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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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未来シコウのチートデータガール 26

 まだ静夜たち全員は、階下に下っていない。それどころか、ドアすら開けていないのに。

 それでもわかるのだ。

 見てもないのに良くない物が来たと。


 古御堂は眉間に皺を寄せる。シキは露骨に嫌そうにして、古御堂の服の裾を握りしめる。そしてハジメは面倒くさそうだ。具体的には一瞬動きを止めて、無視するようにアイスコーヒーを飲んで、あまつさえ会話を続けようとする。「静夜君がホテルを選んでくれるのは良いけれど、電波つながるかな?」などと言った具合だ。


 三者三様の様子を見て静夜は結論を出す。きっと面倒ごとだ。


 そうじゃない。面倒だといっても居留守は無理だという事は解る。三人が嫌そうにするという事は、そう思わせるだけの人物が来たという事だ。そう思わせる人物が、この倉庫に人がいる事に気が付いていない訳がない。いるかどうかの確認など、ただのポーズである事は明白だった。


「ごめんくださーい。あのですねぇ。本日はとても大切なお話があって窺いましたぁ」

「……まじぃな。呪いになっちまったアイテムと同じ詰め方だ」

 

 無視をしても詰めてくるのだ。会話は通じず、気が付けば背後にいる。つまり呪いに良くいるタイプだ。


「呪われ過ぎて喩えがトチ狂ってるの面白すぎるってば」

「うっせ」


 ハジメと軽口の応酬をする。考えてみたら、相手は呪いではない。

 ならば強い顔の古御堂と、とっても強いハジメがいるこの状況で、人間がやってくるのは怖い事ではない。


 でも恐ろしい。

 恐ろしいのは、やってきたタイミングだ。

 笹月と名乗る人物の言が正しいのならば、国は静夜の何かに思う所があってやってきたのだろう。例えば狙われ始めた命について、静夜の弱みを見つけたと判断した可能性があるとかである。


 ズームォが情報を掴んでいる事からも解かる通り、国家もまた、静夜がワンダフルワールドに気に入られている事を知っている。だから、ワンダフルワールドと交渉する為の間口を広げたくて、様々な伝手を広げようと画策しているのだ。静夜を抱き込みたいというのも何度か受けた打診であった。


「追い返す?」

「自称だが省庁――国の人間だからなぁ。敵に回して大事にゃしたくねぇんだ」

「そっか、じゃあ、やっつけちゃう?」

「話し聞こうぜ?」

「ふふっ」

「弓代さーん。ドアも壊れてますから、緊急という事でお邪魔しますよぉ?」

 

 もとより、返事のあるなしに関わらず押し入ってくるつもりだっただろうその声のトーンが、変わる。


「……お前らはここで待ってろぃ。古御堂、シキを止めとけ。また嫌いとか言い出したら手に負えねぇ」

「悪い事してないよ?」

「おう、さっきは助かった。ありがとな。でもちょっと面倒な話をするからな。大人しくしてくれたら助かるんだよ」

「ぶぅ」


 頬を膨らませたシキの頭を古御堂が撫でて慰めるのを横目に、静夜が大声で返事をする。


「今行くから待っててくれっ! ……さて、何の要件かねぇ」

「静夜君、もうそこにいる。一手遅かったよ」


 足元で片目が宝石の猫モドキ共がナァと鳴く。

 扉が押し開けられ、男が入ってきた。


「いやぁ、すいませんねぇ。開いていたので入ってきてしまいましたぁ」


 降参する様に両掌を掲げて見せつつも、全く悪びれる様子もないその男。静夜以外の全員がその存在がそこに来ていた事には気が付いていたのだろう。驚く様子もなく、やってきた男に対してぴりりと張り詰めた空気を作るのみだ。


「ここ、ヤクザ屋さんの詰め所か何かで? 怖いですねぇ」

 

 優男だ。

 糸のように目の細い男。

 年の頃は、若く見積もれば二十代後半。順当ならば三十代半ばほど。

 背は高く、人を見下したようなにやけた口元が、やら目に付く。

 高級ジャケットに皺は一つもなく、腕時計も高級品。露骨な富裕層アピールも、その嫌味な細目の笑顔にはシンデレラフィットしていた。

 そしてこの男、怖いと言いつつ、全く物怖じしていなかった。

 

