未来シコウのチートデータガール 41
甘咲ハジメは再び夢を見る。その夢は夢の続きだ。
この世界に来る前の日々の夢。
作り物の様な、現実のつぎはぎの様な。そんな嘘ではない根拠のある夢だ。
ゴールデンウイークが始まる前の、抜けるような空の下。
学校終わり。律が手に入れた秘密基地の屋上――と言ってもコンクリート平屋の屋根の上での会話。
『トロッコ問題?』
『サキは知ってる?』
『一人と、五人どっちをひき殺すってやつだ』
『言い方』
面白い事を言ったつもりで、面白そうに笑われて、ちょっと自分も面白かった。
ハジメはハンモックに、律は白いペンキのベンチ。二人ともスマホをいじりながら、視線も合わせない会話。程よい距離。
秘密基地の屋上を穏やかで心地よい風が吹き抜ける。
『でもそれだよ。昨日始った田舎村と貴族のイベントってあれの亜種だなぁって』
『あ、解かるかもしれないな』
『どっちを助けるかで気分と報酬が変わるじゃん。テンプレートゴミ貴族と実は悪辣な村民達。どっちを助けても気分が悪い。そこでサキに聞きたいんだ。どっちの報酬が僕等にとって有用かってね』
『どっちがって、そこは律が欲しい方じゃないのかい?』
『サキが味方する方が勝つんだから、欲しい物じゃなくて手に入る物が知りたいんだよ』
『それ、楽しいかい?』
『勝ち馬に乗るの、案外楽しいよ。それにどっちも助かって欲しくないしね』
適当な会話。
情報の対価は鞄の中にあるスナック菓子でいかがでしょうか。
当たり前だけど交渉成立。
少しだけ汗を掻くような気温。どこか遠くで地方自治体が変質者の警報を出す。
スマホからちらりと律の方を見れば、律は既にスマホを脇に置き、ハジメを眺めていた。
『貴族を助ける方が報酬がうまそうかな。どっちもいらないけど、確保しておけば将来騎士職が復権した時に良い取引材料になりそうだ』
『やっぱり好き嫌いでは選ばないんだ?』
『それを律が言わないでくれないかい? 真剣に考えるならどっちも助けずに無視するのが一番じゃないかな? どっちが勝ち残っても気分が悪いんだから。知らない所で知らないようにひっそりいなくなってくれたらいい』
『サキはそのあたりドライだよね。もしもどっちも助けたくなるようだったらやっぱり何もしないの?』
『トロッコ問題に戻ってきちゃったな。そうだな……やっぱり助けたい相手が多い方を助けるしかないね。それしかないさ』
答えは変動する。その時々、場面、人間の関係性で答えはきっと異なる。まるで量子力学のように、ふたを開けてみるまで未確定なのだ。この問題で確定した要素はいったい何なのだろう。
『そういえば五人の方が囚人だったらとかいう亜種もあるけど、でもそれってちょっと逃げだ。一人と五人で一人を助けるためのね。囚人を選ばないなんて事、ないだろ?』
『そう? 僕は、どんな条件でも悩んじゃうよ』
『え、律って一寸の虫にも五分の魂とかいうタイプだっけ?』
『虫! 囚人は囚人だよ』
ケラケラと笑う律。でも少し顔をきりっと真面目にして見せる。
『現実だったらさ、本当に面倒な問題だと思うよ。僕はついつい、そうやって現実にあてはめちゃうよ』
『片方、囚人なのにかい?』
『僕はトロッコ問題の厭らしい所は、どっちを選んでも後悔する事なんだと思っている。ヤな奴と良い奴、どっちか殺せって言われても殺したりしないだろ』
『助けるじゃなくて殺すか。うん。それはそうかも。殺すって、言葉より行動が重たい』
『そこで安易にやっぱりヤな奴殺すって答えないのはサキの良いところだ。現実に当てはめるのはナンセンス。でも考えるのはいいだろ? ヤな奴と恋人のどっちかを殺さなきゃと言われたら、ヤな奴になるのは当然さ。でも、人を殺してしまったと言う事実は残る。どっちを選んでも重い十字架を背負う事になるっていうのがこの問題にある絶対的な確定要素だと僕は思っている』
『どっちの罪悪感がマシだと思う? が、この問題の言い換えって事だね』
『悩むでしょ?』
『悩むね。出来れば選びたくないくらい』
真剣には考えても、小腹は減る。ハンモックから降りて、鞄から緑色の紙カップを取り出して、スティック状のポテトスナックを取り出して、咀嚼して、空を見上げる。
突き抜けるような青空からは、答えは降りてこない。
『答えは死んでも構わない方を選ぶ事じゃない。生きていて欲しい方を考える事。その結果に残れない方に対する罪悪感をどれだけ受け入れられるかだね』
似ているようで違うと、そう律は言った。
自分は大切なヒトを――ちらりと律を見て――助けるために他人を殺せるか。殺した後に助けられた方は、感謝してくれるのだろうか。果たして報われる罪悪感なのか。
『選べなかったら?』
『トロッコが誰かをひき殺す。現実は待ってくれないからさ。選ばなかった事への罪悪感を、抱えて生きるんじゃないかな。多分、同じ結果を選んでいたとしても、その結論は自分の中で後付けになって、言い訳にしかならない。それが楽な性格の人は、トロッコ問題で悩まないよ』
『律って時々投げやりだ』
『そんな事ないってば』
『じゃあ、例えば――』
……――ああ、そんな夢をみた。
「んんっ……助かる命は、見逃しちゃ駄目って事かな?」
なんて夢に理由付けしてみて、頷く。もう直ぐ日が昇る頃合いの、朝五時ごろ。お腹の上にいるのは三匹の猫モドキ。悪夢を見ていたら君達のせいだと文句を垂れたい所だが、あれは寧ろいい夢だった訳で……。
ブランケットの上に三匹が陣取る物だから身動ぎする事すら少しためらわれる状況に、八つ当たりも出来ずに小さな欠伸を漏らす。
「やっぱり、見逃せないよねぇ……どうしよ? おーい君達ぃ。退いてくれないかい? 落としちゃうぞ」
意味がないかも知れないと思いつつも独り言を言うと、三匹はピクリと耳を動かし、パッと目を覚ましてぴょんとベッドの上から降りる。ちょっとだけ、ホプレスは億劫そうに見えたのは、ハジメの色眼鏡かもしれない。
何はともあれ、ハジメは目を覚ます。




