未来シコウのチートデータガール 28
灼熱によって景色が揺れる、夏の大九龍城。
蝉の声はどこから聞こえて、そしてどこに散っていくのだろうか。
無数に蔓延る鉄パイプの配管から栄養を吸っているのなら、虫はきっと夏の終わりまで生き延びるだろう。
日が傾いてもまだ熱く、揺らめく空気に少しむせて、九龍城の空は黒に見紛う濃紺。
触れれば皮膚が焼けそうな倉庫から四人の男女が出てきて、一際大柄な男がトラックの運転手席に乗り込む。古御堂鯨介だ。
そして逆方向の助手席にはまだ十歳ほどの白髪ジト目の幼女が乗り込む。当然六反園シキである。
今日の用事はお終いだし、諸々あって疲れたと、二人は帰路に着くところである。
では残る二人は見送りかと言えばそうではない。
空の入道雲に見劣りしない健康美の肌。少し玉の汗。涼し気な切れ長二重に泣きボクロ、どこか中性的で、しかし明確に女性的。涼しそうなショートウルフの美少女。それが甘咲ハジメだ。そんな彼女は今静夜と小さく言い合いをしていた。
「静夜君が良くてなんで私は荷台がだめなのさ」
「いや、別に俺がいいわけじゃねぇんだが?」
「だったら二人で仲良く荷台に入ろうよ」
「席がたんねぇから俺はこっそり荷台に乗るんだよ」
「一人が後ろになるなら二人でも同じだろ?」
「なぁ、その会話まだ続くか?」
古御堂があきれた。それに対してハジメがすぐに終わるさ。少し待っててと、平行線の向こうの交差点を夢見て言う。
「認識阻害するし。ばれなきゃ罪じゃないさ」
「荷台に乗っちゃなんねぇの知ってんのな?」
「じゃあ静夜君はどうなのさ」
「俺ァ言い訳できるからいいんだよ」
荷物の監視とか。
なお荷台の荷物は愚か者には見えないものとする。もちろん静夜には見えない。
「ったく、なんでこんな埃っぽい荷台乗りたがるかね」
「面白そうだから私も乗ってみたいだけだってば」
「ああもう、じゃあ俺も乗らねぇからよ? タクシー呼ぼうぜ」
「静夜君が古御堂さんとシキちゃんと並んで、私がうしろ。これで決定だね」
「……」
かなり不毛だ。
ハジメの泊まり先を決めようと、そんな会話が発端だった。
ハジメの始めの泊まるホテルの件も考えると一緒に駅まで送ってもらいたい。三人が座席に座り、静夜が荷台にこっそり座る。そういう旨の話をすると、ハジメの目が輝いた。
何が琴線に触れたのか、トラックの荷台なんて人生で乗る機会がないと言い出した。
何気ない会話からいつの間にやら意固地に荷台に乗るだの乗らないだのと、そんな会話が繰り広げられていた。
……いや、本当のところ自分が座席で静夜が荷台などというのが承服しかねたのだろう。とは、思うのだが。たぶん、きっと。もしかしたら。
それを尻目に古御堂は車のエンジンをかけ、強い冷房を顔に浴びて欠伸をしたりする。
危ないから駄目だと言ってもどこ吹く風。違法だと言ったら「だったらなんで静夜君はいいのさ」と口を尖らせた。
「あーもういいや。俺も甘咲も後ろな?」
「え、いいのかい?」
「俺は責任とれる悪い大人だからいいってことにしておくよ」
「じゃあ元の世界ではセーフだったから私もいいね」
思いついた適当な言葉に、思いついたような嘘が返ってくる。
「はいはい。さっさと乗っちまえ。古御堂が眠っちまう」
「うん。あ、本当だ。埃っぽいね。……わっ、やったこの幌破れてて空が見える」
「喜ぶポイントかよそれ」
「空が好きなんだ」
「青春でもこじらせちまったのかよ……」
思わず突っ込みを入れる。ハジメはきょとんとしてから、唇をつんと尖らせた。
「まだ十七だよ。青春真っただ中さ。一昨日まで学校の中心で青春を駆け抜けていたよ」
