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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 43


「静夜君ってば、なんかやな事でもあったかい?」

「そう見えるかい?」

「なんだか。怒っているように見えたかな」

「そりゃ言われたくねぇ台詞ナンバーワンだな。気ぃつけるよ」


 ハジメとの約束の時間には十分な余裕をもって向かっていたので、当然間に合った。

 ただ、険しい表情を和らげることを忘れていたらしく、会うなりハジメにそんな指摘をされてしまった。


「……ん? あのボケ猫共はどうした?」

「……もしかして静夜君に悪さしたのかな?」

「猫の悪戯にゃ怒る気もねぇけどな」


 そう言って静夜は苦笑い。どうやら話もうまく切り替えられそうで、そのまま話す。


「あの子たち今日は何でか一緒に来たがらなかったんだよ。無理矢理呼び出せば来るんだろうけど、そっか。静夜君に悪さしたから逃げていたんだね」


 まったくもう! ハジメは不満そうに嘆息した。

 静夜自身は別に怒っていないのが伝わっているのかハジメの怒りも浅そうだが、とりあえずあの三匹が言い訳もできずにハジメに叱られる様子を想像し――あいつら叱られる事も喜びそうだと思い至ってあまり留飲は下がらなかった。

 

「あの子達、魔法生物だから――この世界魔法生物っている?」

「俺ぁ詳しかねぇが、聞いて大体どんなもんかは想像つく。だからたぶんいるだろ」

「おっけ。魔法生物だから呼び出そうと思えばこの場に呼び出せるよ? どうする? 呼び出して叱ろうか?」


 そんな質問形式にするという事は、呼び出すのは少し手間なのかもしれない。そもそも見せられてしまったアレはハジメの心の大切な部分に触れる可能性のある話であるので話を詰めるのも具合が悪い。そして別に猫モドキ共を呼び出してどうにかしたいという気持ちがある訳ではないので静夜は適当に手を振る。


「いらねぇよ。後で適当に俺が怒ってたって言っといてくれ」

「あ、それでいい? 良かった。あの子達って実は敵と見ると容赦しない悪癖があるからあんまり連れてきたくなかったんだよね」

「かまいやしねぇよ」


 そう言って一旦はそこでお終いだ。あの猫モドキ共から何をされたかと聞かれたら答えに窮してしまうし、誤魔化せば無意味に意味深になるし、詳らかに言えばハジメを盗み見した事がばれる訳である。

 そうなると、結局再び話を逸らす必要がでる訳である。


「んで? 無視出来ねぇっていう問題の話しだったな。ゲームの中で体験したんっけか?」

「あ、うん。今いろいろ問題発覚しちゃったけど、まず今日来てもらった本題だね」


 静夜が強引に話を本来の路線へと戻し、ハジメも、ならば特にわだかまりもないという感じでそれに乗る。

 気を使ってやるつもりの静夜が、気を使われてしまった気もするが、まぁいいだろう。格好がつかないと勝手に思っているのはご愛敬だ。

 そんな静夜の内心など関係なく、ハジメは歩き出す。目的地は決まっているのか、あらかじめ道順を調べたかのように迷いなく歩いて行く。


「電話でも話したけど、フィッシュレシピってお店の話さ。特殊ボス――特殊……なボスなんだけど。お店が開いていない時はどこにいるか解らない。けどお店が開くと必ずお店にいる」

「言い直すの諦めんじゃねぇよ笑っちまうだろ。ま、店が開いてりゃ店主がいるのは妥当だな」

「表現が難しいんだってば。店長が敵なんだっていうとするだろ。すると私と敵対している事になる。でも私とアイツはまだ知り合ってもいないし、アイツは私の事を警戒していない。私自身はまぁ人類の敵だとは思っているんだけどね」

「あー。落ち着け。言いたいこたァ解かったからよ」


 少し早口のハジメに少し苦笑浮かべた。

 交差点が青になって、二人は同時に歩き出す。


「あのお店がそろそろ開く頃合いだから、次の営業前に倒しちゃいたいんだよ」

「そろそろ開くって? さっきの話からすると営業時間の話じゃねぇだろ?」

「うん。九月の秋雨の頃のタイミングでフィッシュレシピは今年の営業を開始するんだ。そう言う設定だった。こっちはどうなのか、もしかしたら違うって事はあるだろうけど、今の所静夜君と古御堂さん以外は大体知識通りだったからね」

