未来シコウのチートデータガール 37
「ねぇねぇ静夜。静夜って静夜も殺し屋?」
「あ? なんでぇ藪から棒に」
「殺し屋?」
「……おい古御堂?」
「違うと言っても聞かなくてな」
純粋に疑問に思う瞳に思わず言葉を探してしまう。古御堂もそうだったのだろう。だが、よりにもよって殺し屋とは随分な物と勘違いした物だ。この白髪幼女はいったい何のアニメを見てしまったのだろう。
「夢を壊すようでわりぃが、俺ァ殺し屋じゃねえぞ」
「あたしを処分しようとしたのに……」
静夜の答えに頬を少し膨らませ、シキはぶーと不満そうである。
引っ越しを終えて四日目。あの大騒ぎの痕跡も消えた頃、古御堂がシキを連れて静夜の元にやってきた。
手を繋いでやってきたシキはなぜか静夜に対して自慢げな顔をしていた。意図を全部は汲んでやれなかったが、シキが嬉しそうなのは静夜も悪い気はしない。笑みを浮かべてしまうのを、意味もなく抑えつつ二階の居住スペースに通すと、開口一番シキは静夜にそう聞いたのだった。
「やりたくてやった訳じゃねぇよ」
「知ってるよ?」
「……」
苦々しく言ったら澄んだ瞳で即答されて、いろいろ思う所があったがそれならばと小さく咳払いして居住まいを正す。
「とにかく俺ァ殺し屋じゃねぇよ。そもそも殺し屋ってのぁ悪い奴等だぜ? 」
するとその説明に納得がいかないのかシキはこれまでにないレベルのジト目をしてくる。なぜだ。
「――なんでぇ。そんな事聞きに来たのかい? こっちぁ約束通りアイス用意して待ってたんだぜ」
言いながら、冷凍庫を開けて見せる。
コンビニで買えるアイスの中ではレビューの評価が高い物をいくつか見繕って買っておいた。高級店で買っても良いとは思ったが二つ問題があったのだ。一つ目は氷菓の癖に賞味期限が設定されている事。しかも飛び切り短い。シキが次に遊びに来るのがいつか解らないのだから、賞味期限はあまり気にしたくなかった。最低一か月くらいはもってくれない事には話にならないと判断したのである。
そしてもう一つは、シキが好むのはどうやら高級アイスなどではなく、舌が青くなったり赤くなったり、気軽でジャンクに美味しい菓子である事だ。実は静夜もそれに該当する。なのでそこそこ値の張るカップアイスも買いはしたが、チョコレートやソーダのエキスを濃縮したような棒アイスが冷蔵庫の半分を占拠していた。
「殺し屋じゃないなら誰も助けられないよ」
冷蔵庫に齧りつくように中を覗き込みながらも、シキの不満のつぶやきは続いた。
「殺し屋じゃなかった詫びに、好きな味のアイスを持って帰っていいぜ。あっと、ここで一つ食ってけよ?」
「……チョコとチョコとチョコ」
「こらシキ、一つだけだ」
「……家でも鯨介と食べる。凛音にも持って行ってあげる」
「おっと、そいつぁいい子だ」
そんな風にほめながらも、驚きのあまり静夜は古御堂に視線を向ける。古御堂は目を見開いて小さく頷き、感動のあまり絶句している様だった。
そんな感情が早くも芽生えているなんて驚くばかりだ。
「――んで、シキは俺が殺し屋だったらどうするつもりだったでぇ?」
「……嫌いなのを。殺してほしかった?」
「そりゃ悪い子なんじゃねぇかい」
「ぶー」
不満そうに言うシキは、それはそれとしてチョコレート味のアイスバーを口に運ぶのはやめない。
しゃくしゃくしゃくり。少し目を細めて、こくんと。
「救わない大人なのに殺さない大人なのズルい」
「狡いかぁ。俺みたいな大人ぁ狡いのが相場だけどよ。念のために聞くんだけどよ、いったい誰殺したいんだよ」
「……嫌いを?」
万が一静夜が殺し屋だったとしても、さすがにそんな理由で人殺しはしないだろう。殺し屋の気持ちなんて解りはしないのだが。
「嫌いったって……何が嫌いなんだ?
