未来シコウのチートデータガール 34
そのまま沈んだような気分を引きずったまま、言葉も交わさず二人は駅へと向かった。
会話改めて始めたのはクーラーの利きすぎる洗車内に入った後である。
ベンチソファーに座るハジメの目の前に立った静夜はハジメに苦笑いをしつつ「まぁ悪かねぇ落としどころだったな」というのだった。
「そうなのかい? 途中から話がよくわからない流れになって、実はついていけていないんだ」
見上げて正直に答えると静夜はそりゃそうだろという。
「甘咲と同じ世界の奴がいなそうなのは予想外だったな。甘咲の事を知らなくても少しくらいは故郷の話が聞けるかと思ったんだけどな」
「それどころか異世界人じゃない説が出てきちゃったんだけどね」
「パラレルワールドから来たからってやつ、実はいるんじゃねぇのって勘繰っちまうけどな。こんだけ異世界人が多いんだからよ」
「それだよ! パラレルワールドって異世界と違うのかい? はっきり言って意味不明さ。言われた時はびっくりしちゃったけどさ、それで私のなに変わるかもわかんないね」
「俺にも違いは判んねぇよ。けどまぁ、あの様子だと転がり同盟には重要な違いがあったんだろうな。ま、帰る手段を探す事にゃ変わりねぇし、視野を広くもちゃ無駄になる時間が減るかもしれねぇって程度の話だったな」
「それは確かに」
静夜と会話していくと、落ち着きが取り戻されていく。
自分が変わりないと思っていたことを、この世界になれている静夜が後押ししてくれるのだから心強い。
「でも理解できたのはそこまでさ。急に静夜君がヒフミンに予約入れるって言いだしたのは、どういう事だったのさ?」
「……ひふみん?」
「一富美、さん。はヒフミンだよ。言いにくいな。それはそれとしてどういう事なんだい?」
「ありゃ向こうが望んでたからだよ。今はこれ以上協力できねぇから日を改めてくれってな」
「自分たちから都合がついたって呼んだのに?」
それは納得がいかない。呼び出しておいて、今日は都合が悪いから帰ってくれと拒否されているのだ。
……さすがにそれには理由があるのだろうが、それでもいい気分ではない。
ハジメの気持ちを察したのか、静夜は吊り輪にしなだれるような格好で顔を少し近づけ、諭すように言ってくる。
「きっと転がり同盟でも無視できねぇような権力が横やりを入れたんだろうな」
「横やり……」
「約束から訪問までの間だろうな」
「そんなことあるかい?」
眉をひそめて思うのだ。ピンポイントすぎる。そんな攻撃的な的にされる覚えもない。
「あるぜ? どうやら俺が思ってたよりも甘咲の世間の価値は高いみてぇだしな」
「なんでそんな事わかるのさ?」
確かに笹月という怪しい男が乗り込んできたりもしたが、それがすなわち世間の価値とはならないはずだ。静夜の確信を持った態度に疑問が生じる。
少々懐疑的な感情が乗った目で静夜の顔を見返すのだった。
「甘咲は間違いなく注目されているよ。嬉しかねぇだろうけどな」
「……うれしくないね」
「俺ァあいつらに異世界人を紹介したいって伝えたんだぜ? なのにあいつ等、甘咲がどこから来たのかを知ってたな?」
「あ、一気に理解したよ」
「そういう話だ。あの場で教えてやれなくて悪かったな?」
「あそこでその話しない方がいいって判断だったんだろ? いいさ。でも……そっか。私の事知られているんだね」
言われてみればなるほど、大穴から登ってきたなんて話はしていないのに、彼女はこれを前提として話していた。
「少なくとも、甘咲が九龍の大穴から出てきたって知っている奴はいる。そんでそいつらは大体権力者とつながっているし、転がり同盟に対抗できる奴らだってことだ」
そういえば、あの笹月もハジメが九龍大迷宮から上がってきたと知っていた。
どうしてか、どうしてかわからいし、納得もいかないが、知っている人間がいることはいるらしい。
難しい顔をしていたのだろう、静夜が少し思案顔してからフォローするように話を付け足す。
「知り合いがな? 九龍大迷宮から出てきた転移者には気をつけろって、甘咲と出会う前に言ってきたぜ」
「んー……えっ? どういう事だい?」
「甘咲ぁつえぇ相手が遠くにいたら判るんだだろ?」
「条件次第では?」
「条件ぁ整っていたと仮定しておくれ。この世界で、荒事を専門としている奴らの多くが、甘咲がこの世界に来たって事に気が付いていたって事だ」
「なにそれ怖い」
「つまり、甘咲の事を知っている奴はいる。それも喧嘩の強いやばい奴らばっかりな」
「この世界やっぱり物騒だなぁ……」
深くしみじみ思う。元の世界だったら、テレビの向こう、海の向こうのプロボクサーにまつわる利権が欲しいマフィアみたいなものだろうか?
