所へと帰っていく。

 どうやら彼等の方も言い分を理解してもらえて安心した様子である。


 その意をくんで故郷へ帰る事は今は考えないようにと思うのだが、そうと思えば思う程に関連づいた事を考えてしまう訳である。そうしてたどり着く思考は、余り帰郷から離れていないようなものだった。


「なんだったら喜んでもらえるかな?」


 ……帰ると言えば、帰る前には静夜にお礼をしたいとおとも思っているわけだが、どう考えてもお金持ちでおいしい物もたくさん知っている静夜に、いったい何を送れば喜ばれるかがわからない。

 

 静夜に直接聞いても、どうやら本心からそんな物はいらないと言うし、それでも何かといえば思い出になるもんが良いという。


「思い出に残るって、難しいって」


 独り言が増えていく。猫モドキが聞いていると思うとなおさら増える。

 大人の男性との関わりなんて、父か教師かといった限定的な物だ。ハジメが思いつくようなお礼の手紙とか、魔法を使った手作りのアクセサリーとかは、なんかチープで恥ずかしい。


 大人の男性にする贈り物なんてわからないし、検索するとネクタイとかマグカップとか、それは父の日のプレゼントの様な気がしてしまう。だからと言って恋人へのプレゼントとか、そういう検索はもっと違うし、検索結果も随分違う訳で……。


 とはいえ、


「ふーん……んー……恋人は違うよねー?」


 そういえば以前静夜を試す意味で『エッチなお礼かい?』と聞いてしまった時は取り合われなかったが、もしもその気になられて、迫ってこられたらハジメは断る事が出来るだろうか? もしもパンツが見たいとか、おっぱいを触りたいとか言われたどうしよう。キスなんて言われたら……全力で断って、向こうも妥協して、ほっぺとかに条件を変えたりして……いやいやいや、いやっ、駄目だ!


 顔を耳まで真っ赤にして一人で悶々と。無意味立ってみたり、枕に顔からダイブして見たり。

 そして切っ掛けなくピタリと止まり、いきなり真顔になる。


「いや、静夜君の好みじゃないないかもじゃないか」

 

 スンッとなりハジメはつぶやいたのだった。


「……今日明日で帰れるものでもないんだし、その日までにだ。その日までに考える……!」


 自身に語り掛けるように言えば心は平たんになってくれる。

 冷静になったハジメは寝直す努力をしようとベッドから降りる。

 立ち上がり、電気を消そうと踏み出す前、何かの気配を感じた気がして、開かれた窓に目をやる。

 今日は夜風がずいぶん涼しい。開け放って眠ると寝冷えを起こしてしまいそうだ。


 少し冷たいアルミサッシに指が触れた瞬間――風が吹いた。真夏の温い風に、奇妙な冷たさが混じる。

 先ほど感じたなんとなくの気配も含め、これはもしかしたら夏の終わりに怪談が始まるかもしれない。

 そんな連想をしてしまう不気味さ。居心地の悪さ。気持ちの悪さを感じた。

 引き込まれる程の不吉が風に載っていた。意識の全てが持っていかれた事に気が付き、何か良くないと理屈はなく感じた。


 そうと意識した時に、視界の端に赤と黒の蝶が幻視された。


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