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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 29

 静夜に見繕ってもらったホテルは、電車で四駅、県をまたいで都内にある、結構な大きさのビルディングだった。


 東京とはもっとすごく遠い所にあると思っていたのに、静夜の住まいから電車で三十分、徒歩なら二十分未満という近場であると知ってカルチャーショックであった。というか、自分の足がその気になれば電車を超えられる速度を出せる事に異世界ショックを受けてしまった。なんなら地元の一駅と関東の一駅の距離感が全く違うのも驚きだったりもしたのだが。


 閑話休題。ホテルの話である。


 東京のビルはどれもがすべて、ネオンで縁取られていると言っても過言ではない仰々しさを有していた。

 神奈川の街並みと異なり、都内の建築物は、ほとんどすべてが高層ビルであり、超巨大な広告塔が設置されたり、ビル一棟を丸ごと水槽にして飾り付けたり、それはもういかれてサイケデリックな建物ばかりが立ち並んでいた。


 その中において、ただ大きく、ただ高く、飾り付けずに佇むホテルはある種異質であった。


 横の面積がそれほど広くないからか、縦に伸びたビルディングは周囲の雑居ビルとは何かが違う。ファーストインプレッションではこれが異世界人を受け入れるホテルの雰囲気と言う事かと感心しかけたが、よく見たら雑居ビルにはテナントショップの看板が所狭しと取り付けられ、サイケデリックに輝いていたのだ。このホテルにはテナントがないので装飾となりうる看板が取り付けられていないのだ。電線と鉄パイプは張り巡らされているが、しかし華やかさがなくなっている。


 本来ならすっきりとしているこの外観の方がいいが、周囲がゴテゴテとしている物だからむしろ違和感を感じるのだ。青い森の中に一本だけ枯れ木が立っているような、あるいはドレスのなかのティーシャツの様な目立ち方である。向かいの電波塔ですら広告と目的とした動き飛び出す看板を設置しているというのに、このホテルにはないのだから異質な雰囲気を醸しているのだ。


 お陰で逆にランドマークになりうるかもしれないなんて、ハジメは少し納得したのだった。


「一週間ですね。特別割を適応される場合は退室日までに証明書をご提示ください。証明書の発行の手続きは区役所で受け付けています。区役所へは一日三度の巡回バスが出ていますのでそちらをご利用いただければ簡単です」


 小柄で小太りの中年男性が、穏やかに笑みを浮かべながら、マニュアルの読み上げの様にいう。

 悪印象もなければ好印象もない、ただ粛々と述べているのだなぁとそう思う。ただ、その頭の部分がちょっと気になって気もそぞろである事は否めなかった。


 ……ちょっとだけずれている。

 隣で必要書類をかき、保護者として名前を貸してくれている静夜が空気で語る。その露骨なカツラの話題には触れるなと。


 でも、少しずれている。もしかしたらわざとかも知れない。


 そもそもまっすぐ正しく被っていても、揉み上げがなくて、生え際がなくて、いきなり髪の毛が乗っているのだ。最早場に不必要な緊張感を漂わせるための悪ふざけなのかもしれないと思えるほどである。

 何とか凝視したり、うっかり髪を持ち上げたりしたくなる衝動を抑えている内に手続きは滞りなく終わる。


「さてっと、今日はこれ位でおしまいかね」

「うん今日はありがとう」 


 一旦これで取り急ぎしなければならない事は一通り済ませる事が出来たという訳だ。疲れてもう眠ってしまいたい気分のハジメだったが、ここまで付き合ってくれて、宿の手配もしてくれた静夜が帰っていくのを見送らない訳にはいかない。


