表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/79

未来シコウのチートデータガール 45



 ハジメについて歩を進める。厚さは十センチほどの鉄扉の縁には、ラッチと言われる金具もない。つるりとして輝いている。それは出来立ての切り口、まるで鉄板を鏡面加工で切り出したかのようであった。

 何でもないような様子でハジメが通り過ぎるので、静夜はあえて何も言わないが、どう考えても静夜の想像に及ばないような力が行使されたのだろう。


 扉をくぐって直ぐ。

 静夜とハジメは異質な光景の中にいた。

 酷く広い部屋は明るく、子供たちの声が、溢れている。

 真っ先に目に入るのは、だから当然、子供達。明らかな肥満体系の子供が、それでも元気に走り回ってじゃれ合ったり、座ったままおままごとをしたりしている様子が見えた。


 次に目につくのは部屋の至る所にある遊具や玩具と、部屋の色彩だ。

 いくつものぬいぐるみ。赤いパンダ。青いクマ。黄色い犬。白いアルマジロ。ネイビーブルーのサメ。橙の猫。無数のアニマルに、何十もの色。

 所狭しと、デフォルメされた大きなぬいぐるみがあり、壁も床も原色系のポップアートのようにモザイク模様が溢れている。果実が腐ったような甘い酸っぱい匂いが充満し、アルコール由来ではない酔いを誘う。

 薄暗い地下通路の道程からは想像もつかないような、夢に見そうな明るさが広がっていた。


 そして、この部屋の扉を開けた時から、子供たちは静夜たち二人に注目し、じっとこちらに視線を向けているのが、害はないのに不気味さを助長するのである。


「悪趣味だな」

「うん。見ての通り、みんなで遊べる楽しい子供部屋さ。まるで何かマニュアルがあるようで、私には怖いものに見えるよ……部屋が不気味の谷を越えられていないんだね」


 なるほど。言い得て妙だ。

 事前の道のりがなければ、この部屋は楽しさにあふれた部屋に見えたかもしれないが、繕ったたくろった楽しさが塗りたくられいるかの様にも見えるのだった。ピエロや夜中の遊園地、電灯が消えた下着売り場のマネキンなど本来なら怖くない物も見せ方次第で不気味になるという物だ。

 完全封鎖されていた地下通路の先にこんなものがあれば、どれほど心躍る遊戯室であっても不気味さが勝つだろう。ましてや子供の為ではなく飼育の為の定型の部屋など、不気味であってしかるべきだ。


 さてとりあえずは間近にいる三人に注目しよう。

 三人は小奇麗な白い貫頭衣を着ていて清潔感がある。しかし、どう見ても酷い肥満体型である。

 男にも女にもみえるほどに丸々と脂肪を蓄えている子供だ。三人とも体のいたるところにケロイド状になった傷跡が見受けられるが、肌の健康状態はむしろよさそうだ。、瑞々しく、恐怖を覚える程に張りつめている。

 髪は長く、一年以上は放置されているであろうに、やはり妙に艶がよく、手入れがされているのが解る。

 健康的でありながら、最初に述べた通り眉を顰める程の肥満体型であった。


 再度部屋全体を見る。

 見回せば、四方四組の子供達は動きを止め、じっと静夜達を注視していた。その様子は不気味でもあるが、よほど他人がここに紛れ込む事が珍しいのだろうと想像できた。


 それにしても、全員が性別不明な程に体が張りつめている。

 後一口、スプーン一杯の砂糖で全てが破滅しそうな見た目なのだから恐ろしい。

 部屋に満ちる甘さの混じる腐敗臭の元は、きっとこの子供達だと、嗅がなくとも察することができてしまった。


 さて、最寄りの三人も他の子供達と同じように静夜達に注目している。明らかに恐ろしい大人がやってきたという眼差しを静夜達に向けていた。


「あまり歓迎されてねぇな」

「……ひどいよね」


 ハジメが、穏やかで優しい表情を張り付けて言う。様子の変貌に一瞬ぎょっとしてしまうが、三人がハジメの顔色をじっと見つめているのが理由だとわかり、静夜も倣って無理やり表情筋を笑顔に持っていく。

