未来シコウのチートデータガール 24
かえれるのか?
その質問に、静夜は答えなければならない。
「他の転移者が戻れたという話は、聞いた事がねぇな。でもま、絶対の約束は――」
「そっか……そっかぁ」
口から零れ落ちるそれは悲嘆だった。
「もう……会う事も……」
消えてしまいたいような、消え入りそうな悲しい呟き。涙ぐんだようなその声に、返すべき言葉は思いもつかずに、聞き取れなかったふりをした。
触れていい部分ではなさそうだし、そもそも静夜はそう言う話に言葉をかける野暮天ではない。ないのだが、彼女の絶望は少し危うい気がしてしまった。そして、それを少しだけ助けてやりたいと思える程度にはハジメに対する印象は良いのである。
だからつい、言葉を掛けたくなったその時。
「うん……大丈夫さ。だったら私が初めて元の世界に帰った人になるだけだよ」
ハジメは弱気になりかける自らを鼓舞する様に言う。それは決して無闇な明るさではない。彼女は静夜の言葉を受け入れた上で、今この瞬間に目標を定めたのだ。
心を殺さないために必要な事をしたのだ。彼女からしたら静夜の話した事を信用すれば、この世界に順応しなければならない。それを本能的にか、理性的にか、彼女は自身の心に揺らがない物を用意したのだろう。
「いいね。強い女ァ嫌いじゃねぇ」
「残念。口説かれないよ」
「口説いちゃいねぇよ。ただ、嫌いじゃねぇだけさ」
心から賞賛したいが、手放しで褒め称えても、だから何だと言う話だ。すごいね。立派だね。強いね。いい目標だね。……それは嫌味だろうか?
だったら、嫌いじゃないから、協力を申し出るだけである。
「だからよ。希望を……。希望を持たせて間違ってたら俺を恨むしかなくなるんだけどよ? もとの世界に戻る手がかりは、探し出せるかもしれねぇぜ」
「……え?」
本当は、黙って調べるべきだったのかもしれない。しかし、彼女に不要な孤独感を与えたくないという気持ちが勝った。
もしも静夜が考えた可能性が全て空回りに終わった時、静夜は彼女に希望とその後に絶望を与えるだけに終わる。
しかし口に出してしまったのだ。ならば今度は止まらず語らなければならない。
「静夜君は、帰った話は知らなくても、帰る方法には心当たりがあるっていうの?」
「約束はできねぇな。が、ゼロじゃねぇよ」
「……そっか。それだけでも、それは希望が見つかったって事だね」
すこし柔らかく、表情を崩す。
「でもそれってどういう意味?」
「確かに転移者が帰ったっつぅ話ぁ聞いた事がねぇ。きっと帰れないような仕組みにされているんだと俺は思ってる。だけどな、この世界にゃ他の世界と行き来するような連中がるんだ」
「……それ本当?」
「この世界を作ったやつが代表例だよ」
「あっ……!」
「他にもこの世界の居心地が良いってんで、何組かほかの世界からバカンス気分で来ている連中がいる」
静夜が知る限りだとグッバイワールドとお祭り騒ぎがこれに該当する。あと、ナナホシ総合人財派遣もおそらく。群を抜いて人間離れをした、神を超えたような連中だ。
白紙社やブレイバーズ、有村技研にシルバーシップファイナンシャルグループ。その他諸々。彼らはあるい何らかの通信手段を有しているかもしれない。しかし彼らは絶対に行き来していない。行き来をしているのなら、この世界はもっととんでもない事になっているのだから。
「んで、おれは代表例の方に――世界をいじくりまわしている奴らに伝手がある」
「あ、そうか。静夜君は転生者の……」
「おう。何一つ言う事を聞かねぇ連中だけどな、希望を聞いてもらえるかぁ別でも、言うだけ言うのぁタダだ」
出来る事ならヒントくらいはもぎ取りたいが。それでどれくらいの対価を求められるのかは想像もつかない。
「なるほどね?」
「ただ、そいつらぁ自分が楽しめる事じゃねぇとなんもしてくれねぇ。無理難題を吹っ掛けられて、結局手も足も出ねぇって事もあるぜ」
それはどのような恐ろしい要求になるのだろう。ハーレムを作れと言うか? 身体を転生者に渡せと言うか? いや違う筈だ。
静夜が自発的にハーレムを作りる事や、静夜がミスや心の疲弊によって転生者に乗っ取られる事を望んでいる。曰く、ドラマ性がない物語は必要ない。との事だ。