 

 どうやらこの一週間で色々な物を見聞きし、自分の知識との擦り合わせも上手くしてきたらしい。未来に起こる事を知っているなんて言うのはかなり眉唾だが、既に起きている現象を知っているというのはあり得る事なのだろう。魔法は知識、叡智と考える思想は一定数に普及していて、ならばワンダフルワールドの意思が介在しているかもしれないからだ。ハジメが世界で一番の魔法使いであった場合、この世の全てを知っているという設定を植え付けられていても不思議ではない。


 その場合、静夜と古御堂の件に矛盾が生じる訳だが、まぁ、そこは静夜が今考える事ではない。

 問題はつまりハジメが問題視するフィッシュレシピなる店が既に何か問題を起こしている場合、彼女の知識は正解である可能性が高いという風に考えられる。


「その魚料理屋が大量殺人犯で、それを知ってる甘咲にゃそれが許せなくて――」

「待った。魚料理屋じゃないよ。お肉お魚戦争じゃないんだからそんなので敵認定なんかしてないって」


 察するにどっちが美味いかの論争だろうか。そんな戦争は知らないが、何となくわかるし、考えてみたら肉と魚は比較する対象としては理解できるかもしれない。

 しかし今はそれはどうでも良さそうだ。

 問題はハジメの憤りが何に由来しているかである。つまり――。


「殺し方が気に入らねぇんだったな」

「……そっ」


 感情を努力によって省いたようなそっけない返事。そうしないと険のある声になってしまうからだろう。

 ここに来る前に体験してしまったあの凄惨な物と紐づけている静夜はその気持ちを理解していた。ハジメが許せないながらも意識を逸らす理由だって解かる。あれは言葉にしたくもないような邪悪であった。

 それは理解しているが話を迂遠にしても仕方がない。今日ここに来た理由をぼかす理由など何処にもないのだ。


「百人を殺しているって?」

「最低百人」


 フィッシュレシピの店長は、何年にもわたって百を超える殺しをしている人殺し。証拠はないけれど、とハジメは言う。だが彼女が言う限りはおそらく本当の事なのだろう。

 静夜や古御堂のありうる未来をみる事が出来るゲームで得たこの世界の知識であるならば、信用しても良いと思っている。


 少なくとも、彼女の能力はゲームで得た物でその実力は本物である。古御堂が言うには見た事のない強さという話であるし、百花はハジメと敵対してしまったなら逃げろと言った。静夜の事をよく知っている百花が言ったのだから、疑う余地はない。

 仮想現実が彼女に埒外の影響を与えたのだ、ゲームで得た知識を否定する論拠は思いつかない。

 なら、フィッシュレシピの店長が何をやっていたか、ゲームで語られたならハジメは知っている筈だ。遠慮なく、静夜は質問するべきである。


「最低百人殺して、その百人を客に振舞った。だな?」

「――っ。知ってたのかい?」

「いや、想像だ」


 ハジメが息を呑みつつ驚く。


「甘咲の言ってたことが気になって調べたんだ。なんて言えたら格好よかったんだけどな?」


 ハジメが蛇蝎(だかつ)のように嫌う人物で、料理屋の殺人鬼。この時点で可能性は想像してしまう。たどり着きたい答えではないが。

 その上で、つい先ほど白昼夢で鍋の中を覗き込んでしまったのだ、さすがにもう答えは固定されてしまう。


 思考にたどり着く過程、体験した白昼の悪夢のような話を手短にする。

 青いネオンの看板と、すすり泣く弱者の声、嗅ぎたくない血の残り香、沸騰する内臓の臭い、寸胴の中に折り畳まれた被害者の顔。目が合った記憶まで。


「そんな事があったの? ゲームにはそんなイベントなかったけど……。あ、もうここをゲームなんて思ってないさ。情報源にはってことだよ?」

「そこは心配しちゃねぇよ。だがやっぱありゃ甘咲の知識のねぇ事だったんだな」


 あれはこれからフィッシュレシピに向かおうとしているからこそ、体験させられたものなのではないあろうかと静夜は思っている。フィッシュレシピを意識して、そしてフィッシュレシピの事をどうにかしようと思ったからこそ、静夜に目を付けた幽霊たちが見せたのだ。