「俺が悪かったよ。あと学校の廊下は走るなよ」
「静夜君みたいな先生いたら怒られるために走る女子生徒多そうだね。あ、ところでスケコマシってどういう意味なんだい? 悪口とわかっているから二度と言わないって約束するけど、知らないままって逆に気になるよ」
「……いろんな恋人をとっかえひっかえする男って意味だ。破けた穴から顔出すなよ。危ねぇからな」
「大体合ってたね。改めてごめん。今の静夜君はきっとそんなひどい奴じゃないね。あと危ないのはぶつかられた方かい?」
「古御堂の免許だよ」
実際の所静夜もそれほど問題だと思っていないし、駄目だと言い続けるのは意味がないとすら思っている。乗りたきゃ乗ればいいのである。本当に危なそうなら許さないが、本当に彼女なら交通事故程度で怪我などしはしまい。それどころか彼女は荷台の幌の上で昼寝をしたって安全であろう。
警察に呼び止められたら古御堂に擦り付けようとふざけた冗談を思いながら荷台に乗る。その正面にハジメも乗り込み、ちょこんと座る。後に続いて三匹の猫モドキがちょこんと座り、そしてなぜかそれに続いてシキも荷台に上がってハジメの隣にちょこんと座る。
「猫」
「シキもそっちに乗りたいそうだ」
幌の向こうからそんな声がした。
「いいのかよ?」
「俺が合図したり、パトカーがきたら身を屈めてくれよ? 外から見えなくともだ。もちろん三人全員だぞ」
「あ、うん」
「うん」
「……はいよ」
こうして車は走り出し、幌の隙間から見える景色も変わりだす。
向かい合ったまま、静夜はぼんやりと二人を見ている。ハジメは幌の隙間から外を興味深そうに眺め、その少し横で三匹の猫モドキをシキが代わる代わるが撫でている。
「ねぇ静夜君。九龍大迷宮はできたばっかり?」
「んー? そう聞いているぜ」
「だよね。蒸気亭が新築だったし、蕎麦屋九兵衛がまだあった。それに見た事のないコンビニもあるね」
「甘咲がやってたゲームだとあの蕎麦屋潰れちまったんかい?」
美味かったんだけどな。と少し複雑な気分になる。未来の姿なのか、ただの差異なのか。
「移転していたと思うよ。あの場所にあったのってゲームが始まる前だったって設定」
「美味かったから遠くなる前にもっかい食っとくわ」
「それがいいよ。……え、美味しいんだ。私の知ってる九兵衛は罰ゲーム仕様だったよ」
「何があったか知らねぇが想像するだけで世知辛ぇなぁ」
会話をするうちに車は九龍大迷宮のエリアを抜ける。
ハジメが風になびく髪を気にしながらも嬉しそうに声を上げる。
「わぁ……途端に中華風味がなくなったね。普通の都会って感じ……なんて実はゲームで知っていたけど、こんなに一気に変わるんだ」
「やっぱいきなり街の雰囲気が変わるのは変かい?」
「私が知っているのはシームレスな世界かな。いきなりこんなに変わるなんてあまり知らないね」
「こっちじゃ常識なんだけどな」
「だからゲームと勘違いしちゃうんだよ」
静夜が気軽に言うとハジメは苦笑いした。
「ま、東京は都心の大迷宮に近付くほど変に――異世界人が言うにゃ、サイバーパンク風になってくらしい。んで、確かにあの道のりはシームレスだ。変化の過程は異様だが、あんな感じに徐々に変わるのが普通なのは……俺もそう思うな。普通は変化はゆっくり段階を追うもんだろうな」
都心に至ると、こんないかれた技術が成り立つなら世界平和も遠くないと思うような技術が街の至る所で目撃できる。疑問にすら思えないような事で今まで気にかけてこなかったが、ハジメの目から見たらおそらくゲームの世界観になるのだろう。冷静になればその気持ちはわかる気がする。
