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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 38


 静夜が独りで動くのは、自分以外を血生臭い物に関わらせたくないからである。


 シキが察知した不幸をいっぱい作る存在とはすなわち人殺しなのだろう。そんなものにシキを関わらせる気がないので道案内すらさせる気はなかった。この世界――ほかの世界の事情は知らないが、この世界の人殺しは大なり小なり様子がおかしい。運悪く他人を傷つけてしまったなんていう事態が起きても、よほどの手遅れや致命傷出ない限り延命と助命が出来てしまう。なので、殺人とはおおよそ明確な殺意を持ち、後悔なく救急車を呼ばない人間が行う物なのだ。


 殺す側か、殺される側、どちらかの事情を知れば、きっと気分が悪くなる。せっかく広い世界に旅立つ事が出来たシキに、人間不信になるようなものを見せたくなかった。


 同様の理由もあって、ハジメも関わらせたくない。この世界をゲームとして体験してきた彼女は、どうやら答えを知っている。しかし、彼女は聞けばこの世界よりも平和な世界からやってきてる。正当防衛すら許容されそうにない殺人への忌避感は、この世界の平均値を上回るものと判断した。そんな彼女が見るに堪えない人間の悪意を見た時に、どれほど心を痛めるか。


 もっとこの世界になじみ、楽しんだ後にそういう事もあると知るならまだしもと、静夜はそう思うのだった。

 

 もちろん、アルバイトを始めたばかりで忙しくしている彼女を駆り出すにはまだ話は半信半疑の噂の域であるというのも大きな理由であった。 


 そういう訳で静夜は今、単独で調査を開始していた。

 ――電飾に彩られた地蔵が奉られる商店街に行ってみたり、そこの寺の住職に簡単に聞き込みをしてみたり。


『ありがとよ、話はこれでお終いだ……つか、っかしいだろ。どうなってるんだよこれ。地蔵に何つけているんだよ』

『電飾だねぇ』

『最近仏像の頭が光るの見ちまったからなぁ。逆に不気味ったらねぇや』

『仏教は本来きらびやかだよ』

『いくら何でも光らねぇだろ……鐘に何つけてるんだよ』

『この照射機は好評だよ。病原菌はいなくなるからね』

『寺らしく煙でも浴びてろよ』

『煙も出るとも。ホラ。おっと吸ってはいけない。これはかなりの効果があるのだから。浴びるだけにしなさいな。ほら、こんなに勢いがいいんだよ』

『……昔のお笑い演出じゃねぇんだからよぉ』


 ――警官の知り合いを訪ねて不審な行方不明がないかと聞いてみたり。


『なぁなぁ弓代ぉ。東京の行方不明者が年間何人いると思ってんの?』

『……いや、この辺りだけでも良いんだけどよ?』

『ばぁかばぁか。それでも千人は下らないぜ。報告されてないのも含めたら倍はいるんだよ。本当に不審な行方不明はこっちも把握できていないってもんじゃねーの? 死体も痕跡も届け出もないのは無理無理無理だ』

『……悪かったよ』

『解ればいいんだよ。いるかどうかわからない行方不明者なんてわかんないんだって。悪い事は言わないから、人探しはお巡りさんじゃなくて占い師にでも聞けって、な? 待て待て待て、グーは痛いグーは痛いって、あっ、痛い!』

 

 ――商店街から外れた所にある個人経営の店舗に立ち寄って、買い物がてら質問したり。


『あら、秦飼さん。秦飼さんも何か知らない?』

『はい?』

『いえね。この格好いいお兄さんが幽霊の調査をしているんですって』

『調査。調査ですか。調査?』

『ほら、このお兄さん芸能人じゃないんですって、なんだと思います?』

『いや、奥さん、少し話が大きくなっちまうんで、あまりそう言うのは……』

『動画配信っていうのかしら、あらま、じゃあ私もデビューしちゃうじゃない』

『あー……今日は下見なんで、ほらカメラも持ってきちゃいねぇんだ』

『幽霊の話しなんて知らない。知らないな。そもそも、幽霊なんて私は信じない。信じていない』


 話を聞こうと安易な嘘をついて話のとっかかりを作った自分を呪ったりして。


『幽霊の話しなんて、どこで噂になっているんだ? 聞いた事がないぞ。ないな』

『気を悪くしたなら悪かったよ。この辺で行方不明になってる子供の話なんて知らないかい? その子供が幽霊になって現れたなんて噂を聞いたもんで調べているんだよ』

『聞いた事もないな。まったくないな』

『そうだろうなぁ。お話ありがとうよ』


 結局一日やそこらでは、人殺しの情報なんて得られない。


 だがその内静夜は辿り着くだろう。そんな確信はあった。静夜の元に話は来た。厄災を呼び寄せる効果もある背中の刺青もあるし、近々ハジメとも会う約束をつけている。どちらも静夜のへたくそな調査よりずっと信頼性が高いだろう。