「お前さんは不法侵入してきたんだぜ? そらぁおっかない目もむけられるし、目にも合うだろうよ」

「セーフティエリアとして居住区に登録されえていた地域で魔力障害が発生したら、それは私達も駆けつけると思いますよぉ? 当然でしょう?」

「魔力障害ぃ? なに言ってんだ」

「おやご存知ないんですかぁ? 発生すると魔物を呼び寄せたり、住み着いた魔物が狂暴になったり、魔力耐性のない方が体調不良を起こす現象ですよぉ」

「知らね。そんでそれがあったとしてもここに入る理由にゃならねぇよ」

「ここが震源地ですのでねぇ」

「すぐにわかるもんかい? その震源地ってのぁよ」


 適当に言いがかりをつけてきたいるのだろうと勘繰ってみる。

 そしてそんな勘繰りを受けたからと言ってだからどうしたという様子で糸目の男は――。


「んっふ。それを含めての安否確認ですからねぇ」

「そのダンジョン省のダンジョン担当者っていう騙りかもしれねぇな。こちとら今すぐ警察を呼びたいんだぜ?」

「呼んでいただいて結構ですよぉ。笹月は本物のダンジョン省の職員ですので。なんなら笹月が呼びましょうか? 何分で駆けつけるか、しっかり監査するのも悪くないですねぇ」


 などと言いながら、笹月と名乗る男は身分証明書となる手帳の様なものをしっかりと掲げる。静夜がまじまじと見つめても、手がぶれる事もなくただ誇らしげに見せつけ続けた。


『魔導省ダンジョン管理局』と、残念ながらおそらく本物の身分証。本物を見た事はないのだが、背後の古御堂が何も言わないので静夜も何も言わない事にした。


「窓も割れてましたし、魔力の残滓もありました。ならば民間人が中で怪我をしているかもししれない。ことダンジョンで起こる異常事態には笹月には特権があるんですねぇ。残念でしたぁ」

「お前さん、ムカつくな」

「あー。よく言われますよぉ。笹月がいなければ出世できるのにってねぇ」


 神経を逆なでするような笑いである。出世は関係ないと指摘してやってもいいのだが、この男の為になりそうなので黙って置く事にする。


「改めまして。ダンジョン省の九龍大迷宮担当の笹月と申します。この度、この地で、まさにこの場所で、大規模な魔力暴露による魔力障害が発生しましてねぇ。原因の追究、解消理由の特定、そして事後対応の為にやってまいりましたぁ」


 そう言って、笹月と名乗る男は静夜を訪ねてやってきたにも拘らず、文字通り脇目も振らずにハジメに顔を向けている。


 それを踏まえた上で、静夜は無神経を意識しなければならなかった。


「それぁ、死にかけちまった俺たちの安否確認って事かい?」

「死に掛けたので?」

「魔力障害とやらが起きたんだろ? それの所為で危うく天国に行きかけたよ」

「それは……無事で何よりですねぇ。ところで弓代さんは天国に行けるとお思いなのですかぁ?」


 唐突に尋ねて来た筈の、静夜の事など知らない筈の男は図々しくも静夜に失礼な冗談を言う。

 だが、今はそれを置いておこう。

 何はともあれ、とりあえずハジメではなく、静夜に意識が向き直ったのだ。


「障害とやらが起きたってなぁ心当たりがあるぜ?」

「ほうほう。窺っていいですかねぇ?」

「ここで頭のおかしい奴が頭から自爆して、俺達ァ死にかけた。自爆ってぇのは、俺を攻撃するために興奮しすぎて、魔法を暴走させたって意味だぜ?」

「なるほどぉ? つまり、ここで起きた魔力障害は、一種の事故だという事ですね? そんな事故が起きた理由。それをこれから話していただける。そういう認識でいいんでしょうねぇ?」


「俺ぁ今、どういう訳か命を狙われいる。その命を狙ってきた殺し屋が俺の目の前で、悪魔だか魔獣だかの召喚魔法を使って、失敗しやがった。失敗したもんだからとんでもねぇバケモンが、お前さんがいう魔力障害とやらを起こすバケモンだった、っていう話だな」