 ハジメが一歩前に出れば、子供たちはこわばり、互いの不安を紛らすかのようにさらに身を寄せ合う。


 身を背合う子供たちの足元には携帯もできる人気のゲーム機が散らばっている。つい数秒前まで熱心にプレイしていたのか画面には明かりがついたままである。この部屋で、遊んで食べて、よく寝て遊んでいるのが推察できた。


「やぁ、初めましてこんにちは」

「……」


 小さいがよく通る声は、部屋にいる全員に聞こえているだろう。


「私の名前は甘咲ハジメだよ。君たちのお名前は?」

「……」

「あ、いきなりごめんね? 私はね……秦飼さんに用があってきたんだけど、皆、秦飼さんがどこにいるか、知っているかな?」


 穏やかに語りかけながら、一歩二歩と歩を進め子供たちとの距離を詰めるハジメ。あと数歩のところで、三人のうちの一人が怖がり目をつぶってぶんぶんと顔を振りだした。これに触発されて今にも泣きそうな顔になる残りの二人。


 ハジメは笑顔を崩さず、動きを止めてその場に留まる。

 声は全員に聞かせながらも、決して意識を散らさない。一方静夜は部屋にいる全員の反応を見ているが、怯え以上の情報は拾えなかった。。


「知らないかい? 秦飼さんって、いつも君たちにご飯を持ってきたり、そのゲームを持ってきてくれたり……んー、ここに君たちを連れてきたおじさんの事なんだけどな?」


 この場に秦飼がいないとは思っているのだろう。子供たちを安心させるために時間を使おうと決めたハジメが膝を曲げて三人に視線の高さを合わせる。

 静夜も彼女の歩み寄りを無駄にさせないために、極力笑顔を意識して、自分を無害な生き物と必死に思い込む。子供からはあまり好かれないタイプの男だと自覚があるだけに、余計な事を言ってしまう事が一番の懸念である。


 その甲斐もあってか、ハジメの雰囲気が丸いからか、子供達はハジメの顔を観察し始め、ゆっくりと表情から怯えを減らしていく。


「遊びに来たんだ私。秦飼さんね、いろんなものを買ってくれるし、遊んでくれるし、おいしいご飯もくれるけどさ。なかなか会えないから、皆なら知っているかなってね」

「……いないよ」

「今日も?」

「うん……」


 代表して答えるのは、顔を強く振った子供。

 声も変声期が来ていないせいで男か女か判別できないが、怪しい二人組に対応する勇気を振り絞ったという様子であった。


「昨日もいない……一昨日は?」

「おととい?」

「昨日より前。いない?」

「うん」


 随分と、長い事ここにやってきていないようだ。すると、疑問となってくることがある。

 この疑問は、ハジメも抱いたようでいかにも不思議そうな顔で、それを口に出す。


「あれ? じゃ、ご飯はどうしているんだい?」


 すると三人が一斉に指さす。広い部屋の端にある、大きな箱と、その近くの小さなテーブル。

 ハジメは目を細め、口を小さく動かす。「冷蔵庫……ね」と。

 

「なるほど。じゃああまり秦飼さん来ないんだね。……ふーん? ねぇ、お姉ちゃんと一緒に外に出て、秦飼さん探しに行ってみない?」


 さも今思いついたように。

 抜群の演技力で気軽に誘うのだが、子供たちは再び警戒心を高め首を振った。


「いやかい? そっか。でも、外に出たらお母さんとかお父さんにも会えるかもしれないよ?」

「あ、バカ」

「えっ?」

 

 思わず彼女の失言に口を出してしまったが、ハジメの反応以上に子供たちの反応が劇的だった。


「いやっ!」

「やだぁぁっ!」

「たっ、たすけっ!」


 発狂と表現するに相応しい叫びが部屋にこだまし、三人は散り散りに駆け出す。

 そして事は三人だけでは治まらない。三人が文字通り泣き叫んで逃げまどう事で、様子を見ていた他の子供達にも恐怖が伝播してしまう。


 部屋の奥にあるのはトイレに風呂、ベッドルームといったところか。

 子供達はそれぞれ部屋に逃げ込んでいった。ベッドルームと風呂場はまだしもトイレはそんなに入れないだろうが、先に仲間を入れようと必死になって押し、自らもそこに入ろうと、閉まり切らない扉を無理やり閉めて、最後に見えた三人の子供は、見事に鮨詰め状態だった。