 

「――そんな事が判っているならウチにくんじゃないよ」


 嗄れ声の皺くちゃの老婆はこれ見よがしに嘆息する。占いに使っている煙が鼻息で少しずれたけれど、それも運命なのだとかなんとか。


 ここは狭い飲み屋通りの中間地点。店と店の間の狭い隙間は道ともいえない程の空間で、その奥には小さなビルがあり、そのボロビルの一室がこの占いの館であった。

 四畳半ほどの部屋は剥き出しのコンクリート。光源は天井の電球三つ。部屋に充満する怪しい煙に筋を作る。敷かれた絨毯はおそらく超高級品。胡坐をかく老婆は翁にも見える。静夜も倣って胡坐で座る。


 遠くから酔漢の言い争いが聞こえる。近くでは聞いた事もない曲を、謎の弦楽器で誰かが奏でている。目の前の老婆は香炉をいじり、立ち昇る煙を指で遮り、煙に動きを作る。


 染みの多い褐色の肌、骨ばって皮のたるむ指。少し紫がかる煙が指に絡んで白さを増す。

 禿を隠す以外に意味がなさそうなニット帽をかぶったサングラスの親爺がコールタールの様なコーヒーを二人分持って現れて、丁寧な仕草で置いて去っていく。 


「不良警官に占いなんて勧められちまったしなぁ」

「あの馬鹿者はこういうつもりじゃないよ。ましてや、逆墜ちる男、お前に言って何になる?」

「その名前婆さんしか言わねぇからな? やめてくれよ」

「ふん。お前のせいで随分手法を変えさせられたんだよ」


 この老婆の占いによれば、静夜は既に五度は運命に敗北している筈だし、敗北するたびに世界を救う担い手になっている筈なのだとか。

 そうなったら俺を殺してくれと言ったら蔑んだ目を向けられた。命を大切にしろなんて、柄にもない事を言わせてしまったのは懐かしくも鮮烈な記憶だ。


 なにはともあれ、そういう訳でつまり、老婆は静夜の事を運命に逆らう男の象徴の様に見ているのだ。


「まぁ……いろいろあって、ついこの間予言って奴をされちまってよ。そん時、案外馬鹿に出来ねぇって思ったんだよ」

「あの爺だか小僧だか分らないのがやったと言うのならそれは占いじゃないよ。それは未来のカンニングっていうんだよ。知っている未来を占いの様に言っているだけさ。真似事だね。本物以上のごっこ遊びだ」

「んで、案外当たる婆さんの占いならどうなるかなってよ」

「孫娘の結婚相手も決められない婆ぁに期待するんじゃないよ」


 コーヒーを不味そうに啜って、香炉を火種にキセルに火を灯す。占いの煙と混じっていいのかと思うが、やはりそれはそういう物だとかなんとか。


「……メルナぁ元気にしているかい?」

「泣き喚きながらドラゴンを追い回してるよ」

「ちょっと前まで追い回されてたのに、はぁ、俺の周りの女ァどいつもこいつもすげぇなぁ」

「……逆墜ちる男。お前はメルナが何のためにそうであるのか、わかっているか?」

「んなこたァ解かっているつもりだよ。が、俺ァ死なねぇし、年も取らねぇんだぜ?」

「ふん。遊びで済ませるなら好きにしていいぞ。片親いなくとも一族が栄えるのは解っている」

「せめて婆さんじゃなくてメルナから聞きてぇよ」


 苦笑いではぐらかす。まさか老婆が孫を差し出てくるとは思ってもなかったので不意打ちのやり取りにたじたじである。


「ふん。まぁそうだろう。……さて、結果だよ」


 口から酷く細長い煙を吐き、下がる瞼を無理矢理上げて、老占い師は静夜を睨む。

 その迫力に、さっきまでの脱線を忘れて静夜は息を呑む。


「お前の命は風前の灯火だ。いや、既に最近死んだ筈だね。花が手向けられる筈だった。この辺にお前の未来はない筈だった。東京から出るのを進めるよ」

「あっと、そりゃ別にいいよ。慣れちまった」


 煩わしそうに答えると老婆は一瞬だまり、そして嘆息した。


「そうだったね。お前はそうだ。今更生きていても変わりはしないね」

「そういうこったな。聞きに来たのはそっちじゃねぇよ」

「……ふん。まぁ仕方ない。死体の未来は土か灰と相場は決まっているが、逆墜ちる男のお前には違う未来が見えている」


 指がふらふら。煙の流れを柔らかく堰き止めて、隙間から昇る煙は酷く細い。


「鍵が必要だが、絶対ではない。食事には気をつけろ。不吉な子供が見えた。女が勝機をもたらす。この先暫くは負けを知らないだろう。しかし探し物は追いかけても辿り着けない。掴めない」