「失敗というとぉ……召喚した生命体に召喚者は殺されてしまったという意味ですかぁ?」

「口の中に顔よりでけぇもんが召喚されたら、人間死ぬだろ?」

「死ぬでしょうねぇ」


 その様子を想像したのか、笹月はしみじみと肯定した。


「命を狙われている云々の事実確認は後でするとしてですねぇ。計測器が壊れたかと疑うような魔力を発散した、そんな化け物が現れたという認識でよろしいでしょうか? そして、今こうしているからには、その化け物を退治した。という事で?」

「だから俺たちゃ無事なんだぜ? 死体はバケモン倒したら燃えちまったが、そのバケモンがもうどこにもいねぇのが倒しちまった証拠だろ?」

「死体がない……立証が難しい話をしてくれますねぇ。まぁいいでしょう。そのあたりは後日警察が話を聞きに来るでしょう。笹月は警察ではないですからねぇ。人殺し――おっと失礼、モンスターがここにいないのならそれでいいのでぇ」


 ふーむと気のない唸り声をあげて、空間を眺める様な目の動きで考え込む仕草を見せた。

 そして直後には首をぐりんとハジメの方に向けた。


「ではではではぁ? その化け物を倒したのはぁ? 貴女ですよねぇ?」


 もとよりハジメにしか用事はない。露骨にその態度を見せるので、静夜は思考を切り替えるしかないし、守られるばかりのハジメでもないだろう。

 そしてハジメも覚悟を決めたように頷く。


「……そうだよ」

「元人間だという話ですが? 殺したんですねぇ?」

「おいっ」


 罪悪感を無意味にあおるようにいう笹月に、静夜は思わず声を荒げる。またハジメの心に過剰な負荷がかかるかもしれないと内心焦っていた。


「ほっといたら危ないって思ったからね」


 しかしハジメは静夜を一瞥すると小さく頷き、堂々と頷いた。

 笹月は面白くなさそうに、左目だけを小さく広げる。


「その危ない生き物を一瞬で始末してしまえるから、貴女を危険と思っているんですよぉ? お解かりです?」

「熊を殺すなって言う市民団体みたいだね」

「団体が出来上がる程の多数の民意なんですよぉ」

「大人しく故郷に逃げ帰りたいのは山々だけどね」


 嫌味に対して、嫌味を返す応酬。不毛ともいえるやり取りだったが、逃げ帰りたいと言う言葉に笹月はやや難色を示す。


「恐ろしい事を言わないでいただけますかねぇ。首輪のついていない猛獣が逃げるなんて笑い話にもならないですよぉ」


 この場からハジメが逃げ出して、誰がそれを止められるというのだろうか。


「逃げなくていい状況なら逃げないよ。静夜君たちにも迷惑掛かるしね」

「おや、初対面でしょうに、気を掛けるんですねぇ」


 ねっとりと、湿り気のある視線が静夜に向かう。


「初対面なんて話、俺ァしたっけな?」

「おやぁ、弓代さんは独り者だと伺っていましたがぁ?」

「……なぁアンタ。回りくどいったらありゃしねぇな。どこから見ていて、何を知っているんでぇ?」

「なんの話で?」

「どうやら、何から何まで知っているな」

「……そこのお兄さん、つまらない男だと言われませんかぁ?」


 笹月は古御堂に冷たい視線を送り、古御堂は軽く受け流す。


「面白い事を言うな」

「ちっとも面白くないですねぇ。会話を楽しみましょうよぉ」

「楽しむ気がない男とか?」

「……ふむ。いいでしょう。本題です。もちろん知っていますとも。貴女が――」


 笹月はニタニタ笑いながらも目を薄く開き、その下に隠されていた殺意すら籠っていそうな冷たい瞳をハジメに向ける。

 ある種の不気味さにハジメが一瞬だけびくりとなったのが見えた。

 それも含めて、笹月の口は三日月のように笑みを作る。


「あの大穴から這い上がってきた魔女である事も、この世界にまだ慣れていない事も、元の世界に帰りたがっている事も、善人であるからついつい人助けをしてしまう事も、全部、ぜぇんぶ知っていますともぉ」


 演説する様に、しかし囁きかける様に、笹月は語るのだ。


「知った上でここ来たんですよぉ。助けてあげるつもりはないんですが、この世の為ですからねぇ。貴女に会いに来たんです。この世の為にならないなら、排除しないとなりませんから、ねぇ?」