なんにしても、奴等は何かを要求する。その要求は、そもそも静夜ではなくおそらくハジメに向かって言い渡されるだろう。
「私に無理難題ね。へぇ……なんでそんなに難しい事を言ってくると思うんだい?」
「そらぁ……わざわざこっちに呼んだんだからなぁ、言っちまえば作品だ。せっかく作った作品を、やっぱりなかった事にできないかいって言うのは、手間じゃなくたって嫌がるさ」
「ああ。子供が玄関前に砂の城を作ったようなものだね」
「何が何でも動かしたくないって駄々をこねる所までそっくりだ」
「可愛くない我儘は、嫌いかな。どうせ夕飯前には自分でドアを開けて壊しちゃうのにね」
不快そうに、ハジメは呟く。
声音からは明確な怒りが感じ取れる。細められた切れ長の二重は静夜に向けられているが、睨む先は静夜ではない何かである。
彼女は魔法が使える。もしかして、視線に冷気を込めたのかもしれないと思える位には、視線に混じる酷薄さはハッキリと理解できた。
「ちげぇねぇな」
「ね、そいつらって、私も会える?」
「もしも帰れるなんて話になったら、その時は会えるかもな」
「今会う事は?」
「そりゃ……あー、無理だと思うぜ」
「そっか」
ハジメは不満そうだ。
俺が寝てると夢に出るんだ。とは言えない。信憑性が著しく損なわれるし、何より説明が面倒だ。
静夜の事を、睨むような視線で見るハジメだったが、何をきっかけにしてか、嘆息一つして視線を和らげる。
「ちょっと、私を誘拐した奴の顔をパンチしてやりたかったな」
「何としても叶えてやりたい願いを言うもんだ」
「ふふっ」
面白そうに笑ったハジメは、表情をすっと落ち着かせる。
「とはいえ先ずぁ当面の衣食住の話だ。幸い今までも被害者がいるからな。手続きは俺らでもなんとかなる」
「衣食……あ、私無職だ。ここ貨幣経済だよね? 最終学歴中学校卒業で戸籍ないけど就職できるかい?」
軽い口調であるが、気持ち早口であるし、その目は結構真剣だ。
「戸籍の手続きもしような。もちろん学校も平気だ。身の回りが落ち着くまでは補助金が出るだろうし、出なかったら俺が何とかしてやるよ」
「えっ、それはさすがに悪いよ」
「異世界人の初期費用の補助は申請すりゃちゃんと後で回収できるからいいんだよ。俺ァ幸い金にゃ困ってねぇしな。それともだ。申請が通るまでずっとお国が指定したホテルに引き籠りでもするかい」
「……やだ。けど」
「あきらめて助けられときな。つぅ訳で金稼ぎは全部決まってからだ。良いな?」
折れたように勢いを失ったハジメはちょっと不思議そうに小首をかしげた。
「お人よしだなーって思っていたけどさ……なんでそんなに良くしてくれるんだい? 私、こっちに来たばかりでお金もないし、お返しできるものなんてないよ?」
きっとハジメは静夜の下心を心配している。
静夜自身はそんなつもりがなくとも、これだけの美少女が相手なら一般的には魚心あれば水心が発生することだろう。
「んなもんいらねぇよ。……あー、さっきの白い化け物。あれヤバイ奴だったんだろ? 引っ越し先が初日になくならなかった事への報酬だと思ってくれ。俺自身の苦労は殆どねぇんだ。心配すんな」
次に奴が夢に現れたら、その時ハジメの話をするだけだ。
待ち構えていると来ない物だが、いざとなれば静夜は別の手段を模索する。伊達に普通の生き方を捨てていない。
「あの白いのは、でも、倒さないとこの辺が地図からなくなるような話じゃないか。始末できるのが私しかいなかったんだからしない訳にはいかないさ」
「……おおう?」
「え?」
「そうだったのかい?」
敵の強さなんてそう簡単に解らない静夜には寝耳に水だ。
ともあれ。
コホン。気を取り直して。
「だったとてだ。目の前で困っている奴がいたら、助けるだろ? 泣いている子供がいりゃ手を差し伸べるもんだ」
「え、泣いてた? それよりも子供って……ふふっそう言えば私の知っている静夜君は結構年上だったっけ?」
「俺とそいつぁ他人だが、年齢辺りは同じかもな?」
「あっと、ゴメン。解っているつもりなんだけどついついね?」
「いいさ」
ついついとは本当の事だろうが、決して無神経に言ったのではない筈だ。
言葉にはされなかったが、きっと類似点があったのだ。彼女の知る静夜と、目の前にいる静夜に。
