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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 30

 やり過ぎたらどうしよう。


 あんなに格好つけた事言ったのに、静夜が用意できる攻撃手段がほぼ全部禍々しい物だ。静夜の意志介入がなければ下手をすれば皆殺しになる。人殺しなんてしたくない静夜はそんな事を思いながら、よろよろと立ち上がる。


 折れた首は即座に回復し、神経も開通して体は動く。傷がふさがろうとも脳は痛みを覚えていて、痛みがじくじくと体を苛むが、相手をビビらせるにはこのボロボロの状態で凄むのが肝要である。


 指が血塗れになっていた。一瞥してしまった時に見えた指は皮が剥れて肉がみえ、一部に至っては骨が露出していた。きっと体中そんな有様だったのだろう。


 第三者の視線で見たら飛び降り自殺か転落事故死のどちらかの現場であり、開放骨折までしていたのだから、銃撃をしてきていた襲撃者たちは固まって銃撃は止まっていた。


 それでは駄目である。と、上から目線で思ってしまう。


 この場面で投身自殺はありえず、事故の可能性を考えても、そうでない可能性はまったく捨てられない。落ちてきた静夜を見守る理由など何処にもないのだ。

 シンプルにこの状況にドン引きしているだけなのかもしれないが。

 正解は、死体撃ちをするか、異常事態を警戒して逃げるかである。間抜けにその場にとどまるなんて、揃いも揃って間抜けである。


 そもそもだ、静夜でなくともこの程度の自由落下で死なない人間はいるのだ。それも幾らでもいる。

 古御堂など地面に落ちた瞬間に理想的な五接地転回をして無傷で立ち上がりそうだし、剣術師範の愛凪百花はその身体能力と剣術の神秘であっさり切り抜けるのが容易に想像が付く。そしてハジメなど魔法使いである。ピンキリあるが間違いなくハジメはピンの方になる。強い魔法使いが転落死など、聞いた事もないしちょっと想像ができない。


 ぱっと近況で出会った人物ですらこれなのだ、たとえ無様に地面に激突したとしても油断してはいけないのだ。


 滴る血で地面は濡れている。血の中から顔を出す、静夜の大量出血によって、静夜の血を愛する異世界の精神体が怒り狂っているのだ。致死量をはるかに超える血液を使いものにならないほどバラまいたのだから、それを行った静夜自身と、静夜がこの行動に至る原因となった襲撃者たちに矛先が向く。


 血の中から小さな人影たち現れる。静夜の服を掴んで這い上がり、そしてその静夜を見てしまった七人の襲撃者に向かっても這いずりだす。


 出来た疑似生物は獣の様な動きで四つん這いのまま、七人にとびかかっていく。

 一匹ずつは脆弱な存在だが、数が多く気持ちが悪い。やせ細った幼児の様な体格の獣が四つ足で駆け寄ってきたらまともな神経の持ち主なら怯えるだろう。


 そして七名はどうやらまともな神経の持ち主の様で、自分達に近寄らせまいと銃を乱射している。何やら、銃弾は特別性らしく四つ足で駆ける呪い共をバタバタと撃ち殺していく。何となく、蜂の巣に薬剤を散布した時の映像のような物が想起される。弾が触れた瞬間にもんどりうって即死していく様はある種の爽快感がある。自分の血液から生まれてきた物だが、襲撃者側は案外楽しんでいるのではないだろうかとくだらなく的外れな邪推すらした。

 そんな中、静夜と言えば上ってくるその疑似生物を折れた刃を握る拳でたたき落として踏みつけるだけだ。何度かやった事のある作業で、殆ど無感情である。ただ、やればやるほどヘイトが溜まっていくようで回を増すごとに狂暴性を増しているきがしている。なのでそろそろ対処を考えた方がいいかもしれない。などと虚血によってぼんやりとした思考で他人事のように思った。


 思考の間にも事態は続く。

 