あの化学技術を日本全土に波及させないのは罪であるとすら言える程なのに、都内を抜ければ誰もがこの事実を忘れる。思い出せない。この状況を研究するも波及というアイディアに至れない。研究する事が出来るのに最大の懸案事項に辿り着けない、都心の技術は世界の常識から逸脱していると理解したというのに次の思考へは誰も進めない。
まぁそれは兎も角、もしかしたら本来の街の構造という物は、書割のようにパリッと変わるのではなく、朝焼けのようにグラデーションで成り立つ物なのかもしれない。
これがいきなり変化するのも、きっとワンダフルワールドの仕業なのだろうと、静夜は思うのであった。
「これはこれで面白いって、そう思うのはきっと外国人観光客みたいな感性なんだろうね。わっ、本当にサイバーパンクみたいにビルだらけになったぞ? トンネル抜けたらどころじゃないな、もしかしてこっちって県境を気に雪国なったりするのか?」
ハジメが当たり前の事を言って、当たり前のことを推理しているのを、静夜はしかし驚嘆しながら聞く。きっと異世界人にしてみたらあまりにもあり得ない事を想像できている彼女は、すさまじい適応能力を有しているのだろう。
「時速五十キロ、ならたぶん一キロから二キロ? 文化の切り替わりどうなっているんだ? ……いや、その間が緩衝地帯……? こわっ」
ハジメの感嘆に静夜もつられてどれどれと視線を隙間に向ける。
彼女の云う通り、その緩衝地帯と言われる、何も特色のない、しいて言うならただの箱型の家が続く街並みはもう終わり、いくつもの高層ビルとネオンサインが所せましと溢れてきていた。
弱いオゾンの臭いを感じるだろうか。どこかで何かが漏電している。それを誰もが気に留めていない。
青い光にピンクの光。紫、緑に赤に白。空を覆っている輝くものは全て人工物。ショーウィンドウが見えてくる。多くのサイケデリックな看板の下には、暖色のショーウィンドウ。
中に在るのはメタリックな服や、瓶に詰められた色とりどりの薬品。ダンジョンが近くにあるからかダンジョン持ち込み用の銃火器、あるいは魔物退治用の武器。少し目立つ機械仕掛けのペットたち。きっと幻想種と呼ばれる子供のドラゴン。それを当たり前の者として殆ど誰も見向きしない。飛び出す広告は道行く人々全員と目を合わせてウィンクしている。
それを幌の隙間から目をキラキラさせて見つめるハジメだったが、車が少し狭い路地に入ってしばらく――サイバーパンクなネオンの中にあって、それでも地蔵が妙に多い神社がちらりと見え、それを通り越した辺りで、ぐっと表情が曇った。
「うっわ、フィッシュレシピあるんだ……」
「美味い店かい?」
ハジメの声に釣られて覗き見ると青いネオンサインの看板が掲げられた、レンガ造りのビルがあった。
一階が店になっているらしいが、『clause』の掛け看板がドアにぶら下がっていた。
扉の前では何人かの子供がボール遊びをしていた。ふと顔を上げた一人の幼女と目が合う。
「食べた事はないのかい?」
「ねぇな。こっちに来たのは今日が初日だからな」
女の子が手を振る。静夜は小さく微笑み、それを返事とした。
「そっか。うん、よかったよ。ゲームだとあのお店の店主、隠しボスの一人なんだ。かなり特殊かな」
「……静夜、あれ嫌い」
「お、シキちゃん話解かるじゃないか。倒しちゃう?」
珍しくシキが静夜に向かって言う。シキが嫌いと言うと、それに該当するものは危険なイメージがある。ならばもしかして、本当に何か良くない物なのではないかとは思う訳だが、だからと言って軽々にそれを肯定する訳にもいかない。何といっても、他人が被害にあうかもしれないのだ。