 幽霊という表現をするが、静夜は実際の所、幽霊は見えない。良く解らない。だがしかし、そんな恐ろしい目にあった人間は幽霊になる資格があるだろう。

 あの覗き込んだ鍋の中の印象は、被害者が助けを求めて手を伸ばしてきたという物であった。死んだ後まで助けを求めているのだとしたら、あまりにも不憫である。


「ここに来るタイミングでそんなのに巻き込まれるなんて、静夜君が言っていた巻き込まれ体質って本当だったんだね」

「ありゃ根拠はねぇんだけどな。ともかく縁はあったんだろうぜ。その前からな。実はシキの奴が幽霊を見たなんて言っていたんだ。丁度甘咲が言っていた辺りの場所でたくさん死んだってよ」

「たくさん死んだか。……うんそうなるよね」


 今日まで放置してきた怪物の犠牲者の数を思い浮かべたのかハジメは少し苦い顔をした。

 短くも深い沈黙が訪れ、ほんのわずかな間すら息苦しい。この沈黙を破るかのようにハジメが一息吹いて、空気を柔らかくする。


「シキちゃん凄いね。今までずっと誰かを守り続けて来て、自由になった今も死んじゃった人達を気にして、その上、天使みたいに可愛いんだもん。将来絶対いい子に育つよ」

「古御堂もシキも調子に乗るから言うなよ?」

「ん?」

「……きっといい子に育つだろうな」

「ふふっ、でもいい所は言ってあげるのが私の世界の教育だったよ?」

「いい世界だな」

「そう思うならシキちゃんを褒めてあげないとね」

「恥ずかしかねぇかい?」

「そう? 私の世界じゃ遅れている人だよそれ。それに静夜君って他人にどう思われてもいい人かと思ってたよ」

「他人ならな」


 応えればハジメはにんまりと笑ってみせた。気恥ずかしそうに顔を逸らせば尚更笑う。


「ともかくだ」


 ちょっとした脱線を少しだけしてから話を戻す。


「そんなシキが妙に気にするから調べてみる事にした訳だ。んで、あん時に甘咲が言ってた事を思い出して、近いうちに話を聞かなきゃたぁ思ってたんだよ」

「そういう事か。おっけ。解ったよ。話し続けよっか」


 文字通り気を取り直した様子でハジメも語りだす。

 ゲーム内で体験するホラー要素。神出鬼没の人殺し。金銭目的の殺人者ではない。快楽殺人犯でもない。その正体は捕食を目的とした殺人を繰り返す人物だ。


「フィッシュレシピは会員制の食人倶楽部が運営しているレストラン。あまった食材は会員じゃない、ただのお客さんにも振舞われる事もあるね。何も知らないお客さんは珍しいスープをごちそうになったと満足して帰る。静夜君。この世界の常識で、まさかこれが普通なんて話、ないよね?」

「そんな常識ぁねぇよ」

「それは一安心だ。会員は匿名で、実のところ全員は見つかっていない。私の把握している出店はフィッシュレシピだけ。でも、泳がせて証拠を集めて、被害が沢山出た所で一網打尽が良いなんて私には言えないんだ」

「……ま、そこまで考えるのは甘咲の領分じゃねぇよ。私人逮捕を甘咲がやっちまうのは百歩譲るけどよ」

「私人逮捕って、私の世界だとあまりいい評判じゃないんだけどなぁ。……いや、証拠はないけど殺人犯を知っているから捜査してって警察には訴えたんだ実は」

「警察行ったのかよ。どんな度胸してんだよ?」

「全然信用してくれない上に逆に尋問されそうになって逃げてきちゃったけどね」


 軽い調子で苦笑いする様子は、コンビニのフリーペーパーをもらう事すら恥ずかしがっていた少女と同一人物とは思えない。この辺りはきっと文化やジェネレーションの違いなんだろう。


「時間かけると被害者が増えるから何とかしたかったんだけどね。もう私が思いつくのはこっそり解決しちゃう事だったんだ」

「行動力よ……」


 悪い意味では驚いていない。むしろ彼女がいてもたってもいられずにとった行動が、まともな手順である事に感心しているのだ。門前払いまでがワンセットだったとしてもである。


