未来シコウのチートデータガール 25
魔法とは便利な物である。静夜が知る魔法と、ハジメの行使する魔法は少し様子が違うが、静夜の想定しない物が蔓延る世界なのでそこは今更だ。
何がどう、便利か。
一言でいえば掃除が便利だった。
ポルターガイストなのか、念動力なのか、未知なる魔力なのか、箒はガラス片を寄せ集めるし、床を数枚の雑巾が素早く這いずり回り、トンカチが悉く破れた窓に板を打ち付ける。今は割れた窓の三つ目だ。残り、二つ。これはこれで正しく魔法であり、実は世間のイメージするのはこの様な、不思議にコミカルで便利な魔法なのだろう。そのハジメは全くそれらに視線を向けずに静夜と会話を続けていた。
「しっかし、ズームォが聞いたら卒倒しそうだな」
「……ズームォってファン・ズームォ?」
「知っているのかい?」
「建設業界の王様だろ? ゲームだと、プレイヤーのお家を作ってくれたり、新しいダンジョンを発見して教えてくれたりするお助けキャラだ。こっちでは?」
「俺から搾取するおっかねぇ奴。で、八龍建設が九龍大迷宮を作ったんだけどよ……」
「うん。私の元の世界でもそうだ」
「その大迷宮の下に世界最大のダンジョンが出来たと知って、ズームォ落ち込んでなかったかい?」
「んー。その辺の機微の考察はなかったかな。いやまてよ。ズームォって卑屈な雰囲気あるけど、静夜君の感想ではどう?」
「絶対ショック受けてるんだろうな……あー、可哀想ったらねぇよ」
この会話になったのは、ハジメの宿泊についての話を始めたのがきっかけであった。
戸籍を作るのには時間がかかる。具体的には半年ほど。これを待っていると異世界人すべてが困ってしまうので、仮戸籍なる制度がある。保証人がいれば一週間ほどで仮の戸籍が発行されるのだ。この申請をすれば少なくともその日から不法滞在として罰せられることもなくなる。
ならばさっそく申請しようという話になるが、すでに時刻は五時を過ぎていただった。五時ともなれば役所の全ての機能が停止する。ハジメは驚いていたが、この世界の行政は九時から五時までと決まっている。不法滞在異世界人ごときで役所の窓口は開かれない。
なので日を改める必要があり、ならば今晩どこに泊まるかという話になったのだ。
そこでハジメは爆弾発言をする。
「私が目を覚ましたところで一晩明かすよ」
目をさましたところとは?
九龍城の最下層にある、隠し通路のの向こう側だと即答が返ってきた。そこだったらモンスターも襲ってこないし、人間もどうやら簡単に降りてこれない。ハジメならそこはむしろ安全だという。
そこでいくつかの質疑応答がなされて静夜はズームォを憐れんだのである。
この時のやり取りの代表例は以下の通り。
「そう簡単にこれねぇってなぁ、どれくらい簡単じゃねぇんだい?」
「この世界で二十メートル級の八岐大蛇を倒せる人ってどれくらいいるかな?」
「……」
いなくはないが……いなくはないのだが。
そう言う訳でぐうの音も出なかったのだが、それでも異世界からの来訪者をダンジョンに一晩泊めるというのは静夜には論外なのである。
しかし身分証明書が必要な宿泊施設は使えない。選べるのは非常に安いホテルか、超が付く高級ホテルかの二択である。
安いところは静夜が嫌がる。高いところはハジメが固辞する。古御堂はあくびをする。つられてシキもあくびをする。
面倒だから弓代の家に泊めればいいと古御堂が言うと、静夜は「それは駄目だろ」と言い、それと同時にハジメも「私チューとかされないよね?」と大真面目な顔をして戸惑った。とりあえず否定はしたが。
「ズームォが聞いたら卒倒しそうだな」
こうして冒頭の憐れみにつながるのである。