「何って……? 不幸?」
しゃくしゃくと。四角を小さく削る動きは止まらない。
要領を得ないと古御堂に目線を向けると、古御堂は憮然とした顔で、もくもくとソーダ味のアイスを齧り続ける。
「不幸な奴をぶっ殺したい? 泣きっ面に蜂にも程があんだろ。って、言いたいところだが、さすがに違うよな? だがおい古御堂、どんな教育だいこりゃ? 気に食わない奴殺しちまえってのは変わんねぇぞ?」
「知らん! が、少し動画は控えさせよう」
「えっ……?」
話を聞いているかはわからなかったが、どうやらしっかり耳を傾けていたらしい。シキが途方もない絶望感が去来したかのような声を上げる。
ちょっと粗野なだけの静夜に対していきなりお前は殺し屋なのかと聞くのだ、少々突飛だと言わざるを得ない。シキの人生経験に対する情報ソースの比重から考えれば、古御堂の言い分はある種当然だ。
ただ、近所の甘っちょろい駄目な大人のポジションの静夜からすれば甘やかしたくなる。古御堂が就職活動をしたり、静夜の仕事に付き合ったり、古御堂がシキと一緒にいない時間は存外多いし、今後も多くなるだろう。そんな彼女の娯楽を奪うのは少々酷な気もするのだった。
「……俺ァ結構無茶やっちまっているからな。シキがそんな風に常識を勘違いしちまうのも無理ぁねぇ話なんじゃねぇのかい。お子様フィルターでも付けといてやりゃいいだろ」
「しかしだ、嫌いな人間を殺してしまえばいいと考えるのはな……」
渋い顔をする古御堂。
「そこをうまく教えてやるのが保護者ってもんだろ」
「……難しいものだな」
どうやら静夜が庇っているのも理解した様である。一旦はシキのインターネット規制は棚にあげられたと見ても良いだろう。
ただしまだ古御堂は釈然としていないような様子なので、シキからしたら予断を許さない状況といった所か。
頬杖をした静夜はポーカーフェイスを意識しながら、溶けそうなアイスを手に持ったシキに視線を投げる。
助け船になるかはわからないが、なんにしたってこの質問はするつもりだったのだ。
「なぁシキ、もう少し詳しく言いな? じゃねぇと古御堂もわからなくて困っちまうだろ?」
「……くわしく……くわしくって?」
小さな顔がコトンと傾く。静夜はあくまでも穏やかに促すのだ。
「なんで、殺したいかを教えておくれって事だな。それをどうして思うか、を、出来るだけたくさん理由を教えてくれって事だ。見ろよ。古御堂が娘の彼氏を待つ親爺みてぇな顔色しちまっているぜ」
「……」
わかんない。そう言いそうなシキの様子に内心少しの焦燥を覚えるが考える様子が長い。そして考えているのはその雰囲気から解かる。
「死んじゃうをいっぱい作るのは駄目だよ?」
「なるほど?」
やはり予想通り、不幸な人間を作っている側の人間を殺したかったらしい。しかも、推測するに他人を殺している誰かに対しての言葉となる。
で、あるならば納得する部分も多い。
いびつな形ではあったが人の自死を阻止し続けるシステムに組み込まれていた少女である。システムから抜け出した後の今でも、彼女の中にはきっと死が特別な位置づけなのだろう。
その排除の役目を静夜にやってもらおうと思いいたるのは、素直に受け入れづらくはあるが。
「たくさんの死んじゃうを作っちゃうから、一つの死んじゃうで終わらせるんだよ」
「ああ……そういう事か。良く解ったぜ。説明ありがとうな」
頬杖を崩さないまま古御堂を見れば、古御堂も静夜と同じでシキの思考を理解したのか、さっきとは違った意味で複雑そうな顔をしていた。
「んで? 俺がそいつに手を出すのはいいのかい?」
「だって静夜はつまんなそうだから」
「つまんなそう?」
「静夜、殺すのつまんなさそう」
一点の曇りもない眼差しに思わずそれ以上の理屈は無意味と悟ってしまう。その独特の感性とルールを理解するには静夜の感性は随分年をとってしまった。解る事はあまりない。つまらなさそうとは誉め言葉かも怪しいが、きっと悪感情はないのだのろう。
「まぁいいか。するってぇと、シキぁそいつの――死んじゃうをいっぱい作る奴の居場所を知っているかい?」
「わかるよ。ここに来る時に見たよ」
「なに? シキ、そんな所があったのか?」
古御堂が驚いてシキに問いただす。そんな危険な場所なら気付いた筈なのにと。静夜より正義感が強い古御堂の事だ、その時言われれば古御堂自身が解決に動いていただろう。
「いっぱい、死んだ子いたよ?」
気付かなかった?