 それに、まだ彼には頼らなければならない事が沢山ある。そういった話だって今のうちにしなければならないのだ。

 近いうちに連絡するといって帰っていこうとする静夜の後ろ追いかけて開く自動ドアを一緒に出る。

 その可能性も想定していたのか静夜は驚く様子もなく、スロープの真ん中で振り返ったので、ハジメも安心して切り出す事にする。


「ねぇ静夜君。次空いているのっていつ?」

「ん? いつでもいいぜ? ちょっと前に大きな仕事終わらせたからな。引っ越し以外は暇だな」


 明日だな。と。


「ありがと。じゃあ早速明日さ、今後の方針を決めたいんだけど相談乗ってくれないかな」

「おう。問題ねぇな。役場で手続きもしてぇし、うまくすれば転がり同盟の話も出来る。明日の朝十時くらいでここに集合でいいかい?」

「うん」


 ゴメン待った? ううん。今ところ。


 そんなやり取りを想像して吹き出しそうになり、ポケットにしまったスマホの存在をしっかり意識する。これをなくしたら本当にそんな事になりかねない。

 寄る辺もなく世界に放り出されるとこんなに小さなことが大変なのだと意識して、静夜に出会えた幸運に感謝した。


 それで――。


「ああ、それと甘咲」


 呼びかけられて顔を向けると、静夜がポケットからなにか、手帳の様なものを取り出した。

 それを差し伸べてくるので思わず手を伸ばし、受け取る直前ではたと気付く。

 静夜が渡そうとしている物は、札束だ。

 ハジメがこれまでの人生でかかわった事のないような大金がマネークリップで束ねられていた。

 思わず手が止まってしまって、静夜の顔を窺ってしまう。 


「余ったら返えせよ?」

「いやこれは多すぎるよっ!」

「夕飯だろ。朝飯だろ。服に、このホテルを出る時の支払いだろ。口座が必要になったら最初に預ける金に、スマホを使うならその利用料もだな。そもそも清潔に生きるだけでも金は掛かるぜ。上げたらきりがねぇんだ。多すぎるなんて言って文句垂れるのと、少なすぎるって文句垂れるんじゃちげぇんだよ。使わなきゃ返せる額が増えるんだから受け取っとけ」


 こればかりは絶対に譲れない。という顔だった。

 美少女に札束を渡す男という最悪の絵面だが、静夜の強い善意は、逸らそうとするその目を見ればわかる。

 

「……無駄遣いをしない心が鍛えられそうだなぁ」

「それで足りねぇなんて言い出したら金銭感覚がなっちゃいねぇガキだって認めてやるよ」

「んーならありがたくお借りするよ。待っててね。明日には倍にして返してみせるから!」

「明日にも同じ会話を聞きたかねぇからやめておくれ?」

「あはは」


 そうして二人は笑い合う。


「ほんと、返しきれないなぁ」

「……ま、こりゃ俺の趣味みたいなもんだからいいぜ?」

「今日会った女の子にお金を費やすのが?」

「甘咲だったら元が取れるって思ったんだよ」

「ふふっ、私ってそんなに儲か――いい女に見えるかい?」


 本当はいろんな感情や理由があって、静夜の親切心と人の良さがハジメを救ってくれている。解っているけれど恥ずかしくてはぐらかす。


「そうだな。だからちょっと助けてやりたくなるんだ」

「おっ……と、口説かれないよ?」

「そりゃ残念だ」


 ちっとも残念そうじゃなく言われる物だから、ハジメの方が少しむっとしてしまうのだった。

 そんな一瞬もあったがそれが何かの諍いになる事もなく、ハジメは大切にお金の束をポケットにしまう。

 この階層に来てからという物金銭で物を買うという事を一切してきていなかった。ゲームだと思って上ってきたのだからダンジョンで敵を倒した際も特に魔石などを引っこ抜くという事をしてこなかった。そもそも換金手段など考えた事もなかったのだから当然である。