 逃げ場といえばそれくらいのものになってしまうのは解かるが、それで逃げられる訳がないのだ。ここは広いと言えども密室なのだから。

 とはいえだ。自分の発言がきっかけでこの大混乱が起きてしまったのだから、ハジメ自身も混乱してしまったようで、呆然と固まってしまっていた。


「親の事を言ったのぁまずかったな」


 静夜はいたたまれない気分で指摘する。子供達に残るケロイド上の傷は、どれも最近のものではなかった。

 肌の様子からすれば、ここに監禁されてからは手厚い保護を受けているのは明らか。どうしてあの傷痕があるのかを想像したのは、やはり人生経験の差であるだろう。


「あ……そっか、行方不明になっても問題にならないくらいの関係だったっけ……」


 ハジメは抑揚なくつぶやき、手を強く握りしめた。

 しかし表情は悔しさや、言ってしまった言葉への後悔という感情を押し殺し、やわらかい苦笑いで静夜に顔を向ける。


「作戦失敗しちゃったね。どうしよっか」

「無理矢理だな。泣き叫ぶの引きずってでも外に連れ出す以外にねぇよ」

「そうなっちゃうか……無理矢理は仕方ないけど、怖がらせちゃうね」

「これから死ぬかもってんだ。引きずってでも安全なところに連れ出してから考えようぜ」

「……うん」

「んで、だ。逃げたガキどもが、一人のぼってっちまったな」

「一本道だったから迷う事はないと思うけど……静夜君」

「ああ、俺がいったん連れ戻す。甘咲はここで全員集めておいておくれ? それでいいな」

「それをお願いしようと思っていた。ありがとう」


 ハジメが追いかけていき、一人を回収する。

 すると手早く回収することできるだろうが、この部屋の子供たちを回収するのに静夜は手間取る。手間取った分だけ子供達一人ひとりが孤立する時間が増えるのだ。


 秦飼なる人物がどのような人物かは知らないが、不意打ちが得意で逃げるのも得意というからには、隠密行動が得意なのだろう。そんな人物を相手にするとなると、静夜が子供達全員を守り切れるとは思えないのだ。

 静夜が追いかけてハジメが残りの子供を集めるのが最適解なのは、実は考えるまでもない事であった。


「こっちは任せて。大丈夫、気を使いすぎて何もできないなんて間抜けはしないから」

「心配しちゃねぇよ。ここは任せたぜ」


 言葉を交わしたら二人は同時に動く。ハジメは部屋の奥へと向かい、静夜は踵を返して部屋を出た。


 お菓子が似合うパステルポップから一転、再びの薄暗くて湿っぽい地下通路へ。

 色の溢れた楽園から、モノクロームの一本道へ逃げ出たあの子供は、きっと心細くなったことだろう。

 そう思って顔を上げたタイミングで逃げ道の軌跡を消すように明かりが順繰り消えていく。

 階段を上ったのか途中にあるの部屋に逃げこんだのか。

 せいぜいそれくらいが取れた手段だろう。


 道すがら部屋を覗き込めばいいと判断し、静夜は自身が息切れを起こさない程度に進む。

 進んで、部屋を覗き込み、数歩中に入る。しかし部屋のどこにも隠れられる場所はない事を確認する。少なくともあの肥満体が隠れられるような場所はどこにもない。

 それでも自分の見落としを恐れて椅子を引いて覗き込み、部屋の死角も目視した。


 何も収穫なしという収穫を手に入れて、さらに進んで数分。もうすぐ店舗部分に向かう梯子が見えてくる頃だが……いくら何でもどこにもいないのは異常事態だと、少々焦りが生じ始める。

 全力で走ったといえどもあの体型の、しかも子供の足だ。静夜が追い付けない道理がない。

 その筈なのに、子供の姿はどこにもない。耳を澄ませても息遣いも聞こえない。


 頬を伝う汗は、小走りになったからというだけが理由ではない。見逃すはずのないものを見逃したかもしれないという、焦りが冷や汗をかかせるのだ。

 ついに通路の最奥の、穴の開いた天井にまで戻ってきてしまった。

 穴とはつながっていない位置の梯子を上から下をなめるように見るが、やはりそこにも子供の姿はなかった。

 あの梯子の行きつく先からジャンプして穴に飛び移れるかと、考えるが、特殊能力をもっていない限りは不可能だろう。あの子供が該当するかといえばほぼあり得ないと判断がついてしまった。 