「……ここはゲームじゃねぇから敵と決めるなよ?」
「わかっているけどね。だからオープン前に時間を作ってちょっと確かめる事にするさ」
決意は固いらしいし、ハジメの知識ではどうやらそうする必要のある場所らしい。ハジメなら大体の危険はないだろうし、ここの世界の人間をきちんと人間と考えている様子なので、ならばこれ以上は何も言うまい。
そんな道中もいよいよ終わり際。駅前に辿り着いて静夜が車から降りる。それについて行く形でハジメも降りる。
降りる時に、シキが太っちょホプレスの尻尾を握って、ホプレスが降りられないという珍事が起きる。
「猫」
「こら、シキ」
「猫猫」
古御堂が窘めると、寂しそうにしながらシキが手を離す。
あまり情操が育っていないシキの変化に古御堂はもちろん、静夜も密かに驚いた。
それを知ってか知らずか、ハジメは笑みを浮かべた。
「ふふっ。どうする? 君、今日はシキちゃんと遊んでてもいいよ?」
そんな事を言うと大きなブチ猫モドキは片方だけの目をぱちくりとした。
少し考えるような様子を見せたホプレスは、どうやらそれをハジメの指示と捉えたのかもしれない。のそのそと歩くとシキに体をこすり付けた。
「古御堂さん、その子ゴハンとかはいらないし、毛も落ちない、隠れるのも得意だから、人前に出たら姿を消しちゃえるんだ。だから、もし迷惑じゃなかったら今日シキちゃんと遊ばせてあげてくれないかな?」
「いいのか?」
「ホプレス、いいんだよね?」
初めてハジメに名前を呼ばれ、ホプレスはぴんと髭を広げて、瞳孔も大きく広げる。嬉しそうにナーオと一鳴き。
「気紛れな仔だからたぶん勝手に居なくなったりすると思うけど、この子達は……えっと、うん。心配いらない存在だから心配しなくていいよ」
「そうか、シキ、今日だけだぞ?」
「ハジメ、ホプレス、鯨介、ありがとう」
「もしかしたらさ、メアとヘルもたまにシキちゃんと遊びたがるかもね。その時は……よろしく」
ハジメが目元を笑わせる。シキは何を考えているか解らない目で見返して、頷いた。
助手席に乗ったシキ、そしてホプレスが古御堂の運転するトラックで去っていく。
それを見送って静夜はぽつりと言う。
「シキは生き物が何なのか良く解ってねぇんだよ」
「え、そうなの?」
「だから動物と触れ合うのはいいこった。ありがとうな」
「あの子って動物なのかな……ま、いっか」
捉え方によっては結構不穏な事を事を言うハジメだが、飼い主が問題なさそうな素振りをしているのだからそれに倣って静夜は聞かなかったことにする。
「さてっと、それでは静夜君。重要なお話があります」
「おう、改まったな?」
「私の泊まる場所、結局決まってないよね。どうしよっか?」
「……どうすっかねぇ?」
それがハジメと静夜がこの駅前で降りた本題なのである。
二人は意味なく難しい顔を突き合わせて、少しの沈黙に身をゆだねる。
魔力が少し混じるとされる蒸気が足元を這う。丁度帰宅ラッシュの時間と被って乗り降りする人の波が凄まじい。魔力を含んだ蒸気が雑踏に散らされて、霧散する。誰も咎めないが往来の真ん中で立ち止まって話している事がまるで罪の様に人の流れが忙しない。
「……ねぇ。すごくこの世界をゲームと思っちゃっているっぽい発言していいかい?」
「んー?」
「これだけの人が帰る家があって、これだけの人を待つ家族がいるなんてさ、ちっとも想像できない。この場限りで、皆帰る場所なんてなく、私が見なくなったらもう消えちゃう。そう言われた方が納得いっちゃうんだ。私の見ているこの世界、私も含めて本当にあるのかなってね」
