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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 35

 結局転がり同盟からの情報提供は今後に期待するという先送りになってしまった。

 精神的に疲れただろうし、と言って静夜は何か気晴らしをした方がいいと言ってゲームセンターや、近場の観光名所や、ショッピングモールを教えてくれた。


 それもいいかと思って独り出かけてみたが、驚くべきことにちょっと何かしようと思うとお金がかかる。


 返さなくていい奨学金をもらうという希望的観測も、あるいは何か先回りの妨害をされているかもしれない。そもそも勉強はできなくはないが誇れるほどの学力であるとは自負できない。学力を審査基準にされたら凡庸な自分にお金を払う価値があるのだろうかと思ってしまうのだった。


 つまり、収入面に関してハジメは再び不安を増幅させてしまったのだ。


 下手に動くと空回りする。

 よく、律が言っていた。

 焦っているときに何かを取り返そうとすれば、一つ一つの行動に失敗の可能性が付きまとう。だからどん詰まりになったら落ち着くまでは動かないのが一番だ。


 律ほど泰然自若とした男の子ですら焦ったらダメになると公言していたのだ。今ふわふわした気持ちで焦っているハジメが何かするのはきっと失敗のもとである。


 だから結局できる取り返しのつくこと以外何もできない。焦る気持ちにモヤモヤしつつ更に二日経ち、泊っているホテル周辺のコンビニの場所を丸暗記するほどには徘徊して過ごした。

 引っ越し作業を少しするという静夜の時間の都合に合わせて異世界生活五日目に、再び静夜と顔を突き合わせていた。


「って訳でさ」


 パサパササッ。テーブルの上に求人情報が記載されたフリーペーパーが何冊も積まれた。


 ここは自炊するよりも安いと判断できるほどのの安価で食事が提供されれるファミレスの一角だった。


「コンビニでもらってきたんだ」

「行動力よ」


 フリーペーパーを開けて、苦笑いをされてしまった。

 ネットの情報を信用するなら、戸籍仮発行中の未成年異世界人でも、働くことは可能であるらしいのだが、フリーペーパーを読み込んみるとわかってい来る。仮発行中の未成年異世界人の就労は、条件が厳しかった。


 この世界に来たばかりの異世界人というのはどうやら問題を起こす事が多いらしく、仮発行状態の異世界人を快く雇ってくれるバイト先など全くと言っていいほど見当たらなかったという次第である。


「恥ずかしいのを我慢して店員さんにこれって無料(タダ)ですかって聞いたのに無駄足だったよ。当たり前かもしれない事を訊くのって勇気いるよね」

「そんな風に思う奴がいるなぁ知ってる」


 やはり静夜はそう言う対人関係には物怖じしないらしい。なんでも、今後の人生に関わらない奴に何を思われても平気だとかなんとか。ある意味最強に近いメンタルは本当に羨ましい。尊敬の域に入るのではないだろうか。

 まぁ、そんな事を聞いた時、ハジメは、顔は良いけど友達少なそうと、心底失礼な事を思った訳だが。


「学校にも通ってなくて、仕事もなくて、お金もないって、普通に考えて拙くないかな? うん、これはまずいね」


 ハジメが若干悲壮感に打ちのめされて嘆く。


 静夜はテーブルの上のフリーペーパーを一冊ずつ手に取っては眺めて、ハジメの言葉を聞き流している風だ。何冊か目で顔を顰め、次を眺め、そうしてから視線をジッとハジメに向ける。

 静夜が無反応だったから様子見をしていたが、そこで目が合って、また困ったぞと嘆く。「まずいね!」と。すると眉間に寄せてた皺をほぐすようにした静夜は困ったように笑みを浮かべた。


「わぁったよ。少しの間、雇ってくれる所を探そう」

「なんか催促しちゃったみたいでごめんね?」

「催促されたんだよ。ったく」

「ゴメンってば」


 カラカラと笑ってごまかす。


 静夜にしてみれば、金を渡してあるのだから大人しく観光でもしてろという所だろう。そのやさしさに漬け込んで我儘を言っている自分はなんて酷い人間なんだろうと、思わなくもないのだが。


「異世界人の証明とれるまでの短期バイトだぞ」

「え、なんで?」

「戻るまでぁこっちで暮らすんだ。そんで、甘咲は学校行きてぇんだろ? 証明取れたら学校にも行かなきゃな」


 その言葉にきょとん。

 学校という単語に、ドキリとした。

 それは確かに何とかしたいと思っていた事案である。落ち着いたら中学卒業の資格とかをとって高校入学の試験を受けるのが順当。その手続きはきっと大変だ。きっと途方に暮れるのだろう。あるいは、あきらめて学校というわかりやすい青春とモラトリアムを切り捨てる。そんな未来も想像して覚悟していた。


 きっと自分で何とかするべきことなのだと思っていた。これは、自分の事なのだから。


「なにぽかんとしてんでぇ? この世界にどんだけ未成年が迷い込んでると思ってんだい? 日本ぁそんなに異世界人に厳しかねぇよ」

「う、うん……」

「ま、そういう俺もちょっくら調べたんだけどよ?」 


 あれから静夜は引っ越し作業の(かたわ)ら調べてくれていたらしい。

 この人なんでこんなに世話焼きなんだろう。やっぱり親切には裏があるのだろうか?