「だっ、駄目だっ止まらないぞ!」

「利息潰しても埒があかない。本体を狙え!」

「もうやってるっ! くそ、儀礼魔弾でも蘇るか!」


 何やら叫んでいるし、静夜の体には穴が空く。身体にも頭にも穴は空いて、一瞬意識が飛んだりしながら、雑に掴んでいた折れた妖刀を、骨に食い込む程に握りしめる。


「ま……プロだろうから、簡単にゃ死なねぇだろ」


 もう、負ける気がさらさらない静夜は相手の心配すらしつつ、完璧に切り替わる。


 その感覚は思考は手放さず、体の全てを狂気に譲渡す感覚と言うべきか。思考はしているのに意識には蓋をして、体は苛立ちに包まれて、まさに疼くという表現がうってつけの感覚が体を支配する。


 そうして四つん這いで走る呪いの後ろから一気に前へと奔る。動きの全ては最早静夜の意志に関係なく、折れた呪いの刃の思うままである。刃には銃弾は見えなくとも銃口の向きと発砲の気配を理解しているのか必ずそのギリギリを狙った位置取りをして弾を躱す。しかし躱しきれない物は諦めているのかそのまま受ける。体を動かすのは刃、痛みを受けるのは静夜、まったくもって、不満に思ってしまう程に実力に見合った取引である。


 喉とその奥の脛骨が吹き飛び、前のめりに倒れるのだが、運動神経はまだ生きていて、一瞬踏みとどまると巻き戻る様に傷がふさがる。致命的であるほど直りが早い特性は、この場面では活きる。顔から倒れる勢いであったが、その寸前で大股でドズンと強烈に地面を踏みしめ、踏みとどまる事に成功した。そしてその足を踏み込みへと転用し、更なる加速へとつなげる。


 ぐんっ。


 と不気味な挙動で加速した静夜は目標一人目、最寄りの目出し帽の懐へと潜り込む。驚愕に歪む目と視線が合う。首を切り裂ける攻撃が繰り出されるが、静夜が殺したくないと思っていたからか、それともこの人物の反射神経が良かったのか上半身が仰け反るのが間に合って、頬から左目にかけてに切り傷を作るのに留まる。


 ならば幸いだと怯んだその腹に蹴りを出す。洗練されていない静夜の蹴りだがその威力が弱い訳ではない。つま先が深く鳩尾を穿ち、そのまま吹き飛ばす。

 その後倒した相手が起き上がれるかどうかは最早どうでも良く視線をずらして次のターゲットへ。血から生まれた不気味な四つん這い共が無策に突っ込むものだから、ずっと銃声が鳴りやまない。隠れようとも逃げようとも、その姿を見てしまったのだから追いかける。


 脆弱で、低知能で、本能のままに死んでいく。だがしかし、無視するには禍々しくて狂暴だ。静夜の血がある程度乾くまでは無限に湧くとは静夜だけが知っている。彼等にしてみれば静夜の謎の攻撃だと思ってさぞかし不気味な事だろう。


 七人いた銃撃犯は六人に。


 彼等の布陣の真ん中には静夜がいる。

 ここから静夜のセミオートマチックな蹂躙が始った。

 ――多分だが、この刃はある程度静夜の事を尊重してくれている。呪いの武器が呪っている対象に対して慮っている気がするなどとはロマンチストかバカ者かの、どちらかの思考である事は否めない。だが、共生という観点で考えればあり得るかもしれないと思うのだ。


 刃は血が吸いたくて、人を傷つけたくて、暴れたくてたまらない。

 一方静夜は使わざるを得ないなら使うが、別に他の手段で解決できるならそれでも構わない。静夜の意志に反して殺しまでしてしまうようなものは、わざわざ使ってやる理由など無いのである。


 使ってくれないなら静夜に牙を向く呪いの刃ではあるが、不本意な殺しをするくらいならどれだけ傷付けられようとも使わないと決められるのが静夜である。ならば刃は妥協するだろう。どうやらこのイカレタ持ち主は、殺さなければ後はどうでもいいと思っている節があると気が付いて。やり過ぎる前に主導権を明け渡す事でごまかして。