「あれ? ごめん。そんなに軽率なつもりはなかったんだけど。もっとしっかり相談するべきだったかな……?」

「甘咲の行動力にゃ驚いたが、怒ったりゃしちゃいねぇよ」

「……そっかならよかったよ」

「ま、警察が話聞いてくれねぇのにも理由があるからあまりそれだけで信用落としたりしねぇようにな?」

「大丈夫だけど、小娘の言葉じゃ信用できないっていう意味じゃなさそうだね?」


 この世界では、多くのタレコミが警察には日夜寄せられている。その中で圧倒的に多いのが異世界人が違法に手にした証拠なしの情報だ。確度が高いと言えども証拠がないとあっては法治国家では手をこまねくばかりだ。結果多くの犯罪者を監視する事ばかりになり、既に起きた事件への対応がおろそかになるといったった事もしばしばあった。そのため証拠のないタレコミは多くの場合門前払いされるのが慣例となっていた。まして、未来の出来事まで知っているという話になればなおさらだ。

 これを信じて取り締まりをしようものなら世界はデストピア様式の監視社会となる。

 未来予知なんて百発百中を叶える事が出来ないのだから、なおさらである。


「魔法はあるのに未来予知ってできないんだ?」

「百発百中はねぇな。天気予報ですら結構外れるんだぜ? 人が関わる未来なんて語られた時点で変わっちまうのは想像つくだろ? 未来は変えられる。ってのはワンダフルワールドが推奨している思想だしそうだしな」

「私は体験しているんだけどな?」

「体験してきたってのぁ信じちゃいるぜ? 」

「ふーん? ねぇ、こっちの世界の占いって外れるの?」

「そっちの占いぁ当たるのかい?」

「十二星座占いは人気だったよ。今日の水瓶座は不幸ですとか」


 当たるとしたら世界の十二分の一がその日不幸になる事になるようだ。


「こっちにもそういうのぁあるが、占い師の仕事じゃねぇな。占いは本当に占いとして国の資格があるんだ。ま、よく当たるって言われる占いでも東に不幸が起こる。とか、これから会う女が大切な情報をもたらすだろうとか、ま、それ位の話なんだけどよ」

「ゲームでこの世界を体験してきたなんて言うのが珍しいのは解るけど、異世界人特典で未来予知とかないのかい? 聞いた話だと高度な計算式は未来予知と変わらないとかいうじゃないか」

「そいつぁ知らねぇが、ワンダフルワールドが未来の確定を否定しているからな、占い以上は世界が認めてねぇんだよ」

「ゲームの製作者みたいだね。ワンダフルワールドって」

「運営へ悪態を吐く連中が後を絶たねぇのも含めて、言い得て妙だな」

「あれ、静夜君ゲームするタイプ? 今度一緒に何かしようよ」

「かじる程度だからな? 一日で追い抜かれたら泣いちまうぞ?」

「そこは努力してついて来てよ」


 そんな他愛のない会話を織り交ぜつつ。


「話戻すけど、じゃゲームで体験したフィッシュレシピの話は信用性が低いって事?」

「信用するって言っただろ? ――んな顔すんなよ。俺が信用するのにゃちゃんと理由がある。甘咲が体験してきたゲームが特別なもんの可能性だってあるだろ? 甘咲を呼んだ奴がゲームを作ったと思えば、そのレコンキスタなんとかいうのぁ間違いなくルールの外にあるって思う訳だ」


 疑る様にじっと睨んできたが、静夜は思ったままに本当の事を言っただけだ。たとえ古御堂の様に嘘を吐く人間の特徴を把握しているという無茶苦茶ができたとしても問題ない。

 が、考えてみたら嘘かどうか分からないからこそ疑うのではないかと思うと、思うと何の解決にもなっていないのかもしれない。


「それにさっき言った通り、俺ァ鍋ん中覗いちまったからな」

「あっ……そっかぁ……」

「生首と目が合って『助けて』だぜ? 悪夢にしても結構大事だ」

「ふぅん……、まだその人たちは助けを求められるような状況ってことはあるのかい?」

「ああ、考えようによっちゃ被害者が生きているって解釈になる訳か」


 なるほどと唸るが残念ながら正夢だったとしてもそれは怨霊の微笑みだろう。


「残念な話だが生首になってもまだ生きているなんてこたぁ……滅多にねぇよ」

「たまにはある?」

「俺が実例よ」

「なんでそんなドヤ顔するんだい?」


 どうやら無理矢理肩の力を抜こうとしているのは見抜かれていたらしい。ハジメもつられるように少し表情をほぐす。

 