 この判断をしてしまうのは、特殊能力を持つ人間は、子供であろうとも親からの虐待に怯えたりしない。というのが一般的な認識なのもあるのだが。


 ともかく、静夜は来た道を引き返す。

 復路は往路の数倍首を動かし、目線を泳がせ、一歩ごとに床も天井も左右の壁も、見逃さないように進んでいく。せめて埃がたまっているような通路だったら、足跡をヒントにできただろうに。


「……おーい。怖がらせて悪かったな? かーちゃんにもとーちゃんにも内緒にしてやるからよー? 出てきておくれー?」


 怒鳴るとさらに怯えられるだろうからと、声を張る事すらなく語り掛ける様に言う。

 これで返事があるなら苦労はないのだが。

 折り返した道のりももうすぐ終わりという所、静夜は一度は見た秦飼の手帳があるという部屋を再度訪れる。


「……隠れちゃいねぇよな?」


 ハジメももう子供を全員集めたころだろうか。それとも静夜の戻りが遅いからもう全員をまとめ上げて、静夜と合流すべく部屋を出ようとしているかもしれない。案外、静夜が見逃した彼は部屋に戻ってきているのではないか。

 ありうるとしたら静夜がここに入ったタイミングで子供が返ってきたという場合か。絶対にないとは言えないから、その可能性も頭に入れておくべきだろう。

 などと希望的観測をしたくなるが、実際のところはあまりあり得ない事だと思っている。今のこの確認作業すら果たして成果が得られるのかと自問してしまう程である。

 

「……んー?」


 そんな悲観的なこの部屋の探索だったが、静夜はしゃがみ込む。

 触れてみると、床がぬれていた。

 裸電球の明かりはらんらんとしている。色味はすべてがオレンジに寄るが、指で救う事の出来るその液体は、正体不明である。

 血であったり、尿であったりしたらすぐに判りそうなものだが、どうも違う。記憶の中にある何かに似ている気がするが、あまりなじみのあるものでもなさそうだとも思う。

 この液体がそもそも捜索のヒントになるか。謎の液体に不気味さを感じつつ、触れた指を真横の壁にこすりつけて汚れをこそぐ。


 そのタイミングである。

 

「泥棒め。薄汚い泥棒め」


 どこからともなく声がした。

 子供の声にしては低い。そして子供の姿もどこにもない。

 とすれば、これはこの地下室の主のものであると考えるのが順当だがそもそも静夜が一人、狭い一室にいるだけなのだ。

 不気味さと、おそらく狙われているという確信をもち、前後左右に首を振り、挙句に天井まで目視したが、それでも声の主はどこにもいなかった。

 テレパシーの類も疑うが、だとして静夜の存在を誰かが気付いて話しかけた事に違いはない。どこからか狙われているかもしれないとやはり神経を尖らせるが視認できる範囲に人はない。


 にもかかわらず。


「泥棒は処分する。カダバは私のだ。私のものだ」


 声は続く。

 ぎょっとして無意味に後退り、ドアの影にでも隠れていないかと覗き込むがそこにはいない。

 ではどこに? 静夜は壁に背をつけ目をせわしなく動かす。再び天井も見たし、足元も見た。が、姿かたちどこにもない。


「どうやってここに入ってきたかは……まぁいい。まぁいい」


 壁を背にした静夜の右の耳、真横から声がした。

 顔のちょうど真横に、確かに人の顔があった。

 あまりの出来事に叫び声すら出ずに飛びのこうとして、静夜は自分の喉仏部分から出刃包丁の刃が飛び出していることに気が付いた。首の骨まで切断されて、気付いた時にはもはや倒れる事しかできない。

 いったいどのような角度から。

 ずるずると壁に背を預けながら、不可解な奇襲の正体を探ろうと、ぎりぎり動く視線で斜め上の男の顔を見る。


 ――壁から、顔が生えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