不思議そうに、古御堂の顔を見て首をこてん。
「……静夜も見たよね?」
「見てねぇよ?」
「見てたよ?」
「見たかぁ……」
怖い事を言われてしまった。
ついつい静夜は何もない背後を確認する。
この幼女にはいったい何が見えているのか、本当に色々とシキに関してはよく見なければいけないのではないだろうか。なぜかあまり心配しない古御堂に対して静夜が不安になる位だ。
言葉を続けられなくなってしまった静夜に代わって古御堂がシキに問いただす。
「シキ、それはどの辺か教えてもらえるか?」
「一杯お地蔵の近く?」
「んん? そんな所が……あったか? いや……いつ頃通ったか覚えているか?」
「んーっと、前静夜の所に来た時だよ」
今日の出来事ではない事が判明する。するとシキが言った場所には、そう言えば心当たりがあるぞと静夜も思い出す。
なんだったか、ハジメがボスがいるとかなんとか言っていた気がするのだが、この世界に誰にとっても敵であるというわかりやすい存在なんてそうそういない筈だと思い、軽々に行動をしないようにとは窘めた記憶がある。が、もしかしたらハジメの言葉を軽んじ過ぎていたのかもしれない。
ゲームの中で強くなったキャラクターをそのまま現実に呼び出したような彼女だから、そのまま情報までゲーム基準なのではないかと思ってしまっていた。そもそもゲーム基準の情報が間違っていると決まっている訳でもないのだから、もっと情報を精査しておくべきだったのだろう。
そうと顧みてみれば、他人を害するなとばかり無暗に言うのはいかにも失礼な話だ。今度会ったら謝っておこう。
それはそれとして、ここまで話を聞いたからには何も知らなかった、聞かなかったという訳にもいかない。
これでも少しの正義感もあるし、シキが気にしているのも解消してやりたいという気持ちもある。わざわざ厄介ごとに首を突っ込むのはいい趣味だとは思わないが、知ってしまったからには無視もできないという性格。
「古御堂、シキ。その話ぁ俺が後で調べとく。どうせ暇人だしよ」
「……いや、しかしだな」
「それともあれかい。俺が紹介する仕事に就くかい? そしたら時間も予定も決めやすくなるだろ。甘咲みたいに案外楽しめるかもしれねぇぜ?」
古御堂はぐぬっと唸って言葉を返せない。資格もなく、経歴もナナホシ総合人財派遣で真っ黒な古御堂に紹介できる仕事がどれも荒事ばかり。一か月前ならいざ知らず、今の古御堂は安易には危険な仕事を選べなかった。妹がこれから回復していくというのに古御堂が危険に曝される訳にはいかなくなった。古御堂本人より、その妹の凛音の願いとあっては中々無下に出来ないようだった。
それを静夜も解っているつもりで古御堂の就職には基本口を挟むつもりはなかった。のだが、同時にこうして古御堂を言い負かす手段として使えるので、後数回はこれを利用してやろうと目論んでいた。
「って訳で俺がこれは引き受けたぜ。昔っから好き好んで厄介事に首突っ込んでんだ。自分のためじゃなきゃ首を突っ込まねぇなんてのぁ我儘が過ぎる」
静夜と古御堂の話に片が付くその間、シキは自分の話はもう終わったと言わんばかりに一心不乱に氷菓を齧り続けていた。
食べ終わったアイスの棒を、若い画家のデッサン動作の様に睨んだシキは、二人の話が終わった様子なのを機敏に理解し、顔を上げた。とても真剣な顔で。
「静夜静夜?」
「んー?」
「これ、ハジメにも食べさせたい? かも? かもかも?」
「おう、とっとくから、今度一緒に食べにきな」
「あとホプレスもメアもヘルも」
「おう! 全員分だな」
にかっと笑ってシキの頭を優しくなでてやる。
こうして静夜は行動開始する。




