未来シコウのチートデータガール 31
「うわぁ、アメリカンホラー」
静夜の一方的な蹂躙を見下ろして思わずハジメはそんな感想を漏らしてしまう。
糸が切れた操り人形みたいな落下。関節をぎこちなく軋ませながら立ち上がる身体。折れた首と飛び出た骨がじわじわと治る――直る。この時点で怖い。味方である筈のハジメの目から見てもとても怖い。
立ち上がった後は寧ろ冗談みたいであまり怖くなくなる。静夜の動きが唐突に洗練されたものに変わり、銃弾を躱しはじめたのだ。どうやら、銃口の向きからの予測で動いている様で、弾丸が発射されてから躱すのではなくて発砲前にそこから逃げているという様子だった。しかも何やらゲーム内で一度も見た事のない低級使い魔を無限湧きさせながら。
動きが兎に角獣じみている。静夜も、使い魔も。
これは最近流行りの機敏に動くゾンビものとそっくりだ。
うわ、カクカクって起き上がる。
挙動、怖っ!
どうしてその角度の弾丸を躱して――逆にそのぺっぽこエイムにやられるの?
低級使い魔はすぐに死んでいくが、デコイとしての役割は充分で、静夜への攻撃が目に見えて分散されている。
それだけやっても静夜の体を銃弾が貫いてしまう。思わず飛び降りて加勢したくなったが、地面と激突しても支障のなかった静夜なら、余計な介入を嫌うかもしれないとギリギリで踏みとどまる。果たしてそれが正解だったかはわからないが、静夜は首から後ろの弾けても勢いを止めることなく更に踏み出していた。
倒れない。
死なない自分に飽かして静夜はがむしゃらに動く。
あれよあれよという間に一人また一人と斬っていき、最後の一人は殺してしまうのではないかという程の迫力で刃を顔に掠らせて片付けた。静夜の圧倒的勝利を見て、いろいろと思う所はあったが、最終的に感嘆よりも呆れに近い声で呟いたのは自分のドン引きの感情だった。
「いや、でもすごいな。あれだけやって死人が出てないぞ……。……そっか、静夜君から見たら人の命、敵のものでも重たいんだね」
この世界で安易な人殺しはしてはいけない。ハジメの元居た世界と同じなのだと。
静夜はそれを教えたかったのだろう。あそこまで殺意を向けられても静夜は相手を殺さなかった。それは、静夜自身が死なない事を加味しても随分実践主義な啓蒙行動だった。
別に死にたい訳じゃないし、むしろ死にたくない。そんな事を嘯いた静夜だったが、ずっとあんな生き方をしてきたのなら、きっと他人の命が自分の命と同等位にはなってしまっているのではないだろうか。そして自分は死なないから、相対的に他人の命も奪いたくない。きっと。
「……うん。それ位じゃないとダメか」
だって静夜と毛色は違っても、ハジメだって死なないのだ。
ハジメを殺せる人物がこの世界にいるのか、それを思うと否定的である。
この世界にやってきてからという物、相手の実力は何となくわかるし、それに裏打ちされて自分が暴力に屈する事はないという確信も持っている。自信過剰なのではないかと思い、その自信に足元を掬われるかもしれないとすら思うのに、しかし確信してしまうのだからどうにもならない。自分の精神状態が慢心に偏っているのが恐ろしくもあり、元の世界とは比べ物にならないくらい暴力が容易いこの世界では頼もしくもあった。
「んー? でもこの考え方ってどうなんだろ?」
自分の精神状態を鑑みると、元の世界に居た頃と少し違う。この万能感ともいえる思考や、視界のクリアさ、吸う空気の爽快感、心に起因するのか体に起因するのか、とにかく見聞きする全てに新鮮さを感じてしまっている。万能感と新鮮さ、恐怖の軽減もきっとある。とすればこの世界において何を不安に思う事があるのだろうか。
だからこそ、自分でこの様な内省は欠かしてははいけないと思う訳だ。
ここにくる前の自分だったら絶対に在り得なかった行動も既にいくつかやらかしている。見ず知らずの男がちょっと面白いから声をかけてみたくなる。バーチャルな世界だと思っていたからと言い訳はあるが、厄介事に首を突っ込む。既知と言えども女たらしのスケコマシズヤに話しかける。未知の生物を危険だからと処分する。
――どれも好奇心を殺せるくらいに警戒心の強いハジメであるなら考えられない行動である。
