未来シコウのチートデータガール 33
そうして静夜は翌日には何でもない様にハジメの元に顔を見せ、少し寝不足だと言って欠伸をしてみせた。
あんな爆発と銃撃があったというのにホテルも周辺店舗も通常営業だった。さすがに警察官らしい人物が何人も街角に立って物々しさはあったが、ハジメがいた世界と違って区画封鎖などはおきていない。
約束通り静夜に案内されたファストファッションのショップでは滞りなく何着か購入する事が出来た。シキが着ていたような最高に格好いいダサティーはなかったので断念したが、ショートパンツに、ジーンズと夏向けのサロペットスカート、パンツ、シャツにサマーパーカーと、それら衣類をかなり安価に手に入れる事が出来てハジメは満足だった。
「似合ってると思うぞ」
「ふふっ、ありがと」
「元がいいんだ。どんな服着たって似合うしか感想でねぇんだよ」
「私何も言ってないって。買い物に連れてきてくれた上に感想までありがとうね」
「いいって事よ」
「それにしても、本当に安いね。これどういう仕組みなんだろ? 地下で奴隷とかが機織りしてない?」
「この店も異世界人が立ち上げたんだ。安さの秘訣はさすがにわかんねぇから……知らねぇ方が花だな」
「うーん。異世界の闇」
それでも静夜から借りたという気持ちの所持金は減る訳で、ハジメは早く金銭を得る手段が欲しかった。
これ以上は使わないぞと決めて、自炊するにも外食するにもお金がかかるのだから困りものである。
今も食事をとろうとバーガーショップに入り、静夜が好き勝手注文するのをはらはらしながら見守るという有様である。果たしてこれからの生活していき、お金を返すなどという事が出来るのだろうか。はなはだ不安である。
「という訳で、お金を稼ぎたいんだ。手っ取り早くとか言わないからさ。地に足つけて、中卒でもできるお仕事を探さなきゃいけないと思うんだ」
「自立心が高くて結構なことだが、俺からの提案を聞いておくれ?」
静夜は苦笑いを見せてハジメに落ち着けと言う。
働かなくてはならない。お金を稼がなければならない。すなわちモラトリアムを捨てなければならないという決意であるが、『まぁ待て』と言われれば、やはり言葉の誘惑に屈してしまうのだった。
「少し面倒な話だが、条件次第じゃ返さなくていい奨学金ももらえる制度もあるって聞いたぜ。あと、あの後、転がり同盟と繋ぎが取れた。明日にでも話ができる」
「えっ?」
情報過多がすぎて気の利いた返事をしなかったことすら脳裏によぎらない。
返さなくていい奨学金というのは、つまり返さなくていいという事だろうか?
「転がり同盟の方はどうなるかぁ俺にも判んねぇけど、奨学金の方ぁ簡単だ。ある程度の成績を残して高校卒業後に一年ダンジョンに潜って見つけたアイテムとダンジョン攻略情報を国に提供するって話だ。そういう手もあるって知るだけでも、甘咲の気持ちが楽になるだろ?」
その情報は、ハジメの心にこびり付くつらさの澱をぬぐってくれる。
「わざわざ調べてくれたんだ? ありがとう」
「詳しそうな知り合いに聞いただけさ」
ややぶっきら棒な言い方だが、照れくさそうに手を振る静夜。
「職探しは転がり同盟から話を聞いてからでいいだろ。明日、時間大丈夫だよな?」
こうして、さらに翌日。
静夜と再び待ち合わせをしたハジメは、白壁に囲まれた古民家の前に立っていた。
『転がり同盟東京第一支部』と達筆な筆文字で書かれた看板は木製。一目見ただけで随分と魔術要素が込められているのが解る。この看板に傷をつけるのは一苦労だろう。
周囲がガラス張りの超高層ビルやガラスに包まれた街路樹、空中飛び交う宅配ドローンが溢れかえっているだけに、この古民家は殊更異質であった。
門の前に立った静夜とハジメ。ほかのビルにはない門扉の威圧感に間抜けなほどに見上げてしまう。左右の高層ビルなどより見上げたくなる門だった。
「弓代様、お待ちしておりました」
見上げていた大きな門の隣、小さな通用戸が開かれてそこから現れたのは、メイド服を着た女性だった。
「わっ?」
小さな声で驚く。こっそり忍び寄るようにして戸が開いたのには気づいていたが、まさかメイド服とは。
「そちらが甘咲様ですね。お話は伺っております。どうぞこちらへ」
丁寧にお辞儀をするメイドの女性に戸惑いつつ、ハジメは門をくぐる。一緒に隣を歩いている静夜が小声で教えてくれる。
『話しておいたトリシュさんだ』と。
その名前は、転がり同盟の探索部隊の部隊長の名前であった。つまり、本日ハジメと話してくれることになっている人物である。そして、あった事こそないが、その名は知っていた。暗殺者として有名な姿を誰も知らないプレイヤーである。こんな姿だったとは意外である。
それにしても暗殺メイドとは様式美をわかっている人だ。などと背中をみながら色々と考えた。
