死ぬよりマシなゾンビズム 5
「やあやあよく来てくれた。呼び出してしまって悪かったね」
都心のビル街、そのほぼ中心地という立地の高層ビル。最上階は八龍建設という建設会社のオフィスとなっている。
一週間前の昼下がり。静夜はそのオフィスの奥、応接室にあたる場所のソファに腰掛けていた。居心地悪そうに眉間に皺をよせた静夜の服装は、いつもの白の七分袖ではなく、白いワイシャツ姿で、いかにもクールビズの若手サラリーマンといった風体である。
ドアが開けられて背中から声を掛けられたので立ち上がろうとしたが、柔和な表情の青年はそのままで結構と動きを手で制止して来た。
「本当はワタシからお伺いするのが筋だったとは思うんだが、部下達に止められてしまったんだ。前回の時もそれはもう酷く怒られてしまったよ」
悪戯っ子がするような苦笑いをして言い訳を始める青年。青年の後ろにいる栗色の髪の美人秘書が一瞬だけ素に戻ったような顔で青年の顔を睨みつけたので、おそらく彼女も怒った一人なのだろう。
青年は非常に流暢な日本語で話すが、彼は生まれも育ちも日本ではないだろう。前回初めて会った時に渡された名刺にも黄子墨と書かれていた。ちなみ役職は代表取締役社長である。
あの時は確か、
『話を聞いていてもらうだけでも結構なので、ぜひ一度来てくれないか』
安さと量が売りの、貧乏人の味方の様な居酒屋でそう言われて、簡単な口約束をしたつもりだったのだ。
話しが終わると優男は隣で気分良さそうに静夜の会計まで済ませて去っていった。そして静夜の元に残された名刺には『八龍建設』の文字である。きっちりはめられたと解ってからは後の祭りで、大陸のマフィアとそう変わらない組織の親玉との約束は、たとえ口約束であっても袖にするのはさすがの静夜と言えども出来なかった。
門前払いを期待しつつ受付にでも行ってみようとビルに入れば、やたらと美人な秘書が静夜を待ち構えていて、あれよあれよという間に静夜は応接室に通されて革張りのソファに座っていた。
ぬけぬけとズームォが言った第一声が先ほどの挨拶だ。が、さすがに静夜もここは眉一つ動かさずに受け流す。
「私の職場は治安が悪いですから、それは致し方ないと思いますよ。早速ですがご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
「そうだった。世間話はまた次の機会にでもしようか。日本でもなかなか美味しい飲茶を出すお店をいくつか知っているんだ。好きかな? 飲茶は」
どうやら世間話をしたいようだ。
静夜は曖昧な笑みで答えに窮するが、ズームォはローテーブルをはさんだ向かいのソファに腰掛けると、何かのスイッチが入ったかのように本題を切り出してきた。
「実は折り入って、弓代君にお願いしたい仕事があってね」
「……私が取り扱える商品で、御社に役立つものがあったでしょうか?」
一瞬で切り替えたズームォに一瞬面喰ってしまう静夜だが、切り替えられたのならそれについていく他ない。
「ここなんだがね。どうも厄介な化け物が居座っているようなんだよ」
差し出された写真にはどこかの街並みと、そこに溶け込んでいる古びたビルが映っている。
「化物ですか?」
「専門家だって聞いているよ。弓代君は」
「どなたから聞いたのか存じませんが、私はそのような事でたつきを立ててなどはいませんよ」
苦笑いで静夜は断ろうとする。八龍建設の代表取締役社長が厄介などと評する化物とやら、あまり関わりたいものではない。