「お財布とバッグかぁ……」


 現金を普段持ち歩かない上に、ポケットに札束を入れるなんて初めての経験で、ポケットの重みに思わず呟く。


「それも買わなきゃなんねぇな。男モンの店なら詳しいんだけどなぁ……」

「本当に静夜君の言う通り、お金は必要なんだね」


 今まで親からのおこずかいだけでやりくりしてきたが、服やバッグを買いたいならそれだけを考えればよかった。それを買ったら食費が大変だとか、住む場所がなくなるとか、そんな心配をしなければいけないなんて想定できないまま生きてきたのだ。

 確りしているつもりで、視野の狭い学生だったのだと今この瞬間にも痛感している。このままいくと、痛感の痛覚だけで心が殺されてしまいそうである。


「この辺だと……えーどこだろ。静夜君安いお店知らないかい?」

「俺に聞くなよ……」

「こっちの人だろ?」

「俺のファッション見ろよ。どう見ても金掛かっているだろ?」

「じゃあ明日までに調べておくから買い物も付き合ってくれないか?」

「……」

「わ、嫌そうな顔するなー。こっちのファッション解らないんだってば。静夜君だって赤い髑髏スーツの私と人前で話したくないだろ?」

「それはちょっと見たいかもしれねぇな……通販じゃダメかい? 明日にゃ届くぜ」

「直接見たい派。ファストファッションのお店に連れてってくれればいいんだけど」


 マホレコと同じならば、ちょっとしたお店もたくさん知っているが、実はそれには問題がある。

 今の自分の本当の姿で入れるようなお店なのかも解らないし、入れたとしても日常生活で鎧や小手を装備する訳もなく、すると普通のアパレルショップや雑貨店を頼らなければならないのだ。


 ことマホレコにおいての装備とはダンジョンや平原などでモンスターを狩り、素材を集め、そして鍛冶屋や錬金術師に注文するのが当たり前だった。当然、普段着に使うような洋服をオーダーメードするような金銭感覚をしていないハジメは、ごくごく普通のファストファッションか、古着を視野に思考するのであった。

 

 そんな安い店など知らないハジメは、ここでもやはり静夜に頼るという選択をしてしまうのも、それは仕方がない事だろう。今、この世界で頼りがいのある頼れる大人は――見た目は同年代に見えるけれど――静夜達だけであるから、無意識的にも意識的にも頼りにしてしまうのだった。


 内省すると同時に意味もないのに言い訳を重ねていた。

 少し俯きながら、窺うように静夜を見る。


「私のファッションショーを見てって話じゃなくて、普通の洋服屋に案内してって事なんだけど……さすがに我儘すぎるかな?」

「……今回だけだぞ」


 なにかぐっと言葉を詰まらせてから、静夜は諦めたように頷いた。

 良く解らないが、約束を取り付けられた。

 思わず顔がほころぶと、静夜は苦笑いしながらも優しい目をしてくれた。


 これで何をしていいかもわからない異世界生活の二日目、あるいは目覚めたあの日からなら三日目も何とかなりそうな気がしてきた。独りぼっちで入っても良いか解らない洋服屋に入って、あれよあれよと高い服を勧められたりしたら立ち直れないなどと、漂泊の心持ちでいたのだが一安心だ。


 安堵から笑みがこぼれて、本当に嬉しそうな顔をしてしまった――と、そんなタイミングで、である。


「静夜君、ちょっとゴメン。乱暴になるよ」

「なん――はっ?」


 ちょっと間抜けな静夜の生返事。耳に届くよりも先に体は動いていた。


 夜風の流れに身を任せるような身軽さで静夜の手首を持ち、宙高く飛び上がる。視線はホテル隣のビルディングのネオンサイン。掴んで跳ねて。踏みしめてさらに高くジャンプ。一気に屋上まで目指すべきだとそう判断していた。


「きゃぁああっ!」


 直後に爆発音と通行人の悲鳴が響き渡る。


 飛び上がった直後のモルタルが瞬く間に粉々になり、砂煙を上げながら舞い上がっていく。ハジメの認識が間違いなければ、漫画で見るような筒状のダイナマイトが弧を描いて二人の頭上から降ってきた。地面に触れる一ミリ手前で、きっちり人間二人を殺せるだけの爆発を起こしたのだ。