「この服装は趣味でございます。せっかく異世界に来たのですから、やってみたいと思った事をすべてやることにしたので」
にこりともせずに言ってくる。完璧な無表情な女性は当然のようにハジメの内心をよみきっていたようである。まぁ、生まれて初めて暗殺メイドを見た人間の内心なんて押し並べて同じだろうけど。
そうして案内されたのは広い和風の応接間であった。
畳の上に朱いラグが敷かれ、その上にビロード調のソファと楕円形のローテーブルが置かれていた。和モダンというよりも、和洋折衷という感じの雰囲気のある部屋であった。
「こちらにお掛けになってお待ちください。ゴブリンモドキもスライムモドキも遠征に出ておりますので、僭越ながらわたくしがお話を聞かせていただきます。が、その前にお茶をお持ちいたしますので」
「えっ。あ、お構いなく……?」
トリシュは襖を音もなく閉め、出て行ってしまった。いきなりゴブリンだのスライムだの、そのモドキであると、身内を罵倒するような言葉が出てきて面喰ってしまったが、静夜に教わった通りに『お構いなく』と言えたのでよかったと胸をなでおろす。
ローソファーに腰かけた静夜を見れば、彼は苦笑を浮かべて頷き返してくれた。ハジメのように緊張した様子はなくて安心する。
安心するが、少し時間が経つとだんだん沈黙が気になりだして、所在ない気分が膨らんでくる。ハジメは天井裏や床下のネズミの気配を数えて気を紛らわすことにした。
「お待たせいたしました」
それにもいよいよ耐え切れなくなってきて、静夜に何か話しかけるべきかと思いだしたところで襖は開き、トリシュが戻ってきた。無音で歩いてハジメ達の目の前にコーヒーカップを置く。
「それでは早速お話を伺います。ゴブリンモドキから留守の間の異世界人の対応は一任されておりますので、ご安心してお話くださいませ」
身内に対する謙遜が暴力的な事除き、トリシュは真摯にハジメに向き合ってくれそうな印象であった。
静夜もコーヒーに口をつけつつ頷くので、ハジメは訥々と、元居た世界の事を語る。
「――だから、転がり同盟っていう名前を聞いた時、もしかしたら、私の知っている人もこっちの世界に来ているかもって思って……こうしてここに、来た。ん。です」
「解りました。判りました事はいくつか。まず結論から言いますと、甘咲様へ協力出来る様な事は現状ございません」
「いきなりだね?」
「お話だけできる状態でございますが、しかし転がり同盟総勢百八十名。この中に甘咲様と同郷の転移転生者はおそらく皆無でしょう」
「……えっ?」
畳みかけるように告げられた言葉に目を丸くしたハジメは思わず声を上げる。静夜も同じように驚いてぎょっとした顔をしていた。
二人の反応にも表情を変えずトリシュは淡々と続ける。
「甘咲様の語られる世界と、わたくしの知る限りの異世界の情報と合致する世界は存在いたしません。地域が違えば変わるものもございましょうが、どの世界の情報におきましても、没入型ゲームが開発されるほどの高度に発達した文明の上でエネルギー問題の解決が出来ていない世界はございませんでした。また、食糧問題を解決するためにフードロスに気を使う前に代替食糧を検討する文明も今のところ観測されておりません。その他にも細かな点は多々ございますが……一番納得いただける説明を申し上げますと――」
冷たさすら感じる無表情。書類でも読むかのような抑揚でトリシュは述べる。
「転がり同盟のメンバーは、もれなく全員異なる世界からの来訪者で構成されております。同じゲームをプレイしている人物がいたとしても一人か二人、わたくしももちろん該当のゲームをした事がございません。わたくしの名前を知っている様子の甘咲様を、わたくしは存じ上げていないのです」
この事実を告げる彼女は実に淡々とした様子であった。
一方心穏やかではないのはハジメである。
期待していたものがすべて否定されたのだ。ハジメの事を知らないという回答は覚悟していたし、相手にされない事すら覚悟していた。しかし、ハジメと同じ世界からやってきた異世界人がいないというのはさすがに想定していなかった。
「以上の点から、甘咲様は転がり同盟とは関係のない異世界からやってきたか、あるいはそもそも異世界人ではない可能性もあるのではないか。という事がわたくしの見解となります」
「ちょっと待ってくれないか。転がり同盟と無関係の世界は百歩譲っても、異世界人じゃないというのは、だったら私はこの世界の、どこの誰だっていうんだい!?」
たまらず声を上げてしまう。
その声を浴びせられ、トリシュはハジメの顔をじっと見つめてから、ゆっくりと瞬きをした。
「落ち着いてくださいませ。わたくしの言い方が悪かったことを謝罪いたします」
「……こっちも声を荒げて悪かったよ。でも私は転がり同盟を知っている。全員、メンバーを言えるくらいには知っているんだ。そっちのリーダーの名前だって、どんな人かだって、優しいおじさんだってことだって、知っているんだよ」