「いやいや、弓代君。嘘はいけない。だって、その写真、認識しているじゃないか」
にっこりとズームォは笑みを見せる。笑みを見せれば見せるほど、この美丈夫は胡散臭さが増していく。
「……やっぱりままならねぇなぁ。この写真を見れたらそれが証左かい?」
返す言葉が思いつかず、ならばと開き直って態度を変え、顔を顰めて静夜は写真を摘まみ上げ眺める。
確かに存在するのだ。特定の人間にしか見る事の出来ない物というのは。幽霊であっても、呪いであっても、魔術であっても、何かの条件を満たさないと認識できない物が。それが見えていると認めてしまったからには言い訳はできない。
「いや、今確認が取れたよ。もとより調べ尽くしはしたがね。鎌をかけるなら大胆に、惚ける材料を作られる前に、迅速に。これワタシのモットーなんだ」
「しがないチンピラにそういうのは大人げないぜ?」
げんなりして、恨み言をこぼす。
「受けてくれたら、倉庫、融通するよ?」
露骨な機嫌取りの言葉だが、それをしても許される位に、ズームォの言葉は静夜の琴線に触れる。
「必要だよね? 倉庫。そろそろあのアパートには収まりきらないと思うんだ。君の集めたマジックアイテム。そして変化してしまった呪物の量は」
本当にズームォは調べたのだろう。徹底的に。これまで静夜が集めてきた呪物とマジックアイテムを。その総数と保管場所の容積、そしてその呪いを封じるのに必要な容器の条件まで。
「どんな倉庫を用意してくれるってんだい?」
「あらゆる呪物を受け入れる事が出来て、広さはバスケットコート二つ分位、体育館程だね。二階建てで住居スペースもある。リノベーション工事をすればインダストリアルの物件に出来る。色男の弓代君がどこぞの美人さんを何人囲っても部屋が足りなくなることはないかと思うよ」
「最後の文言はどうでもいいが、すげぇな。だがそれで場所が山奥とかにされちゃ話にならねぇぜ?」
「僻地なんてそんなケチな事は言ったりしないよ。もちろん首都圏だ。さすがに新宿大迷宮の傍とまでは言えないが、ワタシ個人としては比肩していると言っても過言ではない立地条件を用意したつもりだ」
「へぇ? 具体的な場所は?」
「着いてみてのお楽しみ。と、言いたいところだが、ワタシ達がこの国で所有しているのは横浜なるので、横浜近郊になるよ」
ズームォは穏やかな笑みで応える。
「あぁ……。九龍の近くかい?」
「大迷宮を作るときの物流拠点としてその土地の近くに倉庫街をね。どうだい。悪い話ではないだろう?」
受け答えするズームォ。
利便性の良い東京のに体育館程の倉庫を用意。どう考えても報酬としてのつり合いが取れていない。こちらの全財産を投げうってもなお足りない様な報酬は、当然警戒心が先に立つ。
「キチンとワタシも考えているんだ。今回の仕事はそれくらいの価値があるし、あのワールドシリーズに気に入られた弓代君に物件を譲ったという実績も手に入る。何より、今後大迷宮から産出されるだろう様々な商品の中には、間違いなく我々の手に負えない物が出てくる。弓代君じゃないとどうにもできないまずい物がね。その時、弓代君が近くにいる事は必ず我々のプラスになるんだよ。なのでこう考えてください。我々の福利厚生の為にもお受けいただきたい事なのだとね」
ああ、この笑顔。本気で恐ろしい。静夜の事を正しく理解し、価値を見出し、あたかもそれだけの価値があるのだと錯覚させるような言葉を言ってくる。
恐ろしいが、いや、この男、今何と言った?