「世界初の人工ダンジョンをつくったと喜んでいたら、その下に天然の、しかも凶悪ダンジョンがあるってのは……俺だったら頭が痛くならぁ」
「あの人なら商魂たくましく一儲け狙いそうだけどね」
「とりあえずぁ秘密にしとけよ。そんな訳で、地下に戻るのは却下だ」
「えー」
唇を尖らせたハジメは不満を露に声を上げる。
「他の転移者の皆さんはどうしているのさ?」
「他の転移者の皆さんは寄り合いを頼るんだよ」
「寄り合い? え、ギルドとかあるのかい?」
「ギルド? つっていいのかね。あいつら自分たちの事を軍隊か政治団体かと勘違いしている節があるからな」「不穏だ」
「言ってて俺もそう思っちまったよ。まぁ、転がり同盟って聞いた事あるか?」
「あ、転がり同盟か。え、あの人達もこっちに来ているのかい?」
「あの人達もってこたぁ……知り合いかい?」
「何度か話したくらい。マホレコのトッププレイヤー集団で、みんなからは最強の一角なんて言われていたよ。リーダーはゴブリンのアバターを使ったごついおじさんだよね」
「アバターとか本人にいうなよ?」
「本人は誇り持ってるだろうからね。言わないさ。でもやっぱりゴブリンなんだ。砂糖水さんもいる? いない訳ないよね」
「詳しいな。本人は言うなよ?」
「言わないよ」
佐藤瑞希。あだ名は砂糖水。彼女の存在に重要性を見出すあたり、やはりハジメはこの世界をゲームとして体験したのだろう。
「でもそっか。転がり同盟来ているなら、話を聞きたいね」
「おっと、いきなり乗り込みそうな顔してるな。俺の顔が利くから場所を作ってやるから少し待てよ」
小さく希望を抱いたようなハジメに、少し食い気味に釘を刺してやる。転がり同盟は、怒らせたら本当にまずい。例えば白紙社よりもずっと危険である。
「そんなに先走りそうだったかな? それより、転がり同盟と静夜君につながりあるんだ? そっか私と同じ異世界から来たなら、静夜君のこともそれは知っているよね」
早口になるハジメだが、転がり同盟と静夜のつながりはハジメが言うような、ゲームの話ではない。やはりハジメの見てきたものと現実の間には齟齬がある。
「たぶん想像とは違うと思うぜ? それは兎も角だ。転がり同盟なら甘咲の今後についても色々便宜を図ってくれるかもしれねぇな。早めに繋ぎはつけるとしよう」
「ごめん。ありがとう」
「いいってことよ。ところで、転がり同盟以外にも『チートクルセイダーズ』とか『転生したら文化水準の高い世界で四苦八苦だった件』とかの、大学のサークルみてぇな団体もいるんだが」
「なにそれ知らない」
「興味あるかい? ちなみにテンシクと略して欲しいそうだ」
「えー……積極的にスルーしていこうかな」
「提案しただけだ。ネタ団体だし、ほとんど女にモテたいだけが主題だ。お前さんにゃ向かねぇよ」
「私の理解度が高くてうれしいよ」
そう言って二人で少し笑う。
「今すぐ転がり同盟に乗り込むのは……さすがにできないか。えー、話は振り出しじゃないか」
「振り出しだよ。異世界人なんて自分の立ち位置もわかっちゃねぇんだ。実際どれくらいあぶねぇかとかもわかんねぇだぞ。安全にゃ変えられねぇんだからあきらめな」
「静夜君が紹介しようとするところはどこも気後れしちゃうんだってば。お金も返せないよ」
「返せさなくても――」
「おい弓代。お前が折れたらどうだ?」
「あ?」
「メンチ切ると完璧にチンピラだな」
頭上に『!?』のエフェクトが浮かんでも不思議ではないくらいに古御堂を睨んだ。
「うっせえな」
「まぁ聞きなさいって。異世界生活初日から危険な目に合わせたくないというのは解るんだがな? 言うまでもないが甘咲さんは俺と弓代を足しても足りないくらいに強いぞ?」