「来た時不機嫌そうだったのって、やっぱり見てきちゃったからかい?」

「顔に出すもりじゃなかったけど悪かったな。そう見えちまったのは、ま、そいつのせいだと思っておくれ」


 ハジメの背を追いつつ、言い訳をする。

 彼女の足は迷いなく路地裏を進む。こんなに入り組んでいるのに彼女は最早自分の庭であるかのようにへと入っていき、狭くも人の往来はそれなりに減らない道を、軽やかにすり抜けつつぐんぐん進む。背中を追う静夜は置いてきぼりを避けたくて少し速足だ。


 ――ちょっと早すぎだからもう少しペースを落としておくれ? とは、言い出せないのは静夜が悪い。自分を少しでも強く見せたい。格好をつけたいと思って生きているせいで、そんな当たり前の事を言い出せないのだから。


 そんな事を思っている内に車がすれ違えるほどの広い通りに出た。

 ただし中央車線はなく、運転手が自主的に左に寄らなければいけないだろう。通勤路などではく生活道路という表現が正しく当てはまるだろう。

 

「……人間が食材にされてる白昼夢を見たから、信じてくれるっていう事?」

「ここに来る途中に見ちまったからな。あれをみて甘咲の話を関連付けないのは意固地が過ぎるってもんだろ。ま、だいぶ間接的でぼかしたメッセージだったがな」

「ぼかしたってモザイクでも入ってたの?」

「被害者の思う自分の姿だぜ。体の有様なんて再現できねぇだろ。全部真っ暗な影みたいだったよ。ま、逆に真実味があったな。もちろん現実じゃ放送禁止用語言ってもピー音は入んねぇし、グロイが画像にもモザイクは入らねぇ。見たくねぇもんには目をそらせよ」

「……おっぱい? あ、本当だ」


 ぽそり。


「……」

「わかっていたんだけどね。うん。解っていたけどちょっと、ほら、言われてみると試したくなるだろ? ね?」


 頬を朱く染めながらハジメは照れる。耳まで真っ赤にして。その程度の文言に照れるのを見ると共感性羞恥で静夜もなんだか気恥ずかしい。

 んんっ。こほん。ハジメはわざとらしく咳払いをして強引に仕切り治す。


「そうだよね。ここがゲームじゃないのはさすがに自覚しているよ。お腹は空くし、痛いときは痛いし、目が覚めても眠る前と変わらない世界なんだ。万が一ゲームの世界であったとしても、今私がいるのはこの世界だって、それは自覚しているつもりさ」


 気持ち早口のハジメに生暖かさも混じる優しい視線を向けると、さらに恥ずかしそうにして睨み返された。あまり苛めると怒らせてしまうかもしれないので揶揄うのもここまでだろう。

 

「なんにしたってもうすぐ答えは出るぜ。行くなぁこの先だろ?」


 そこの曲がり角を曲がるハジメに一歩も遅れず隣を歩く。ネットで話題の洋菓子店を探しているくらいの感覚である。実際探しているのは料理店であるが、しかし見えてくるのは静夜の記憶によって色が付いている。

 見えてきた鉄パイプ蔓延る煉瓦のビル。一階の窓は閉ざされて、分厚いカーテンで目隠しまでされていた。どのような凶行が起きても外には漏れないのだろう。

 凶行が行われていると思い込んでみてしまえば青いネオンサインの看板、『Fish Recipe』の筆記体も人の血で綴られているのではないかと思えてしまう。

 血が青いと想起してしまうというのは、ある種のエスプリが効いているななどと思った。


 そんなフィッシュレシピのドアは、あの日見かけたままと同じく、今日もclauseのかけ看板だ。


「……あれだろ?」

「そ、あれだよ」


 少し気のない様子でハジメが首肯する。ここにきて芋引いたという様子ではなく、どうやらこの通りの人通りが意外と多い事に渋い気持ちになってしまっていた様だった。視線がキョロキョロ動くが、探しているという風ではなくて、行き会う人の顔を全て確認しているという様子だった。


「あ、ごめんね。ゲームと違う訳じゃないけど、いざとなると緊張感が違くってさ」


 はっと我に返ったようにハジメが言い訳する。


「本当なら向かいのあっちのお店で順を追って話そうかと思ってたんだけど、全部わかってくれているなら必要ないよね? あの店のオーナーは人間を攫って、殺して、料理にしている。ゲームだと行方不明になった弟を探してほしいっていう話を聞く事が出来て、有るか無いかもわからないようなヒントを頼りにあのお店に辿り着く事になるんだけど」