そうでないなら喧嘩が強い人への勧誘とか、お金にならないのではないだろうかと思ってしまう。
もはやかつてない現実感のなさに、大分他人事の思考になってしまった。
「甘咲の世界にゃ魔法も超能力もなかっただろ? で、ダンジョンもなかったし、モンスターもいなかった。こっちの世界にゃあるし、いる。殺したモンスターはゲームみたいに消えてなくなんねぇ。毛皮、骨、魔石。未知の鉱物に、エネルギー発生物質もある。ダンジョンもモンスターも希少資源の宝庫さだ」
「あー、そっか。天然素材が科学素材に勝っちゃう感じなんだ」
「圧勝だな。とくに建築と兵器分野がやばい」
「おっけ。私のスケールに落とし込めた。大体理解したし、私が結構注目されているのも理解した。不本意だけどね」
「引く手あまただな」
「転がり同盟に圧力かけるくらいにね」
ハジメの知る限り、転がり同盟とはマホレコ内最強ギルドの一角だ。それは戦闘能力だけではなく、政治能力に関してもだ。彼らに圧力をかけるなんて、随分自分は高く評価されているものだ。
自嘲とでもいえる笑みが浮かんでしまう。
「タイミングが悪かったな。転がり同盟に干渉できるような奴が、転がり同盟の首脳陣がいない時に行動を起こしやがったんだ。五嶋の旦那があの場にいりゃ、もっと詳しい話とか、協力を引き出せただろうにな。よりによって留守番は武闘派のトリシュさんだけだ。いや、考えてみりゃ出来すぎだな。下手すりゃ首脳陣が留守なのも手を打たれた結果かもしれねぇな」
途中から静夜は独り言のように思考を垂れ流した。話しているうちに新たな思考にたどり着いたようだ。
見上げていると気付いた静夜はすぐに切り替えて、話を戻す。
「トリシュさんじゃ対応しきれねぇ状況になっちまったから、政治的に強いメンバーが戻ってくるときにもう一度来てくれってああいう言い方になっちまったんだろうな」
「回りくどい!」
「俺もそう思う。ただまぁ、おかげで向こうも詫びを用意してくれたぜ?」
どこでだれが聞いているかわからないと、そうだとしても回りくどい。
同意しつつも、静夜は上機嫌そうだ。
「お詫びって最後のあの予約の話?」
「おう、そうだよ」
きっとあれで、少しの間の虫よけを買って出てくれたのだろう。
権力に屈しているといっても、転がり同盟はやはりこの世界のトップランナー。彼らと交渉している間に他の誰かがハジメにちょっかいをかけるのはおそらくご法度だ。
それを無視してハジメに接触してくる跳ねっ返りがいたとして、それをどういう形にしろ追い返しても、転がり同盟の名前がハジメの心証をよくしてくれるのだろう。
あの予約一つでハジメは他のギルド(のようなもの)からの勧誘を断る大義名分を手に入れる事ができたということになる。きっとトリシュの謝罪の気持ちでもあったのだろう。
「――って事だね?」
「おう。理解が早くて助かるぜ」
「理解したよ。あとは、勧誘されたらどう断るかだね」
腕組みをして、ハジメは真剣に悩む。口に出して言えば静夜が何かヒントを提案してくれるかもと思ってのことだ。
「ん? そりゃ転がり同盟から誘われているからっていやいいだけだろ」
「あ、違う違う。転がり同盟から誘われたらだよ」
「あんな態度されて誘われる自信満々なのすげぇな」
「だってあのお屋敷? ですれ違った人みんな私を見て挑発的な殺気を向けてくるんだよ? 私の事評価しすぎだよ」
「マジかよ。いつすれ違ったんだよ。知らねぇぞ」
「トリシュさん以外、みんな委縮して出てこなかったけどね」
いたのは屋根裏とか庭の木陰とか、床下とかだった。
静夜が気にした様子がなかったから、ハジメも全く気にしなかったのだが、考えてみたら静夜はそういう事に関してはそれほど得意ではないのだった。
彼が気にしないを理由にしてはいけないのだと思い至ると、少し反省である。
「あの人達って皆私と模擬戦したくてたまらなかったんだろうなぁって思うとさ? じゃあ私の評価高いだろ?」
「まぁ……、まぁ。殺意向けるような奴らの組織はお断りか」
「殺意はまぁ言い過ぎかもしれないしどうでもいいけど、私が知ってる転がり同盟はすごく規律が厳しいからさ、ちょっと遠慮したいなぁって」
「たしかに少し厳しいな。未成年にゃ門限もあるな」
なんならどこかの組織に属するのも嫌だ。ゲーム仲間と作ったあのパーティ以外には、今後加入する事はないだろう。
そもそも、ハジメの中ではすでに転がり同盟から拒絶されている。掌を返されても今更感が強い。
「きっと勧誘されるから、気持ちよく断りたいんだ」
「ああそうかい」
残る結果が同じでも、自ら断るのと、お前はいらないと拒絶されるのは違う。
格好良くスマートに、角を立てずに気分よく。ハジメは転がり同盟を袖にするシチュエーションをシミュレーションする。
あまり大声では言えない内心だが、この決意はフンスと生意気そうな表情で顔に出ていたらしい。
それを眺める静夜が面白がるように、声を立てずに笑う。
ハジメは少し恥ずかしがって唇を尖らせたのだった。




