未来シコウのチートデータガール 36
『採用』
『え?』
『鑑定の結果、貴女は計測不能。採用。いつから働ける?』
『鑑定って、あるんだ』
『ない。みんなこれ言うと喜ぶ。バッドステータスの関係者に間違いない。あっても鑑定不要』
『あ、そう』
仕事内容は回収及び運搬。一日一件ほど回れれば上出来。制服は支給。歩合制ではなく時給制。ただし能力に応じて所長からの寸志の制度あり。給料は本来月払いだが事情を考慮して日払い。回収物の拾得は原則禁止。回収が不可能である場合はその旨を報告する事。回収が可能であっても被害が推定許容予算以上に増える場合は回収を断念する事。
ハジメが応募したのは配送の仕事であった。薄々どころか明確に気付いていたが、やはり静夜の知り合いだったようで、驚くほど話が早かった。
規約を聞くと酷く危ない仕事に感じるのだが、荷物の配送を手配するのは驚くべきことに役所であった。『世界異物管理事務課』という聞いた事もない役場の部門が怪しげな業者に依頼を出し、指定場所から指定場所へと荷物を運ぶという仕事である。
「あ、甘咲さん今日も来たんだね」
「どーもー」
「あれ、ご機嫌かな?」
「うん? そう見えるかい?」
「違ったかー。ところで甘咲さん毎日来てるけど学校は大丈夫なの?」
「夏休みさ」
「あ、そっかいいなぁ。若者は」
「橋本さん、まだ二十代じゃなかったっけ?」
「社会人になると休みが減るってね。あ、でも土日は休みだから、どうだい」
今度、ランチでも。などという言葉辺りから完全に無視してハジメは受付を通り過ぎて役場置くにある鉄扉へ向かう。守衛のオジサンに挨拶をして、白くのっぺりとした巨大な鉄扉を開けてもらう。
その部屋は、涼しくて、そして少しの魔力を感じる静かな部屋だった。白いスチールラックに様々な物が置かれている。ハジメが持ってきたこの狐の木彫りも同じように保管されるのだろう。
バッグを入口目の前の折り畳み式テーブルに置く。おかれたバッグの隣にある用紙にボールペンで日付と名前、業者名を描いてお仕事はいったん終了である。
ハジメが持ち込んだ物を含め、ここのスチールラックに置かれている物はすべて、異世界に由来する物品だという。そう言った物体は、一般にマジックアイテムやオーパーツと言われて、放置するとこの世界に急速な変革を及ぼす可能性があるものであるらしい。
静夜の所有する物が個人から全人類に及ぶ人間に不都合を起こす物とはっきりわかっているだとすれば、ここなどの各役所に収集されるのは、それがいったい何なのか、ほとんどわからない物である。たぶん、この棚を静夜が見たらいくつかは回収しておきたいというのではないだろうか。
妙に涼しい部屋の中で思う。
使い方次第で危険も安全も変わる。
異世界から迷い込んできた物質は、見た目や雰囲気だけでは何もわからない事が殆どらしい。たとえば拳銃を見てもそれを知らなければ手のひらサイズの金属工芸品にみえるし、危険性なんて当然推察できない。同じように、未知の魔法の力が込められたオブジェや超高度な工業技術で作られた装置は、たとえ世界を滅ぼしかねない物品であっても危険性は理解できないまま、この物品保管庫に収納されるのだ。
静夜が渋ったのも納得のブラックボックスっぷりである。下手をすれば中身が何であるかは使うまで決まっていないなんてものもあるとかなんとか。
ただ、それでも、危険性を踏まえた上でも、ハジメはこの仕事に必要以上の恐怖を感じたりしなかった。
すでに仕事を開始してから五日間、さすがにどうかと思うような物品もあったが概ね自分だったら対処できると言える物と関わってきたのも、きっとその理由になるだろう。
「いやー。甘咲ちゃんが来てからここが賑やかだね。こんなに色々持ち運ばれるのはいつぶりだろうな」
「そうなの? 結構あちこちにあるみたいな事聞いているんだけどな」
「通報はあるんだけどね。運んでくれる人手が足らない。ああいや、人でなんてないんだよ」
「あーそっか……」
守衛のオジサンがニコニコ笑いながら事情を話してくれる。なるほど、確かに、今日までにハジメが関わった物はどれも一癖ある物品だった。一日の講習を終えてからの実働三日間、十七年の人生の中でもとりわけ奇妙奇天烈な体験をしてきた自信がある。自画自賛するならば、あれに適応できるのはハジメを始めとして一握りとなるだろう。人員不足は否めないと予想される。
それはそれとして。
初日は一つの物品を回収した。初めての仕事は魔力を持たない人間には触れられない大仏の頭の回収だった。サイズは人間の頭ほどで宙に浮き、地上一メートル程を日速一メートルほどの速度で移動しているという物であった。
持ったそばから魔力を強制的に消費させられるという意地悪仕様で、持ち運ぼうにも一般的な魔力の持ち主では十秒も触れていれば魔力が欠乏し、その手からすり抜けて行ってしまうので、回収が酷く困難であった。