 視線はその光景を捕らえつつ、その現象を起こした原因もしっかりと視界に入れる。爆発物を投げた黄色と黒のジャージの男一名。その後ろには車の陰に隠れた七人。全員が目出し帽をかぶり、持ち歩くには向かない程大きな銃を携えていた。


 その動きは何度か見た事がある。マホレコではなく他のFPSゲームで、である。トッププレイヤーの連携とでもいうべきか、左右前後どこに逃げても確実に誰かが追える布陣だった。ハジメが上に向かうという一般的ではない回避を選んだために反応こそ遅れたが、ハジメが昇る道筋を追うように発砲され続け、ガラスやコンクリートを散らしていく。


 何処の何者か、何のつもりか、こんな街中で暴挙に出た理由など解らないが、爆弾までなら無差別テロ、銃弾がハジメの軌跡を追うからハジメか静夜がターゲットにされているのが解かる。


 日も沈んでだいぶ光のトーンが落ちた夜の雰囲気に目がくらむほどのマズルフラッシュが明滅する。闇が際立って非連続に照らされる人の動きがコマ送りの用だった。

 反撃もないというのにみんな揃ってこそこそ隠れての一斉射撃だ。逃げていなかったら今頃静夜は見るも無残な有様になっていた事だろう。そうと思うとなんだか腹が立つ。


 混乱して動きの固まった静夜は想定より軽い。右手には静夜の左腕。左手は壁から生えた看板。がっしり掴んで勢いのまま飛び越えて、踏み抜かないギリギリの力で蹴り、上へ上へ。

 

「狙われたのは静夜君?」

「心当たりがあり過ぎて否定できねぇな……」

 

 あっという間に雑居ビルの屋上にまで飛び上がったハジメと静夜は揃って屋上の縁に背を預けて暢気に言葉を交わす。


 銃声が止むと二人して縁から顔を出して下を覗き込む。


 すると気配でも読んだのか七人は一斉に銃口を二人にぴったり合わせて一斉射撃を開始した。

 銃口がこっちを向いたのを機に顔を引っ込めたハジメは事なきを得る。当たっても何ともなさそうな気もしたが、そんな何となくを過信して試してみる気はなかった。そしてその横で、静夜も当然引くと思ったが初弾が耳を掠めるまで顔を引かなかった。ぎょっとしてしまったが、たぶん、単純に危機感が足りない故の結果だろう。


「はー、おっかねぇ……なんで街中で銃ぶっ放しているんだよ。頭おかしいだろ」


 血が流れる耳はもう一度見ると元通りになっていた。


「あ、やっぱりこれって普通じゃないんだ?」

「銃乱射事件なんて聞いた事ねぇよ」

「こっちの日本は凄い危険なのかと思っちゃった」


 なぜかこそこそと会話する。

 二人して顔を突き合わせて小声で話している。

 相手に聞かれて問題あるとも思えない会話なのにだ。


「安心しろよ。明日のニュースのトップになる位にゃ異常事態だ」

「もしかして今日一日で私ってトラブルメーカー確定になってない?」

「……世の中にゃ呪いがある。学者だろうが料理人だろうが警官だろうが、とにかく事件に巻き込まれるってやつだ」

「冗談のつもりで言ったのにそんなのがあるのかい?」

「探偵憑きなんて言われたりもするんだけどな。これになったら嫌な予感がする方に行けば事件に巻き込まれて、こっちが安全だと思って歩けば事件に巻き込まれる。何を隠そう俺もそれだ」

「えー。静夜君かぁ……そう言えば昼間もすごい事になってたよね」

「すげぇだろ? これでも普通に生きてきたつもりなんだぜ」

「普通に生きてきている人はさ。変わっちゃった自分を殺してくれる人を探したり、しないんだよ?」

 