そもそも、古御堂の事は『古御堂さん』と呼べるのに、静夜の事は『弓代さん』や『静夜さん』と呼ぼうとすると奇妙な違和感を覚えるのもおかしな話だ。確かに、ゲーム内では親しみを込めて『静夜君』と呼んでいたが、ゲームと現実を使い分けられないようなゲーム脳だったという自覚はない。
それに、自分の事を『僕』と言いそうになったりもするし、性格に関して何か変な事が起きている間違いない。
酷く不安で、自分が不気味に感じられた。
……率直に言って怖かった。
こうした内省が佳境に入った所でハジメの思考は一旦中止となる。
「……今さ、私、この世界でもやっぱり命が大事って知った所なんだよ」
背後に立った敵に対して、ハジメは振り返らず語り掛けた。
苛立っている。原因は静夜の在り方を見た事だろうか? 静夜の行動には何一つ不満がなく、むしろ好感すら抱いたのに、ハジメは自分が苛立っている事を自覚していた。
背後に、つまりは屋上の入り口に敵が立った事などどうでも良かった。どうでも良いから八つ当たりの対象にしてしまいそうである。いつの間にか、メアとヘルが足元に現れて、足に体をこすり付ける。
取るに足らない存在二つの事を敵とすら認識せず、二匹はただ足に体を擦り付けて傍にいる。
ああ、私はこんな疑似生物たちの心まで把握している。
当たり前の事なのに、当たり前と思える自分に戸惑う気持ちまで織り交ぜて、ハジメはゆっくりと振り返る。
「だからあまり、弱い者いじめを強要しないでくれないかい?」
そこにいるのはさっきハジメと静夜に向かって爆弾を投げつけてきた人物だ。
黒を基調としたポリエステル地に、赤に近いオレンジのラインが入るジャージの青年。薄茶色の髪は長く、片目を隠す髪型をしている。顔はかなり整っている方だろう。しかしその表情には少し影があり、自身に自信がなさそうな、そんな雰囲気を感じさせられる。
「うふふ。見つけた。君、可愛いね」
「おい。気持ち悪いぞ。黙れよボケ」
ジャージの青年の後ろから、スーツ姿の男が現れた。綺麗さっぱりに反り上げられたスキンヘッドに視線が寄せられてしまうが、本当に注目するべきは体中から溢れる闘気の様なものだろう。この世界に戦闘スタイルの職業があるとすれば、拳闘士あるいはバーサーカーと言った様相である。
「だけどドンさん、この子、絶対あいつを助けるよ」
「そりゃ仲間だろうからな」
ドン、と呼ばれた男は呆れたように返答して、右手に持ったハンマー型の鈍器で自らの肩をどんどんと叩く。
言わずもがな、助けると言われた言葉の対象は静夜に他ならないだろう。だとしたら、それは正解である。今もハジメは二人を警戒しつつ、静夜の旗色が悪くなったら全力で介入してしまおうと思っているのだ。目の前の二人は取るに足らずに封殺して。
「だったらさ。ほら、ね?」
「ちっ……好きにしろ。だが――」
「うん。仕事はするよ。ああぁ。楽しみだなぁ」
「うっわキモ……」
何やらハジメの処遇について勝手に話を盛り上げるので、遠慮せずに率直な感想を聞こえる様に言う。眉を顰めて目も合わせたくないという風に。
「おら、言われてっぞ?」
「ふっ、ふんっ。良いんだよボクはバラバラな死体がそそるんだから」
「そっちのピカピカのオジサンも止めないから気持ち悪いんだって。ま、君達と仲良く話すつもりはないから、いっか」
ジャージ姿の青年は、それで少しショックを受けた様に表情を曇らせる。
そのショックを受けた様子にちくりと、言葉で人を傷付けた事に罪悪感を覚えてしまう。
自分を害そうとしている大人二人を目の前に、ハジメは申し訳なさすら覚えたのだ。
これは慢心している。
良くないな。
馬鹿馬鹿しいな。
嘆息をする。
「あーあー、俺までディスかよ。風評被害だぜこりゃ」
「なんだよ……いきなり……別に……」
二人は二人で余裕なのだろう。一人は馬鹿にされて嘆息するし、一人は美少女たるハジメの『ゴミクズを見る目』にショックを隠せない様子だ。
ハジメの見た目は単なる美少女でしかないし、実力が解かるような魔力を巻き散らしてもいない。二人からすればちょっとだけ魔法が出来る獲物がわきまえずに粋がっているように見えているのだろう。