そもそも魔力がなければ触れられないという事は、この世界の人間の七割が触れられないという事になる。これが配管が血管のように蔓延り、ネオンサイン溢れる雑居ビル群の中に存在していたのだ。空中に浮きながらたまにピカピカ光り、街を無軌道に揺蕩う大仏の頭はシュールで異様で、そして景観を酷く損なうものであった。
触れる人間が少ないが、存在しない訳ではない。トラックの運転の最中にフロントガラスをすり抜けて運転手を直撃するなどと言う大事故が起きて本格的な回収依頼に発展した。
当初、ハジメを雇うバイト先の所長が回収しようとしたようなのだが、触れる度に魔力の枯渇でに見舞われ、運ぶことが出来るほどの魔力の持ち主を雇うには、役所から支払われる予算では全くの不足であった。そういう訳で、バイト先の所長は道路にはみ出る仏像の頭部をむんずと掴むと遠投の要領で投げて比較的安全圏に投げ捨てて応急処置としていたらしい。この場凌ぎを繰り返しているうちにハジメがアルバイトに入ったのである。
そうして山場も見せ場もなく、ハジメはこの大仏の頭部を見事回収した。
強いて言うならば。
『じゃん』
ピカピカ。
『いやこぇって』
『昔、私の世界のSNSにすっごいおしゃれな部屋の写真が紹介されててさ、その部屋の真ん中におしゃれな置物あるなーって思って、こう、ズームして見たんだ。そしたらまさかの大仏の頭が机の上に飾ってあってさ。その時同じ事言っちゃったよ。「いや怖いって」ってね』
ピッピカ、ピー。
初日だからと様子を見に来た静夜が、仏像の螺髪をがっしり掴んで暢気に歩くハジメと出会った。街中でである。しかもたまに光る。ドン引きした静夜とそんな会話をしたのは、たぶんきっと、面白エピソードのはずだ。
二日目は三つ。
一つは誰でも持ち運びができるちょっとこじゃれたカンテラだった。どんな効果があるのか知らないがずっと光っている。そして運んでいる時、妙にエッチな妄想をしてしまったので多くを語るのは割愛する事にしよう。自分の理想のキスがどんなものがいいかなんて、そんな妄想は語るべきものではないのである。
さらに一つは『どんなものにでも抜群に美味しく無限に食べられる、世界最強無敵のグレートスペシャル調味料』というラベルが貼られた瓶だった。中身は何かの白いドロッとした液体である。黒いつぶつぶが混じったそれは、マヨネーズにも見えたがもう少し白くて柔らかそうだった。いったい中身が何なのか、どんな味でどんな匂いだったのか、非常に気になったが、回収時、瓶の所有者はガラスのコップを噛み砕いて食べていたので試したら人生が変わってしまいそうで試す気にはならなかった。通報者である家族は何でも食べてしまう親兄弟三人に怯え泣いていた。
三つ目は謎の機械である。おそらく蒸気機関で動くと思われるノートパソコンである。湿気で壊れないのだろうかなどと思いながら、納品したのだった。
三日目――昨日の話だが、三日目は一つ。
本当は二つだったのだけど。記録上は一つとなっている。
保管庫に運び込んだのはこの保管室に運び込んだのは浮遊する直径三センチ程の球体だった。この球体、素材不明にして動力不明だが、常に浮き、そして一秒に一回転する。動かす事も出来るし浮いている高さも押す事で移動する事が出来る。動かすとその分だけ移動してその空間座標にとどまり回転を続ける。そして決して止まらない。驚くべき事にハジメが全力で握りしめても回転は止まらず、ハジメは振り回される羽目にあったのだった。
持ち運ぶのが案外面倒だったそれを、どうにか保管室に持ち込んでお昼ご飯のおしゃれなサンドイッチを頬張って、そうして午後になって手を付けたのが、ここに持ち込むことがなかったもう一つのアイテムだった。
『あれ……古御堂さん?』
『ん? ……甘咲さん……か。あれから上手くやっているのか? 弓代とも会ったりしているのか?』
『うん。最後に会ったのは一昨日だけど、良くしてもらって、アルバイトの時の保証人もしてもらったんだ』
『……そうか。それは良かったな。うーん、俺もそろそろ腰を据えんとな』
『そういえば求職中だっけ? こっちの世界の事情って知らないけど、古御堂さんみたいな人ならどこでも平気そうだけどな』
『鬼は――いや、そうだな。努力してみるとしよう。所でどうしてこんな所に来たんだ?』
『えっと?』
それは古御堂がなんでこんなとこにいるのかという質問にもなる話だった。
いや、想像はつくのだ。年季の入った六部屋のアパートの一室から出てきたのが古御堂なのだから、そこに住んでいるのも古御堂なのだろう。ただ、ハジメの目的地が同じくアパートの一室だったから思わず言葉に詰まってしまったのである。
それでも、いや、誠実性の面からでも会話は続けるべきだと思った。実はそのアルバイトの仕事ででここに来たのだと。事情説明を簡素にして、そして改めて聞くのである。
