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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 44


 会員制の飲食店というともっと閉鎖的な内装をイメージするが、踏み込んだフィッシュレシピは、静夜がここに立ち入る前に体験したあの店内に酷似していた。木造の喫茶店の様な造りに、使い込まれた革のソファ。白熱灯を模したLED照明。分厚い角材を繋げて作られたテーブルはどっしりとして静夜の好みに合っている。

 総合的に見て、味に期待できそうな店だなと思ってしまうのだった。それは、ここに漂う料理の残り香を含めてだ。


「間違いなく、ここはマホレコ……魔法使いのレコンキスタ・ドールが大炎上した屈指の胸糞イベントの舞台だよ」

「そら、ゲームだろうとそうならぁな」

「後のアップデートでどうやってもここでは食事ができない制限が入って、公式が『それを模した肉』を提供していただけであるってアナウンスをしたんだ……だけど、一部ではそれでも本物の味だったっていう怪文書が掲示板を騒がせた」

「うぇ……」

「私の世界がおかしいんじゃなくて、私の世界にもおかしな人がいたんだってば」

「なんも言っちゃねぇよ」


 慌てて補足を入れるハジメに静夜は苦笑を返す。


「どう、静夜君。静夜君が見たっていうのと――」

「だいたいあってるぜ。この奥のカウンターの裏にゃガスコンロがあって、寸胴鍋が……流石にねぇか」


 ゴッゴッと足音をわざと立てながら、カウンターの裏を覗き込むがそこにあるのは磨き込まれたシンクと焦げ一つない五徳があっただけだった。


「うん。ないね。よかった。今年の分はまだ始まっていないみたいだ」


 ハジメは心底ほっとしたようだった。静夜だってほっとするくらいだから気持ちはよくわかる。

 ただ、そうなると空振りの可能性を考えなければならなくなる。

 静夜自身も見たものがあるので、このまま手ぶらで帰るつもりはない。ここで大暴れして警察を呼ぶという強硬手段すら視野に入れていた。


 ハジメがこのまま帰るなら静夜は今夜にでも出直すつもりになっていたが、彼女はまだ戸惑う様子もなく店舗の奥へと歩を進めていく。


「本当に不思議なんだけどさ」

「おう?」

「コンクリートで地下室への道を埋めているんだよ」

「……死体を埋めているって事か?」

「ここの下で、飼育しているって事。この辺の下に空洞あるの、解る?」


 出入口を塞いで中に閉じ込めたらどうやって出入りをするのか、世話も出来ないならそれは矛盾である。

 訝しむ静夜だが、その間にもハジメは何やら行動を起こしている。ほんの一瞬だけ厳しい顔をして指先を動かす。部屋の隅で床に向けて四角形を描くように指で宙をなぞり、その後四角の中を雑に塗りつぶすような軌道が描かれる。

 ハジメの指が動きを終えるころ、静夜の目にも床に無数の筋が入っているのが視認出来た。


「非生物を直すのは私でも難しいんだけど、いちいちこれを直しているのかな?」

「どうだかな」


 その直後にはずるりと床が沈み出し、ゆっくりと沈下していった。

 途中ですべてコンクリートの塊は抜けきり、宙に出たのか一気に落下し、鈍い音と振動が伝わってきた。


「これ直らねぇんだな」

「万が一の時は努力してみるさ」


 努力でどうにかなるのだろうか? 落下した先で本格的にバラバラになったコンクリートの塊を見る。

 何はともあれハジメの発言通り、そこには空洞が広がり、地下通路が存在していた。

 顔を突っ込んで中を見ると三メートル程右手に鉄の梯子があるのが解ったが、そこもやはりコンクリートでふさがれているようだった。もっと右にしてくれというのも面倒だったので、静夜はそのまま穴のヘリに指をかけ、ぶら下がるようにして穴の中に身を投じ、懸垂状態から指を放して床に着地する。