嘆くかのようにハジメが言えば、トリシュは理解を示すように深く頷く。
「……大変失礼いたしました。憶測のすぎた話をしてしまったようです。どうかわたくしの失言はお忘れになってください」
「忘れるなんて無理だよ。ずっと気になって、私の今後に影が落ちる」
強い目をしていたと思う。食い下がらないと本当にずっともやもやするだろう。
トリシュも自分の発言はもう撤回できないと悟ったのか、気が付くことが難しいほど小さく嘆息した。
「あくまでも、これは話を聞いたうえでの可能性の提示でございます。よろしいですか?」
そして今度ハジメが頷く番だった。頷くしかできないだけなのだが。
「パラレルワールド。異世界ではなくこの世界でもなく、この世界と少し違うこの世界。存在はするといわれているものの、確認は取れていない世界の住民。そうではないかと思ったのでございます」
「……さすがに根拠があるんだろ?」
黙っていた静夜が口をはさむ。混乱しきっているハジメにはありがたかった。
「どういう事かと申しあげますと、甘咲様が語る世界は、我ら転がり同盟の検証班が提唱する仮説の中に存在するのです。すなわち、ワンダフルワールドによる改変が行われなかったこの世界に酷似しているのでございます」
「……へぇ?」
「――え?」
「弓代様はご存知かと思いますが、ワンダフルワールドはこの世界を改変し続けています。多い時には日に数度。平均すれば年に六度ほどのペースといわれておりますね」
静夜が黙ってうなずいた。
「甘咲様の経験や文化レベルの話を鑑みるに、その世界はワンダフルワールドの改変を受けなかったこの世界そのもの。であるならば甘咲様は、異世界ではなく、ワンダフルワールドがいない並行世界からの来訪者。この可能性の提示をさせていただきました。甘咲様が我ら転がり同盟をゲームで知っていたのは、転がり同盟がそちらの世界では、平和にゲームを楽しむゲームチームであったから。と、これで説明が付くのではないでしょうか?」
つらつらと聞かされて、それはある種の整合性が取れている気がして、返す言葉がなかった。何より、異世界人だったのが、並行世界の人間かもしれないという話が増えただけだ。
現状は実のところ何も変わっていない気がする。
「あの日の九龍大迷宮への落雷は、パラレルワールドの入り口の開閉だったと、そういう可能性もある。という事でございます。もちろん、たんなる異世界人であったという話の方が、よほど通りはいいのでございますが」
「……」
「ご理解いただけたならば重畳でございます。もしもわたくしの話だけではまだ足りないとおっしゃるのならば、九月にもう一度こちらにいらしてくださいませ。わたくしどもの総大将、五嶋一富美が改めて面談をする事をお約束いたします」
「……いやもう――」
「んじゃ予約を取らせてくれ」
「えっ?」
ハジメが断ろうとすると、それを遮って静夜が口をはさんだ。ついつい声を上げてしまったが、この流れで静夜が話に加わるからには意味がある筈だと口を噤む。
「かしこまりました。面談日は追ってご連絡差し上げます。バッドステータスからのたっての申し出と、必ずや五嶋へ申し伝えます」
トリシュは頭を深々と下げる。何がどうなっているか、ハジメにはちっともわからないが、雰囲気だけで察する。何か非常に重要なやり取りがなされたのだと。
「甘咲様におかれましては、次回面談日までわたくしの勧誘リスト入りとさせていただきます。今後面接日までの間、意に沿わない超常団体からの勧誘に関しましてはわたくしの名を使いお断りを入れていただきますよう、お願いいたします」
再びお辞儀をするトリシュの慇懃な態度に、ハジメは「あ、はい」としか言えない。
「最後にもっかい確認させてもらうぜ? たしかに甘咲と同郷はいねぇんだな?」
「わたくしが知る限りの同盟参加者の出身地は少なくとも。具体的には、わたくしを含め、序列七位以下の同盟参加者には一人もございません。甘咲様の話に出てきた人物で言いますとリグナ、芦原、黛、パルククリカなど。彼らは全員、そもそも一人ひとりが異なる世界からの来訪者です。そのうえで文明レベルは科学ではなく魔法に寄ります。パルククリカに至りましては文明が崩壊した世界からの来訪者ですのでゲームどころか物語が存在いたしません。これが、回答になるでしょうか?」
「ありがとうな。トリシュさん。今日はここまでだ。また来月に――と、その前に連絡か。待ってるぜ。予定は必ず空けておくからよ」
そう言って静夜は席を立つ。
「甘咲、おつかされさん。今日はここまでだ。帰ろうぜ」
「……うん」
こうして転がり同盟とのファーストコンタクトは成功だったのか、出鼻をくじかれたのか、よくわからないままに終わりを遂げた。