色々気遣った結果、彼女は相違点を口に出したのである。言葉に出さなければ落ち着かなかったに違いない。まだ、静夜は彼女から信頼をされていない筈だから。
何をいったら静夜が嫌がり、琴線に触れ、自分の味方になるのか。
そもそも、彼女の知る静夜と違う目の前の静夜は、果たして本当に人助けをするような人物なのか。
口調からしたら、きっとそうは見えないだろう。
静夜自身自分が善人であるなどと思っていない。
たまたま知り合ったから、ワンダフルワールドの被害者だったらから、たぶんハジメの顔がいいから、それなりに時間に余裕があるから、だからハジメに手を差し伸べる気になったのだ。
ハジメが時折見せる含みがある探りは、小さな確認作業の様なものだろう。静夜の事が信用できる大人かどうかを、小さな情報から必死に引き出そうとしているように見えた。
「ともかくだ。下心なんかねぇよ。嫌いじゃねぇって言っただろ? だから手助けするってだけって事だな。大人のお節介を受け取っておきなって話だ」
少しお道化て言う静夜。古御堂が何やら察したように笑みを浮かべる。何を思われたかはおおよそ解かるが、訂正するとハジメにも聞こえる。結局望まぬ言葉を喧伝する事になりそうで忌々しく視線をちらりと向けるだけで終わらせた。
「実はあまりにも親切にされすぎて感じている私の心苦しさは?」
「流石にそりゃ放置だ。俺ぁ金にゃ困ってねぇし感謝してくれりゃそれでいい……が、そうだな。どうしても気になるってんならだ。向こうに帰るその時でいい。なんかお返ししておくれよ。思い出になるもんがいいねぇ」
「難しい事言うね。助けるメリットがないって言われても困るけど、メリットなんかいらないなんて。想定外だよ」
「俺が喜ぶもんを考えとけよ?」
「えっちな報酬かい?」
とりあえずわかりやすく性的な事を匂わせて、静夜の反応を窺っている。あまりにも露骨に。
まるで、過激な悪戯をして新しい親を試す保護児童のようだ。と静夜は解釈した。
そもそも自分の顔が生唾を飲む程の美人だと解かっているのか、いないのか。彼女からすれば安全マージンを取っているのだろうがあまりにも無防備で心配になる。
静夜は内心嘆息する。
だからこそ、奇を衒った発言などは決してせず、静夜はただ真摯に会話をしてやろうと気を引き締める。
「なめんなマセガキ。こちとら女に困ったこたァ一度もねぇんだ」
「えー……やっぱりスケコ――」
「言わせねぇぞ?」
「ふふっ」
被せるように言うと、ハジメは少し笑みを浮かべた。
花咲く様なとは言わないが、ハジメは薄く小さく、そうやって少し浮かべる笑みが似合っている。
静夜はそれを少し眩しそうにみてから、仕切り治すように一息ついて、語りだす。
「俺がチャンスを作ってやる。けれど俺ァ弱いし特別な力もねぇからよ? 甘咲の力になれるなぁそこまでだろうよ。だから、その時が来たら、自分の力で帰るんだ。帰れる時に、まだ俺に礼をしたいってんなら、その時を楽しみにしているぜ」
「……帰れなかったら?」
「帰るんだ」
静夜が断言して、ハジメは目を丸くした。そして嬉しそうにしながら口を尖らせるのだ。
「うわ。格好つけすぎじゃない?」
「いい女の前で恰好つけられねぇならいい男じゃねぇよ」
「鯨介、静夜、口説いてる?」
「素だろう?」
「うるせえぞ外野」
「私の知っている静夜君は、そんな事を言って無神経に頭を撫でに来るよ」
「……嘘だろおい」
「ふふっ」
誰か想い人がいそうな女に向かって、もしかしたらラッキーな遊びが出来るかもしれない。などという軽い気持ちで口説く様な男に成り下がる気はない。きっと彼女は何でもする。そんな女を抱くなんてみじめな真似、静夜に出来る訳がない。
静夜は思っている。ハジメは元の世界に戻る事は出来ないかもしれない。けれどせめて、もう一度想い人に会えるくらいの奇跡は、自分が用意できるならばしてやってもいいだろう。
ふと足元を見る。三匹の猫モドキが、三匹揃って静夜の前。見上げて開いていた片目を細めて尻尾を一振りパタンとした。
一週間で五十話。ここからは更新ペース落ちます。
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