 上手く着地して振り返ればハジメはもう隣にいた。三メートル以上の高さがあったがさすがに彼女は当たり前のように無音で飛び降りたようである。


「……いくか」

「うん」


 戻る時は恥を忍んでハジメに助けてもらおう。なんてこっそり思いながら歩き出す。


「誘拐してきた子をこの地下に監禁してね、おいしいご飯を食べさせるんだってさ。そのおいしいご飯は人間自身をおいしくするって話さ。あいつに言わせれば、一年かけて調理をしているんだ」


 嫌悪感をあらわにハジメが語りだす。

 静夜も聞けば嫌悪感が湧くのだから、平穏な世界から来たハジメが憤るのは当然だろう。


「……本当に飼育だな」


 食用に育てられる動物の食べ物に手を加えて味を変える試みはよくある話である。ドングリで育てる豚。ビールを飲まされる牛。みかんの皮を与えられる鰤。ならば人間の食事が人間の肉の味を変えるのだろう。心底恐ろしい論ではあるが。


「なんでフィッシュレシピイベントがマホレコにあったのか、ずっと疑問だったけどさ。もしもマホレコがこの世界につながる為の物だったとしたら、この世界の現実に則したものだからイベントにした。そしてこれは教えておかなければいけないと製作者が思ったからわざわざピックアップしてプレイヤー達に体験させたんじゃないかな」


 ハジメが面白い考察をするから静夜も思わずその余地を考える。


「さすがにそんな事は考え過ぎかな」

「いや、あいつ等ぁ治安維持とかにゃあまり干渉しねぇからな。そういう回りくどい事は案外やるぜ」

「そうなんだ? じゃあ推理は当たっている可能性あるんだね」


 複雑そうな面持ちでハジメは苦笑する。


「戦闘だろうと戦争だろうとあまり意見を言わない奴らだが、感性は人間よりだ。好き嫌いはあるんだよ。とくに、あいつ等が不愉快だと思っている事に関しちゃ、甘咲が言ったような遠回しに手を打ってくることもある」

「私が面倒くさがりだったらどうするつもりだったんだろうね」

「枕元に立って愚痴を言いだすぜ」

「……異世界ジョーク?」


 そんな会話をしながら二人は並んで歩く。ハジメが一歩

 長い廊下には蛍光灯状の照明がある。コンクリートで出入口がふさがれていたというのに、通電しており、人感センサーなのか静夜達が近づくと行き先を照らしていく。

 どうやら少なくとも、ここは使用されている。ならばこの通路の事を知っていたハジメの知識は有用だろう。

 そんな考察をしているとさらにハジメが情報をもたらす。


「あっ、そこの部屋。解体用の包丁がしまってあるから、秦飼が見つからなかったら動かぬ証拠として警察に提出しよう」

「被害者とセットで完璧だな」

「子供達が素直に供述してくれたらいいんだけどね」

「してくれないなんてことあるか?」

「……ありそうなんだよね」


 歯切れの悪いハジメには何か懸念がありそうだった。

 出来れば些細な情報も共有してほしいのだが。と、思ってハジメに目を向ければ、それを感じ取ったハジメが気まずそうに口を開いた。 


「もうすぐ監禁部屋になるよ……静夜君。子供たちはね、秦飼にとてもなついているんだ。最悪暴れて逃げちゃうかもしれない。ゲームだったら秦飼を倒してあとは警察とかの仕事だったけど……」

「そういう事か」


 秦飼がいなければ子供を連れてここから脱出する。つまり、秦飼のところから誘拐する加害者という見方をされるかもしれない。連れ出された子供は秦飼を良く言い、静夜達を悪く言うと予想されるからだ。