対峙しながら考察するとなるほどと思う。この二人、実力差を理解していないのだ。
ああ、そっか。
「こんな所まで登ってきた君達には悪いけどさ、武装解除して自首してくれないかい?」
「え……?」
「ぷっ、くくくっ」
「私の所にやってきて君達はどうするつもりだったんだい?」
「……そんなの、決まってるじゃないか……」
「それが無理だって言っているのさ? ほら」
露骨に下卑た殺意を向けられたので、逆にこちらから少し本気で相手を害する事をイメージして睨み付ける。半径一キロの動物が一斉に怯えた。犬はキャンキャンと鳴き、椋鳥は盲目のままに飛び立ち、鼠が我先へと下水路へ。
殺気を出すというのは、たぶんこういう事だと試してみると、それは確実に意図通りの効果を発揮した。
「あ……え……?」
「こ、りゃぁ……」
少年じみた青年は絶句し、スキンヘッドの男は彼我の実力差を悟って蒼褪める。
目の前にいるのは、人間には理解できない壁であると。そう知ってしまった為に思考が硬直してしまったのだろう。
「ね? まだ君達の事を何とも思っていない内に、勝手に警察に行ってくれると嬉しいんだけどな?」
爆弾テロはされたものの、静夜もハジメも無事だ。二人ともたりとも、どちらかと言えば狩る側であって、彼ら二人から危機感を味わっていない。その他どんな犯罪履歴があるか知らないのだから、相手に対しての感情はまだフラットだ。自身をとりまく妙な正義感も今は静かなものである。
だけど万能感は健在でだからこれだけの実力差を見せつければ大抵の人間は従うだろうという確信があった。
スキンヘッドのオジサンは兎も角、よろめき後退った時点でジャージ姿の彼の心は挫けていたのだろう。
さらに説得の言葉を続けてみる。
「ねっ? そんな風に簡単に折れちゃうだろ? 勝負にならないと思わないかな?」
「なんだよ……こんなの……ない。こんな……かしい」
スキンヘッドの男は絶句したまま。ジャージ姿の青年が自分自身を言葉で追い詰めていく。ちょっと普通じゃない様子にハジメは自分の行動が軽率に相手を脅かしたと理解した。
「あ、っと、ゴメンね? そういうつもりなかったんだ。ただ、ちょっと、争わなくていい方法を探していたんだ。だから、そんなに怖がらないでくれないかな」
まるで、自分が化け物になったみたいじゃないかと、内心傷つき、しかしハジメはなるべく穏やかに言う。刺激しすぎて泣き出されでもしたら、もうどうしていいか解らない。
どうしてこんなことを気遣わなければいけないのか、少し情けない気持ちだった。だが、そんな気持ちが伝わってしまったのかもしれない。ジャージ姿の青年は歯軋りをしてハジメを睨みつけてきた。
「今、馬鹿にしただろ……。くそ……そりゃ……きの男と比べ……ああ、クソがっ!」
「なっ!? ばかやろっ!」
なんだこの人? さっきの男とは間違いなく静夜の事だろうが、どこでそれが繋がったのがさっぱり理解できない。今の会話の流れに静夜が入る余地はあっただろうか? たしかにハジメは静夜の行動に感じ入る物があったが、それを熱く語ったりしていない。どういう思考回路で静夜への怒りへ引火したのか、不明では在るが一つ言えるのは目の前の青年はハジメではなく静夜に怒りを向けているという事。
隣のスキンヘッドもぎょっとしていたが、その後に何が起こるかなど知っているようで大慌てで走り出す。向かう先は、やってきた道ともハジメとも違う、その先には空中しかない屋上の鉄柵側へ。
その異常行動に一瞬気を取られた次の瞬間に、ハジメの周囲に爆弾がずらりと浮かびあがって現れた。
「……わぉ!」
四方八方、頭上も手前も奥も、どこもかしこもハジメの拳ぐらいの大きさの、デジタル時計付き爆弾。こんな魔法もあるのか!
後ろから『ワッ!』と言われたのと同じくらいに驚いて、ハジメは目を見開いた。
視界の端、左上側の爆弾のタイマーのカウントがゼロになった。スキンヘッドが高い屋上から空に舞い逃げるのと同時、連鎖する高温の大爆炎は屋上半分を包みこんだ。
――が、ハジメは無傷。健在である。
「……けほっ! けほっ、んんっ煙が、気管支に入ったじゃないか。しかもこんな高い所で何考えているんだ」