 きっとないんだろうな。

 お人好しなんだこの人。

 などと随分失礼な事を思いつつ、心の大半は感謝ばかりである。


 異世界人を受け入れる学校が少なくなくあるのはこの世界の人間には広く知れ渡っているという。

 この世界の、そしてこの国の常識を教える事を一つの目的としているため、異世界人の入学は年齢を問わず推奨されているそうだ。


 国立私立色々あるが、どこもこの制度がある学校は生徒に対して非常に親身な校風であるらしい。生徒の学力に応じたクラスに編入扱いで入学できる。この入学資格は、異世界人の証明がある事と、定住する場所がある事、そして犯罪行為があった場合にその罪を償っている事という、非常にわかりやすく達成しやすいものである。


 関東最大の受け入れ校は、私立の一貫校だ。今いるここからも近く、人気も高い。こちらの世界で大成した異世界人達が随分私財を投じて設立した学校だという話である。

 その私立の一貫校は、たとえ行政が異世界人と認めなかったとしても、理事会が認めれば入学が許される。『国籍や由来が不明というだけで、異世界人と同等の能力を持つ人物に教育を施さないのは著しく国益を損なうものである』との談話が理事会の議事録に残されていると、静夜は教えてくれた。


 心強い事を教えてくれると思う。そして少し遅れてからそこまで調べてくれたのかと気付くのだが、感謝を述べるタイミングを逸してしまった。

 

 そして更に話が続く。


「元の世界に戻りたいってなぁ、何も甘咲だけじゃねぇぜ? そんなわけで、もとの世界に返るまでの間ぁ学生やって、仕事して、金を稼いでって、やってけるように援助してくれるって話だ。ま、裏を読みゃこっちの生活も悪くねぇって思って貰って……お、どうした? なんか気に障る事言っちまったかい?」

「いやいや、ちがうちがう。……ちょっと感動しちゃったよ。お陰で今後の展望が少し明るくなった気持ちさ。あまりにも予想外で固まっちゃったけどね」


 考えたくもない事ではある、しかし目を逸らすのは論外。

 それがハジメが帰れないままの未来だ。いつまでも目の前のお人好しの色男に頼るのは違うと思うし、ならば自立しなければならないと思うのだ。大学卒業まで親の脛を齧る気だった怠惰なハジメのままではいられない。でも、その為の手助けを、この世界がしてくれるというのならありがたい。


「帰るまでこの世界で勉強するのも悪るかねぇだろ」

「何から何まで本当にありがとう。バイト先まで紹介してもらっちゃってもう足を向けて眠れないな」

「ちっともさりげなくねぇかんな? 紹介してやるがお気に召すかどうかなんかわからねぇぞ」

「大丈夫。頑張るから。ちなみにどんなお店のウェイトレスさん?」

「……そりゃ希望かい?」

「こっちの世界でも小娘の短期バイトに技術必要なのは紹介しないだろ? あと資格が必要そうなのも。エッチなお店を紹介する静夜君じゃなさそうだし? コンビニかウェイトレスさんどっちかかなぁって」

「そこまではあってるな。悪くねぇ。コンビニバイトとウェイトレスと他にゃ、探索者ギルドの受付なんてのもあるな」

「……そっか?」

「不満そうじゃねぇかい」

「そんな事ないさ」

 