「――まてよ、大迷宮から産出だと?」
ズームォの答え方は、つまりかつての妄言が本当に実現すると言っている様なものだった。
我が意を得たり。そんな風に笑みを深くしてズームォは頷く。
「お陰様でワタシの夢は叶ったんだ」
これまだ内緒ですよ? ズームォは人差し指を口元に当てて言う。後ろの美人秘書が呆れたような雰囲気を隠しもせずにズームォの後頭部を見つめるのが印象的だった。
世界各地に無数点在するダンジョン。これを人工的に作りだしたとされる集団。
それが八龍建設だ。
本拠地がある自国ではなく、この日本という土地に、地上百九十九階、地下百階という『違法建築ビル群』を建てた事で一躍知名度を高めた建設会社である。
この九龍大迷宮、なにがどう違法建築であるかと言えば、地上部分のビルが一棟一棟が、全てどこかでつながっている。ビルの壁面に無理矢理増設された大部屋が隣のビルとつながる連絡路となり、その連絡路に新たな小部屋を作り、通路を付けたし、後付けの外階段を用意し、補強するために法的に認可されていない素材を使う。これを意図的に繰り返し、蜘蛛の巣蔓延るかの様に、あるいは複雑な迷路の様に仕上げたのである。
消防法も建築法も無視して聳え建つ九つの超高層ビルと、九十の高層ビルが一個として繋がっている。
地震大国などという評価を受ける日本において、致命的な違法建築ビル群であるが、その安全評価は極めて高いらしい。
かつて、大地震が起きても外壁に瑕疵一つできなかったといい、またその時公表された建築素材のデータによれば、呪詛的、魔術的に補強を繰り返した結果、建物の強度は既存の工法に比べて七割増の免震性と耐久力があると判明している。
さらには呪術的な要因が関係するのか、その中の空気は人体に免疫力の活性化を始めとした好影響があるとされてる。
そのためこの超高層ビル群内には多くの著名人や権力者が住み着いている。そのけっか違法でありながら多くの業界に密接につながる事に成功、今や暗黙として行政処分も指導も受けない治外法権のような存在になっていた。
不可侵であり、闇を多く抱える違法建築。そして現実問題として複雑に入り組み、実際のダンジョンと大差ないほど遭難者を出した事から『九龍総合ビル群』は『九龍大迷宮』と呼ばれた。呼ばれたことを喜び、そしていつかは本物のダンジョンにして見せると豪語したのが目の前の男、黄子墨である。
『世界初の人工ダンジョンを皆様にご覧いただく日は遠くないと、ワタシはそう確信している』
と記者会見で世界に向けて発言したのは確か今から二年前の事だった。
その記者会見の当夜、その奇跡は起きた。
九龍城ビル群及び地下施設を含む周辺の土地が突如として変質。多くの建物に高度な不壊性と瑕疵修復性が付与され、九龍城の地下はモンスターが自然発生するダンジョンへと変貌したのだ。
しかも九龍城の大穴が基となっている事から百階層に至る大ダンジョン――おそらく人類未踏の深層を有するだろうと推測され、大きな話題となった。
ファン・ズームォが直前に行った記者会見はまるでこれを見越した予言の様であり、八龍建設を知らなかった層にすら『ファン・ズームォ』を知る切っ掛けとなった。
――ただし、このダンジョンには致命的な欠点があった。
ダンジョン内に現れるモンスターの内臓に含まれる魔石、及び、骨や革などの所謂『剥ぎ取り素材』はダンジョン外に持ち出した瞬間に急速に劣化し、襤褸炭の様になって消滅してしまうという、他のダンジョンでは見られない現象が起きるのだ。
魔石とは水溶性あるいは油溶性の、謎の石であり、これを溶かすことにより『エネルギー資源』あるいは『魔法のような薬品』の元になるという優れた物質である。これが取れるからこそ、人類は異常なまでの発展を遂げることが出来たのだと言われている。
これに付け加えて優秀なダンジョンの魔物の部位の素材が持ち帰れないというのが、九龍大迷宮の最大最悪の弱点であった。
この現象の為、『九龍大迷宮の地下層』はモンスターを生み出し続けるだけの危険領域。モンスターを間引きの為をする専門業者だけが潜るという、管理者には維持費用だけがかかる、旨みのない欠陥ダンジョンであった。
上層のビル群が優秀なだけにもったいない。
九龍の地下大迷宮はダンジョンの模倣品。最低限の駆除が行われる為に危険度だけが上がり続ける不良債権。これが九龍大迷宮の評価であり、今後、真なるダンジョンに進化するかが、八龍建設の趨勢に関わると言われていた。
そんな九龍大迷宮が、内部から資源を持ち出しが出来るダンジョンになったというのだから事は重大だ。
「発表はいつになるんだい?」
「そうだね。弓代君、君がこの仕事を終えてくれたらだ。なぜならば、それがなければワタシたちは管理下にないダンジョンを作り出してしまったという不名誉を授かる事になる」
――しまった。聞いてしまったからには本当に逃げ出せないではないか。静夜は今更逃げられない事実に気が付いた。
あーあ。内心そうぼやく静夜だった。