 くるくると、あたかも煙は意志を持つかのように形を作る。そんな筈はないだろうに、煙は何らかの象形にみえ、子供や女にも、見えてしまう。そんな所を読み解いている訳じゃないだろうについついと。


「望んでも無駄だ。だが、その時が来れば自ずと関わる。お前は魅入られている。答えは女が知っている」

「……女。ねぇ」

「メルナじゃない事が悔やまれるね」


 やれやれと言わんばかりの、豪快な溜息に煙がぶわっと道を掻き分ける。

 その煙の隙間から見える眼力が強すぎる。

 静夜は絨毯の上で身じろぐ。


「何一つ吉報はなし、凶報はある。不吉に近寄るとお前が不幸を作る事になる。心を強くもつ事だ」


 と、そこまで言って老婆は姿勢を胡坐の姿勢を更に崩し、右手を床について身体を仰け反る様に斜めにする。


 再びキセルを口へ運び、若かりし頃は男を泣かせ続けたと思われる仕草で煙をふうっと吐き出す。


「それらしいだろう?」

「すこしゃ参考になるな。それなりに行動に影響させてもらうよ」

「それでいい。あの小僧モドキ爺モドキの言葉はさぞ毒だったことだろう。何せ本当の未来を知っている怪物からの言葉だからね」

「婆さんにゃ未来が見えてねぇのかい?」


 そんな疑問を投げかければ、心底呆れた視線を向けられてしまう。鋭かった紫煙の勢いが、もあんと口から魂の様に立ち昇るだけになる。


「それらしく云うのさね。拾った情報は曖昧さ。今まで生きてきた事で得たしがらみは多かれ少なかれお前が纏い続けている。歩いてきた道が解かれば未来もなんともなしに見えてくる。昨日まで北から南に歩いていたのだから、きっとこれからも南に進むだろう。気まぐれで東に進もうとも、北に戻る事は滅多にない。そういう想像を巡らせるわけさ。読み解いて、あとはどうとでも取れる言葉を言って、本人が一番納得のいく形に勝手に解釈してもらう。少なくとも、私の占いはそういうもんさね」

「前半が訳わかんねぁが、後半は俺のイメージする占いだな」


 そう言って静夜も出されたコーヒーをありがたく口にする。予想通りに恐ろしく苦く、これぞカフェインという風味が喉から湧き上がって鼻に抜ける。


「なんにせよだ。逆墜ちる男よ。お前が探し求める物は今すぐには見つからないよ」

「……」

「今は待つのを私はお勧めするよ。もう、お前には縁が出来ている。そう遠くなく、ふとした時に関わる事になるだろうさ」

「……ま、それが逆に近道になるならやぶさかじゃねぇな」


 探すのをやめた時に、探し物は見つかるとは昔からよく言う話である。納得してしまえば黙らざるを得ないので、一旦は頷くのだった。

 それで話が終わりかと思いきや、老婆の眼光はまだ静夜を睨んでいて、思わず言葉を待ってしまった。


「それと、遠くない未来。お前は何かを知る。秘密を持つ。その秘密の扱いは――世界を変えるが、何をしたって世界は滅ばない。思うままにすれば女難が増える。思わぬようにすれば……女難が増える」

「何やっても女難じゃねぇか。こちとらもう一年以上ご無沙汰だぜ。今後も見込みなんかありゃしねぇってのに」

「種類が違うんだよ。鈍くない癖に唐変木だね。そんなんだからあいつ等も目を離せないんだよ」

「洒落になってねぇ……」

「冗談じゃないんだよ。さあ今日はもう何も出ないよ。さっさと帰りな」


 占いは打ち切られ、怪しい香の煙の部屋から追い出される。

 外に出た所の時刻は六時過ぎ、後は夜という夕暮れ。空は見えない程の看板だらけの電線だらけ。酒の香りと飯の香りと煙草の匂い。そんな中を静夜は歩く。


 独特の移り香は夕焼けの背中をどこまでも追いかけてくる。思わず振り返ると占いの館はもう見えない。

 その後も何度も何度も振る返る。何かに見られている気がしても、きっと静夜の気のせいだ。人が見てても、人じゃない何かが見ていても、静夜にしてみれば気のせいなのだから。



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