『古御堂さん。最近誰かとトラブったりした?』
『……はて?』
『じゃなかったら怖がられたり? あ、種族的な意味じゃなくてね』
『意味が分かりかねるんだが……? もめごとを起こした事は、こっちに来てからはないな。真顔が怖いとは昔から言われているし、実際角が出ていないときも顔を矢鱈みられて、いざ話すとなれば目を逸らされる事がよくあるが……』
『それって、女の子が殆どだね?』
『鬼族の男どもは俺ごときでは怯えないさ』
『頑張れば怖い顔に見えなくもないかな? どっちかっていえば、たぶん古御堂さんがイケおじ過ぎて女の子が恥ずかしがっているんだよ。ホントにさ』
『オジ……』
渋い顔をした古御堂が、自分の年齢をほのめかすものだから、詳しく聞かずともハジメは大いに謝ったものだ。
ひとしきり謝ったあと、再び話が戻れば古御堂が思い出したように最近の出来事をぽつりと語る。
『――確かに、俺の顔を見ずに足元ばかり見てた男がいた気がするな』
『古御堂さん背が高いからね、足元じゃなくて手元を見ていたんじゃないかな』
ハジメは古御堂の小指につけられた厳めしいシルバーの指輪をじっと見る。
『手……これかな? これは弓代から譲ってもらったものなんだが、やはり怖い物なのか?』
『え?』
呪われた指輪をつけた隣人がいて怖くて仕方ない。この訴えは管理会社と住民本人から役所へ。役所からハジメのバイト先へ。バイト先所長からハジメへと。そうしてハジメはここに来たのである。まさかそこに古御堂が出てくるとは思わなかった。
しかし古御堂がその対象者であるというのなら納得もするという物だ。だって静夜の影響なのか、古御堂の所有物のいくつかは小さく呪われていたのだ。ちょっと感覚や感性が鋭かったら古御堂に怯えてしまうかもしれない。
もっとも、更にもう少し鋭い感受性を持っていたらそれを全部ものともせずに抑え込んでいるのも解るので怖くもなんともない。
――それはそれとして、静夜から指輪を? 多様性を重んじろという教育を徹底的に受ける世界からやってきたハジメなので、まぁ。だが、それはそれとして気になってしまうのだが?
静夜は想い人がいるハジメですら、想いは別腹としてドキドキする顔をしているし、古御堂はさっきも言ったように少し枯れた格好いいオジサン風味のお兄さんだし……。それって、それってどういう事になるんだろう?
よく解らない扉の鍵が開けられそうになった所でハジメの様子に気が付かない古御堂が続ける。
『これを着けておかないと、ウチのシキがな……』
『あー……そういう事か』
困り切ったように古御堂が語る。隣人に怖がれるのも弱るし、かと言ってこれを外すつもりは全くないと。
ああ、そう言えばどう見てもシキは人間じゃなかった。モンスターとか怪物という分類を動物的な生命体だとして、シキは妖怪や妖精の様な、魔法的な存在に近い物だった。彼女が当たり前の様に存在しているからうっかり忘れそうになるし、この世界では普通なのかもしれないと受け入れていたけれど、彼女が存在する為にはそれなりの条件があるようだ。
それが古御堂がつけている怪しい指輪になる訳である。
呪いの紛い物の様なものをカジュアルに身に着けるのがファッションではなくて、シキとの繋がりを持つための物だというのなら納得である。
納得して、古御堂にことわりハジメはスマホをいじる。
『ごめん静夜君。いま忙しい? あのさ、今のバイトって回収できるのを回収しなかったりしたら――え? あ。そっか。なるほど。ふふっ、さすが悪い大人だ。ありがとうまたね。さて、古御堂さん!』
『うん?』
古御堂に向き直ると一つの提案をする。
魔法のイメージは周波数と仮定する。ヘッドホンのノイズキャンセリング。すなわち、外に振り撒かれる気配だけをターゲットにして逆転する気配を用意する。
定着は磁石のように強力な魔力を浴びせればうまくいきそうだ。
指をパチンと、鳴らせばその瞬間。古御堂が普段持ち歩くスマホに魔法がかかる。
「これでご近所問題もしばらくは大丈夫。あ、買い替える時はまた言って。私がこの世界にいる限りは何とかするから」
そんな訳でハジメの連続世界異物回収記録は実働三日目にして途絶えたのだった。
適当に時間を潰すなんて、仕事を始めてこんな初期に覚えてしまったのは、静夜のせいだと笑ってしまう。これから就職の面接に行くという古御堂に許可を得て、窓から二人の様子を見ていたシキに手招きをする。もちろん、どこかに隠れていた三匹、メア、ヘル、ホプレスを足元に呼び戻してから。
報告書には『回収不能物品』の項目に丸が付けられ、失敗理由には『回収者の能力不足による』と書かれた。ちょっと尊大だけど、私の実力で回収できないんだから、まさか他の誰かが回収に来ないよね? という隠れた意図もちらつかせてあったのだった。
そういう経緯で、つくづく思うのだ。この仕事は変な事がいっぱいだったと。