「お恥ずかしながら強いっす」
ハジメが首肯する。
強いくらいわかっている。強いから、弱いからというのはこの話の主題ではないのだ。
未成年が一人、何の準備もなくこの世界に飛ばされた。その心細さを考えてやるとせめて寝床ぐらいは心休まるようにしてやりたい。治安だの安全性だのは、付け足し程度の言い訳だ。
「それでな。強い人間はこう考える。どこに行っても危険はないからどこでも同じだ。ぐっすり眠れればまずはいい」
「うんうん」
「だがな金は別だ。腕力が強いからと言って大金を稼ぐ方法が解らない。ましてやこの世界での稼ぎ方など想像もつかない異世界人だぞ。奢ってくれると言っても女遊びをしていそうなお前が――」
「おい」
「失礼。女遊びに慣れているお前が金を出してやると言っても、何か裏があるんじゃないかと疑うだろう?」
「静夜君の事を信用するって決めたけど、負い目がでかくなっちゃうね」
「返せない借金は心に来るぞ。これならアルバイトしても返せるっていう額が負担が少ないと知っておくといいぞ」
「……わーったよ」
「やった! ありがとう古御堂さん」
「安い宿にゃするがそれでも俺が選ぶからな? 値段変わんねぇんだから文句言わせねぇぞ?」
「言わないさ! でも折角気を使ってくれたのに無碍にしてごめんね?」
「いいんだよ。俺も考えがたんなかったからな。後古御堂、女遊びの風評被害に関しては後で話があるからな?」
「俺はない」
言い切って古御堂はコーヒーを飲み干す。
この野郎と半眼で睨みつつ気を取り直し、ハジメに目を向ける。
「そんじゃ、甘咲はスマホは解るかい?」
「フルダイブ式のゲームがある世界から来たんだよ。当然わかるさ……でもえっと、タブレット端末の小型版っていう認識でいいんだよね。改めて言うから、実はスマイルホテルとかそういうのの略称だと困るんだけど」
「スマイルホテルぁ殺人鬼共の根城だな」
「異世界ジョーク?」
聞かれて静夜はにっこり笑う。
笑われてハジメは少し引き攣る。
「そんな設定知らないよ?」
「やり込みが足りなかったんじゃねぇのかい。もっとも、世界の全てを知り尽くすにゃ人生捧げても足りねぇぜ」
「トップランナーだった自信があったけど、そうだね。世界の全てを知る訳がないか」
ハジメは素直に認め、そして微笑すら見せる。
ちなみにスマイルホテル。世界各地に唐突に現れる怪奇現象でもある。利用する殺人鬼達がどうやって世界各地を転々と発生するホテルに帰っているのかは不明であるが、今は本当に関係がない。
「スマホはスマートフォンだ。甘咲が言っていたもんであっているぜ。使い方が判るなら、とりあえずコレ使っときな」
そう言って、メーカー不明、年式不明、料金体系不明のチタンメタリックのスマートフォンをハジメに手渡す。
渡されたハジメは戸惑うようにしながら、両手で掬うような持ち方でスマートフォンを見つめた。
「これも、さすがに悪いかなぁって」
「それがなかったらどうやって連絡とるんだい?」
「えっと、伝書猫?」
「シキ以外にゃ猫の言葉なんて解んねぇよ。っていうか、甘咲にゃわかるのかい?」
「んー……確かに、ここに来てから解らないや。あ、ここって言うのはね、この階層に来てからっていう意味ね」
それはそれで結局気になる注釈だが、今は深く話す事でもないだろう。要は彼女に、そのスマートフォンを渡せればいいのだ。
「さっきは俺が折れたんだ。諦めて受け取っておくれ。施しされるのが嫌だっつっても限度はあるんだ。それにそれぁ出所不明の、良く解んねぇスマホだ」
「え、そんな説得ある?」
ハジメがちょっとびっくりした顔をする。そして少し面白そうだ。