 ナンパされそうな仕事ばかりだなぁとは思ってもそれを態度に出したつもりはないのだけれど。


「顔に出やすいって言われねぇかい?」

「みんな顔ばかり見てくるから顔を繕うのは得意な筈さ」


 ほっぺを触って少し揉む。表情筋の制御が出来ていないのだろうか。


「それより探索者ギルドのバイトなんてあるんだね」

「あるぜ? 一部の異世界人にゃ大人気だ。冒険者ギルドと合わせて二大観光スポットだ」

「あー、律……男の子好きそうだな」

「……だろ?」

「どっちにしてもナンパ鬱陶しそ」


 ついついポツリ。この世界に来てからこういう迂闊な所も増えてしまった気がする。

 本当に自分はどうなってしまっているのだろうか。

 聞かれてしまっただろうが静夜はまるで鈍感系主人公のように聞き流してくれた。


 と、実は静夜の動きで気になった事があり、話を仕切り直したいのもあって細長い指を、テーブルに散らばるフリーペーパーに向ける。


「ところでさっき、隠したね?」

「……なにを?」

「セブンスターマガジンっていう求人誌」

「そうだったかい?」

「こっそり机の上に戻さないで見えない様にしただろ?」

「見間違えじゃねぇかい?」

「動体視力、爆弾の爆発の瞬間も視認出来ちゃったんだよね」


 言ってハジメは身を乗り出す。

 往生際悪くとぼける手段を考える静夜を、ただの雰囲気だけで圧倒する。

 ハジメと静夜の間の空気に押されるように、静夜が身を引いて、静夜の席の隣に置かれた薄いフリーペーパーを視界に納める。


「ついうっかりそこに間違えて置いちゃったかもしれないそれだよ」

「……」


 フリーペーパーから視線を静夜に戻すと、彼は苦虫をかみつぶしたような仏頂面を隠す事もしていなかった。


「見せたくねぇから隠したんだよ。可愛げねぇったらねぇな」

「うわ、開き直った上に酷い事言うね。私の事可愛く無いって言う人類とかいるのかい?」

「ここにいるだろが。人の秘密暴く奴ァどんだけ顔が良くたってかわいかねぇんだよよ」

「あ、顔は良いって思ってくれているんだ? で、なんで隠したんだい?」


 ああ、やっぱり自分は少し――結構、かなり。傲慢になっている。やはり、この世界に来た時からある奇妙な自信が影響しているのかもしれない。

 静夜は特に気にした様子もなく、ただし面倒くさそうに嘆息してみせる。


「……このバイトは殆ど全部闇バイトだ。闇バイトぁ知ってるかい?」

「え、何だいそれ?」

「闇バイトってのぁ――」

「あっと、それは知ってるよ。私がいた世界にもあったさ。簡単に言えば犯罪の手伝いだろ?」

「……興味がなさそうで何よりだ。んじゃ何がわからなかってんだい?」

「闇バイトだって知っている理由と、闇バイトが掲載されているフリーペーパーが普通のコンビニにある理由かな。うん。全部まとめてそこが意味不明だね」


 ちょっと何言っているか解らない。


 いや、魔法使いのレコンキスタ・ドールのモデルになる位の混沌とした世界なら、そういう事もあるのだろうか。いやいやあってたまるかと思う訳だが。


「この出版元が闇バイトっつぅか、まともじゃない仕事専門なんだよ。んで、そんな雑誌をこっそり、しかも勝手に設置しているんだよこいつ等。全国各地に、一斉にな」

「なんだいそれ……? じゃあこのバイト全部嘘ってことかい?」

「書いてあるこたァ全部本当だ」

「記憶抹消フラッシュビームの治験とかも? え、一週間の記憶が消えるとか、そんな事できるの?」

「できるかぁ解んねぇが、消す装置作ったって本気で思ってんだろうな」

「シベリア平原のドラゴン討伐メンバー募集。命の保証なし、報酬出来高次第」

「本当だろうなぁ」

「本当になにそれ。じゃあそこにある未経験者歓迎とか、少し危険でも安心の市役所の仕事とかも本当って事?」

 

 ちょっと前のめり。


「ああそれも本――市役所だぁ?」


 静夜の声が一オクターブ高くなって素っ頓狂に響く。 

 本当に驚いたようでハジメから遠ざけたフリーペーパーを再び手元に持ってきてめくりだす。

 該当ページを発見したらしく動きを止めて、その眼がせわしなく動き出す。

 やがて寒い位の空調の天井を見上げて大きくため息を吐く。「あのアホ所長」と嘆いたのは聞き逃していない。


「その反応見るに、もしかしなくてもこの会社の人と知り合いなのかな?」

「こりゃ公務員じゃねぇよ。俺と同じ……あー、市役所が依頼する仕事の下請けだな。紛らわしい文章を使ってるのもわざとだな」

「ふーん? それってつまり、少なくとも普通の仕事なんだ。で、隠したって事は、それ、頑張れば採用されるかもしれないって、そう思ったんだね」


 本当に、たぶん初めて忌々しそうな視線を静夜はハジメに向けた。『お前のような勘のいい女は――』なんて言ってくれたらちょっとワクワクしちゃうかもしれないけれど、静夜はそう言う事は言ってこなくて、諦めた様なため息が漏れた。


「――採用なんてされねぇかも知れねぇぜ?」

「その時は可愛いウェイトレスさんになってみせるよ」


 こうして、この世界の事を知るにはうってつけのアルバイトが始るのだった。



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