 ちょっと強い口調で、強い目で言ってしまう。聞いた時から少し気に食わなかった事だからだ。

 すると静夜は目を見開いて驚き、耳のピアスを摩る様にいじった。


「……ちげぇねな」


 静夜はとても困ったように、でもちっとも嫌そうではなく苦笑いを見せる。


「さて、なんで俺の命狙ってるかぁわかんねぇが、甘咲まで巻き込んじまったらよかねぇな」

「え、今の話お終い?」

「しめぇだよ。ついでだ、俺があいつ等片付けてくるから甘咲はもう部屋にいっちまいな」

「……なんでそんな話になるのさ?」

「疲れてるだろ?」


 考えてみれば当たり前の事だが、疲れているのは見透かされていた。


「それに、あいつ等不意打ちしてくるし、数に頼ってるしよ。見た所火力頼りの普通の武器だろ? じゃあたぶん俺の対策なんざとってねぇだろうから、大丈夫だろ。俺が雑魚だからって舐めてかかってんなら、きっちり落とし前つけてやるよ」

「私だったら、たぶん全員あっという間だよ。疲れなんて、関係ない位にね」

「……もしかしたら相手ぁ死ぬかも知れないぜ?」

「……っ」


 思わず言葉に詰まってしまって、返事ができなくて。


「国によっちゃ命狙われたら何が何でも正当防衛ってとこもあるけどよ。この国じゃ過剰防衛――やり過ぎは犯罪だ」


 それは、ハジメが元居た世界でだってそうだった。ただ、そんな事今まで気にする生き方をしていなかったのだ。殴り返して、一方的に相手が死ぬなんて、想像もしてこなかった事である。


「別に命を狙ってくる奴を殺すなって言う訳でもねぇし、覚悟決めろとかぁ無体は言わねぇよ。ただまぁ、甘咲からしたら、あいつ等ごときが何したって、命を狙われたなんて感じられねぇだろ? アリが十匹襲い掛かってきても怖くねぇもんな」


 その通り。ハジメの自己分析が正しく、推し量った相手の力量も正しければ、微弱な電波みたいな、いてもいなくても同じような存在である。考えなしに相手をしたら、埃を払う感覚で何人かは死ぬだろう。意味もなく、ただ自分が殺したのだという気持ちだけを残される。


「んで、今から俺ァ、あいつ等を殺さねぇようにぼっこぼこにするつもりだ。もしも、無いたぁ思うがよ? もしも厄介事に首を突っ込まなきゃいけねぇ事があったら、甘咲ぁ倒すじゃなくて相手を大人しくさせる方法を考えな」

「……うん」


 素直に頷き、静夜は良しと微笑む。


「そこで見てろよ。ヤバそうだったら、ま、手出しアリだ」


 格好いいのをわざと崩して少しお道化る静夜。

 顔だけはこれまでの人生で見てきた中で一番いいのだから困ってしまう。ちょっと怖い位にシルバーアクセサリーをつけているし、耳は痛々しい位にピアスだらけだし、キザな台詞を言うし、それを恥ずかしいと思っていない。ハジメの好みとは言えないが、格好いいなとは素直に思うしかない。


 何が言いたいかと言えば……少し敗北した気分だったのである。


 そんな敗北感を覚えた所で、静夜がおもむろに立ち上がり、ゴキボキっと、首の骨を鳴らし、肩の関節をまわして、伸びをする。


 えっ?


 と、思う間もなく静夜は一歩前へ。そこから先にはもう屋上はない。

 ぽかんとしてしまった直後には、静夜は自由落下に身を任せて真っ逆さまである。その手には禍々しい物を握りしめ、たまに壁にぶつかって向きを変え、錐揉みしながら地面に吸い込まれていく。

 

「ええーっ!?」


 ボキリと首から落ちた静夜。ちょっとした染みがアスファルトに。思わず叫んだハジメが、我に返った時にはもう遅い。

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