「新しいのを買うかどうかは後で考えりゃいいが、持っておいてくれねぇと一々待ち合わせ場所を決めて会うなんて、デートみたいな真似をしなきゃならねぇぜ」
「デっ――待ち合わせの度に『今着たとこと』なんて言わなきゃいけないのは面倒だね」
「そんな訳で受け取っとけ、そして新しいのを買ったら捨てて――いや、返しておくれ。多分大丈夫だとぁ思うけどよ」
「あ、この変な呪いの事気にしている? これ位なら大丈夫だよ」
「え?」
「え?」
「異世界ジョークか?」
「異世界ジョークってもしかしてすごく便利じゃない?」
「いや……呪われているなら返してくれ。別のを用意する」
「心当たりなく渡したんだ? もしかして静夜君、肩重くない?」
「怖い事を言わないでおくれ?」
「大丈夫だって、全部祓えるもん」
「俺のぁ祓うなよ」
「話聞いててよかったよ。その異世界の皆さんの魂? お礼がてらに祓っちゃおうかとか思ってたんだ」
「はー……、おっかね」
「辻ヒールってたまに害悪になるのが幸いしたね」
ハジメはふふっと笑う。
笑い事ではあるのだが笑い事ではない。静夜に憑いている悪霊まがいの異世界の精神体は、静夜の体を狙う椅子取りゲームをしているのだ。誰もが牽制し合ってにらみ合っているおかげで、今も静夜は誰にも乗っ取られずに自分を保てている。増える分にはありがたいとすら思うが減ってしまうのは困りものだった。
「静夜が怖がるの初めて見た」
「あぶなかったね」
「……んー……ね?」
「もーシキちゃんは可愛いなぁ」
シキとハジメが仲睦まじい様子でやり取りする。
静夜は静夜でシキが辛辣な言葉を使わないことに小さく喜んでいた。
「でも呪いのアイテムって解呪すると壊れちゃうこと多いからね。静夜君のアクセサリー高そうだし、やるにしても確認してからがいいかと思ってたよ。本当にね?」
「気持ちだけで充分ってなぁまさにこの事だな。ありがとよ」
「恩返しが思いつかなくなるばかりだけどね」
そう言って苦笑いするハジメ。静夜もつられて苦笑する。
「話が脱線しちまったが、そのスマホは回収――」
「え? これの呪いはもう解いちゃったよ?」
息をするようにお祓いしている。先ほどの会話の信憑性が増して内心冷や汗が倍増した。
「……それを使うってんならそれでいいんだけどよ? そのスマホで連絡を取れるようにしとく訳だ。明日ぁ役所に連れてって、そんで転がり同盟の支部ににも行くとするか。うまくいけば話も聞けるんじゃねぇかな」
「本当になにからなにまで、まいっちゃうな」
「今はまだ、心の整理がつくまで他人を頼っときな。そもそも甘咲ぁ被害者だ。それでいい」
言ってやるとハジメはそっかと応えるが、それに納得した様子はなかった。
そんなハジメが少し考えるように、子首を傾げ、右へ左へ視線が揺れる。
「――も被害者だからか……うん」
ゆっくりと、咀嚼する様にハジメが頷いた。何を思ったかは聞かないが、自分を納得させる何かを思いついたようにもみえた。
そんな会話をしている間にも掃除は進み、床に散らばるゴミも灰も血の跡もきれいさっぱりに。ハジメの魔法で作り出された箒は消えてなくなり、割れた窓はもう残り一つを塞げば、原状復帰までは終わるだろうという状態になっていた。
――ところで、静夜が譲り受けた倉庫のインターホンは先ほどの襲撃の影響で壊れてしまったようである。なので、現時点での来客はノックをし、返事がなければ大声を出して呼びかける事となる。
丁度、今の様に。
「ごめんくださーい。弓代さーん? 御在宅でしょうかぁ? ダンジョン省関東ダンジョン管理課からやってきた九龍大迷宮担当官の笹月と申しますぅ」
暑い最中、何やら得体のしれない男がやってきた。