 今はもう見つけているからその手間はないね。

 ハジメはそんな事を言って、喫茶店から視線を戻す。

 立ち止まって話していると何人かが静夜達の隣を通り過ぎていくし、フィッシュレシピの扉を見て、clauseの掛札を確認して去っていく通行人もいる。

 誰よりも真剣な表情で彼等を見送って、ため息交じりにスマホに視線を落とすハジメ。


「――うん。九月の第二金曜日が今年のオープン日で間違いない」

「まだ一か月近く先だぜ……もしもガサ入れが空振りになったら?」

「ガサ……? うん空ぶってもそれでもいい。でもたぶんオーナーの秦飼はきっと仕込みの最中でいると思うよ。先月末に花火大会があったって聞いているけど、憶えている? うん、だったら、秦飼が討伐されたのはゲームの中ならその日だった」

「それで?」

「私の知り合いのプレイヤーが秦飼を倒した時、監禁されていた被害者たちが見つかったんだ。被害者は全員ブクブクに太って糖尿病寸前。調べると一年近く前から監禁されていて特別な果実が与えられていたって判明する。つまり、今は被害者を太らせる最後の追い込み時期だね。多分一番おいしいご飯を食べている頃かな」


 静夜は畜産物を想像して、げんなりし、不必要な言及は避ける事とした。


「もし今踏み込んで被害者も誰もいなければそれはそれで構わなくないかい? 危険な加害者はなくてかわいそうな被害者もいない。すべては私の思い込みで、今の意識は結局ゲーム脳。でも中に被害者がいれば、フィッシュレシピのオープン前に――取返しが付かなくなる前に助けられるし、秦飼がいなくても被害者はそのまま証拠になる。警察だって、檻の中にいる肥満児を見つけて何もしないなんて……ないだろ? ないよね?」

「……納得したよ。だったらここまで来て様子見で帰るつもりだったなんてこたぁねぇだろ?」

「えっ? まぁ、うん。そうなんだけどさ」


 まさか静夜が進んで乗り込もうと言いだすとは思っていなかったのだろう。戸惑うハジメを一歩追い越して先に進むと、今度はハジメが慌てて追いついてくる。


「いいのかい?」

「もとよりそのつもりで来たんだぜ?」

「静夜君ってば結構慎重派だから、今日は様子見にしたがるかなって、正直どうやって説得するかばっか考えてたんだ」

「今まさに説得されたんだよ。駄目なんて話の流れじゃ無かったろ? それに、俺ぁ結構馬鹿だからなぁ、馬鹿に任せて短絡的にやっちまいたくなるんだよ」


 笑うと、ハジメは驚きで開いていた目を細める。


「静夜君、謙遜も自嘲も本当の馬鹿には通じないからね?」


 そう忠告して静夜を追い越して、そのまま長い脚はつかつか進む。このタイミングを逃したくないという事なのか、少し急いでいるようにすら見えた。もっとも、静夜の今の感情からするとそれは望むところである。思わず笑みを零してしまう程度には、ハジメの行動に肯定的である。

 そこから入口ドアまでの短い距離の間、ハジメが短く補足する。


「フィッシュレシピのボスは結構背の高い秦飼っていう男。そいつがお店のオーナーシェフで、ゲーム内だったら黒い服に腰に巻くタイプのエプロンをつけているよ。中途半端に追い詰めると逃げちゃうけど、さすがに逃がしたりはしないつもりさ。でも、万が一にでも、追い詰められたら必ず逃げられる特殊な魔法とかを使えるとかだと困るから、静夜君にも手伝ってもらいたいんだ」

「出入口を塞いどけって話だな。いいぜ」

「それじゃ、もういきなり行っちゃっていい?」


 その言葉も首肯すると、ハジメはドアノブをがっしり掴んだ。一瞬鍵が掛かっているのではないかと思ったのだが、ハジメは何ら気にする素振りもなく、当たり前の様にノブをひねる。ひねると同時にガチャと解錠される音がする。彼女に関しては最早何でもありだ。精々彼女が反社会的行動を是としないように祈るばかりである。

 こうしてドアは開かれた。



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