「ああ……そうだな。全員が人生を感じているなんて思えちまったら、肩をぶつけるのだって正気じゃいられねぇや」
「ふふっ。わかってもらえるなんて思ってなかったよ」
改めて見ればこの駅の壮大さを感じる。
道路を挟んだ向こうも同じ名称の、同じ駅だ。青と緑と赤とピンクと紫の電飾の数々。様々な路線が集約されて再び広がる異常な造り。世界最大級の利用客数を誇るだけあって様々な人種、種族が行き交う。彼等は本当にこれからどこかに向かうのだろうかと、そんな質問をされれば答えに窮する。
そんな駅前に立ってハジメは綺麗な横顔で駅を見上げている。
彼女はこれからどこに向かうかも決めていないのである。
「とりあえず一週間以内に手続きを済ませるとしてだ。しばらくの泊まり先だな」
「うん。迷惑かけっぱなしだけど、よろしくお願いします」
いつまでもそこで立っている訳にも行かないので近くにあった黄色い看板のカフェに入って、静夜はアイスコーヒーを、ハジメにはモカフラペチーノを注文して椅子にすわった。
「いただきます」
「候補はいくつかある」
早速飲み始めたハジメに頷いて、静夜もコーヒーで唇を濡らして本題を切り出す。
「そこらのホテルにも異世界人を受け入れてくれている――つぅか、異世界人に積極的に利用してもらいたいって所があってな」
「それは初耳。どういう事かな? 闇バイトみたいな危険な話?」
「こっちの事をなにも解っちゃいねぇ異世界人を招き入れて、ぼったくってやろうって連中は早々に全滅しちまったよ。安く親切に接客して恩を売って、恩返しをいつかしてもらおうって考えなんだな」
「え、それって大丈夫なのかな?」
「経営って話だったら大丈夫みてぇだな。千人の異世界人の内一人でも恩返しを考えたら十分元が取れるんだってよ。どうも他の世界の連中の一部はやたらと気前がいいらしい」
残りの異世界人がどれだけ不遜で横柄であっても、強いからと言って礼節を欠いていたとしても、たった一人が恩を感じてくれたら元が取れる。丁寧で敬語がきちんと喋れる異世界人は善悪は兎も角多くの場合大成し、必ず利益をもたらしてくれるというのは、一部の人間の間では有名な話だった。
「つまり、そう言うホテルを選ぼうって事なんだ。どんなホテルがおすすめなんだい?」
「治安が良くてサービスもいい所は幾らでもあるけどよ……」
「高すぎると返すのが大変。無職で元学生だし」
「って話だから、多少治安は目を瞑る事になるのは了承しろな? あとは少しくらい狭くても」
「文句なんてないさ。小さい頃は押入れの中に入るのが好きな子だったしね。多分今も変わらないし」
ハジメは懐かしそうに言った。
降参だと静夜は肩を竦める。
「そんじゃ選ぶのぁ……候補はこれだな」
いじっていたスマホを来るとひっくり返し、ハジメに画面を向ける。
手元を一瞥したハジメは少し考える様に動きを止める。一秒にも満たない時間なのだから驚くべきことではないだろうが、本当に完璧に人間の動きが止まったのだ。瞳も固定され、長い睫毛の揺らめきもなくなる。まるで一瞬の時間を切り取ったポートレートのように、彼女の全てが固定された。世の中の何かがほんの一瞬でも完全無欠に停止するというのは、これほど印象的なのかと静夜は息を呑む。
「……案外この草臥れ荘って悪くないかもだけど、この立地だともしかして近くにマキ異教の教会と、ダ・チープの支部あったりしないかな?」
「ダ・チープ? 聞かねぇな。マキ教か何か知らねぇが、教会ならあるな」
「だよね……んー。治安っていうなら……もっとほら、モヒカンでとげとげ肩パットしてそうな人がいるような、世紀末な所ないかな?」