 ねっとりとした笹月の声に、鋭さが混じった。

 ぴりっと、空気が張り詰める。

 

「あらゆる手段で排除は可能ですよぉ。社会的に排除する事や概念的な排除。もちろん暴力を使った、物理的な排除も視野にいれていますから、ご安心してください」

「……嘘を言っているようには聞こえんな」

「おやぁ? 先程から貴方は。ああー、そういう……そういう変異体ですかぁ。嫌いじゃないですよぉ?」


 古御堂の言葉に笹月は反応し、視線を古御堂へ。

 何に気付き、驚いたのだろう等と思っていたら、静夜の動体視力では追えない速度で、気付けば笹月は古御堂の目の前へ詰め寄っていた。

 見上げる様にしながらも、その圧は見下ろすかのような強さである。

 古御堂の後ろに隠れたシキが虫けらを見るような視線で笹月を睨むが、どうやらそんなものは笹月にとっては糠に釘といった様子だった。


「貴方、鬼ですねぇ? しかも随分特殊ですねぇ」

「……何を?」


 少し仰け反る古御は困惑気味である。

 そんな古御堂に対して笹月は見透かしたような、嘲りの笑みを見せる。


「嘘を見破る才能もあるんですねぇ。ですが……はい。笹月は女です。笹月は博愛主義者です。笹月は人間賛美主義者です。人の役に立つ仕事に就くのが夢です。みんなの笑顔を見る事が生きがいです……と、この様に嘘を嘘と思っていないなら、貴方の技能はどうとでもなりますねぇ」

「……今のが嘘じゃなかったという事もあるだろう」

「笹月が自覚していない本当の笹月ですねぇ。まぁ、それでもかまいませんとも」


 そう答えを受けて、古御堂は嫌そうに顔を顰めた。

 その反応までが一括りで満足そうに、笹月は古御堂に寄せていた顔を遠ざける。


「そういう訳で、自分の能力を盲信してはいけませんよぉ。これは貴方への金言になるでしょう」


 自分は良い事を施してやったという、満面の笑みで語ってから、笹月は古御堂への興味を失った様に再びハジメに視線を戻す。


「話を戻して貴女です」

「つまり、私を排除するって事?」

「んん? 貴女ぁ、お話聞けない人ですかぁ? 笹月はこの世の為にならないならと、キチンと前置きをしましたよぉ?」


 本当に、危険な存在がここに現れたと言う認識をもって来たのだろうか。この笹月という人物が言葉通りの危険を認識してやってきているとはとても思えなかった。


「じゃ、私が危険かどうかを見定めに来たって事かい?」

「何を言っているんですかぁ? 貴女なんて危険に決まってますよぉ」


 馬鹿にした笑みを向けられて、ハジメは少し不快そうに表情を歪めたがまだ取り繕われる。


「見に来たのは、危険物が管理できる危険物か、管理できない危険物か、処分すべき危険物かその見極めの為です」


 だったらその見極めは今どうなったのだと、問いただしてやりたい所だが、そうしたらまた挑発されるのだろう。

 ハジメも悟っている様で今度はただ笹月の言葉の続きを待っているようだった。

 そんなハジメを鼻で笑って笹月は続きを述べ始める。


「そんな目をして笹月を睨まないでください。見極めない事には報告も結論も出せないんですからぁ」


 笹月は横柄な態度をわざとらしく見せつけて、我が物顔で椅子を引く。


「そういう訳で、いくつかの手続きをしないといけない訳です。ああ、面倒くさい手続きは笹月がしますよぉ。ですので、話を少し聞かせてください」

「話し? なんでもかんでも知っているみたいな事を言っておきながらかい?」

「警戒しなくても大丈夫。笹月は心が広く、有能ですからねぇ。ねぇ弓代さん、そして鬼さん。あなた方も一緒に話をしてください。まずは、そうですね。お名前からでしょうか?」

「……名乗っていなかったね。甘咲ハジメ。貴方が知っている様に、ここから一番近いダンジョンの、大穴の底から上ってきた、異世界の人間だよ」


 それを、便宜上でも公言するのは、きっとハジメにとっては苦痛だろう。しかし彼女は必要と判断したようで淀みなく宣言する。


 こうしていくつかの質問が開始された。



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