 なるほど、重要ではないが懸念するべきことではある。


「その辺ぁ心配しなくていいぜ。この国の警察ぁ無能じゃねぇよ」

「そっか。ごめん後出しで」

「ガキ――子供達を説得できるつもりなんだろ?」

「……うん」

「それに俺も共犯だ。警察の方ぁ一緒に説得してやるよ」


 シキの時はあまり手応えがなかった事を頭の隅に追いやって安請け合い。

 きっとこれでおあいこだと雑な言い訳は自分の為である。


「それで、もし秦飼と運よく遭遇できた時の話」

「おう」

「秦飼は私からしたら強くない。けど、不意打ちと逃げ足だけは馬鹿にできない。一気にやっつけるつもりだから、静夜君にはできれば参戦しないでほしいんだけど、いいかな?」


 本当に申し訳なさそうにハジメはおずおずと切り出す。


「そら構わねぇよ。もとより逃げ道を塞ぐのが役割だからな」


 異世界人の中には時として男が強いから荒事は男だと言う人物がいるが、どうやらハジメの世界もその傾向があったようだ。静夜が出しゃばらないというとハジメは安堵したように表情を緩めた。


「討伐したのが私じゃないからわからない所もあるんだ。けどさ。私が信頼していたゲーム内の実力者が何人も挑戦して取り逃しているんだ。一回逃げると顔を覚えられちゃって二度と会えないって話だし、ソロは難しいって想像していたんだ」

「そういや、全プレイヤー参加型のオンラインゲームだったんだろ? 今回みたいなやつを他人が倒したらもう他は倒せねぇ仕様だったのかい?」

「そうだよ。重要な敵以外は椅子取りゲームだった。秦飼も大炎上した敵だけど無限にあるって言われたサブクエストの一つだったんだ。逆に特別な敵もいてね、幽霊やロボット、復活するモンスターとかになって何度でも戦えたり、同じ言葉を繰り返したりする人もいた。ダンジョンの中の敵とかはリスポーン、リポップして何度でも戦えたかなぁ……秦飼がリポップ式の敵じゃなくて本当に良かったよ」


 もっとも、今こうしてハジメが倒そうとやってきたのだから、実質リスポーンしているようなものであるのかもしれない。こっちの世界で再度同じ人物と戦うなどという恐ろしい事はない筈だから、これが最初で最後の筈であるが。

 などと、死んでも、灰にしても生き返る静夜が思う訳であるが。


「一度顔を覚えられると二度と会えないし、必要以上に嗅ぎまわっても姿を隠しちゃう。秦飼を倒した友達は、偶然鉢合わせたって言ってたよ」

「んで、逃がさない方法はわからねえっと」

「わかっていたら踏み込む前に静夜君と共有しているって。もう知っている情報はゼロだよ。……あー、さっきの部屋の金庫にはレシピ帳があるよ。読むと気分が滅入るようなやつ」

「へぇ、事が済んだら回収してみるとするか」

「……殺人鬼のグッツ集めるのが趣味だったり?」

「いや、そういう類はほっとくと呪われるからな、被害出ねぇうちに回収しないとだ」

「あ、そっちの趣味?」

「どっちでも趣味じゃねぇよ」

「持っているものが呪われる内にその魅力に気付いたとか?」

「……くそ。気の利いた返しを思いつかねぇ。魅力なんかねぇよ。ったく」

「勝った」

 

 謎に勝ち誇るハジメだったが、数秒後、廊下の角を曲がったところでふいに顔を引き締める。静夜も併せて気持ちを切り替える。

 重たそうな、静夜の筋力では到底動かせそうにない鉄扉が行き先を閉ざしていた。


「この先が……監禁場所。そしてそっちの扉は、解体部屋」


 正面の鉄扉に目が向きがちだが、向かって左にも扉があった。ハジメの言葉によって分類が決まったその扉からは、言われて見れば不気味な雰囲気が漂っていた。


「先に解体部屋を壊しておきたいんだけど、いいかな?」

「証拠が減っちまうぜ?」

「……そっか」


 ハジメは口惜しそうにしながらも納得して、深呼吸一つ。


「じゃあ仕方ない。こっち、もう開けるね」


 ハジメの視線が少しだけ動くと、取っ手の存在しない鉄扉が滑らかに開いた。


「行こっ」


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