 知能ではなく知性がある可能性が空恐ろしいが、だからなんだと静夜は折れた刃を使う。望みどおりに敵を切り刻み、望まない限りギリギリで他者を殺さないのだ。それは実質ただの暴力装置でしかないから、それはもう重宝していた。

 とりとめもなく静夜を操る刃について考え、少し深い所で思考していると、唐突に最後の一人と目があった。懐に入られた事への絶望? いや、別に殺されることは織り込み済みのような。あるいは仕事は終わったから殺してくれと。そんな狂気の瞳である。


 だったらぶっ殺しちまっても――いい訳ねぇな。 


 思考が流されたのを自覚して、ハッとして、紙一重。相手の気持ちなんて知らない。ギリギリで頬骨を削って耳を上下に割って、背後の壁に深く突き立てられる刃。


「きゃひっ……!」


 目出し帽の下で、女の声が漏れる。それは痛みに耐えかねて出てしまっただけではないだろう。

 再度目を見ると、今度は明確な感情が見えた。明確な恐怖の色。人を殺そうというのに、そして殺されても構わないと思っているくせに、きっと本当に怖かったのだろう。


 正真正銘の純粋な殺意に怯えたのだろうか。

 気持ちはわかるが、静夜の冷たい眼差しは明確に相手を侮蔑した。

 壁に亀裂が入って、亀裂からは静夜に見えない何かが吹き出たのだけが解かった。

 目出し帽の女は腰が砕けた様に座り込み、同時に白目を剥いて気絶した。


「……こんな色男に壁ドンされて気絶たぁ悲しい話じゃねぇかい」


 ぽきぽきと自らの首を鳴らして回して、雑に折れた刃を投げ捨てる。

 見回す必要もなく尻ポケットにしまっていた頑丈なスマホを取り出た。とっくに誰かが通報しているだろうが、だからと言って当事者の静夜が何もしない訳にもいかない。


「――あ、三木林(みきばやし)さん。ご無沙汰しています。今お時間大丈夫ですか?」


 と、顔見知りの男に電話を掛ける。液晶平面の漢字を吐息で揺らす様に、余所行きの声と口調で話しかけると、電話の向こうの雰囲気が変わった。


 返事が入る前に深いため息が聞こえてくる。あの泣く子も黙るような強面男が苦虫と虫酸をかみつぶしたような顔になっているのが想像できてしまって、なんだか申し訳なくなってしまう。


「実は今、結構難儀な状況に巻き込まれてしまいまして――」


 それはそれとしてこちらの都合のこちらの話をする。

 全身全霊の嫌そうな空気が電話の向こうで漏れてくるが、それもそれである。

 何はともあれ、こうして巻き込まれた静夜の義務は果たされた。


 一切余所行きの口調を崩さずに自分の都合を押し付ける静夜と、ふざけるんじゃないとご立腹の三木林のやり取りが一通り終わり、現地に静夜の事を無下にしない役職者を派遣するという話で決着がついた。


 電話を終えた所でさて、ハジメはどうしているかと意識が向く。降りてこず、巻き込まれなかったのはありがたい判断だ。ハジメが静夜のうん万倍強かろうが、無敵であろうが、ハジメはこの世界の常識をまだわかっていない。人を殺していいのか、自衛のために他人を危害を加えていいのか、やり過ぎの線引きはどうなるか、そこを教えないといけないと、彼女は人間から悪意を向けられた時、その相手に何をしていいか解らない事だろう。


 そんな諸々をの思考の総括は、ハジメが降りてこなくてよかったという物であったのだが――そう言えば爆弾を投げてきたヤバい奴がいたなと、静夜は今更ハタと気付く。


 ――そいつがここにいない。

 嫌な事に気付いたと顔を上げたからか、先程まで静夜が居た――そしてまだハジメがいるかもしれないあの屋上で爆発音が響いた。


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