「今時いねぇ……いや居るか? 探しゃ何とかなるかもしれねぇな」
「あ、探さなくて良いって。出来ればって話だし、モヒカンひゃっはーさんを探している訳じゃないんだ」
「甘咲の事だから俺の知らねぇ何かを気にした訳だろ? ちなみにの草臥れ荘が悪い理由は?」
「その名の通り、そのあたりに住むのは草臥れちゃうと思うんだ。ダ・チープは悪戯好きで、出所不明のヘンテコ技術を使って、命にかかわらない悪戯を本気でやってる。近隣住民は結構迷惑をこうむっている筈さ。こっちの世界ってユーチュー……あー。動画共有サイトってあるかな。そういう所に投稿している筈だよ。収入源は不明で動画を収益化はしていなかった筈。で、もう一つのマキ異教は、神様と呼ばれる様な強い存在を滅ぼそうとするマン。ちょっと戦闘に自信があると勧誘がしつこいし、それ以上に強くなると神様扱いしてくるアタオカ達なんだ――ゲームではね」
ゲームの中の経験で得た強さをそのまま持ってきたような彼女なのだから、この発想は仕方がない事だし、静夜だって彼女の発言は考慮に入れる。事実かもしれない可能性は今のところ大いにある。
「変な奴たぁ知り合わない方がいいだろな」
「我儘でゴメン。思い込みかも知れないけれど、本当かも知れないと思っちゃっているとさ、お隣さんに変な人がいる可能性のある物件は選ぶのに少し勇気がいるんだ」
「俺でも敬遠するから問題ねぇよ。が、知らなかったってのもあるが、どうやら変なとこを候補にしちまったみたいだな。けどこの際だ、どんなところがいいんだよ?」
「ゴメンね。とりあえず一時しのぎだよね? 露骨に治安が悪くたっていいんだ。いや、良くないんだけどさ。どちらかというと安全の陰に隠れた変態達の方が嫌かなぁって」
「世の中変態がいっぱいで嘆かわしいったらねぇなぁ……」
申し訳なさそうに言い訳するハジメを見ると、しみじみ静夜は呟いてしまう。自分が悪い訳でもないのに、そんな変態達が育つ土壌を作ったワンダフルワールドを恨めしく思い、そして彼等を知っている静夜はなぞの羞恥心を煽られた。
すこし我儘とも捉えられかねない彼女の言だが、もっともだという納得もあるし、そもそも後からあそこはこんな可能性があったなどと言われたら静夜は暫く自責の念に駆られてしまうだろう。
もしかしたら言いたくないけれどハジメは敢えて言ったという可能性まで考えると、むしろありがたいとすら思っていた。
目下問題はどうやらハジメに紹介しようとするホテルの周りには厄介な爆弾があるかもしれないという事である。
「ってことぁどんどんと治安が悪くなってく訳だけどよ」
「うん。そうなっちゃうね」
「甘咲が強いってなぁ解ってるが、それでもな、やべぇ奴がいざ目の前に来たときゃおっかねぇもんだぞ」
「……うん」
解かっている事だろうし、覚悟している事だろうし、言われるまでもない事かも知れない。
「自分の命が大事だから殺しちまえ。なんてこたぁ簡単にゃ言えねぇが、逃げちまえってなぁ言っていいと俺ぁ思ってるんだよ」
「……」
「怖くなくても、後悔しそうな結果が見えたら逃げちまえ。たぶんお前さんなら出来るだろうからよ」
そう言って静夜は苦笑いを見せた。
言われたハジメの心は解らないが、しかしそのまま続けてしまうとする。
「そんな訳で、だったらこういう物件を紹介するぜ。まだまだあるから嫌なものは弾いて良い物を言いな」
八龍建設が作ったアプリの検索条件を変え、再びハジメに向けなおす。
果たしてその中にハジメが納得できる宿があるかどうか。比較的おすすめを画面の一番上に表示した状態にした最後の抵抗をしつつ、静夜は画面を見せつけた。




